深紅の冠 ~無幻碧環~

 

◆ Changing Emotions

 

 

神妻家――呪術界の名門でありながら、御三家とは異なり、呪術高専に所属しない存在。

古くは、平安時代より前に遡ると言われている。

彼らは、独自のルートと術式を持っており、この日ノ本の中心ともいえる、宮内庁所属の唯一の呪術師の家系である。

 

神妻の術式は詳細を公開されてないものが多く、その内の一つが“神域”である。

“神域”とは、領域展開とは似て非なるものであり、その“神域”を生成する事により、様々な効果が得られる。

そして、“神域”を生成するには、神妻の正当なる血筋が必要であり、御三家の相伝術式に近いものがあった。

 

 

―――12年前

都立呪術高等専門学校・東京校

 

「ふんふんふ~ん」

 

その日、神妻昴は上機嫌だった。

念願叶って、やっと新しい“これ”が実家から送られてきたからだ。

昴は、自身の机の上にそれら広げると、にやにやしたり、変な声を上げたりしていた。

はっきり言って、怪しさ全開である。

 

遠巻きにそれを見ていた、同期の家入硝子は、今彼には関わってはいけない、と思って、気付かぬ振りを決め込んでいた。

と、そこへ、家入や昴と同じ同期の五条悟と、夏油傑が教室に戻って来る。

 

「ったりぃーまったくあの程度の呪霊祓うのに、俺達2人いるか?」

 

という五条に対し、夏油はすました顔で、

 

「そう言うなよ、悟。依頼者直々の指名だったんだ」

 

「だからってよーたかが低級呪霊3体倒すのに――って、昴? 何してんの?」

 

ふと、愚痴をこぼしてた五条が、机の上に向かって怪しく笑っている昴を発見してしまった。

そして、何も考えずに声を掛けてしまったのだ。

それを見た、家入は心の中で手を合わせた。

 

だが、昴はというと……。

 

「ああ、お帰り。悟、傑」

 

そう言って、いつものように微笑む。

そんな昴に警戒心など抱くはずもなく、五条と夏油は昴の座る席に近づいた。

 

「なに見て、にやにやしてんだ?」

 

そう言って、五条が昴の机の上を覗き込もうとする。

と、夏油がすっと手を伸ばし、その内の1枚を手に取った。

 

「これは……写真?」

 

そう――そこには、小学生だろうか……。

漆黒の長い髪に、印象的な深紅の瞳をした可愛らしい少女が映っていた。

 

「誰これ」

 

五条が、ひょいっと夏油の持っている写真を覗き込み、そう尋ねる。

すると、昴が待ってました! と言わんばかりに、

 

「決まってるだろう!! 俺の最愛の妹の凛花さ。写真からも溢れ出す清楚で可憐な、うちの妹の新しいニューショット! ああ、凛花! お兄ちゃんは、お前に早く会いたいよ!!」

 

「……」

 

この時、五条と夏油が「まずった……」と思ったのは言うまでもない。

だが、昴の妹自慢は続いた。

凛花がどんなに愛らしいか、そして、清楚で美しいか、勉強もでき、呪術師としての才能もある。

自慢の妹なのだと、昴は誇らしげに言いながら、写真を見ては感嘆する。

その眼差しは、妹へというよりも、最早恋人に近かった。

 

「あ、言っておくが、悟、傑。凛花は、お前らの嫁には出さんからな」

 

「はあ!?」

 

素っ頓狂な声を上げたのは、五条である。

夏油はというと、その目を少しだけ驚いたかのように、瞬かせていた。

だが、昴は何かに納得するかのように、うんうんと頷き、

 

「分かる、分かるぞ、悟。凛花の愛らしさに惚れたんだろう? でもな、凛花はまだ12歳なんだ。それに、俺の目が黒い内は、誰の嫁にもやらん!!!」

 

「要らねーよ!! てか、まだガキじゃん!!」

 

