深紅の冠 ~無幻碧環~

 

◆ Secret Day’s(五条悟BD:2024)

 

 

―――12月6日

 

 

外は、夜になるといつの間にか随分と寒くなり、息を吐くと白くなる程だった。凛花は、五条と任務帰りが偶然一緒になった為、そのまま街中を2人で歩いていた。

周りを見ると、12月に入ってからイルミネーションが沢山飾られるようになり、クリスマスも近くなったのだなと、実感する。

そんな時だった、ふと五条が思い出したかのように、

 

「そうだ! ねえ、凛花ちゃん。今年のクリスマスはどうする?」

 

「え?」

 

唐突にそう聞かれ、凛花がその深紅の瞳を瞬かせる。「どうする?」と問われても、特にこれと言って何も考えていなかったし、それに――。

 

「……任務の事ですか?」

 

基本、呪霊は人の負の感情に引きずられる。必然的にイベント時は負の感情も増えるので、呪霊が発生するのがセオリーだ。休みの時もあるが、任務になる可能性も大いにある。そう思って、五条がそれを心配しているのかと思ったが――五条はというと、むぅ……と、頬を膨らませて、

 

「違うでしょ! 僕、クリスマスは働かないよ!? ケーキと凛花ちゃんが待ってるもん!」

 

「……」

 

と、言われたものの……。ケーキは解る。五条は大の甘党だ。まあ、正確には術式的に脳が凄く疲れるので、甘いものを摂取していたら甘党になった――が正しいのだが。そこの凛花が混ざる理由がさっぱり理解出来ない。

 

「えっと……」

 

凛花が少し困惑したかのように、五条を見ながら、

 

「ケーキは理解出来ます。でも、何故そこに私が……?」

 

と、尋ねると、五条はさも当然のようにこう言い切った。

 

「そりゃぁ、僕と一緒にクリスマス過ごすのは凛花ちゃん確定だもん」

 

「……」

 

いつもの事とはいえ、毎年思うのだが……何故「確定」なのか……。去年もそうだったが、今年も「確定」らしい。

半ば、凛花は諦めにも似た溜息を付きながら、

 

「悟さんは、何か希望はあるんですか?」

 

と、一応尋ねてみる。すると、五条はうきうきしながら、

 

「そうだなあ~。去年は外出してイルミネーション見たり、クリスマスマーケット見たりしたでしょ? ……まあ、邪魔も入ったけど。今年はお部屋デートなんてどうかなって!」

 

「お、お部屋、デート?」

 

「そうそう! 僕のマンションで、凛花ちゃんお手製のケーキとか、料理とか! 後、こうおっきなクリスマスツリー飾ってさ、プレゼントも沢山用意して!」

 

どうやら、五条の中で凛花が料理するのは確定らしい。いや、別にそれはいいのだけれど……。

 

「……クリスマスツリーありました?」

 

少なくとも、凛花は持っていない。記憶が正しければ、五条所有のマンションにも無かった筈だ。すると、五条がふふんっと得意気に、

 

「本家(うち)にあるよ? あーでも、少し古いから新しく買ってもいいかなー」

 

などと言い出したものだから、凛花はぎょっとして慌てて口を開いた。

 

「か、買うのは止めた方がいいです……っ。その、片付けた時、場所取りますし、邪魔でしょう? 季節限定ものだから、ずっと飾っておくわけにもいきませんし――」

 

「んーじゃあ、終わったら捨て――」

 

「毎回、ツリー捨てる人はいません……っ!」

 

五条なら、本気でしそうで怖い。凛花が、あわあわしていると、五条がそれを見てくすっと笑った。そして、凛花の頭を優しく撫でながら、

 

「冗談だよ、冗談。も~凛花ちゃんは反応がいちいち可愛いなぁ」

 

そう言って、そのまま凛花の肩を抱き寄せると、そっとその髪に口付けを落とす。

 

「……っ、さと――」

 

突然の五条からの口付けに、凛花の顔が赤く染まる。そんな凛花を愛おしそうに見ながら、五条は彼女の耳元でそっと囁くように、

 

「――それに、僕達の子供が生まれた時、“このツリーはパパとママの思い出の品なんだよ”って言えるじゃん」

 

