深紅の冠 ~無幻碧環~

 

Thoughts

 

 

―――2007年・夏

都立呪術高等専門学校・東京校

 

 

それは、神妻昴の一言で始まった。

 

「花火ぃ?」

 

「そう! 今夜、隅田川の花火大会があるんだ!!」

 

隅田川花火大会。それは、関東随一の伝統と格式を誇る花火大会である。

菊のように球形に開く「割物」と、花火玉が上空で二つに開き、中から星などが放出する「ポカ物」などの花火が上がるのだ。花火屋形船などもあり、江戸川区花火大会と並べて「東京二大花火大会」のひとつに数えられる程、大きな花火大会であった。

 

そんな花火大会に行けば、大勢の人でごった返しているだろうし、何よりもそういう「人の集まる場所」には呪霊が沸きやすい。ただでさえ、夏は繁忙期なのに、無駄に仕事などしたくない――というのが話を聞いていた五条悟の意見だった。

 

「どうする? 傑、硝子」

 

そう言って、横にいた同期の夏油傑と、家入硝子に話を振る。夏油は「そうだねえ」と考える素振りを見せたが、家入は「えーめんどくさ」と当然の様に言い切った。すると夏油が、皆が疑問に思っている事を口にしたのだ。

 

「どうして、昴はいきなり花火大会に行きたいとか言い出したんだい?」

 

もっともな意見である。今まで花火大会だから行きたいとか言ったことの無い昴が、突然行きたいと言い出したのだ。何か裏があると思ってもおかしくない。

すると、昴は「ふふふ、よくぞ聞いてくれた!」と、何やらごそごそし始めて――。

 

「これだぁ!!!」

 

と、勢いよく何かを懐から取り出したかと思うと、ばぁん! と、机の上に並べた。思わず他の3人が、反射的にそれを覗き込んでしまう。そこには、浴衣を着た可愛らしい少女の写真が3枚並んでいた。

 

「これって……」

 

「昴の妹ちゃんだね」

 

そこには、今年中学に上がった昴の妹の凛花が写っていた。五条と夏油がそうぼやいた瞬間、家入が何かを察したかのように、「あ、用事が……」と、さっと逃げた。それに気付いた、夏油も逃げようとしたが、がしい! という音と共に、伸びてきた昴の手に腕を掴まれてしまう。五条はというと――じっと何故かその写真を見ていた。逃げ損ねた夏油がそれを誤魔化すかの様に、

 

「えっと、悟? どうかしたのかい?」

 

夏油に声を掛けられて、五条がはっとした様に慌ててばっとその写真から視線を逸らすと、顔を真っ赤にさせて、

 

「べ、別にっ、可愛いとか思ってねーよ!!」

 

あ、思ったんだ……。と、夏油が察したのは言うまでもない。すると、その台詞を聞いた昴が、うんうんと頷き、

 

「悟~分かってるじゃないか! 凛花は可愛いんだ!! 分かるだろう? この愛らしい瞳! 全身から滲み出る、可憐さ! 他の子なんて目に入らなくなるよな!?」

 

そう言って、五条と夏油を期待の眼差しで見てくる。五条はというと、顔を赤くしたままふいっと視線を横に逸らしたまま、「お、俺は……っ」と、何かもごもご言っている。夏油はというと、苦笑いを浮かべながら、

 

「え、えっと……それで昴、その写真がどうかしたのかな?」

 

と、さっさと話を終わらそうと、本題を切り出す様に促した。すると、昴がはっとして突然真面目な顔になる。その顔が尋常ではなかった為、何かあったのかと、五条も夏油も顔を見合わせると、息を吞んだ。昴は、顎に手をやると、「はあああああ」と何故か、重~~い溜息を付くと、この世の終わりの様に、沈み込み、

 

「実は凛花が……」

 

「妹ちゃんが……?」

 

只ならぬ昴の雰囲気に、夏油がそう聞き返すが――五条は慌てた様に、突然ばんっ! と昴の前にある机を叩いた。

 

「アイツが……っ、凛花がどうしたんだよ!?」

 

と、身を乗り出してきたものだから、驚いた様に、昴が一度だけその目を瞬かせた。夏油はというと、唖然としたまま五条の方を見る。そして2人揃って……。

 

「悟……?」

 

2人の声がハモった。瞬間、五条がはっとして、慌てて机から手を離すと、まるで何事も無かったかのように、視線を逸らして、

 

「あ、あ~いや、妹が何なんだよ」

 

