深紅の冠 ~鈺神朱冥~

 

 第1話 紅玉 4

 

 

――――京都府京都市内・某所

 

 

「まったくさぁ、なってないよね」

 

五条が、呆れたように溜息を零しながら すっと眼前のボスとおぼしき呪霊に向けて手を伸ばす。

すると、呪霊がびくっと脅えているのが目に見えて分かった。

 

「たかがこの程度の1級呪霊ぐらい祓えないでさ、よく“1級呪術師”名乗れたものだよ」

 

そう言った途端、ぱちんっと指を鳴らす。

瞬間、目の前の呪霊が『ギエエエエエッ!!!』という悲鳴と共に消滅した。

 

すると、五条を囲んで優越感に浸っていた他の低級呪霊達が慌てふためいた様に、逃げようとする。

だが、補助員の結界術でこの空間をわざと閉じ込めている為、逃げる事すら敵わない。

 

それを見た五条がくすっと笑って、

 

「あー無理無理。君たち諦めなよ。っていうか、僕忙しいんだよね。全員まとめてかかってきたら? そしたら、もしかしたら―――」

 

そこまで言った時だった。

呪霊達の目の色が変わる。

そして、その場にいた全ての呪霊が一斉に五条に向かって襲いかかって来たのだ。

 

だが―――。

 

五条は何もせず、ポケットに両手を入れたまま、傍観していた。

呪霊達の全員が、この傍観している男をった! と、確信しただろう。

しかし―――。

 

全ての攻撃が五条に当たる前に、何かに阻まれたかの様に“停止”する。

 

ギエ……ッ!?

 

ギギ……ッ

 

何が起こったか分からないという風に、呪霊達が動揺して、慌てて離れようとするが―――、

 

「なーんてね。君たち程度で“もしかしたら”なんてある訳ないでしょ。あ、無駄だよ。僕、忙しいって言ったよね?」

 

刹那。

五条の周りから、バリバリバリという電流が走ったかと思うと、一気に五条を中心に呪力が呪霊に向かって襲いかかったのだ。

 

 

 

ギィエエエエ……ッ!!!

 

 

 

それは、一瞬だった。

その場には、五条以外“何も”立っていなかったのだ。

 

いた筈の、呪霊も全て消滅していた。

濃厚だった、瘴気が一気に晴れる。

 

「……この程度に、“術式”使うまでもないな」

 

そうぼやくと、五条はスマホを取り出し電話を掛け始めた。

2コールぐらいで、補助員の男が電話に出る。

 

「ああ、ここらは終わった。後は? ああ、そこも? 僕、急いで東京に帰りたいんだけど……。あーはいはい。まったく人遣いが荒いね」

 

そこまで言って、ふとある事を思い出した。

 

「そういえば、ここを祓うのに失敗して失踪した1級呪術師の奴はどうした? ああ、うん。そいつ・・・見つけたら、僕の目の前に連れてきて。よろしくー」

 

それだけ言うと、何か言い続けてる補助員の言葉を無視してスマホの通話終了ボタンを押す。

「はぁ……」と、小さく息を吐くと、今度は違う場所に電話を掛け始めた。

 

しかし、2コール 3コールとするが、一向に相手は出る気配はなかった。

 

「……? 凛花ちゃん?」

 

思わず、スマホの画面を見る。

そこには「神妻凛花」と書かれていた。

 

音からして、誰かと通話中という訳でもない。

時間的にも、そろそろ東京に戻っている頃だと思ったが―――。

 

なんだ? 胸騒ぎがするな……。

 

「…………」

 

ぷつ……、と通話終了ボタンを押した。

一瞬、五条の顔が険しくなる。

 

「凛花……」

 

やはり・・・何かあったみたいだな……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

      ◆      ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――東京都西東京市・英集少年院

 

 

宿儺はくっと笑いながら、甘い毒の様に囁いた。

 

「そこの小僧を殺す理由は、特にない。だが、女、お前は面白い! 神妻の姫巫女、俺の物になれ。その力、俺が存分に使ってやろう―――そうすれば、貴様は生かしてやる」

 

宿儺のその言葉に、凛花が眉を寄せた。

 

この、男は何を言っているのだろうか……。

そんな条件、こちらが飲むと本気で思っているのか。

自分の命を宿儺に預け、恵君が殺されるのを大人しく見ていろと?

 

だとしたら、随分と―――。

 

ふっと、微かに凛花がその口元に笑みを浮かべた。

一瞬だけ、後ろの伏黒を見ると、宿儺に向かってにっこりと微笑む。

 

「勿論、別れの時間ぐらいはくれるんでしょうね?」

 

凛花のその言葉に、宿儺がにやりと笑みを浮かべる。

そして、くつくつと笑いながら、

 

「よかろう。俺は寛大だからな」

 

「そう、それならよかったわ」

 

そう言って、凛花も笑う。

だが、凛花のその言葉に驚いたのは、他ならぬ伏黒だった。

 

「凛花さん!? なに、を―――っ」

 

そこまで言いかけた時だった。

突然、凛花が伏黒を抱き締めた。

 

まさかの凛花の行動に、伏黒が一気にその顔を赤く染めた。

 

