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◆ ドリーム・ワールド
「え?」
それは、突然だった。その日の夕方、凛花は任務の帰りに用事があって、呪術高等専門学校に寄った。一通り、用事を終わらせて、帰ろうかと思った時だった。
「あー! 凛花さん!!」
突然、廊下で釘崎野薔薇に呼び止められたのだ。何かと思って振り返ると、釘崎以外に、虎杖悠仁や伏黒恵までいた。いつもの1年生のメンバーなのだが、何かあったのかと凛花は首を傾げた。すると、釘崎がきらきらの眼差しでチケットを手に持って、
「凛花さんこの後暇ですか!? これ、今話題のアトラクションがあるアミューズメントパークのチケットなんですけど、一緒に行きません!?」
「アミューズメントパーク?」
釘崎にしては、珍しいお誘いだと思った。彼女は余りそういうのには興味ないかと思っていたからだ。でも、まあ、普通に考えて年齢的に、アミューズメントパークなどに、興味持っていてもおかしくはない。
というか、基本アミューズメントパークには、年齢は関係ない。いつ行っても楽しめるし、大人も子供も多い。そう考えると、釘崎が誘ってもおかしくは無いのかもしれないと思った。
「私より、恵君や虎杖君と一緒に行ったほうが楽しいんじゃない?」
そう思ったので、素直にそう言うと、釘崎は持っているチケットを見せてきた。そこには、4枚の招待チケットがあった。
「あ、こいつらは一応、ボディーガードとして強制連行です! チケット4枚あるので、あと1人行けるんですよね。そしたら、凛花さん見つけたんで、これは伏黒の為に誘わね――もがっ!」
「え? 恵君?」
何故、そこに伏黒の名前が出てくるのか……。と、凛花が思っていると、伏黒が「余計な事考えんな!」と言いながら、釘崎の口を手で押さえていた。虎杖はというと、
「は~ジェットコースターとか、何種類もあるんだろ? 絶対、楽しいって!」
と、浮かれている。が、その横で、「レディーの口を手で塞ぐとか何考えてんのよ!!」と、釘崎が伏黒に切れていた。
何だか良く分からないが、この3人は行くらしい。そして、チケットが残り1枚残っているという事だ。それでどうやらたまたま見つけた凛花を誘った様だった。凛花は少し考えると、
「行くのは構わないのだけれど、今からだと余り遊べないんじゃない?」
そうなのだ。時間としてはもう17時を過ぎていて、外も日が落ち始めている。閉園時間も考えると、そこまで時間はない。すると、釘崎が片手を振りながら、
「ああ、それは大丈夫ですよ。メインは話題のアトラクションですから。……まあ、虎杖のやつが、ずっとジェットコースター、ジェットコースター煩いんで、それは乗りますけど。後は、最後に観覧車ぐらい? あ、凛花さんは、絶叫系大丈夫です?」
「一応、大丈夫だけれど……」
凛花がそう答えると、釘崎がぐっと何故か伏黒に向かって親指を立てて合図を送った。それを見た伏黒が、心底迷惑そうに顔を顰める。隣の虎杖に関しては、満面の笑みで「伏黒~よかったなぁ!!」と大声で言いながら、背中をばんばん叩いてた。
凛花には、3人のやり取りの意味がよく分からなかったが、なんだか3人の姿が微笑ましくて、思わず笑ってしまうのだった。
*** ***
―――某・アミューズメントパーク内
「ジェットコースター、やっぱ楽しぃ~! なぁ! もう一回行こうぜ、もう一回!!」
と、大はしゃぎの虎杖を見て、思わず釘崎と伏黒が、
「アンタねぇ!! 何十回乗れば気が済むのよ!! 付き合わされる、こっちの身にもなれっての!!」
「……オマエ、どんな思考回路してんだよ」
と、突っ込んでいるのを見て、凛花が苦笑いを浮かべていた。だが、虎杖はまだ物足りないのか、「ええ~」と頬を膨らませている。どうやら、余程楽しいらしい。ちなみに、凛花は途中から見学と化していた。しかし、このままだと再び2人は、ジェットコースター行なので、凛花はくすっと笑みを浮かべながら、