そう、興味など無いような素振りを見せる。すると、昴がジト目で五条を見た後、

 

「悟? まさか……俺に隠れて凛花に会ってるんじゃぁ……」

 

「あ、逢ってねーよ! ……す、数回しか……」

 

何やら後半をもごもごさせながら五条がとぼける。だが、昴には聞こえたのか、その目を光らせると、五条の方に身を乗り出してきた。そして……。

 

「どーいう事か、お兄ちゃんが聞いてもいいかな?」

 

と、笑顔で言っているが、顔が笑っていない。いや、むしろ昴の背後に般若が見える。そんな昴に、五条がたじたじになりながら、何とか誤魔化す様に、

 

「い、いや、逢ったつっても、ぐ、偶然っ……。ぐーぜんだよ!」

 

「ぐうぜん~? お兄ちゃんはそんな報告聞いてないぞ?」

 

「いや、あの……」

 

昴が怖い。異様なほど、怖い。すると、見かねた夏油が「まぁまぁ」と仲裁に入ると、にっこりと微笑んで、

 

「まぁ、いいじゃないか、昴。悟も、たまたまなんだろう?」

 

「お、おぅ……」

 

と、五条が夏油の助け舟に乗る形で返事をする。昴はというと……まだジト目で五条を見ていたが、「大事の前の小事だ……。致し方ない」とかなんとかぼやきながら、机の上の写真の方に、視線を向けた。

 

「……今夜、隅田川で花火大会があるって言っただろう? 毎年お兄ちゃんは凛花と一緒に行っていたんだが……凛花が……っ。『今年は、友人に一緒に行こうと誘われたのです。だから、ごめんなさい、お兄様』って言うんだよぉおおおおおおおお!!!!」

 

と、泣き崩れた。それを見た、五条と夏油が「あー」と声を洩らしたのは言うまでもなく……。しかし、凛花にも友人付き合いというものがあるだろうし、そもそも凛花の方は昴の様に、兄にべったりという感じではなさそうだった。

「はぁ……」と、五条が溜息を洩らしながら頭を掻く。

 

「ったく、しゃーねだろ? 凛花だって友人と遊びたい時期だろうしよ。アイツは――お前ほどブラコンじゃねーぞ?」

 

五条がそう言った瞬間、昴が がしぃ! と、その腕を鷲掴みにした。そして泣きながら、

 

「悟ううううう!!! “俺の方が凛花の事良く分かってます”的な風を吹かせるのはやめろおお! 凛花の事は兄である俺が一番理解している! ああ、でも、凛花の良さが伝わっててお兄ちゃん嬉しい!」

 

「泣くか、怒るか、喜ぶか、どれかにしろよ!!」

 

なんだか、収拾が付かなさそうになって来たので、夏油が「はは」と苦笑いを浮かべると、

 

「まぁ、2人とも落ち着きなよ。それで? 昴はどうしたいんだい?」

 

そう尋ねた。すると、昴は五条の腕を掴んだままで、さも当然の様に、

 

「決まってるだろう。浴衣姿の生凛花を見に行くのだ! 3人で!!!」

 

「……“花火”じゃなくて?」

 

「ふっ、花火など……凛花の可憐さに比べたらゴミも同然!!」

 

「オマエ、花火職人に殺されっぞ?」

 

と、夏油と――五条まで突っ込んだが、意味を成さなかった。「花火職人なんて返り討ちにしてやるさ!!」と昴は息巻くだけだったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ****    ****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――隅田川花火大会・隅田川周辺

 

 

「おーすげぇ人だな。綿菓子! 綿菓子食おうぜ!!」

 

「悟! 凛花を探すのが先だぞ。あ、買いに行くなら俺のも頼んだ」

 

と、五条と、昴は楽しそうだったが……夏油はというと、半ば諦めにも似た溜息を洩らしていた。

 

「……何が哀しくて、男3人浴衣で花火……」

 

もっともな意見である。と、その時だった。

 

「あの、かっこいいお兄さん達、よかったら私達と回りません?」

 

「よかったら、私達とー」

 

そう言って、綺麗系や可愛い系の女の人達が、少し歩くたびに声を掛けてくる。が――昴は凛花にしか興味が無いのかガン無視。五条もりんご飴や綿菓子、クレープなど甘いもの満喫中でガン無視。結局、断るという超面倒くさい行為を夏油がする羽目になっていた。

内心、「何しに来たんだ、私達は……」と、夏油が思ったのは言うまでもない。

 

「なー次何食う?」

 

