深紅の冠 ~無幻碧環~

 

◆ love at first sight:first contact(hrhn)

 

 

―――学院の帰り道

 

 

「あ、ねえ! あれ、“はらほん”じゃない?!」

 

「え、嘘!?」

 

ふと、隣を歩いていた友人の2人が、街頭にある大きなビジョンを見て歓喜の声を上げた。凛花が不思議に思い、首を傾げる。そして、2人が見ているビジョンの方を見ると、見知らぬ音の人が2人――スーツを着て、何やら良く分からない会話をしていた。1人が何かを喋って、1人がそれに突っ込んでいる。だが“それ”が何なのか理解出来ず、凛花はやはり首を傾げた。

 

「やっぱり、かっこいい~~」

 

「漫才コンビっていうよりも、もう歌とか歌って欲しいよねー」

 

「わかるわかる!」

 

と、友人2人は盛り上がっていたが、やはり、凛花には理解出来なかった。すると、友人の内1人が凛花の方を見て、

 

「ねえ、凛花もそう思うでしょ?!」

 

「え……」

 

いきなり話を振られて、凛花が一瞬戸惑いの色を見せる。それから少し視線を泳がせた。正直、ここで話を合わせておくべきか、素直に知らない事を言うべきか迷う。だが、やはり嘘は言いたくないと思ったのか、凛花は申し訳なさそうに、

 

「あの、“はらほん”って……?」

 

凛花のその言葉に、友人2人がぴたっと止まった。それから顔を見合わせて、

 

「ええ!? 凛花、“はらほん”知らないの!!?」

 

「今、すっごい人気の漫才コンビの“祓ったれ本舗”だよ!!」

 

「祓った……?」

 

初めて聞く、芸名というのだろうか? コンビ名? に、やはり凛花は首を傾げた。その後も、友人たちは彼らの事を色々説明してくれたのだが、謎の言葉が飛び交っていた為か、凛花の頭には少しも入ってこないのであった。

 

その後、分かれ道で友人別れて帰路に着くと、屋敷の門の前に見覚えのある車が停まっていた。いつも、他で暮らしている兄・昴が帰ってくる時に、使っている車だ。もしかして……。という淡い期待が胸を過る。

 

お兄様が、帰ってきている……?

 

そう思って、歩く歩調が速くなりかけた時だった。

 

「ったく、昴の家は相変わらず遠いな。なんか、すげー疲れた」

 

「何言ってるんだい、悟。そこまで遠くないだろう? 都内だし」

 

と、見知らぬ2人が後部座席から降りて来たのだ。

 

「え……」

 

瞬間、車の傍まで来ていた凛花の足が止まる。てっきり兄だと思っていたのに、全然知らないスーツ姿の人が降りて来たのだ。それは驚きもするだろう。

すると、背伸びをしていた内の1人である、銀髪に碧眼の、何故かサングラスを掛けている青年が「ん?」とこちらに気付いた。思わず、目が合う。が――凛花は慌てて頭を下げた。仕事の依頼に来た、お客様かもしれないと思ったからだ。

 

すると、銀髪の彼は訝し気に凛花の方をじっと見たまま、一歩何故かこちらに近づいてきた。ぎょっとしたのは凛花だ。何故……!? と思いつつ、逆に一歩後退ってしまう。

 

「おい」

 

すると、今度はその長い足で大股に近づいてきたのだ。そして、逃げる隙もなくあっという間に、捕まってしまう。屋敷の塀側に追いやられたかと思うと、何故か手を突かれて、逃げ道を塞がれてしまった。

 

「あ、あの……っ」

 

困惑した様に、凛花が声を発するが、その青年はじーっとその碧眼で凛花をみたまま、

 

「オマエ……」

 

「え……?」

 

何かを言い掛けたかと思ったが、青年が片手で口元を押さえて、何か考え込んでしまう。

な、に……?

と、思うものの、どうしていいのか分からなかった。すると、その様子を見ていたもう1人の青年が、小さく息を吐いて、

 

「悟。そんなに急に追い詰めたら彼女が可哀想だろう。脅えてるじゃないか。いくら、逢いたい子だったからって……」

 

「はぁ!? ちっげーよ!! それは、こいつが逃げるから――」

 

「はいはい。ごめんね、凛花ちゃん……だよね? 悟が驚かせて」

 

「え……」

 

何故、名前を知っているのか……。と、凛花が思った時だった。突然、銀髪の彼が、もう1人の青年から凛花を隠すかのように両手で抱き締めてきたのだ。それに驚いたのは、勿論凛花で――。知らず、顔がどんどん紅潮していくのが自分でも分かった。

 

「あ、あの……っ」

 

凛花が堪らず、言葉を発しようとするが――彼には聞こえて無いのか、もう1人の青年を睨みながら、

 

「傑! オマエこそ、こいつにまで いつもの色目使おうとしてんじゃねーよ!」

 

「色目だなんて……心外だなあ」

 

「いつものオマエの手口じゃねえか!」

 

「悟。喧嘩売ってるなら買うよ」

 

