◆ 第1話 紅玉 5
『誰かを呪う暇があったら、大切な人のことを考えていたいの』
伏黒津美紀。
1つ上の義理の姉。
父親だった、伏黒甚爾が再婚した相手の連れ子。
義姉の津美紀はいつもそう言って、笑っていた。
でも―――。
―――不平等な“現実”のみが、平等に与えられている。
津美紀は中学を卒業して間もなく、原因不明の“呪い”によって倒れ、寝たきりとなってしまった。
疑いようのない「善人」だったのに、津美紀は“呪われた”―――。
何故、どうして、一体誰が……。
“原因”など、分からなかった。
津美紀を目覚めさせるには、“呪い”を掛けた奴を倒すか、
そいつに、“解呪”させるしかない。
だから、俺は―――。
「虎杖は戻ってくる。その結果、自分が死んでもな」
さっきもそうだった。
受胎から変態した特級呪霊相手に、自分が時間を稼ぐからと―――。
『頼む……』
そう言って、アイツは―――。
ぐっと、伏黒が握っていた拳に力を込めた。
俺は、何も出来なかった。
虎杖を助ける事も、力を貸す事も、
何も―――出来なかった。
最初に出会った時からそうだ。
自分の身など顧みず、他者の為に躊躇いもなく立ち向かう。
そんなアイツが、俺には羨ましくて、眩しくて―――妬ましかった。
俺にはないものを、アイツは持っていて、
俺にはないものを、アイツは兼ね備えていた。
津美紀も、虎杖も、“同じ”だ。
典型的な「善人」だ。
自分よりも、他者が優先。
こっちの“気持ち”などお構いなしだ。
でも、そんなやつらに俺は―――救われていた。
いつも。
いつも、いつも―――そうだった。
だから。
だから、今度は俺が―――っ!!
ザ―――――――。
雨の音が酷く耳に付く。
伏黒は静かに息を吐きながら、宿儺を見た。
あの時―――変態した、特級呪霊に斬られて落ちた筈の虎杖の左手が治っている。
つまり、宿儺は治癒……反転術式が使えるのだ。
宿儺は受肉してる。
虎杖とは異なり、“心臓”なしで生きられるとはいえ、全くのノーダメージな筈がない。
少なからず、ダメージを受けているはずだ。
凛花の機転と指示で、虎杖の“心臓”は確保した。
ならば、後は虎杖の“身体”を拘束するだけだ。
拘束したら、虎杖が戻る瞬間に凛花が“心臓”を反転術式で戻す。
それまでの間に、虎杖の意識を宿儺より引っ張り上げる。
だが、そんな事が果たして出来るのだろうか……?
特級の前ですら、動けなかった俺に―――。
「…………」
手が震える。
それが、“恐怖”なのか。
それとも、“萎縮”なのかは分からない。
けれど―――。
その時だった。
不意に、凛花の手が伏黒の手に重ねられた。
「……っ」
ぴくんっと、伏黒の肩が微かに揺れる。
はっとして凛花を見ると、彼女の深紅の瞳が優しく細められた。
『大丈夫よ、恵君』
凛花の“神心”で頭に響く彼女の優しい声―――。
その声が、静かに伏黒の心を落ち着かせてくれた。
そうだ。
俺は、何をビビっているんだ。
今度は、俺が虎杖を助けるんだろう!?
それに、凛花さんもいる。
出来るかじゃねぇ―――。
――――やるんだよ!!!
ぱんっ!! と、伏黒が両手を羽の様に重ねた。
刹那、彼の下の影が ズズズズズ……と大きくなったかと思うと――――。
―――キエエエエエエ!!!!
彼の式神の1柱である、骸骨の面をつけた怪鳥の『鵺』が姿を現す。
「ほう」
それを見た宿儺が、面白そうに顔を歪ませた。
だが、伏黒はそれに構わず、『鵺』が高速飛行で飛んだ方と、真逆の方から宿儺に向かって駆け出すと、一気に距離を縮め始めた。
そのすぐ後ろで、凛花が再び、天之麻迦古弓と無数の天羽々矢を現出させる。
宿儺は、にやりと笑うと ぐいっと邪魔な前髪をかき上げ、
「折角、外に出たんだ。広く使おう」
そんな余裕をかます宿儺に構う事なく、伏黒は一気に『鵺』と一緒に宿儺の後ろへと回り込むと、そのままがら空きの背中を狙って蹴りをかました。
だが、宿儺はそれを予測していたかの様にあっさりと避けると、そのまま横へと動く。
しかし、伏黒は更に後ろを取ると、そのまま拳を振りかざした。
そのまま何発も、拳を宿儺にめがけて放つ。
だが、その拳が宿儺に当たる事は無かった。
完全に動きが読まれているのだ。
宿儺はポケットに手を入れたまま、余裕そうに笑いながら、
「面白い。式神使いのくせに術者本人が向かってくるとはな」
その言葉に、ぎりっと伏黒が奥歯を噛み締めた。
本来、式神使いは 式神を使役し戦わせる。
術者は後ろで式神に命令しているのが“普通”だ。
故に、式神使いを倒すのは、式神ではなく「術者」を狙うのが常識だった。
だが、伏黒は式神を扱いながら、自らも攻撃を繰り出していたのだ。
普通の式神使いなら、ありえない事だった。
それ故に、宿儺にとっては“面白い”ものであり、興味をそそられた。
「くっ!!」
伏黒の攻撃がどんどん速くなっていく。
それと同時に、隙をぬって後方に飛んでいった『鵺』が帯電しながら宿儺襲いかかってきた。
式神と式神使いの息の合った同時攻撃。
それが、どんどん加速していく。
そして、その合間を埋めるかのように普通の矢の動きとは思えない、凛花の無数の天羽々矢が宿儺に向かって襲いかかってきていた。
宿儺は、式神と伏黒の攻撃も避けつつ、凛花の弓も避けなければならなかった。
下手をすれば、伏黒の当たってもおかしくないのに、その弓は伏黒の動きに合わせる様に、自在に動いていた。
だが、まだ宿儺には余裕があるのか―――その両手はポケットに入れたままだった。
―――面白い!!