両手一杯に甘いものを抱えた五条が、そう言う。すると、昴が少し考えて、

 

「やはり、屋台と言えば――カスタードクリームの人形焼きっ!」

 

「お、いいね!」

 

などど、会話をしているものだから、夏油が慌ててストップを掛けた。

 

「待て待て待て! 悟は、先にその手の中の物を全部食べてからだ。昴は、妹ちゃんを探しに来たんじゃなかったのかい? ――それに、屋台と言ったら“焼きそば”だろうっ」

 

「それはない」

 

と、五条と昴の声がハモった。こういう時だけは、一致団結するらしい。その時だった。突然、ざわりと、周りの人達がざわめいた。

 

「なんだ?」

 

と、夏油がそちらの方を見た瞬間――、

 

「傑! 昴! これ頼んだ!!!」

 

突然、五条が手に持っていた甘い物を、全部2人に押し付けたかと思うと、ものすごい勢いで、喧噪の中に消えていった。残された2人は一瞬ぽかーんとしてしまったが、恐らく五条は六眼で何かを見つけたのだろう。という事は直ぐに想像付いた。2人は顔を見合わせると、

 

「傑、追えそうか?」

 

そう昴が尋ねる。すると、夏油は「ああ」と答えると、使役している内、一番小さな呪霊を1体呼び寄せ放った。瞬間、蝶の様な呪霊が五条の消えた方めがけて飛んでいく。

 

「あっちだ、行こう」

 

2人は頷くと、駆け出したのだった。

 

 

 

***

 

 

 

「そんなつれなくしなくてもいいんだろぉ~?」

 

「あの、困りますっ……私は、人を探していて……」

 

「だからぁ~、俺らが一緒に探してやるって」

 

そう言って、4人の男が凛花を取り囲んでいた。凛花は困ったように、男達に断りを入れようとするのだが、4人は聞く耳を持ってくれなかった。

どう、しよう……。

こういう時、どうしていいのか――凛花には解らなかった。一緒に来た友人とは、この人ごみで逸れてしまって、探していると、突然この男達に声を掛けられたのだ。

困った様に眉を下げて、どう断ろうかと思っていると、突然男のうちの1人が凛花の手首を強く掴んだ。そしてそのまま引っ張られる。

 

「……っ」

 

引っ張られた手首が痛い。思わず目を瞠ってしまう。凛花はその手を振り解こうと、腕を引くが……女の力で敵う筈もなく、男の手はびくともしなかった。

 

「あ、あの……っ、離し――」

 

なんとか、抵抗を試みる。が、男達はにやにやしたまま、更に凛花の方に にじり寄って来た。そのままどんどん隅の方に追いやられていく。

どう、すれ、ば……っ。

そう、思った時だった。突然、凛花の目の前に大きな影が立ち塞がったかと思うと、男の腕を掴んでいる手があった。そして――。

 

ドガッ!!

 

という音と共に、男の1人が横に吹っ飛ぶ。

 

え? と思う間もなく、今度はもう一人の男が蹴り飛ばされたのが視界の端に見えた。すると、凛花の前に立っていた人が振り返る様にしてこちらを見た。そして――。

 

「大丈夫か!? 凛花っ」

 

「え……」

 

そこには、ここに居るはずの無い人が立っていた。凛花の深紅の瞳が、驚いたかのように大きく見開かれる。

 

「ご、五条さ……ん……?」

 

それは、凛花の兄である昴の同期生の五条悟だったのだ。すると、五条を睨みつけていた男が、 ぎっと歯を食いしばって、殴りかかってこようとした。

 

「五条さん……っ」

 

思わず、凛花が叫ぶ。だが――次の瞬間にはもう男の身体が地面に沈んでいた。がはっ! と、男の口から大量の血が零れる。そしてそのまま失神してしまったようだった。それを見た凛花の近くにいた男達は、舌打ちをすると、倒れている仲間を連れて、その場からそそくさと逃げ出したのだった。

 

助かった……の?