「まあ、どうしてもというなら、写真の1枚ぐらいならくれてやっても――どれがいいかな」

 

「だから、要らねーつってんだろ!」

 

双方、話を聞いていないのか、昴は名残惜しそうに写真と睨めっこをしていて、五条は、その横でぎゃーぎゃー騒いでた。

半歩下がったところで、夏油が、苦笑いを浮かべている。

 

実の所、このやり取りは、今に始まったことではなかった。

入学当初から、昴は凛花の写真を宝物のように、何処へ行くにも持ち歩き、自慢する。

その話を、五条と夏油は散々聞かされてきたのだ。

勿論、家入は我関せずで通していたのは、言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

   ****    ****

 

 

 

 

 

 

その日、昴と夏油は任務で呪術高専にいなかった。

五条が呼ばれないのは珍しいのだが、そこまでの呪霊ではないと上が判断したのだろう。

そんなこんなで、家入と2人、教室で話をしていた。

 

と、ふと、家入が窓の外を見て「あ」と声を洩らした。

 

「硝子?」

 

五条が不思議に思い、家入が見ている方を見る。

すると、そこには見知らぬ少女が校内を歩いて行たのだ。

 

背格好からして、五条や家入と同じぐらいの年だろうか。

長い艶やかな漆黒の髪に、左側の横の髪を少しだけ取り、軽く三つ編みされている。

その髪を赤いリボンで結び、金色の小さな鈴を付けていた。

瞳は、印象に残る宝石の様な大きな深紅で、肌は雪のように白く、唇は形の良い桜色をしていた。

それは、どこからどう見ても、良家のお嬢様といった感じだった。

 

「なんだ? あの女」

 

それを見た五が、ぽつりとそう呟くが、視線はその少女を見たままだった。

知らず、目が追う。

 

すると、それを見た家入は「んー」と少しだけ、声を洩らして、

 

「あの子……、なんか見覚えが……」

 

「硝子? 知ってんのか?」

 

予想外に食いついてきたのは、五条だった。

だが、家入はううーんと唸りながら、

 

「いや、知らないよ。でも、どこかで……」

 

見た様な……?

気がするのだが、よく思い出せない。

 

家入が唸りながら、窓の外を見る。

すると、たまたま通りかかったのか、五条達の後輩に当たる、一年の七海建人と灰原雄が、その少女に話しかけていた。

 

何を話しているのかは聞こえない。

が、灰原が何かを一生懸命説明してた。

ちなみに、七海は後ろで立って話を聞いていた。

 

呪術高専の東京校は、呪術師の拠点としても扱われる。

故に、人の出入りはそれなりにある。

もしかしたら、彼女もその内の1人なのかもしれない。

 

五条がそんな事を思ってた時だった。

不意に、ふと、彼女がこちらを見たのだ。

 

「……っ」

 

彼女の宝石の様な深紅の瞳と目が合う。

その瞬間、五条は思わず息を吞んだ。

知らず、心臓が早鐘の様に鳴り響く。

 

なんだ、これ……。

 

初めて感じるその感覚に、五条が戸惑いの色を見せていると、家入が一度だけその瞳を瞬かせて、

 

「何? 恋煩い?」

 

「なっ! ち、ちげーよ!! んな訳、あるはずねーだろ!」

 

と、ムキになって捲し立ててくるものだから、家入が「あーはいはい」と、心のこもってない返事をする。

それから、今一度、窓の外の少女の方を見て、

 

「五条って、ああいう子がタイプなんだ?」

 

「はあ!? だから、ちげぇって――」

 

「あ、こっち来る」

 

「は?」

 

言われてそちらを見ると、灰原が手を振りながらこちらに駆けてきていた。

その後ろを、あの少女と七海が付いて来る。

 

思わず、五条と家入が顔を見合わせる。

それから、がらっと窓を開けると、灰原がそれに気づき、

 

「あ、五条さーん、家入さーん!」

 