これほど“面白い”者達が、過去いただろうか。
いや、ない!
まだ生きていた平安の時代ですら、こんな“面白い”者達はいなかった。
「はは、ははははは!!」
思わず、宿儺が歓喜の声を上げる。
それが、余計に伏黒の癪に障った。
更に速度を上げて、地を蹴ると宿儺の顔面目掛けて蹴り上げた。
が、それすらも宿儺は横にあっさり避けると、にやりと笑う。
しかし、伏黒はそのまま速度を更に上げて攻撃を繰り出していった。
「もっと! もっとだ!!」
宿儺が、笑いながら煽る様に叫ぶ。
刹那、宿儺の後方から『鵺』が襲いかかった。
前から伏黒。
後ろから『鵺』。
完全に挟み撃ちだった。
だが―――。
瞬間、宿儺は伏黒の攻撃を初めてその手で受け止めると、そのままぐいっと反転させた。
そう―――自分がいた場所に。
『鵺』に伏黒を攻撃させようというのだ。
しかし、式神が術者を攻撃する筈などなく、『鵺』がぎゅんっ! と、音を立てながら、旋回すると、後ろではなく横から襲いかかって来た。
それを見越していた宿儺は、伏黒をぐいっと自分の方に引き寄せると―――。
「もっと“呪い”を込めて―――」
にやりと、宿儺が笑う。
そして―――。
「―――撃ってみろ!」
そう叫ぶや否や、思いっきりもう片方の手で伏黒を殴り飛ばした。
伏黒が後方へ吹き飛ぶ。
その時だった。
伏黒の後方から、嫌な気配を感じた。
そちらを見ると―――そこには、先程よりも巨大化した呪力で作った天之麻迦古弓で宿儺に狙いを定めた凛花がいた。
上空にある無数の矢ではなく、天之麻迦古弓で1本の天羽々矢を引く凛花の姿が―――。
「―――行きなさい!!!!」
そう叫ぶと同時に、その矢が宿儺めがけて放たれた。
たかが、1本の矢。
宿儺がそう思った時だった。
その天羽々矢がじりじりと音を立てるのと同時に、ぼぅ!!と、蒼み掛かった白い炎と化す。
炎は元来、色によって温度が変わる。
赤は最も低く約1500度。
黄色は約3500度。
白は約6500度。
そして―――青は約10,000度へと変化するのだ。
つまり、凛花の放った矢は10,000度を超えているのだ。
そんなものを食らえば、流石にこの身体は焼き切れるだろう。
だが―――そうすれば、虎杖の身体は間違いなく死ぬ。
それを承知で、凛花が放ったのだとしたら―――。
にやりと、宿儺が笑った。
そして、さも当てろという感じに両手を開いて見せた。
「虎杖は死ぬぞ!! お前が、殺すんだ! 女!!」
さぁ、どうする!?
宿儺がそう思った時だった。
ふっと、微かに凛花が笑ったかのように見えた。
「―――そんな脅し……」
すぅっと、凛花が片手をゆっくりと伸ばすと、
「無意味よ」
刹那、ぎゅんっ! と、更に矢が加速したかと思うと―――そのまま宿儺の唯一の傷である、心臓の穴に勢いよく刺さったのだ。
瞬間、ぼぅ!! と、その身体を燃やすかの如く蒼白い炎が宿儺を包んだ。
「ん?」
一瞬、宿儺が不思議そうに首を捻る。
「な、んだ? この炎は……」
宿儺が両手を見る。
身体は一切燃えていない。
なのに、何故こんなにも、熱い!