「~~~~っ」

 

今度こそ、凛花が顔を真っ赤に染めてた。すると、やはり五条はそんな凛花を優しく見つめ、くすっと笑った。そんな五条を見ているのが恥ずかし過ぎて、凛花は視線を逸らすと、

 

「そ、その前に……っ。め、恵君の誕生日あるじゃないですか。その、去年はあんまりちゃんとお祝い出来なかったから、今年は――」

 

と、話を逸らそうとした時だった。突然、ぴたっと五条が足を止めた。それが余りにも不自然で、凛花が首を傾げる。

 

「悟さん? どうしかし――」

 

「……凛花ちゃん。恵の誕生日の前にもっと重要な案件あるの、忘れてない?」

 

「え……?」

 

重要な案件? 凛花が首を傾げていると、五条ががしぃ……! と、凛花の両肩を掴んだ。そして、今にも泣きそうな声で、

 

「本気の本気で言ってる?!」

 

「え、えっと……」

 

凛花が、さっと視線を逸らすと、五条がずいっと顔を近付けて来て、

 

 

 

「明日は、僕の誕生日だよ!!?」

 

 

 

「あ……はい……」

 

知っています。とは言えず、凛花が更に視線を逸らす。すると、五条が更に距離を詰めて来て、

 

「凛花ちゃん……僕知ってるんだよ?」

 

「な、何を……ですか?」

 

「最近いつも眠そうだし、暇さえあれば何かのカタログ見てるでしょ!? あれ、まさか恵の為とか言わないよね? 僕の為でしょ!!?」

 

ぎく……っ。す、するどい……。

 

一体、いつ見られていたのか……。極力五条の前では平然としておき、カタログも見ないようにしていたのに……。

実のところ、ここ最近は任務が終った後、毎晩五条好みの新作の甘いお菓子の実験をしていた。カタログもプレゼントは決めたものの、どのデザインの物にしようか迷っていたのだ。

などとは、口が裂けても言えず、凛花はどう言い訳しようかあぐねていた。すると、五条がむぅっと頬を膨らませて、

 

「凛花ちゃん、明日休みだよね? 僕も休みだから、今から凛花ちゃんのマンションに行くよ」

 

「え……!?」

 

「強制的に、僕の誕生日パーティーします!!」

 

「ええ……っ!? ちょ、ちょっと待って下さい……っ」

 

今、マンションに行かれたら困る!! 部屋は片付けてはいるが――昨夜も作っていたので、試作品の菓子や、本番用の材料。それにカタログが幾つも出してあって、見られたらバレるからである。

 

「ま、待って待って、悟さん……っ」

 

そう言って止めようとするが、五条は止まらなかった。凛花の肩をがしっと掴んだまま、ずるずると強制的に凛花のマンションの方へと連れていかれる。そして――。

 

 

 

 

*** ***

 

 

 

 

―――凛花のマンション

 

 

「……凛花ちゃん」

 

「は、はい……」

 

部屋に入るなり、部屋中に充満している甘ったるい香り。キッチンに置かれている、大量の菓子の試作品に、何十種類というチョコレートや、ココア。それに、ドライフルーツやバニラエッセンス。

リビングの上には、明らかに大人の男性向けの腕時計のカタログが何冊も置かれ、隅の棚にはラッピング用と思われる青系の袋やリボンなどがあったのだ。

 

それを見て、五条が気付かない訳が無い。誰用に準備しているのかを――。

 

「あ、ああの……悟さ……その、これは――」

 

凛花がしどろもどろになりながら声を発しようとした時だった。五条がすっとカタログを手に取った。そして、ぱらぱらとページを捲ってあるブランドの腕時計のページを見せてくる。

 

「僕、これがいいな」

 

「え……?」

 

「腕時計なら、任務中も常に付けてられるし、凛花ちゃんにプレゼントして貰ったものなら、尚更だよ」

 

「……」

 

「これ海外ブランドだけど、このブランドなら確か銀座の専門店にあるよね?」

 

「あ、あの……」

 

そう言いながら、カタログを開いたまますっとカウンターに置くと、今度はキッチンに入っていった。そして、カバーをして置いてあったお菓子に手を伸ばすと、そのままぱくっと食べたのだ。