そう思った時だった。突然五条にぎゅっと抱き締められた。

 

「無事でよかった。六眼これで見た時、焦ったぜ」

 

一瞬、何が何だか分からず、凛花がその瞳を大きく見開く。が、次第に安心感が生まれて来たのか、気が付くと、凛花の瞳からぽろっと涙が溢れた。

 

「……っ、ご、じょ……さ……っ」

 

怖かったのだ。知らない男に囲まれて、逃げられない状況に追い込まれて。

凛花はぎゅっと五条の着物を掴むと、そのままわんわん泣き始めてしまった。すると、五条の手が優しく凛花の背中をさする。それがひどく心地よくて、凛花は更に泣き出してしまった。

 

 

 

 

 

「落ち着いたかよ」

 

五条にそう言われ、凛花がハンカチで口元を抑えたままこ、こくりと頷く。まさか、人前であんな醜態を晒してしまうなんて、恥かしすぎて顔が上げられなかった。凛花は、顔を赤くしたまま、ちらりと隣にいる五条を見た。ふと、五条がそれに気付くと、「んだよ」と少し照れているのか、ぶっきらぼうにそう言う。

 

「あ、いえ、その……、あ、ありがとう、ござい、ま、した……助けて下さって……」

 

「おう」

 

そこで会話は途切れてしまった。

正直、こういう時どうしていいのか、凛花には解らなかった。五条とは数回逢った程度で、そんな凄く親しくしてもらっている仲――という訳でも無い。あくまでも兄の同期生というだけだ。そんな方に、あんな醜態を晒してしまって……凛花は穴があったら入りたい気分だった。すると、五条の方から、その沈黙を破るように、話を切り出してきた。それは意外な言葉だった。

 

 

***

 

 

 

五条に手を引かれながら、凛花は隅田川の河川敷を歩いていた。

あの後、昴と夏油が血相を変えて2人の元にやってきたのだ。そして、事のあらましを聞いた後、昴がマジ切れして相手を殺しに行きそうな勢いだったので、夏油がそれを必死に止める為に、凛花を五条に任せて引きずっていった。

そうして今に至るのだが……正直気まずい。どんな会話をしていいのか、それすら分からない。とりあえず、逸れた凛花の友人を探そうという事になったのだが、人がごった返していて、とてもじゃないが花火が終わるまでは無理そうだった。そんな時、五条がある提案をしてきた。

 

「その、オマエが嫌じゃなかったらだけど、さ。俺と、その……見るか? 花火」と

 

そうして、五条と2人河川敷を少し下ったところに来た。そこは喧噪から少し離れたところで、人もまばらだった。すると、五条が何か見つけた様で、

 

「お、昴が言ってたのは あれだな。あったあった」

 

と、言いながら凛花の手を引いた。凛花が首を傾げていると、そこには一艘の屋台船が停泊していた。本来、東京の屋台船は、品川エリア・浅草エリア・江戸川エリアの3ヶ所が主な出船場所と言われており、昼から乗って、ゆっくりと会場に向かうものだ。なのに、何故ここに? と、思ってしまう。

だが、五条は気にした様子もなく、そこにいた乗船員に話をすると、そのまま凛花の手を引っ張って乗り込んでいった。

 

「あ、あの……?」

 

凛花は訳が分からず、困惑していると、五条はさも当然の様に、

 

「ん? ああ、昴が用意してたらしーんだよな。つか、昼から乗ってとかダルいし、近場から乗った方が早いじゃん」

 

「……」

 

いや、そういう問題ではない気がするのだが……。この人にも(もう1人は昴)、常識は通用しないのかもしれない。と、凛花は思った。しかも――。

 

「え、他の方はいないのですか?」

 

この大きくて豪華な屋台船には五条と凛花の2人だけだったのだ。まさかの貸し切りとは思わず、一体幾ら払ったのかと、考えただけで怖くなる。だが、やはり五条はけろっとしていて、

 

「ん? あぁ、俺が乗るって言ったら、店のヤツが気ぃ利かせて2人にしてくれたんだよ。まぁ、俺は凛花と2人で良かったんだけどな。他のヤツいたらうぜぇし」

 

そんな爆弾発言をしたかと思うと、ふいに真顔になってじっとこちらを見つめてきた。そして、

 

「おい……聞いてんのか?」

 

そんな言葉にすら、思わずどきりとしてしまう。否、それ以前に、五条の綺麗な顔が近すぎて、凛花はかぁっと、知らず頬を朱に染めた。それを知られまいと、慌てて視線を逸らそうとした時だった。ふいに、風で屋台船が揺れた。

 

「きゃっ……」

 

「っと、あぶね」

 

倒れそうになる凛花を、咄嗟に伸びてきた五条の腕が支える。そして、そのまま凛花を自分の方に抱き寄せたのだ。これには、流石の凛花も慌てた。

 

「あ、ああ、あの……っ」

 

