◆ 最高の組み合わせ(彼パーカー編)
―――五条悟所有マンション
ばたん! と、息を切らせながら、五条が凛花をその上着で庇う様にしたまま、マンションのキーを開けると、勢いよくドアを開けた。
「凛花ちゃん、大丈夫?」
五条のその言葉に、凛花が「はい……」と、小さな声で頷く。見ると、凛花はすっかり濡れており、服が身体に纏わり付く程だった。幸い、五条の上着でずぶ濡れは免れているものの、このまま放置すれば、夏だとしても風邪をひくのは時間の問題だ。五条はというと、皮肉にも無下限で殆ど濡れていなかった。
というのも、合同任務の途中に降り出した土砂降りの雨で、呪霊は祓ったものの、凛花はというと濡れてしまったのだ。凛花の普段はほのかな桜色の頬も、形の良い唇も、すっかり色を無くしている。そして、心なしか、五条の抱く凛花の肩は微かに震えていた。
寒いのだ。だが、凛花はそれを口にしようとはしなかった。それどころか、少し申し訳なさそうに五条の方を見ると、
「悟さん、すみません。あの……タオルを持ってきて頂けますか? 流石にこのまま部屋に入ると、床が――」
彼女のその言葉に、五条がイラっとしたかのように、眉を寄せる。
「床なんて、どうでもいいでしょ。今は、凛花ちゃんの身体の方が大事」
「ですが……」
それでも、尚も言い募ろうとする凛花に、五条が呆れにも似た溜息を盛大に零した。それから、凛花の意思など関係ないという風に、突然彼女をそのまま横に抱き上げる。驚いたのは、他ならぬ凛花だ。顔を真っ赤にして、慌てて口をぱくぱくさせている。
「あ、あの……っ」
「いいから、黙ってて」
ぴしゃりとそう言い放つと、五条はそのまま部屋に中に足を踏み入れ、バスルームに向かう。そんな五条に、凛花は慌てて
「あ、の……っ! 悟さん……っ。降ろして下さい……っ、このままでは、悟さんが――」
「濡れてしまう――」と言いたかったのだろう。しかし、凛花がその言葉を口にする前に、五条は口を開くと、
「僕の事よりも、凛花ちゃんは自分の心配」
それだけ言うと、あっという間にバスルームに着いてしまった。五条は、そのままバスルームのドアを開けて中に入る。
「じゃあ、僕は部屋にいるから、凛花ちゃんはここで“しっかり”温まってくる事! いいね? 着替えは用意しておくから。脱いだ服は乾燥機に入れて」
それだけ言うと、バスルームに凛花だけを残して出て行ってしまった。残された凛花は、少し戸惑ったように視線を泳がせた後、一度だけ誰も居ないドアに向かって頭を下げたのだった。
**** ****
「さて、と」
五条は、バスルームに「着替え」を持って行った後、ダイニングでホットココアを淹れていた。ミルクも温めて、甘いマシュマロをカップの中に入れる。そうしている内に、ダイニングのドアが開いて凛花が顔を出してきた。だが、何故か中に入ってこない。
もじもじと、ドアの影に隠れていた。その顔は、身体が温まって赤くなっているのか、それとも、別の理由で赤くなっているのか……。
「凛花ちゃん?」
五条が、首を傾げながら凛花の名を呼ぶ。だが、やはり凛花は部屋に入って来ようとしなかった。それから、その深紅の瞳を少し逸らしながら、
「あ、あの……、その……着替え、なの、ですが……」
「?」
「ほ、他の物は、ない……で、すか?」
「ん? サイズ合わなかった?」
「あ、その……サイズは大き過ぎるぐらいなのですが……えっと……」
言い難いのか、凛花が口籠もる。だが、いつまでたっても部屋に入って来ようとしない凛花に、痺れを切らしたのか……五条はホットココアの入ったマグカップをテーブルに置くと、そのまま凛花に近づいた。
ぎょっとしたのは、凛花で……慌てて逃げようと背を向ける。が、五条から逃げられる筈もなく――あっという間に、その手に捕まってしまった。
「さ、悟さ……、離し――」
「何? 凛花ちゃん、一体どうし……」
そこまで言いかけた五条が、凛花の姿を見て、はたっと止まる。それから、まじまじと凛花を上から下まで見た。
そこには、五条の黒いぶかぶかのパーカーだけを着た凛花が、恥かしそうに手で裾を押さえて立っていたのだ。明らかに、着られてる感のある五条の大きなパーカーの裾から、彼女の白い太腿が露になっている。どうやら、彼女はそれが恥ずかしくて仕方ないらしかった。
だが、五条は一瞬だけその碧色の瞳を瞬かせた後、真顔で、
「凛花ちゃん……控えめに言って、最高」
「え……、あ、いえ、そうではなくて……その、流石にこの着替えは――その……せめて何か下に履くものを――」
「いやいや、履いたら駄目でしょ」
何故か、即答された。訳の分からない凛花が、慌てて口を開く。