 

「さ、悟さん……っ」

 

ぎょっとしたのは、凛花だ。何故ならそれはまだ試作品で――それなのに、五条は美味しそうに食べながら、

 

「ん~甘さも最高だね! 流石は凛花ちゃん。僕の好み、良く分かてるじゃん」

 

「……」

 

そんな五条を見て、凛花がぎゅっと唇を噛んだ。

 

「……悟さん、怒らないのですか……」

 

「ん? 怒る? なんで?」

 

「だって……っ」

 

だって、私は……。

五条が凛花から祝われるのを、楽しみにしていると知っていながら、知らないふりをした。驚かせたくて、こっそり用意して、全部黙っていた。でも、まだ何も準備は終わっていなくて……。

 

「……っ」

 

知らず、涙が零れた。それがどういう意味の涙からは解らない。それでもぽろぽろと涙が溢れて止まらなかった。思わず、口元を手で押さえて、嗚咽を洩らす。

すると、五条が持っていた菓子を置いて、そっと凛花の傍にやってくると、そのままぎゅっと凛花を抱き締めた。

 

「大丈夫、全部分かってるから――」

 

「さと、る、さ……っ」

 

「僕を驚かせたかったんでしょ? 充分驚いてるよ。サプライズしてくれようとした事も嬉しいし、僕の為に一生懸命用意しようとしてくれてたその気持ちも凄く――嬉しい。だから、泣かないで」

 

そう言って、優しく凛花を包み込む。その気持ちが、言葉が、優しさが嬉しくて――でも、それでも涙が止まらなくて。

すると、そんな凛花を見て、五条もぎゅっと抱き締めたまま少し困ったように微笑んだ。そして、ぽんぽんと優しく凛花の頭を撫でる。それはいつも落ち込んだ凛花を、慰める時と同じ仕草で……。

それがまた余計に凛花の涙腺を緩ませた。嗚咽を洩らしながら泣きじゃくる凛花を、五条は更に強く抱き締めながら、

 

「――馬鹿、凛花。そんな可愛い事されたら……」

 

「え……」

 

不意に、五条の顔が近づいたかと思うと、そのまま頬を優しく撫でられて上を向かされた。そして、そのまま優しく唇を塞がれた。

 

「……ぁ……さと……」

 

「可愛い、僕の凛花――」

 

そう囁くと、五条が更に深く口付けてくる。そのまま何度も角度を変えて口付けを繰り返しながら、凛花の腰をぐっと引き寄せた。

 

「……っ、悟さ……待っ……」

 

凛花が、かぁっと頬を朱に染めて抵抗しようとするが、途中でその動きが止まった。そして、おずおずと五条の背中に手を回すと、ぎゅっと抱き締め返した。それが、合図だったかのように、五条の口付けが深くなってくる。舌を絡めながら何度も角度を変え、深くなっていく。

それと同時にゆっくりと凛花の身体を抱き上げたかと思うと、そのままキッチンから移動するように歩き出した。

 

リビングのソファに凛花を座らせると、自身もその横に座った。そして、再び凛花を抱き締めると、口付けを繰り返してくる。それが余りにも優し過ぎて、凛花はまた泣きそうになった。

その度に、五条の優しい手が髪を撫でてくれる。

 

「ねえ、凛花――1日早いけど、最初のプレゼント。貰ってもいいかな?」

 

「え?」

 

一瞬、凛花が何の事を言われているのか理解出来ず、その深紅の瞳を瞬かせるが、五条のアイマスクを外した碧色の瞳と目が合った瞬間、察した。

 

「あ……」

 

それは――。

 

「駄目?」

 

まるで、仔犬の様に聞いてくる五条に、駄目だなんて言える筈もなく……。

 

「悟さん、そんなの……ずるい」

 

ぽつりと凛花がそう呟くと、すっと自分から五条の唇に口付けた。そして、そっと離すと、ピンク色に染まった頬で、少しだけ視線を逸らし――。

 

「……いい、です、よ」

 

そう呟いた。すると、五条が今までにない位嬉しそうに笑ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2024.12.19