顔を真っ赤にして、言葉を紡ごうとするが、上手く言の葉に乗らない。すると、五条はそのまま椅子に腰かけてしまった。余りの至近距離に、凛花の心臓が破裂しそうだった。心臓の音がそのまま五条に聞こえてしまいそうで、どうしていいのか、分からなくなる。その時だった。突然、五条がぽつぽつと話し始めた。

 

「俺さ……結構、オマエの事気に入ってんだよな」

 

「……っ」

 

まさかの告白に、思わず凛花は言葉を失った。が、そんな凛花の様子などお構いなしに、更に五条は続けた。

 

「最初はさ、昴の妹だし、単なるガキじゃんって思ってたんだよな。でも、あんまり昴が褒めるから、その……ちょっと興味がわいたって言うか……。でもさ、なんか一緒に居て楽しいし……それに、傑や硝子もオマエの事気に入っててよ。だから――その……」

 

そこまで言って、急にバツが悪そうに五条は顔を背けてしまった。そして……少し頬を赤くして、ぼそっとこう告げたのだ。

 

「もし、さ。俺が――オマエの事……」

 

「え……?」

 

瞬間――ド――ンと、大きく花火が上がった。一気に、灯を落としていた屋台船の中が照らされる。そこには、少し顔を赤らめた五条の姿がった。

 

「ご、じょう、さ……」

 

凛花が、思わず五条に声を掛けようとした時だった。突然、五条の大きな手が凛花の手を掴んできたかと思うと――そのまま引き寄せられた。そして、次の瞬間には、唇に何か柔らかいものが触れていた。

 

え……?

 

それは一瞬だったかもしれない。だが、その感触ははっきりと残っていて……。凛花は何が起こったのか分からず、呆然としてしまった。すると……。大きな音を立てて、また屋台船が揺れた。どうやらまた風で揺れたらしいのだが、今の凛花にはそんな事はどうでも良かった。

 

どう、して――? この唇に残る柔らかな感触はなに……?

 

凛花には、訳が分からなかった。すると……また、一際大きな花火が上がった瞬間だった。屋台船の中にも大きく光が差し込む。と、同時に今度は五条の姿がはっきりと見えた。そして、その頬は真っ赤に染まっていて……。

 

え……? まさか、そんな筈……ない……わ、よね……?

だって、この方はお兄様の同期生で……私なんかとは全然違う世界にいる人なの、に――。

 

そう思うも、酷く自分の心臓の音が脈打っているのが分かった。

 

「あ、の……五条さ……」

 

「……嫌だったら、言えよ?」

 

そう言われ――今度は凛花の頭を五条の手のひらが引き寄せる。そして、また唇を重ねられた瞬間だった。まるで見計らったかのように、今までで一番大きな花火が上がったのだ。それは正に夏を彩る夜空の大輪の花の様で、その美しさに見入ってしまう。と――次の瞬間だった。

五条の手がそっと凛花の顎に添えられる。そして、そのまま上向かせると、もう一度深く口づけてきた。

 

「ん……っ」

 

ぴくんっと、凛花の肩が震える。その長い口付けに、息を継ぐ事が出来ず思わず声が出てしまう。そんな凛花の様子を気遣ってか、五条は一旦唇を離すと、今度は首筋や耳朶にも唇を寄せてきた。それがあまりにもくすぐったくて、身体が自然とぴくんと反応してしまう。すると、今度はまるでそれに煽られたかのように、首筋にちゅっと強く吸い付いてきたのだった。そして――。

 

「ぁ……っ」

 

思わず声が漏れる。が、それは五条には逆効果だったらしい。そのまま、まるで催促するかのように、何度も首筋に吸い付いてきたのだ。

 

 

 

どのくらい経った頃だろうか……。漸く解放された凛花だったが、その身体は力が抜けてしまったらしく、五条の方に倒れ込んでしまった。すると、それを優しく抱きとめる様にして五条が支えてくれたのだ。

だが……そんな五条の唇が耳元から首筋をなぞり、そのまま鎖骨の辺りにまで下りてきた時だった。

ドォーンッ!! 一際大きな花火が上がったかと思うと、今度は夜空に大輪の花が咲いたのだ。その見事な美しさに、凛花は思わず目を奪われてしまった。

 

だが……そんな凛花の身体を突然五条の手が抱き上げたのだ。そして、そのまま屋台船の一番奥の席にまで連れて行かれたかと思うと、そこにそっと座らされた。と、同時に五条も隣に腰かける。が……何故か、彼は何も話そうとはしなかった。ただじっと花火を見つめているだけだ。

一体どうしたというのだろうか。凛花は不思議に思ったのだが、それを尋ねる前にまた大きな花火が上がった。すると――不意に、肩に五条の腕が回されたかと思うと、そのまま抱き寄せられてしまった。

え……?