そう叫びながら、まるで仔犬の様に、駆け寄ってきて、窓の下まで来た。

 

「灰原? 何やってんだ、お前」

 

五条がそう尋ねると、灰原は一度だけ後ろの少女と七海を見て、

 

「あ、神妻さん、今いますか?」

 

「昴? いや、傑と任務中」

 

五条が、灰原の問いにそう答えると、「あ、そうなんですか……」と、少しだけ、声のトーンが下がった。

何やら、期待と違ったとでも言わんばかりに。

 

「なんだよ、昴がどうかしたのか?」

 

「あーえっと、僕じゃなくて、彼女が――」

 

と、灰原が後ろにいる、少女の方を今一度見た。

五条と家入もつられてそちらを見る。

 

よく見ると、七海の横にいる少女は何か封筒を持っていた。

少女は逡巡すると、持っている封筒をじっと見た。

それから、すっとその封筒を五条の方へと差し出す。

 

「すみません、あの……こちらをお兄様に渡していただけますか?」

 

ん……?

今、彼女は何と言ったか……

 

「お兄……」

 

「さま?」

 

五条と家入の声がハモる。

すると、灰原が何故か得意げに、

 

「はい! 彼女、神妻凛花さんと言って、神妻さんの妹さんらしいです!」

 

…………

………………

……………………

 

「……………………はあ!?」

 

いや、待て待て待て。

先日の昴とのやり取りを思い出す。

 

昴の持っていた、大量の「凛花」の写真。

その中の少女は、何処をどう見ても、小学生の子供だった。

しかし、今目の前にいる少女は、どう見ても自分と同い年ぐらいに見える。

 

え? 別の妹か?

それとも、兄と呼んでいるだけの、親族とか?

いや、でも、昴も灰原も、彼女の事を「凛花」と――。

だが、五条の知っている「凛花」は12歳の筈……。

 

頭が混乱する。

整理が追い付かない。

 

どういう事だよ……っ!!!

 

五条が頭を抱えていると、家入は彼女――凛花を見て、「ああ……」と何かに納得したかの様に呟いた。

 

「えっと、神妻? あんた、もしかして、あれでひゅ~ひょいってやった?」

 

と、唐突に訳の分からない事を言い出した。

何語だ!?

と、他の3人が心の中で突っ込んだのは、言うまでもない。

しかし、凛花にはそれで通じたのか……。

 

「あ、はい……。お分かりになるのですか?」

 

「ん? まあね」

 

と、2人だけで納得してしまった様だった。

が、残された3人には、全然理解出来ず……。

 

「硝子? どういうことだよ」

 

五条がそう尋ねると、家入は「ん~」と少しだけ考え、

 

「だから、あれでひょいひょいのひゅ~ってやったから、神妻の姿があれなだけでしょ?」

 

「全然、わかんねえ」

 

「え~これ以上、説明しようがないんだけど」

 

ひょいだの、ひゅ~だので、理解しろと言うのは、無理な話である。

しかも、何故か凛花には通じているという、謎仕様。

 

はっきり言って、意味不明でしかない。

 

凛花はというと――少し、困ったかのようにその深紅の瞳を俯かせていた。

すると、そんな凛花を見て、隣にいた七海がそっと話しかけてきた。

 

「……神妻さん、余りお気になさらなくても大丈夫ですよ」

 

「あ……ですが、その……皆様に混乱を招いてしまいましたし……」

 

「ああ、あのやり取りはいつもの事なので、問題ありませんよ」

 

「いつも……ですか?」

 

「ええ。いつもならあそこに、神妻さんのお兄さんと、夏油さんも混じってますね」

 

「お兄さまが……」

 

ぽつりとそう呟くと、凛花は未だにあれこれ言っている、五条を見た。

彼が、いつも昴が休みで帰ってくる度に、話してくれる話に出てくる「五条悟」という人。

昴の話す「五条悟」はとても、破天荒で、無邪気で、楽しそうだった。

いつも、楽しそうで――羨ましかった。

 