「虎杖君、連続だと皆疲れてしまうでしょう? だから、少し休憩入れたらどうかしら」
そう提案する。すると、釘崎が「そうよ、そうよ!」と、凛花の提案に乗って来た。凛花は少し考えて、
「飲み物でも買ってくる? それとも、静かなアトラクションにする?」
そう言った時だった。釘崎がパンフレットを見ながら「あ!」と叫んだ。何かと思い、そちら見るとある一点を指さし、
「例の話題のアトラクション、ここから近いじゃない! ここなら静かだし、歩くだけだからいい休憩になるんじゃない?!」
「ああ、あれか……いいんじゃないか? このまま虎杖に付き合わされるより、マシだ」
と、伏黒も釘崎の意見に同意してしまった。すると、虎杖も「ちょと物足りねえけど、話題って事は面白いって事だよな?!」と、行く方向になりそうだった。
が……凛花は一瞬、首を傾げた。静かで歩くだけなのに、話題? という疑問が浮かぶ。が、3人は乗り気だし、何よりも楽しそうだ。恐らく、ミラーハウスとかだろうか、とアタリを付けて、
「なら、そこに行きましょうか」
そう言ったものの、凛花は数分後、その言葉を後悔する事になるとは……この時は、夢にも思っていなかったのだった。
***
「えっと……」
そのアトラクションの看板を見た瞬間、凛花の顔が引き攣った。そこには――。
“絶叫・恐怖!! 阿鼻叫喚渦巻く、世紀のホラーハウス!!”と、大きく書かれていたのだ。所謂、「お化け屋敷」というやつである。
話題沸騰中という事で、こんな時間なのに長蛇の列だった。しかも何気にカップルが多い。皆、そわそわしたり、彼女が彼に「こわ~い」などと、言ってしがみ付いたりしている。が……凛花はそれどころでは無かった。
まさか、「話題のアトラクション」というのが、お化け屋敷などとは思わず、来てしまったのだが……、知ってたら来なかったのに……っ!! と、心の中で叫んだのは言うまでもない。
だが、虎杖と釘崎はけろっとしていて、
「なんだ、お化け屋敷か~俺達、いつも似た様なの相手にしてるから、物足りないかもな~」
とか
「そうよねえ。ま、お手並み拝見と行こうじゃない。人気ってのを!」
とか、やる気満々だった。だが、凛花はやはり、それどころではなかった。出来る事ならば、今すぐこの場から立ち去りたい気持ちでいっぱいだった。何故ならば……、話題沸騰のホラーハウス=めちゃくちゃ怖い事間違いなしなのは、明らかで。そんな場所に自ら足を踏み入れるなんて、絶対に無理だった。
だが、そんな凛花の心情など知る由もない3人は既に列に並び始めていた。スタッフの男の人が「2人1組か、1人1組になって並んでくださいね~」と声を掛けている。とどのつまり、4人では入れないという事である。
「なんか、魂胆見え見えよね」
と、釘崎がぼやきながら、ちらりと、虎杖を見た。そして目で合図する。それに気付いた虎杖が、ぐっと親指を立てた。そして、何故か棒読みで、
「あー虎杖、アンタは私を守りなさい!」
「応! 伏黒は、凛花さんしっかり守れよ?」
「は?」
と、謎の寸劇を始めたかと思うと、釘崎と虎杖がまず先へ入って行ってしまったのだ。伏黒と凛花を残して。
残された伏黒は少し顔を赤らめながら「分かりやす過ぎんだろ……」とぼやいていたが、ちらっと横の凛花を見た瞬間、彼女の顔が真っ青になっている事に気付いた。
「凛花さん、もしかして――」
そう伏黒が言い掛けた時だった。スタッフの男の人が、
「はい、次の方どうぞ~」
と、カーテンを開けて中に入れられてしまったのだ。
そこは、小さな鏡張りの部屋だった。そして、モニターが1台目の前にある。そのモニターがジジ……、と音を立てて何か音声が流れ始めたが、凛花はそれ所では無かった。目の前に、おどろおどろしい血みどろのビスク・ドールが置いてあり、それが突然動き始めたのだ。しかも、そのビスク・ドールは何故か凛花に近付いて来るではないか。そして、モニターから不気味な声がして……。