と、何故か言い争いが始まった。しかし、凛花はそれ所ではなかった。何故ならば、その間ずっと銀髪の青年の腕の中に抱き締めれらたままだったからだ。その力は、どんどん強くなっていくし、なによりも、彼の声が真上から響いてきて、余計に恥ずかしくなるからだ。

もう、凛花はどうしてよいのか分からなかった。とりあえず、離して欲しいというのが、凛花の本音なのだが、聞き入れてもらえそうにない。何度か「あの……っ」と、声を掛けてみたが、彼はそれ所ではないらしい。凛花が困り果てていたその時だった。

 

 

 

 

「こらああああ!!! うちの凛花に何してるんだ―――悟!!」

 

 

 

 

と、突然 聞き覚えのある声が木霊したかと思うと、べりっと思いっきり銀髪の彼から引っ剥がされて、誰かの腕の中に抑え込まれた。

 

「凛花! お兄ちゃんが来たからもう大丈夫だぞ!!」

 

その声を聞いた瞬間、凛花は はっとして顔を上げた。そこにいたいのは、車の助手席から降りて来た、兄・昴だったのだ。

 

「お、お兄様……?」

 

昴の顔を見た途端、ほっとしたのか、じわりと凛花の目尻に涙が浮かんできた。そんな凛花を見て、昴がよしよしと頭を撫でる。

 

「怖かったよなーもう大丈夫だぞ、凛花」

 

そう言って、凛花を連れて屋敷の中へと入って行こうとする。と、

 

「こらぁ―――! 昴!! 俺達を置いて行くな!!」

 

「昴、君は一応私達のマネージャー兼うちの事務所の社長秘書だよね? 後、私達は友達でもある筈だが――」

 

と、2人が言っているが―――。

 

「マネージャー兼社長秘書&友人である前に、俺は凛花の兄だからな! 凛花を獣から守る義務がある!!」

 

と、どや顔で言い切ったものだから、「誰か獣だ!!」などと口論が続いたのは言うまでもない。

 

 

 

*** ***

 

 

 

―――1時間後

 

 

凛花は制服から着替えた後、屋敷の廊下を昴の部屋に向かって歩いていた。先程たまたま、屋敷の使用人頭の牧田に会って、昴達が今夜は泊まるのか、そして夕餉をどうするか確認しようとしていたが、忙しそうだった為、代わりに凛花が確認してくると名乗り出たのだ。

そして、今、こうして昴の部屋に向かっている訳だが――。

 

牧田の話から察するに、どうやら先程の2人も一緒にいるようだった。なんだか、会うのが少し躊躇われる(特に銀髪の彼)が、牧田は忙しそうだったし、それにいつも世話になっているので、今更「やはり止めます」とは言えなかった。

仕方なく、昴の部屋に向かうと、中から男3人の声が聞こえてきた。部屋の障子戸は開けられていて、このまま行くとばったりと会ってしまう。凛花は少し考えた後、そっと、部屋の一歩手前で立ち止まると、

 

「あの、お兄様。少しお時間宜しいですか?」

 

と、声を掛けた。

すると、中から「凛花!」と、嬉しそうな昴の声が聞こえてきたかと思うと、ぱっと昴自身が凛花の前に飛び出してきた。

 

「お兄ちゃんに、会いに来てくれたのか!?」

 

「あ、いえ……牧田さんが今夜の夕餉と、そのまま泊まるのか確認して欲しいとの事だったので、代わりに――」

 

「勿論、実家に帰って来たんだから、泊まるし、夕餉も食うぞ! あ、こいつらも今夜泊まるから」

 

と、何やらついでに爆弾発言をした。凛花が「え?」と声を洩らして、思わず彼らの方を見ると、銀髪の彼はぱっと目が合った瞬間、ふいっとそっぽを向いて、もう1人はにこやかに笑って、手を振っていた。

凛花は、ぺこりと頭を下げると、そのまま去ろうとしたのだが……。

 

「あ、凛花はこっちおいで」

 

と、何故か昴に引っ張られて、横に座らせられた。だが、牧田に先程の事を伝えなければ――と思うのだが、そういうのは女中に言えばいいとばかりに、昴はささっと女中を呼ぶと、牧田に伝言を頼んでしまった。

お陰で、去るに去れなくなってしまい、凛花は困惑したままその場に、いる羽目になった。昴が女中と話している間、昴の方を見た後、ちらりと彼らの方を見ると、また銀髪の彼と目が合った。

 

「……っ」

 

瞬間、脳裏に先程の事が蘇り、かぁっと、知らず顔が赤くなってしまう。それは彼も一緒だったようで、2人して顔を赤くして、凛花は俯き、彼はそっぽを向いてしまった。そんな2人を見て、もう1人の青年がくすっと笑って、「おやおや」と言っていると、昴が戻って来た。

 

「ああ、凛花。こいつらのこと知らないだろう? 紹介するよ」

 

そう言って、目の前に座る彼らを見た。すると、笑っていた青年の方が、

 