だから、一度でいいから見てみたかった。

一体、どんな人なのかと――。

けれど、まだ中学にも入学していない、凛花には逢う機会など無かった。

逢わせて欲しいなどと、昴にも言えなかった。

 

凛花は、ぎゅっと持っていた封筒を握り締めると、

 

「あの、すみません。これをお兄様に渡していただけますか?」

 

そう言って、隣の七海に差し出す。

七海は一瞬、その瞳を瞬かせた後、

 

「自分が、ですか? 折角ここまで来たのですから、五条さん辺りに渡した方が、早いと思いますよ?」

 

「え……」

 

“五条”という名に、凛花が微かに反応する。

が、次の瞬間、苦笑いを浮かべて――。

 

「あ、いえ……。お話し中ですし、邪魔をしてしまったら悪いので――」

 

それだけ言うと、そのままぐいっと持っていた封筒を七海に押し付けた。

それから、頭を下げて足早にその場を去っていく。

 

そんな凛花の背中を見て、七海は小さく息を吐いたのだった。

 

 

 

 

 

   ****    ****

 

 

 

 

 

高専内の参道を一人で歩く。

凛花は小さく溜息を洩らしながら歩を進めるが、その足取りは酷く重かった。

 

こんな所まで、わざわざ姿を変えて来て、何しているのかしら……。

 

そんな風に思ってしまう。

本来の12歳の姿だと、まず高専内に入るのは難しい――という理由もあるが、何よりも、五条達に子ども扱いされたくなかった。

だから、こうして成長した姿に変えて来たのだが……。

やはり、自分で来るのではなかったと、後悔の念だけが押し寄せてくる。

 

結局、遠目に五条の姿が見れただけで、会話すらままならなかった。

いや、違う。

姿を見れただけでも、充分じゃないか。

そうだ、これ以上望んでも――仕方がない事だ。

 

もう、出口の参門まで、大分近くなってきている。

そろそろ、術を解かなくては――。

そう思った時だった。

 

「おーい。昴の妹――!」

 

「え?」

 

不意に、誰かに呼ばれてその足を止める。

が、振り返っても誰の姿も無かった。

 

「……?」

 

凛花が思わず首を傾げた時だった。

すると、上空から「こっちこっちー」と声が聞こえてきた。

不思議に思い、凛花が顔を上に向けると――上空から、飛んできたのか……五条が降りて来た。

 

「あ、えっと……?」

 

何故、彼がここに? と思ってしまうと同時に、凛花の心臓が早鐘の様に鳴り響きだす。

そうとは知らない五条は、少し安堵したかのように、小さく息を吐くと、

 

「とりあえず、まだ敷地内で助かった。ったく、硝子が門まで送れってうるせーからさ」

 

「あ……」

 

五条のその言葉で、凛花は分かってしまった。

気を遣わせてしまったのだという事に。

何だかいたたまれなくなり、凛花は少しだけその瞳を落とした。

 

「あの……、1人で戻れますので――」

 

そう言って断ろうとする。

と、突然、五条が手を伸ばしてきたかと思うと、何故か額を弾かれた。

 

「??」

 

余りにも予想外だったのか、凛花が額を押さえて、その大きな深紅の瞳をぱちくりとさせる。

すると、五条は「ははっ!」と笑って、

 

「ガキが、気遣うとかすんなっての。オマエ、その姿なんかの術式だろ。確か――昴の話だと、まだ12ぐらいじゃなかったか?」

 

「……お気付きだったのですか?」

 

「俺は、目がいいんでね」

 

それで気付いた。

五条家の「六眼」――生得術式・呪力を視覚情報として詳細に認識できて、対象の呪力を精細に読み取れる為、初見の術式でも構成や条件を把握可能な能力。

半面、情報量が多く、発動していると酷く疲れるという。

故に、五条は必要時以外は発動していない様だった。

しかも、サングラスで視界を覆い、情報量をセーブしているのだろう。

 