「――――っ!!」
声にならない叫び声を上げた瞬間、思わず凛花は隣にいた伏黒の腕を掴んだ。すると、伏黒が驚いた様にこちらを見たのが分かったが、それどころでは無かった。もう、パニックである。
だが、そんな凛花に、伏黒がそっと囁いた。
「大丈夫ですから……」
その声があまりにも優しくて、凛花は思わず彼を見つめてしまった。すると、伏黒は少し微笑んでいて、それがとても頼もしくて……思わず見惚れてしまいそうになる。
「恵君……っ」
今にも泣き出しそうな凛花に、伏黒はそっと彼女の手を握り締めると、
「俺がいますから、安心してください」
伏黒のその言葉に、凛花がこくこくと頷く。すると、伏黒がそっと凛花の手に自身の指を絡めたまま、ぎゅっと強く握りしめた。
「凛花さん、俺から離れないでください」
その言葉に、凛花は何故かとても安心した。そして、ぎゅっと彼の手を握り返したのだった。
***
―――数分後
「思ったほどじゃなかったわね」
「だよなぁ~もっとすげーのかと思ってたわ、俺」
と、笑う釘崎と虎杖を他所に、凛花はベンチでぐったりしていた。流石は、話題になるだけはあり、外観もさるところながら、作りもリアルな西洋風の洋館で、描写も音も、声も、何もかもが、凛花の恐怖を煽った。とにかく、怖かったのだ。もう普通のお化け屋敷の比ではないぐらい。
結局、凛花は外に出ても暫く伏黒から離れられず、その腕にしがみ付いて震えていた。それを見て、釘崎と虎杖がにやりと笑ったのは言うまでもない。
「凛花さん、落ち着きました?」
そう言って、ドリンクを買ってきた伏黒がベンチに座って、凛花にドリンクを渡す。それを、未だ震える手で受け取ると、
「あ、ありがとう。恵君」
と、弱々しい声で、返事をした。それから、ストローでドリンクを一口飲むと、「はぁ……」と緊張の糸が解けた様に、凛花は声を洩らした。
そんな凛花を見て、伏黒が微笑みながら、「……可愛い」などと思っているとは、凛花は露ほども気付いていなかった。そして、そんな2人の様子をこっそり見ていた釘崎と虎杖は、にんまりと笑みを浮かべるのだった。
暫くして、凛花の気分も落ち着いたので4人はまたアトラクションを楽しむことにした。それからいくつか回って、気が付けば閉園時間が近くなっていた。すると突然、虎杖が思い出したように「あ!」と声を上げた。
「最後に観覧車、乗らね? 観覧車!」
「なによ、アンタにしたら大人目で――ああ! いいわね」
と、釘崎が何かをみてにやりと笑った。ふと、後ろを見ると流石に疲れたのか、凛花が伏黒に半分寄り掛かる様にして歩いていたのだ。それを見た、釘崎は「よく言ったわ!」と、小声で虎杖を褒めた。
そうして、皆で観覧車の方に向かう事にした。
このアミューズメントパークには、この辺では一番の名物である、巨大な観覧車があるのだ。なんでも、ここの観覧車は、恋人同士で乗ると結ばれるというジンクスがあるらしい。それを聞いた釘崎が、にやにやしながら、
「アミューズメントパークの観覧車ってさー、なんか恋人達の象徴みたいになってるわよね。私もいつか、素敵な彼氏と一緒に……っ」
と、うっとりと話しだしたので、凛花がくすっと笑みを浮かべながら、
「それなら、今日は止めておく? 折角なら、彼氏さんと一緒に乗りたいでしょう?」
そう言って帰る方向になりそうになったので、釘崎は慌てて、
「いえ! 下見も大事ですから!!」
と、何故かどや顔で言われた。そんな釘崎に凛花が、少し首を傾げて、「そう?」と返したので、釘崎と虎杖がほっとしたのは言うまでもない。
そうして、並んでいると、順番が回って来た。アトラクションの案内係の女の人がにっこりと微笑み、
「4人で乗られますか? 2人で乗られますか?」と、尋ねて来たので、凛花は普通に、
「あ、では4人――「2人で乗ります!!!!」
と、何故か虎杖に遮られた。「え?」と思った瞬間、ぐいっと虎杖と釘崎に押されてゴンドラに押し込まれる――伏黒と一緒に。
ええ……っ!?