「あ、あの……っ」

 

伏黒らしからぬ慌てっぷりに、凛花は思わず笑いそうになる。

だが、凛花はそっと彼の耳元に唇を寄せると、何かを呟いた。

 

その言葉に、伏黒が はっとする。

一瞬、凛花の深紅の瞳と目が合った。

 

刹那。

 

「“神心しんし”」

 

ピシィ……、とその言葉を聞いた瞬間、何かが伏黒の中に入り込んできた。

 

「…………っ」

 

これ、は―――。

 

伏黒が驚いた様にその目を見開くと、凛花はにこっと微笑み すっとそのまま伏黒から離れた。

 

「じゃあ、恵君……」

 

それだけ言うと、凛花はそのまま宿儺の方へといってしまった。

伏黒は何も言えないまま、その光景をただ見ている事しか出来なかったのだ。

 

 

 

 

「挨拶は済んだか?」

 

宿儺が凛花にそう話しかけると、凛花は微笑みながら、「ええ」とだけ答えた。

すると、宿儺は満足そうに笑みを浮かべ、凛花の肩にそっと触れた。

そして、耳元で囁く様に―――。

 

「では、最初の“仕事”だ。あの小僧を―――殺せ」

 

「……方法は?」

 

「任せよう」

 

凛花の言葉に、宿儺がにやりと笑う。

すると、凛花はふっと笑みを浮かべ―――。

 

「―――そう、助かるわ」

 

そう言うと、凛花が手を前にかざした。

刹那、凛花の前方に3つの神剣の姿をした呪具が現出したのだ。

 

「ほう……」

 

それを見た宿儺が、面白いものでも見たかのようにその口元に笑みを浮かべる。

 

草薙神剣くさなぎのみつるぎ

韴霊剣ふつのみたまのつるぎ

天十握剣あめのとつかのつるぎ

 

それは、“三霊剣”と呼ばれる、「神妻家」の神宝だった。

凛花が、その深紅の瞳を細める。

 

瞬間、伏黒が何かに気付いたかのように はっとして、一気にある方向へ向かって駆け出した。

それを見た凛花が、くすっと笑みを浮かべ、

 

「実力は歴然―――そう簡単にいくとは思わないで」

 

そう言った刹那、凛花がくいっと指を動かした。

すると、目の前の3つの剣がまるで凛花の意志の如く、くるくると動き始める。

 

―――ひゅんっと風の音がしたかと思った瞬間、

 

3つの剣が空中で動いたかと思うと、その切っ先がある方向へ向かって突き付けられた。

それ・・を見た宿儺が「ほぅ……」と声を上げた。

 

そして、ふっと余裕そうにその口元に笑みを浮かべ、

 

「……どういうつもりだ? 女」

 

そう、後ろを向いたままの凛花に話しかける。

すると、凛花は何でもない事の様に、

 

「“どういうつもり”? 何を今さら……最初から、こういうつもり・・・・・・・だけれど―――」

 

そう言って、ゆっくりと振り返った。

 

凛花の視線の先には、彼女が現出させた“三霊剣”の全ての切っ先が、三方向から首に突き付けられていた宿儺の姿があった。

そして、振り返った凛花のその手には、呪力で作り上げた天之麻迦古弓あめのまかこゆみと無数の天羽々矢あめのはばやが空中に出現していたのだ。

 

「少しでも動けば、その剣が貴方の首を貫くわ」

 

そう言って、ぎりっと天之麻迦古弓の弓を引く。

すると、それに連動する様に空中の天羽々矢の鏃が全て宿儺に向けられた。

 

凛花のその対応に、宿儺が一瞬眉を寄せた。

 

「分からんな。先程貴様は俺の物になったというのに、“主”である俺に刃を向けるか」

 

宿儺のその言葉に、凛花がくすっと笑った。

 

「“俺の物になった”? 私、一言も“貴方の物になる”とも“そっちに付く”とも言っていないけれど?」

 

そして、凛花はにっこりと微笑んで、

 

「先程のお話―――丁重に、お断りさせて頂くわ」

 

凛花がそう言うと、宿儺が一瞬 虚を突かれたかの様にその赤い目を見開いた。

それから、突然声を上げて笑い出したのだ。

 

 

「……はは、ははははは!! 確かにな! 貴様はそうは口にしていなかったな!!」

 

 

面白いものでも見たかの様に、宿儺がくくくっと笑うと、その口元に笑みを浮かべた。

 

「やはり、貴様は面白いな。是非とも欲しいものだ! しかし、よいのか? 貴様の突き付けているこの剣と矢が俺の首を貫けば、間違いなく虎杖こぞうは死ぬぞ」

 

まるで、凛花が自分を殺せないと高を括っているのだろう。

だが、凛花は平然としたまま、

 

「どうせ、このまま時間が経てば虎杖君はいずれ死ぬでしょう? そんな脅しが通用すると思っているの。無意味よ」

 

「ほう? いいのか? お前から匂うあの男は、虎杖こぞうをいたく気に入っていたようだがなァ」

 

「あの男……?」

 

そこまで言われて、凛花の脳裏に銀髪に目隠しした男の姿が思い出された。

 

もしかして、さっきから言っているのは悟さんの事……?

