深紅の冠 ~白夜影曜~ 幕間

 

伏黒恵の奮闘記1-宣戦布告編-

 

 

時々思う。

もし、俺が彼女と同じぐらいの年齢だったら、彼女の心は俺に向いていたのだろうか――と。

 

15の俺と、23の彼女。

この8歳の差は大きい。

 

彼女に初めて会ったのは、俺が小4の時だった。

桜が満開の季節で、彼女は高校を卒業したばかりだと言っていた。

 

そんな彼女を、23になった銀髪にサングラスの男が紹介してきた。

『僕の婚約者だよ―――』と。

 

 

 

「……君」

 

「……恵君」

 

遠くで誰かの声が聞こえる。

凄く、聞きたかった声。

 

薄っすら目を開けると、視界に長い黒髪に宝石の様な深紅の瞳が入った。

 

ああ、彼女だ―――。

 

そう思った瞬間、無意識に手が伸びた。

そのまま彼女の首に手を回し抱き寄せる。

 

「……さん。……す……です」

 

「え?」

 

言われた彼女には微かに聞こえたのか、その瞳を大きく見開いた後、戸惑ったように少しだけ顔を赤らめた。

 

「あ、あの、ね、恵君?」

 

もう一度、俺の名を呼ぶ声が聞こえてくる。

ああ、ずっとこうしていたい……。

ずっと、この人に触れていたい。

 

そんな風に思っていた時だった。

 

 

「いつまで……寝ぼけて凛花さんに抱きついてんのよおお! 伏黒ぉおおおお!!!」

 

 

すぱ―――――ん!!!

と、景気のいい音と釘崎の声と共に、意識がはっきりとする。

 

「あ……?」

 

はっと、我に返り自分の目の前を見ると―――。

その腕の中に、凛花がいた。

 

「あ、えっと……おはよう? 恵君……?」

 

そう言って、少し顔を赤らめて苦笑いをする凛花を見て、伏黒はその目を大きく見開いた。

 

「え……、あれ? 俺……」

 

「“あれ? 俺……”じゃない!!」

 

ずーんと、凛花と伏黒の間に釘崎が割って入って来る。

その言葉で我に返り、伏黒は慌てて凛花を抱き締める手を離した。

 

「す、すすすみません、凛花さん……っ! 俺、その……寝ぼけてて……」

 

と、言い訳がましく言うと、凛花は気にした様子もなく、くすくすと笑いながら、

 

「大丈夫よ、気にしないで」

 

そう言って、にっこりと笑った。

そう笑う凛花の顔がまた綺麗で、伏黒は思わず見惚れてしまった。

 

その時だった。

釘崎がくいっと顎をしゃくりながら。

 

「ちょと、伏黒。こっちこい」

 

「は?」

 

突然の何か普通でない呼び出しに、伏黒が一瞬ぎくりとする。

すると、傍にいた虎杖が がしっと首に腕を回してきて、

 

「まーまー。ほら、釘崎が呼んでるから!」

 

「お、おい!」

 

そのままずるずると、釘崎の方に連れていかれた。

そして、2人がひそひそと話し出す。

 

「あんたね! あんたが、凛花さん大好きなのは気付いてたけど、あからさま過ぎはヤバいって!!」

 

「……ぶっ!」

 

釘崎の言葉に、思わず伏黒が吹いた。

“大好き”って……

 

「お、俺は、別にそういうんじゃ……」

 

「あーはいはい。もうバレバレだから、隠すだけ無駄よ」

 

「そうだぞー伏黒。俺、最初は凛花さん 伏黒の彼女さんかと思ったぐらいだし」

 

と、虎杖がにこやかに追い打ちを掛けてきた。

 

「虎杖、その話は後で詳しく聞くわ」

 

「お? おう」

 

と、何やら矛先が虎杖にも向けられて、虎杖がひくっと顔をひくつかせた。

すると、釘崎は伏黒の方を見て、

 

「あんたね! 相手が悪すぎ!! 凛花さんは“あの”五条先生の彼女よ!?」

 

「婚約者じゃねえの?」

 

虎杖の言葉に、釘崎が「どっちでも一緒よ!!」と叫んだ。

だが、その言葉に反論したのは他ならぬ伏黒だった。

 

「もう、婚約者でも彼女でもねえよ」

 

「は? 何言ってんの、アンタ」

 

「だから、凛花さんはもう五条先生の彼女でも婚約者でもないって言ってるんだ。……3年前に凛花さんから破棄してんだよ」

 

そう――だから、今は五条の彼女でも婚約者でもない。

筈――なの、だが……。

 

すると、釘崎が「はぁ~~~」と重~~い溜息を付きながら言った。

 

「アンタ、それ五条先生は了承してないなら、無効じゃないの? 今の五条先生の凛花さんに対する態度見て何処をどう見たら、そう見えんのよ!!」

 

「……でも、事実だ」

 

「事実だろうと、何だろうと、五条先生は間違いなく凛花さんを自分の彼女として扱ってるじゃない!! アンタ……、このままじゃ五条先生に殺されるわよ」

 

マジな顔でそういう釘崎に、虎杖が苦笑いを浮かべながら、

 

「いや、流石に先生もそこまでしないんじゃ……」

 

「甘い! 甘いわ!! 嫉妬に駆られた男がよりにもよって最強の男だったらどうなるか……!! あっという間にここら一帯更地になるわよ!! 生存者なし!! 五条先生ならそれぐらい―――」

 

 

「僕が何だって?」

 

 

突然3人の背後から聞こえてきた鬼の様な声に、3人がびくうううっとする。

 

「「ご、ごごご、五条先生……っ!!」」

 

思わず、顔をひくつかせた釘崎と虎杖の声がハモる。

すると、五条は動じない伏黒を見て「ふーん」と声を洩らし、

 

「何? 恵は“俺の凛花”の事好きなの?」

 

「……っ」

 

伏黒がぐっと息を呑む。

 

後ろで、釘崎と虎杖がひそひそと、

 

「(今、“俺の”って言ってたわよ)」

 

「(いつもは“僕”なのに……)」

 

怖い!! と、二人が共通の恐怖を感じている時だった。

伏黒はぐっと五条を睨むと、はっきりとした口調で、

 

「……好きですよ。俺は、ずっと昔から凛花さんの事が好きです」

 

「へぇ」

 

五条が笑うが、多分目は笑っていない。

 

「まぁ、分かるよ? 綺麗な年上のお姉さんに憧れたい時期ってあるもんな」

 

そう言って五条が笑うが、やっぱり目は笑っていない気がした。

 

「でも―――」

 

不意に、五条がすっと手を伸ばすとそのまま、どんっと伏黒を壁際に追いやった。

そして、

 

「凛花はあげられないよ」

 

低い声が響く。

それでも、伏黒は引かなかった。

 

「……俺も、諦める気ありませんから。たとえ相手が五条先生でも」

 

「言うねえー」

 

ばちばちばちと、火花が散りそうなその場面に、釘崎と虎杖は逃げたいと思っていた。

一方、凛花はというと……。

 

そんな会話がされていたとも露とも知らず、呑気に窓の外を眺めていたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

多分、本編で(まだ)言えない恵の本音?

※べったーとXに上げていたSSです

 

2023.12.23