「私は夏油傑というんだ。そして、隣のこの照れてる彼が――」

 

「……五条悟。てか、べ、べ、別に照れてねーし!!」

 

「そうなのかい? 悟。てっきり君は、凛花ちゃんの事を前から――」

 

と、そこまで夏油と名乗った青年が言い掛けた時だった。ぴくーんっと、反応した昴がにっこりと微笑みながら、

 

「悟~? どういうことかな?」

 

と、言いながら笑っているが、目が笑っていない。それを見た五条と名乗った銀髪の青年が、慌てて手を振りながら、

 

「ち、ちっげ――よ!! べ、別に俺は……っ」

 

「そうかそうか。傑はともかく、悟はいつも他の美人女優に声を掛けられても、靡かないと思って感心していたが、よもや凛花の事をな……。ふ、覚悟はできているんだろうね? 悟」

 

と、昴が突然指をばきぼき鳴らしながら、ゆらりと立ち上がりそうになる。それを見た凛花が慌てて、

 

「お、お兄様落ち着いてください……っ。私はお2人の事、まったく存じ上げませんし、お2人も私の事は知らない筈で――」

 

 

 

「え?」

 

 

 

と、瞬間、凛花以外の3人の声が重なった。その反応に、逆に凛花が「え?」となる。一瞬、部屋の中がしん……と、静まり返る。

そんな沈黙を破ったのは、夏油だった。

 

「えっと、凛花ちゃん? もしかして、私達の事――知らない?」

 

「……え? あ、はい……」

 

知らないも何も、今日初めて会ったと思うのだが? と、言いそうになる。が、言う前に、五条が驚いた様に叫んだ。

 

「はぁ!? オマエ、俺らの事知らねーの!!?」

 

「え、え?」

 

何なのだろうか、この2人の反応は。凛花が困惑気味にそう思っていると、隣の兄・昴までもが……。

 

「く……っ。俺のマネージング不足か……っ!」

 

などと言い出した。正直、話がさっぱり見えない。それよりも、気になったのは、

 

「その、すみません。存じ上げませんけれど……。あの、どうしてお2人こそ、私の事をご存じで……?」

 

そうなのだ。会話どころか、会った事すらないこの2人が、自分の事を知っている事が逆に謎過ぎて、不気味だった。すると、夏油がけろっとした顔で、さも当然のように、

 

「まあ、君の話は昴から毎日聞かされてるし――写真付きで。後、悟も君の写真持ち歩いては、暇さえあればしょっちゅう眺めてたから、目に入ってしまってね……」

 

「え……?」

 

今、この人は何と言ったか……。昴が写真付きで毎日話していると言わなかっただろうか。しかも、五条までもが凛花の写真を持ち歩いて――。

 

「す、傑! オマエ……何言って……っ!!」

 

と、五条が顔を真っ赤に染めて抗議しようとしたが、背後に般若を従えた昴が今にも切れそうな勢いで、

 

「ちょっと待て。なんだって? 悟が凛花の写真を持ち歩いて……? 聞いてないなあ、お兄ちゃん」

 

「待て! 待て待て、昴!! 誤解だ―――!!」

 

「誤解? 何が誤解なのかな?」

 

と、何やらばたばたと、五条と昴が暴れ出した。残された凛花は、話がどうも理解出来ず、困惑していた。すると、見かねた夏油が、

 

「私と悟は、“祓ったれ本舗”っていう名前で芸能活動しているんだよ。結構、自分で言うのもなんだけれど、それなりに名前と顔は売れてるつもりだったんだ。だけど、凛花ちゃんは知らなかったようだね」

 

「あ……」

 

人気のある芸能人を知らないと言ってしまったのだ。ある意味それは失礼だったかもしれない。そう思うと、何だか申し訳ない気持ちになった。

 

「すみません。テレビを観る習慣がなく……それに、あまりそのそういう雑誌なども見ないので――」

 

「いいよ、気にしないで。それなら、見る機会無くても仕方ないしね」

 

「……すみません」

 

そうもう一度、謝罪をした時だった。ふと、帰り際に友人が話していた内容を思い出した。

 

「あ……あの、間違っていたらすみません。もしかして“はらほん”さん、ですか?」

 

その言葉を聞いた瞬間、ぱっと夏油が嬉しそうに笑った。

 

「あ、その略称は知ってたんだ?」

 

「あ、いえ……その、今日帰りにたまたま友人が……、その街頭のビジョンに映ってるのを見て、言っていたので、それで――」

 

「ああ、成程ね。そうだよ。その“はらほん”が私達だよ」

 

その言葉に、凛花が少しだけほっとした。と、その時だった。

 

「こらぁ―――! 傑!! 凛花をナンパするなあああああ!!!」

 

「そうだぞ、オマエ……っ。興味ないフリしてまさか……!!」

 

と、何故か昴と五条の矛先が夏油に向いた。夏油は心外そうに顔を歪ませて、

 

「何言ってるんだい、君達は」

 

呆れ顔でそう言う。そんなやり取りを見て、凛花は思わず笑ってしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2024.12.21