 

確かに、今回の件は五条に言われてきた。

五条が呪術界の上層部を改善しようとしているのは知っている。

その事にどうこう言うつもりはないし、事実、今の上は はっきり言って腐っている。

保身に走り、腐敗し、世襲に拘り、傲慢な者ばかり。

 

誰かがしなければいけない事だった。

それを五条はしようとしているのだ。

 

その五条が、後進を育てる為に「教師」という立場にいるのは理解している。

すべては、「呪術界の魔窟」となっている上層部を「リセット」する為だ。

 

上の連中を皆殺しにするのは彼にとって簡単だろう。

しかしそれだけでは「変革は起きず、首がすげ変わるだけ」であり、そんな荒っぽいやり方では、誰もついてこない。

 

だから、強く敏い仲間を育てるために「教育」という道を彼は選んだのだ。

それは、彼の「尊敬」する部分でもあるし、「共感」出来る部分でもある。

 

そんな五条が、伏黒以外に気に掛けるようになった少年―――「宿儺の器」である虎杖悠仁。

彼を「無傷」で助け出せれば一番ベストだが―――世の中、そんなに甘くない。

 

しかも、今は宿儺が主導権を握っている上に、虎杖自身を“人質”に取っている。

 

それならば―――。

 

凛花は、くすっと笑って、

 

「私は、虎杖君と直接会った事はないの。つまり、そこまで思い入れはないのよ」

 

「ほう、なら虎杖こぞうが死んでもいいと?」

 

宿儺がにやりと笑ってそう問う。

だが、凛花は平然としたまま「さあね」とだけ答えた。

 

と、その時だった。

 

『―――凛花さん!!』

 

頭の中に伏黒の声が響いてきた。

それだけで凛花には分かったのか―――、

 

「おしゃべりはここまでにしましょう」

 

そう言うなり、ぐっと引いていた弓を宿儺めがけて放った。

刹那、空中に会った無数の天羽々矢や宿儺めがけて襲いかかる。

 

だが、宿儺はにやりと笑って挑発する様に両手を広げた。

 

「射れるものなら、射ってみろ!! 虎杖こぞうの身体をな!!!」

 

「……天羽々矢」

 

凛花がそう呟いた時だった。

放った矢が軌道を変えたかと思うと、宿儺めがけて無差別の方向から攻撃を撃ち始めた。

 

まさか、本当に撃ってくるとは思わなかったのだろう。

宿儺が僅かに眉を寄せる。

 

だが、凛花は躊躇いもなく宿儺を攻撃した。

ぱちんと彼女が指を鳴らすと、宿儺の首を押さえていた3本の剣もその首を狙って一気に斬り掛かる。

 

「ちっ」

 

流石に首を狙われるのは面倒と思ったのか、宿儺が素早く手でその剣の刃を掴んだ。

だが、その隙に矢が宿儺めがけて全方位から襲いかかる。

 

しかし、宿儺は片手を横に素早く凪ったかと思うと、そこから一気に呪力の防壁が宿儺の周りに展開された。

放たれた矢が、全て払い落とされる。

そして、手で受け止めた剣を地に打ち捨てた。

 

「つまらんな、この程度か? 神妻の巫女よ」

 

挑発するかのようにそういう宿儺だが、凛花は平然としていた。

と、その時だった。

 

「凛花さん!!」

 

何処かへ行っていた伏黒が戻ってきた。

その手に、宿儺の投げ捨てた“虎杖の心臓”を持って―――。

 

それを見た宿儺は「ああ……」と、全てを理解したかの様に声を上げた。

 

「すべてはそこの小僧が“それ”を確保する為の、時間稼ぎか」

 

そこまで言って、宿儺はくくくっと笑った。

 

「しかし、残念だな。“それ”があったとしても、俺は治さんぞ。そして、この“身体”も渡す気はない」

 

その時だった。

突然、伏黒が宿儺を睨みつけて、

 

「虎杖は戻ってくる。その結果、自分が死んでもな」

 

「恵君?」

 

凛花が制止しようとするが、伏黒は更に一歩前に出た。

そして、

 

「……アイツはそういう奴だ」

 

はっきりとそう言い切ったのだった。

 

「恵君……」

 

信じているのだ。

虎杖悠仁かれを。

 

だが、宿儺は違った。

面白いものでも見たかのようにけらけらと笑いだした。

 

「買い被り過ぎだな。コイツは他の人間より多少頑丈で、鈍い・・だけだ」

 

そう言って、ぐいっと心臓を抜いた時に、流れ出た口元に付いていた血を拭う。

 

「先刻もな、今際の際で脅えに脅え、泣きながらゴチャゴチャと御託を並べていたぞ? ―――死にたくない、とな。断言してやろう」

 

宿儺がにやりと笑う。

 

 

 

 

「―――奴に自死する度胸はない」

 

 

 

 

ザ―――――。

 

 

  雨が、

 

    酷く降り始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コマ数にして約4~5コマ

アニメにして1分もこの間進んでいませんwww

だめやーん

 

2023.11.28