まるで、魂が焼けるかのような熱さだ。
「わざわざ、わざと当たってくれてありがとう」
そう言って、凛花がにっこりと微笑む。
刹那、ぱちんっと指を鳴らしたかと思うと、無数の蒼白い炎を纏った天羽々矢が宿儺を囲むように、上空に現出した。
「なにを、した……女」
「…………」
凛花は答えなかった。
否、答える理由がなかった。
これは、ある意味“賭け”だった。
受肉した“宿儺”は“人”になるのか、それとも、“人ならざるもの”なのか。
この“浄化の蒼炎”は“人”には一切効かない。
その代わり、“人ならざるもの”には絶大な効果を表す。
その身を焼き、魂を焼き、消し去るのだ。
ここで、宿儺を殺せたとしても、魂を分離させてある残り18本の指がある限り、宿儺は死なない。
でも、“虎杖に宿っていた宿儺”は浄化出来る!
“縛り”を使って強化するなら、能力の開示をする方がいいが―――。
そうすれば、宿儺はこの炎を消すために動くだろう。
だが、この炎は消えない―――凛花を殺さない限り。
果たして、宿儺相手にそこまでのリスクを負うべきか……。
完全体ではないとはいえ、宿儺を油断してはいけない―――。
宿儺は気付いているのか、気付いていないのか、首を捻りながらその蒼炎を見ていた。
けれど―――この蒼炎は確実に今、宿儺の魂を焼いていた。
どちらにせよ―――。
じじじ……、と宿儺に向けられている無数の天羽々矢の蒼炎が一層蒼くなっていく。
「このまま焼かれるか―――身体を明け渡すか。選びなさい」
凛花がそう問うと、宿儺は面白いものを見たかのように、くっと喉の奥で笑った。
「明け渡す? ありえんな。こんな焼けもしない炎に何を恐れる」
そう言いながら、宿儺は片手を上げてひらひらと返した。
それを見た凛花は、くすっと笑って、
「“焼けもしない”ね。……本当にそうだと思っている割には、随分と苦しそうだけれど?」
凛花がそう言うなり、そのまま指をくいっと曲げた。
瞬間―――上空にあった無数の蒼炎を纏った天羽々矢が、宿儺めがけて襲いかかったのだ。
「……っち、こんなもの―――」
宿儺が、矢が当たる前に呪力でその矢を払い落とそうとする。
が、天羽々矢は軌道を変えると、そのまま宿儺の背後から襲いかかった。
当たる直前で、宿儺が素早くその矢を 身体をずらして避ける。
しかし、それでも、天羽々矢はまるで磁石の様に再び軌道を変えると、宿儺に向かってきた。
「はっ、しつこい女は嫌われるぞ!」
そう言いながら、宿儺は再び向かってきた天羽々矢を何本か手で掴み取ると、そのままへし折った。
だが、その矢は変形すると、そのまま蒼炎が宿儺に移る。
「ちぃ! 面倒な……っ!!」
宿儺の行動に、思わず凛花が笑ってしまう。
「実体のない得物に触れて折ろうなんて―――無駄なことを」
天之麻迦古弓も天羽々矢も、凛花の術式だ。
弓にも矢にも「実体」よ呼べるものはなく、全て彼女の呪力によって生成されているものだ。
それらを物理的に破壊するなど、無理なのだ。
「おかしいわね、貴方にとってこの蒼炎は焼けもしない炎なんでしょう? どうして、そんなに頑なに避けようとするのかしら? もしかして―――」
くすっと凛花が笑う。
「何か焼けているのかしら……?」
わざとらしくそう問うと、宿儺は一瞬顔を歪めた。
だが、次の瞬間何でもない事の様に、「はっ!」と声を上げると、
「何を言うかと思えば、女。愚かなことを問うな。この俺の何を焼いているというのだ?!」
そう言って、ぐっと胸元の最初の矢を抜き捨てた。
それを見た、凛花は「あ……」と声を洩らすと、小さく息を吐いた。
「“それ”抜かない方が貴方の為だったのに、ね。まぁ、今さら遅いけれど―――」
瞬間、それは起きた。
今まで燻っていた蒼炎が、一気に宿儺を燃え上がらせたのだ。
「ぐぅ……っ!!」
まさかの現象に、宿儺がその顔を更に歪めた。
熱い!
魂が……焼け焦げる……っ!!
そこで宿儺は気付いた、この炎の正体に。
だから、あの女は迷わず放ったのだ。
この虎杖の身体に。
は……っ、俺も舐められたものだ。
「神妻の姫巫女」の“浄化の蒼炎”。
その存在を思い出したのだ。
解除方法はただ一つ―――。
赤い目が、凛花を睨みつける。
あの女を―――。
「は、はは、ははははは!!! ―――死ねえ! 女!!」
そう叫ぶや否や、宿儺が一気に凛花に向かって攻撃を仕掛けようと襲い掛かってきた。
この術式を解く方法は一つだけ。
それは―――術者を殺す事だ!!!
「―――凛花さん!!!」
それに気づいた伏黒が叫ぶのと、
凛花に向かって宿儺の拳が振り下ろされるのは――――同時だった。
は~やっと5話目だけど……内容大して進んでねえなww
この後、式の『大蛇』君がねww
2023.12.01