◆ お疲れ様です
「あ、あの……さ、悟さん……?」
凛花はその時、固まっていた。何故なら五条が突然、座って報告書を書いている凛花の膝に、ごろごろと頭を乗せてきたからだ。普段なら、凛花の仕事中にこんな絡み方はしてこない。正直、五条の行動が凛花には理解不能だった。
凛花は小さく息を吐くと、手を止めそっと五条の柔らかい銀の髪に触れる。
「どうかなさったのですか?」
そう言って、優しく頭を撫でた。すると、五条が嬉しそうに笑ながら、その碧色の瞳を閉じる。
「うん。凛花ちゃんにこうしてもらうと落ち着く」
「そう、ですか?」
ただ、頭を撫でているだけだ。それだけで、多忙な五条が休まるのならば、それに越したことはないが……いまいち釈然としない。凛花が、じっと五条の顔を覗き込む様に見た。すると、突然五条がくるっと顔を凛花の方に向けてきたのだ。そして、すっと手を伸ばしてくると――そのまま、ちゅっと音がして口付けをされた。
「さ、ささ、悟さんさん……っ!? 何を……っ」
凛花が突然の口付けに、顔を真っ赤にしれ抗議すると、五条はしてやったりという風に笑いながら、
「やっぱ、凛花ちゃん可愛い」
「や、あの……」
そういう問題ではない。なんだか、五条に誤魔化されたようで、凛花が何か言いたげに、口を開きかけると――、
「僕、今日はちょっと疲れたんよね。だから、凛花ちゃんの癒しが必要なんだ。暫くこのままでいて欲しいかな」
そう言って、そっと凛花の黒く艶やかな長い髪に触れた。そして、遊ぶようにくるくるとその髪をその長い指に絡めていく。そう言われてしまっては、もう凛花は何も言えなくなってしまった。
五条が多忙なのは今に始まったことではない。休める時に休ませてあげたい――というのが本音だ。凛花は、諦めにも似た溜息を零すと、そっと、今一度五条の髪に触れて、その頭を優しく撫でる。
「今……だけですからね?」
凛花がそう言うと、五条が嬉しそうに笑った。
「うん、ありがと。やっぱり凛花ちゃんは優しいね」
「……別に、優しくなんて……」
そう言葉を返そうとする凛花を、五条はじっと見つめると、くすっと笑みを零し、
「優しいよ――凛花は。今も昔も、ずっと優しい」
そう言うと、再び五条が唇を重ねてきた。凛花の頭を引き寄せ、一度、二度と徐々に深くしていく。
「凛花――愛してるよ」
重ねられた唇から、五条の熱が伝わってくる。それはとても温かく、優しいものだった。凛花が微かに肩を震わすと、五条がそれに応えるかの様に、口付けを更に深くしていく。
「さ、と……ん……っ」
微かに零れた吐息が、五条のそれをどんどん加速させていった。そのまま手を伸ばすと、凛花の首に手を回して引き寄せる。
「やばい、このまま抱きたいかも」
「……っ、な、何言っているんですか……こんな場所で……」
曲がりにも、ここは高専内の一室である。冗談だとしても、勘弁して欲しい。凛花が顔を真っ赤にしながらそう返すと、五条は面白いものでも見たかのように、くすっと笑った。
「たまには、こういう場所でも――駄目?」
「だ、駄目に決まっているじゃないですか……」
凛花がますます顔を紅潮させて抗議すると、「だったら――」と、五条がそっと凛花の耳元に唇を寄せて来て、
「今日、一緒に僕の部屋に帰ろっか?」
「……っ」
その誘いが何を意味するのか悟ったのか、凛花が今度こそ、これでもかというぐらい顔を真っ赤にした。すれから、少しだけ視線を逸らした後、小さな声で、
「そ、その……。仕事が無事終ったら――です、からね?」
凛花のその言葉に、五条が嬉しそうに笑ったのは言うまでもない。
※Xに上げていたSSです
2024.08.23