突然の事に驚き、思わず五条の方を見ると――そこには今まで見た事のない様な熱を孕んだ碧色の瞳があった。そして……まるで懇願するかのようにこう囁かれたのだ。

 

「なぁ……凛花。このまま、ここに居てくんねぇ?」

 

「え?」

 

それはどういう意味なのだろう。そう思うも、そんな疑問は直ぐに消し飛んでしまった。何故なら、五条の唇が再び凛花の唇を塞いできたからだ。ぴくんっと、再び凛花の身体が震えた。

 

「ん……っ、ご、じょぅ……さ……」

 

息つく暇も与えぬ様に、何度も角度を変えては深く口づけてくる。その余りの激しさに、凛花は只々翻弄されるしかなかった。それでも必死に息を吸おうとすると――今度は開いた唇の間から舌を差し入れてきたのだ。

 

「ふ、ぁ……っ」

 

思わず変な声が出てしまう。だが、そんな事などお構いなしとばかりに、五条の舌が凛花の口内を蹂躙する。そして歯列をなぞる様にして這わせた後、逃げようとする凛花の舌を絡め取り、まるで扱くかの様に愛撫してきたのだ。

初めて味わう大人のキスは、余りにも刺激的過ぎて……そして甘くて……頭が真っ白になっていくのが分かった。気がつけば――凛花は無意識に五条の腕に縋りついていた。それに気をよくしたのか、五条の舌が更に激しく動き始める。絡み合う唾液はまるで媚薬の様で、その甘さと息苦しさに眩暈がしそうだった。

 

「ま、待っ……ごじょ、さ……」

 

「悟」

 

「え……?」

 

「悟って呼べよ」

 

そう耳元で囁かれ、凛花はかぁっと顔を赤くした。だが……そんな凛花に構う事もなく、五条は凛花の腰を更に掻き抱いた。そして、優しくその背を撫でてくる。そんな五条に抵抗出来る筈もなく、凛花はそのまま身を任せるしかなかったのだった。

 

 

 

それからどれ程の時間が経った頃だろうか……。ようやく五条の顔が離れたと思ったら、そのまま今度はぎゅっと抱きしめられてしまった。そして――そっとこう囁かれたのだ。

 

「凛花――また一緒に花火。見ような」

 

それはまるで、愛を囁くかの様な優しい声音で……。凛花はただ黙ってその言葉に耳を傾けるしか出来なかったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ****    ****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

屋台船から降り、2人はゆっくりとした足取りで河川敷を歩いていた。だが……その間中もずっと手は繋がれたままだった。それが何だか気恥ずかしくて、でも嬉しくて……思わず頬が赤くなってしまう。

と、その時だった。

 

「凛花ああああああ!!!!」

 

何処からともなく、兄・昴の泣き叫ぶような声が聞こえてきた。はっとして、振り返ると、見覚えのある女の子2人を連れた昴と夏油がこちらに向かってきていた。それは、凛花が一緒に来た友人だった。

 

「え……? あの……」

 

「あ? ああ、オマエのダチだって言うからよ。アイツらと一緒だったら見失う事もないって思って、探して貰ったんだ」

 

五条がそう言っている間にも、昴が泣き叫びながら凛花に抱きついて来た。

 

「良かったあああ! 俺もう凛花が帰って来ないかもって……っ。悟に何かされなかったか!? 純潔は守っただろうな!!?」

 

「お、お兄様……」

 

何を言っているのだ、この兄は……。と、凛花が思ったのは言うまでもなく……、が、しかし、昴は見落とさなかった。凛花の手に繋がれている“それ”を。ふと、その視線に気付いた五条がにやりと笑って、まるで繋いだ手を見せびらかす様に上にあげると、

 

「わりぃな、昴」

 

そう言って、そのまま凛花の手の甲に口づけたのだ。

その途端、まるで時が止まったかのように昴が固まってしまう。そして、次の瞬間には……ドォーンッ!! と、大きな花火が上がったのだが、それが何だったのかは……明らかだった。

 

 

 

 

「お、お、お兄ちゃんは、許さないからなああああああああ!!!!」

 

 

 

 

とか、昴が叫んでいたのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ふぉろわさんの誕プレ用に、書いたものなので

こちらに上げるのは、少し遅くなりましたースマセン

 

2024.09.02