きっと、彼の前では凛花の術式など、赤子も同然なのだ。

それなのに、自分は子ども扱いされたくないからと変に理由を付けて、姿まで変えて――なんと浅はかだろうか。

 

「……ご不快、ですよね。すみません、直ぐに術を解きます」

 

そう言って、凛花がすっとその手を動かした時だった。

 

「ちょ、ちょと待った!」

 

突然、五条が叫んだかと思うと、その手を掴まれた。

それに驚いたのは、他ならぬ凛花だ。

その深紅の瞳を大きく見開いて、五条を見る。

 

「あの……?」

 

五条の意図が読めず、凛花が困惑していると、五条が「あー」と声を洩らしながら頭をかいた。

 

「べ、別に、不快とか思ってねーし……。それに高専の敷地内から出るまではそのままの方がいいんじゃねえの?」

 

「……」

 

五条の言葉に、凛花が呆気に取られたかの様に放心する。

が、次の瞬間、くすっと笑った。

 

「……ありがとうございます」

 

そう言って、にっこりと微笑んだ。

その笑顔を見た瞬間、五条が息を吞む。

が、直ぐに何でもない事の様に、ふいっと視線を逸らして、「おう……」とだけ答えた。

が、その顔がほんのり赤く染まっていた。

 

 

 

2人並んで、手を繋いだまま参門までの道を歩く。

会話の内容は、凛花の兄である昴の話や、普段の五条達の話、そして、凛花の今回使っている術式の話などだった。

他愛の無い会話なのに、都度都度表情をころころと変える凛花は、五条に取って新鮮でならなかった。

 

楽しいと――そう思えるほどに。

 

だが、楽しい時間とはすぐ終わってしまうもので、気が付けば参門の前に辿り着いていた。

見ると、門の外に黒い車が1台停まっていて、その前にスーツを着た2人の男が立っていた。

 

「あ、私の家の者です」

 

そう言って、凛花が手を放そうとする。

するっと、五条の手から離れていきそうになった瞬間、五条は何故かその手を強く握ってしまった。

 

「あ、の……?」

 

突然握られた手に、凛花がその瞳を瞬かせる。

刹那、自分の行動にはっとしたのか、五条が慌ててその手を離した。

 

「あ、あー悪い。えっとだな……その……」

 

「……」

 

凛花が、首を傾げる。

それから、何かに気付いたのか――くすっと笑みを浮かべ、

 

「ここまで送って下さって、ありがとうございました。申し遅れました、私は神妻昴の妹の凛花と申します」

 

そう言ったかと思うと、凛花の姿がすぅっと12歳の姿へと変わった。

思わず、五条がその碧色の瞳を大きく見開く。

そこには、17歳の姿と雰囲気はそのまま変わらず、身長が低くなって、幼さの少し残る凛花がいた。

長く艶やかな髪に、大きな宝石の様な深紅の瞳。

そんな凛花が、にっこりと柔らかく微笑む。

 

「……宜しければ、貴方様のお名前をお伺いしても宜しいですか?」

 

凛とした、透き通るような声が響いた。

五条が今一度、息を吞む。

それから、真っ直ぐ凛花を見つめたまま、ゆっくりとした口調で、

 

「五条、悟……」

 

ざああああ、と、風が吹いた。

風に靡き、凛花の髪が揺れる。

 

「五条……さと、る、さん……」

 

何かを確認するかの様に、凛花が小さな声でそう呟いた。

それから、ゆっくりと顔を上げると五条を見て、

 

「五条さん、いつの日かまたお逢い出来ると嬉しいです」

 

それだけ言うと、凛花は参門をくぐっていった。

五条は、ただただその姿をじっと見ている事しか出来なかったのだった―――。

 

 

 

 

 