と、思ったのもつかの間、観覧車は動き出してしまった。
「め、恵君……っ」
慌てて伏黒を見ると、伏黒は頭を抱えていた。彼らの魂胆が見え見えだからである。だが、凛花は気付いていないようで、どうしようと呟いていた。
ふと、その時、伏黒のスマホが通知音を鳴らした。見ると、釘崎と虎杖からで、
『報告を後で待つ!』
『頑張れー伏黒!』
などと書かれていた。それを見て「あの馬鹿ども……」と伏黒が、大きな溜息を付いた。だが――ふと、凛花の方を見ると、少し落ち着かない様子のようだが、どこか嬉しそうで……。
俺と2人で乗るのが嫌なわけでは無いんだよな……? そう思うと、何故だか少しほっとした。そして、凛花の横に移動して座ると、その顔を覗き込むようにして顔を近づけた。すると、突然の行動に驚いた凛花が目を見開く。そんな凛花も可愛らしく見えて、伏黒は思わずふっと微笑んでしまった。そっと彼女の手に自身の手を添えて……、
「凛花さん、今日は俺達の我儘に付き合ってくれて、ありがとうございました。楽しかったです」
そう言って、優しく微笑む。すると、一瞬、凛花の顔が少しだけ赤く染まった。恥ずかしいのか、さっと視線を少しだけ逸らす。
「そ、それなら良かったわ。いつも皆、頑張っているでしょう? だから、たまにはこういう時間もあっても良いと――」
「思う」と言おうとした時だった。突然、伏黒が凛花の手を引っ張って抱きしめた。そして、ぎゅっと彼女の背中に腕を回すと、そのまま優しく包み込んだのだ。
「めぐ――」
突然の事に驚いた凛花だったが、ゆっくりと彼の胸の中に引き寄せられると、不思議なぐらいに心が落ち着いていく気がした。が、次の瞬間、凛花は はっと我に返ると慌てて離れようとした。だが――それを拒むように伏黒の腕の力が強まる。そして……、そっと耳元で囁くように、
「――凛花さん、俺……ずっと今も昔もこれからも、凛花さんが好きです」
瞬間――園内が不意に暗転したかと思うと、辺り一面に光が降り注いだ。その光はまるで、2人を祝うかのようで――。
凛花は、そんな光景を見て思わず言葉を失った。すると、伏黒はそっと凛花から体を離して、彼女の手を取ると、少し恥ずかしそうにしながらも、真っ直ぐな瞳で彼女を見つめてきて、こう言ったのだ。
「凛花さん。貴女の事を愛してます。……だから、俺を選んでください」
「めぐ、み……君……?」
まさかの彼からの告白に、凛花の顔が驚きと共に赤く染まる。それから恥ずかしそうに、俯いてしまったのだ。そんな凛花が可愛くて愛おしくて、伏黒はそっと彼女の頬に触れた。瞬間、ぴくんっと凛花の肩が震える。それでも、構わず伏黒は続けた。
「凛花さん――俺を、見てください」
「めぐ――」
瞬間、園内に再び光が降り注ぐ。
凛花の言葉は、最後まで紡がれる事は無かった。何故なら、彼女の唇をそっと伏黒の唇が塞いだからだ。それは一瞬だったけれど、その瞬間、確かに彼女の温もりを感じたのだった――。
その頃……。
「ちょと、見えないわね!!」
「うーん、下からだと、普通に考えて見えなくね?」
「だったらなんで、先に乗らなかったのよ!!」
と、下のゴンドラから、釘崎と虎杖がそう言い争いながら、覗こうとしていた事など、凛花と伏黒は知る由もなかったのだった。
2024.12.21

