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◆ Silent Affection
「もう少ししたら、恵君の誕生日ね」
それは、冬の寒さが厳しくなってきた12月の中頃だった。外は雪が降っており、景色を白く染めていっていた。呪術高専の廊下もひんやりとしており、吐く息が白くなる。伏黒恵は、そんな白い息を見ながら、小さく息を呑んだ。それから、隣りを歩く彼女に視線を送る。
彼女の綺麗な漆黒の髪が、風に吹かれて微かに揺れていた。美しい深紅の瞳が、まるで宝石のように見えて、視線を奪われる。寒さでほのかにピンクに染まった頬が愛らしくて、リップで彩られた唇が艶やかに光っていて、目が離せなくなった。
まるで、彼女の周りだけキラキラと輝いて見えた。それは、自分が彼女に惹かれているからなのか、それとも本当に彼女の周りに光が輝いているのかはわからなかったが、伏黒はその一瞬の光景に息を吞むほど魅入ってしまっていた。
すると、彼女はこちらの視線に気付いて、微笑みながら首を傾げた。さらりと黒髪が揺れる。それだけで心臓が大きく跳ね上がった。頬が熱くなり、言葉が詰まりそうになる。伏黒は、それを誤魔化すように咳払いをした。
「そう、ですね……」
少し視線を彷徨わせながらそう返事をすると、彼女――凛花が、くすっと笑う。その笑顔は、まるで花が咲いたようで、伏黒は見惚れてしまう。
彼女は、とても綺麗な人だ。呪術師としても優秀だし、人当たりもよくて優しいし、見た目だって綺麗で可愛い。こんな人と付き合える奴は本当に幸せ者だと思う。だが、そんな幸せな奴が自分ではない事は、伏黒が一番よく分かっていた。
彼女は伏黒が8歳の時に、今の担任であり恩師でもある五条に連れられて伏黒の目の前に現れた。最初見た時、とても綺麗で優しそうな人だと思った。その時、五条が凛花に内緒で、こっそりこう言っていたのを今でも鮮明に覚えている。
『恵、凛花は僕の大事な人だから――間違っても惚れちゃ駄目だよ?』
8歳の子供相手に何を言っているんだと、当時は思ったが、今思えば、こうなる事が分かっての「けん制」だったのかもしれない。最初は多分「憧れ」だった。でも、それは次第に「好意」へと変わっていった。そしていつしか、彼女の事を考えると、胸が温かくなって幸せな気持ちになり、逆に彼女がいないと寂しくて切なくなった。
これがどういう感情なのか、気付くまでにそう時間はかからなかった。だが、それと同時に絶望した。それは、自分には彼女を振り向かせる事が出来ないからだ。呪術師としても人間としても、自分は彼女に遠く及ばないし、それに彼女は五条の婚約者だった。つまりはそういう事なのだろうと、幼心に理解した。
だから伏黒はずっと自分の気持ちを隠して過ごしてきた。この想いは彼女に絶対に悟られてはいけないし、知られてはいけないと思ったからだ。それなのに、こんな些細な事でも気持ちが溢れ出してしまう。
伏黒は、凛花を見つめた。そして――。
「……凛花さん、好きです」
それは無意識だったが、まるで熱に浮かされたように掠れた声だった。
けれど、それは確かに彼女の耳に届いていたようで、凛花は伏黒の顔を見てきょとんとしている。それからすぐに笑みを浮かべて、
「ありがとう、私も恵君の事好きよ」
そう言ったその表情がとても綺麗で可愛くて、心臓が大きく跳ね上がったのが分かった。でも、自分の「好き」と彼女の「好き」はきっと違う。分かっている。分かっているが――その言葉だけで、こんなにも嬉しくなる。
ああ駄目だ、本当に敵わない……。
伏黒は、自分の発言を誤魔化すように咳払いをした。だが、心臓の鼓動だけは誤魔化せないようで、まだ大きな音を立てていた。それを誤魔化すように再び視線を彷徨わせていると、凛花がくすりと笑みを零すのが見えた。
まるで愛おしいものを見るような視線を向けられて、どきっとすると同時に顔が熱くなるのを感じた。彼女はいつもこうやって自分に優しくしてくれる。それが嬉しくて幸せで――同時に辛くもある。何故なら、この想いは決して叶わないのだから。
「あ、その……誕生日。……凛花さんが祝ってくれるのなら、なんだっていいです」
だからせめて今だけは、彼女の優しさに甘えさせてほしいと思う。伏黒は、凛花の手を取るとそのまま歩き出した。彼女は少し驚いた様子だったが、すぐに微笑んでくれた。それが嬉しくて、胸がいっぱいになるのを感じた。
この想いは決して叶わないけれど――それでもいいと思った。今だけは、彼女の傍にいられるのだから。それだけで十分だと思えるのだ。
だからどうか今だけは、この幸せな時間に浸らせてほしいと思うのだった。
2025.12.31