   ****    ****

 

 

 

 

 

―――それから一カ月後

都立呪術高等専門学校・東京校 校庭

 

その日は、良く晴れた日だった。

校庭にある木の陰で、皆でいつもの様に昼食を取った後、昼休み時間をそれぞれ過ごしていた。

家入はドイツ語で書かれた謎の本を読んでいるし、七海と灰原は向こうで何やら話している。

昴は相変わらず、新しい凛花の写真が届いたとかで、目の前に並べてにやにやしていた。

 

五条はというと――あの日以来、ぼんやりと空を眺めている事が多くなった。

そんな五条に、夏油が小さく息を吐く。

 

「どうしたんだい、悟。ここ最近、上の空が多いようだけど」

 

「あ? あー別に何でも……」

 

そう言って、「はぁ……」と何故か溜息を洩らす。

これで何でもないと言われても、とても納得出来る訳が無かった。

 

その時だった。

ひゅおっ! と、風が吹いた。

瞬間――。

 

「ああ!」

 

突然、昴が叫んだ。

何事かと思ってそちらを見ると、昴が目の前に並べていた写真がひらひらと、風に舞っていた。

 

「あ~~~! 俺の凛花が~~~!!」

 

慌てて写真を追いかける昴。

そんな彼の様子に、夏油が苦笑いを浮かべる。

 

「まったく、昴は相変わらずだな。そうは思わないかい、さと―――悟?」

 

「……」

 

夏油が五条の方を見ると、いつの間にか五条の手には、昴が風で巻き散らした凛花の写真が1枚あった。

どうやら、風で飛んで来たらしい。

その写真をじっと見つめ、五条は小さく息を吐いた。

 

「悟?」

 

様子のおかしい五条に、夏油が首を傾げる。

ふと、五条が小さな声で何かを呟いた。

だがその音は、風によってかき消されて、夏油には聞き取れなかった。

 

「あ――! 悟!! 凛花の写真!!」

 

その時だった。

突然、昴が五条の持っていた写真に気付き、声を荒げた。

そして、大股で近づくと、ばしんっとその写真を五条から奪い取る。

 

「大丈夫だったか? 凛花」

 

何故か、写真に語り掛ける昴。

「馬鹿なの?」と家入が突っ込んでいたのは言うまでもない。

 

五条はというと――無言のまま昴に奪われた写真を見ていた。

それに気付いた昴が、「ん?」と首を傾げ、

 

「なんだ、悟。この写真が気に入ったのか? ふふふ、目が高いな! この写真の凛花はな、この間の園遊会の時の写真なんだ。可愛いだろう? 綺麗だろう!? 仕方ない、そんな悟にこの昴様が慈悲を与えよう!」

 

そう言ったかと思うと、何故かぐいっと五条の手にその写真を乗せた。

 

「は? 慈悲?」

 

五条が訝しげに声を上げるが、昴は何故か満足気にうんうんと頷きながら、

 

「悟にも、凛花の愛らしさが伝わった様だな。仕方ない、その写真は呉れてしんぜよう!」

 

「は!? いや、俺は――」

 

五条が素っ頓狂な声を上げるが、昴はそんなの気にした様子もなく、

 

「傑にはこっちを、硝子にはこれを与えよう」

 

そう言って、何故か写真を配り始めたのだ。

 

「え、私にもかい?」

 

「はぁ……ども」

 

と、夏油と家入が声を上げるが、昴には聞こえていないのか、今度は向こうで話をしている七海と灰原の方へと走り出した。

そんな昴の様子を見た後、五条は天を仰いだ。

 

『いつの日かまたお逢い出来ると嬉しいです』

 

あの日――そう言って帰って行った凛花。

そんな日が来るかどうかは、五条にすら分からない。

 

でも、いつか――。

そう――思わずにはいられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

高専の話ですので、夢主さん幼い。

※昴兄出張ってますw

 

2024.07.15