「あ、あの、でも……っ。さ、サイズも悟さんのだから大きいですし……、着替えなら私の置いている服を――」
「ううん、ジャストフィットだよ。まるで、凛花ちゃんに着られる為にあるみたいに」
「は……?」
この人は、何を言っているのだろうか?どこからどうみても、サイズ違いもいい所だ。それなのに、五条の目は「最高の組み合わせを見つけた」とても言わんばかりに輝いていた。
こうなってしまっては、もう五条は凛花の提案など、聞き入れてくれないだろう。だが、ここで折れてはきっとこの先も、着させられる。
そう思った凛花は、何とか五条の手から逃れようとした。しかし、力で五条に敵う筈もなく、逃亡はあえなく失敗に終わるのだった。
**** ****
「凛花ちゃん、ココア美味しい?」
「え……あ、はい……」
何故、こんな事に……。
凛花は、五条の用意してくれたマシュマロ入りのホットココアを飲みながら、自分の後ろに座っている五条の方を見た。すると、目の合った五条が嬉しそうに笑って、凛花を抱き締める手に力を籠める。
結局、あの後――なし崩しのまま、凛花は五条の黒いパーカーを着たままになったのだ。1万歩譲って、それはいいとしても……何故、五条はこんなにくっついてくるのか……。しかも五条の前に座らせられた所為で、体育座りの様に足がなっており、恥かしい事この上なかった。
凛花が恥ずかしそうに、足をもぞもぞと動かして位置をずらそうとするが、何故か五条に却下される。はっきり言って、意味が分からなかった。と、その時だった。
「凛花」
不意に、五条が凛花の名を呼んだ。
「え?」と思い、振り返ろうとした瞬間――ちゅ……っ。
小さく、音がした。それが、唇に触れてきた五条の唇だと分かったのは、それから数秒後だ。すぐに離れた五条の顔を、凛花は呆然と見つめてしまった。
「さと、る……さん?」
そこではっと我に返るが……もう遅い。いつの間にか五条の顔が至近距離まで近付いており――そのまま再び口付けをされたのだ。それは青天の霹靂であった訳で……。羞恥の所為か、それとも驚きの所為か……その白い頬は、すっかり赤くなっていた。
そして、そんな凛花とは逆に、何故か上機嫌な様子で笑っている五条。
「な、な、なん……っ」
そんな彼に、真っ赤な顔で小さく震えながらも、ようやく抗議の声を上げた。だが……それさえも簡単に封じ込められてしまう。再度唇を重ねられ――ちゅ……っ、と小さな音が鳴った。
「ん……っ」
それから、何度も啄む様な口付けを繰り返されたかと思うと、次第にそれは深い口付けへと変わっていった。何度も、角度を変えて口付けられる。
「……ぁ、は……ンン……っ」
息苦しくなり、空気を求めて口を開けば、その隙を逃さないとばかりに五条の舌が侵入してくる。そして、凛花のそれを絡め取り、吸い上げていった。
時折歯列をなぞられ、上顎を舐められて――その感覚に、凛花はただただ、翻弄されるしかなかったのだった。
やがて、ゆっくりと唇が離れる頃には、すっかり凛花の身体からは力が抜けていた。後ろの五条にもたれ掛かるようにしながら、何とか息を整えようとするが、上手くいかない。そんな凛花を抱き締めながら、五条は満足そうな笑みを浮かべていた。だが、すぐに何かに気付いたのか、少し不満そうに口を開くと、
「あー、しまった。キスマーク付け忘れてた」
「………………はい?」
この人は、何を言っているのだろうか? そんな五条の言葉の意味が分からず、凛花は首を傾げるが、だが、五条はお構いなしに――。
「じゃあ、もう一回ね」
そう言うと、再び唇を重ねてきたのだ。
「さと……っ、ぁ……ンん……っ」
今度は、最初から深い口付けだった。ぐっと、凛花の腰を抱き寄せる五条の手に力が籠もる。息をする暇もなく、何度も何度も重ねられる。そして、五条の唇が次第に下にさがってきて――。
「ぁ……っ」
ちりっと、首筋に痛みが走った。それが、五条のつけたキスマークだと分かったのは――再び口付けを繰り返された後だった。
「さ、悟さん……っ! もう充分です……から……っ」
それから暫くして、やっと解放された凛花が慌ててそう叫んだ。だが、五条の方はと言えば、まるで悪戯っ子の様な表情で笑うと、
「えー? 僕はまだ足りないんだけど?」
「な、何を仰って……っ」
そんな凛花の抗議の声など聞こえないとばかりに、再び五条が顔を寄せてくる。どうやら、彼は凛花の抗議――意見を聞く気はないようで……。そんな五条に、凛花は観念したように目を瞑るしかなかったのだった。
これの元ネタは、ふぉろわさんの「彼パーカー」です
許可得たので、書かせて頂きました!
解釈は、気にしては駄目ですww
2024.08.01