深紅の冠 ~白夜影曜~

 

◆ 狭間の瞬間(クリスマス)

 

 

―――12月25日・伏黒の部屋

 

 

「それじゃ、改めて。恵君誕生日おめでとう」

 

そう言って、凛花がにっこりと微笑んだ。

その笑顔があまりにも綺麗で、伏黒が一瞬 照れた様に頬を朱に染める。

 

「あ、ありがとう、ございます」

 

なんだか、こうして改めて祝われると恥ずかしい。

すると、凛花が少し申し訳なさそうに手を合わせた。

 

「昼間はごめんね? 今日は1日付き合うつもりだったのに、どうしても外せない任務が急に入ってしまって……」

 

そうなのだ。

昼間、凛花は急な呼び出しで、一度来たものの一旦任務に向かったのだ。

 

仕方ない事だと分かっているが、こうも何度も任務に邪魔されると、こう作為的なものを感じる。

が、それをどうこう言っても仕方ないので、考えない事にした。

 

「気にしないでください。こうして、戻ってきてくれただけで、俺は全然……」

 

そんな伏黒の謙虚な言葉を聞いて、凛花がくすっと笑う。

 

「もう、恵君は本当に優しすぎるんだから」

 

「え……」

 

予想外の凛花からの言葉に、伏黒が「そうですか?」と、首を傾げる。

すると、凛花がやはり、くすくすと笑いながら、

 

「悟さんだったら、絶対怒るもの」

 

「あー五条先生は……」

 

確かに、五条なら「僕と任務、どっちが大事なのかな」とか下手したら言いそうである。

いや、どちらかというと、凛花の任務を五条が片づけてしまいそうだ。

瞬殺で。

 

「っと……」

 

はっと、凛花が何かに気付いたかのように、慌てて口を塞ぐ。

 

「凛花さん?」

 

伏黒が不思議そうに首を傾げた。

すると、凛花は少し苦笑いを浮かべて、

 

「ううん、今日は恵君の為の時間だから、悟さんの話はしないでおこうと思ってたんだけれど――」

 

つい出てしまったと、凛花が手を合わせる。

 

仕方ないといえば、仕方ないのかもしれない。

共通の知り合いでもあるのだから、必然的に話題にどうしても上がってしまう。

 

伏黒はふっと微かに笑うと、

 

「大丈夫ですよ。五条先生の話題出しても」

 

そう言って、そっと凛花の髪に触れてみた。

さらりと、彼女の髪が伏黒の指の中をすり抜ける様に、零れ落ちる。

 

「俺の為に、凛花さんが時間を割いてくれただけで――俺は十分ですから」

 

そう言って笑って見せる。

すると、凛花が何かに感動したかの様にその深紅の瞳を潤ませた。

 

「恵君……優しすぎって言われたりしない?」

 

「え? いえ、特には……」

 

むしろ、酷いとか冷たいとか、よく言われるが……。

 

「ええ!? 本当に? 恵君、凄くモテそうなのに……そう言えば、彼女いないのね」

 

ふと、出てきた言葉に伏黒が飲み掛けていたコーヒーを吹きかけた。

 

「……っ、ごほごほ!」

 

「え!? ちょっ、恵君、大丈夫?」

 

むせる伏黒の背を、凛花が慌てて擦る。

だが、伏黒はそれ所ではなかった。

 

突然 降ってきた凛花の発言に、冷静さというものが音を立てて壊れていく。

 

「……ごほっ。な、何言い出すんですか……突然」

 

「え? おかしな事聞いたかしら? 普通にいそうだなって思ったのだけれど。告白とかされたこと位あるでしょう?」

 

「それは――」

 

思わず、言葉に詰まる伏黒に、凛花がくすっと笑った。

 

「あるのね、やっぱり。なのに、彼女作らなかったの?」

 

「……別に、好きな相手じゃなかったので――」

 

告白されても、その時はもう――。

思わず、凛花をじっと見つめる。

 

凛花が不思議そうに首を傾げた。

その仕草があまりにも可愛く見えて、思わず手が出そうになるのを必死で堪える。

 

それから、伏黒は自分を抑えようと、片膝を抱えたまま「はぁ……」と溜息を洩らした。

 

人の気も知らないで、この人は……。

 

そう思うと、なんだか悪戯心が生まれてくる。

 

「そういう、凛花さんこそ――」

 

「え?」

 

凛花が、きょとんとその深紅の瞳を瞬かせる。

すると、伏黒は仕返しと言わんばかりに、

 

「告白。された事あるんじゃないんですか? 五条先生以外で」

 

伏黒のその言葉に、一瞬凛花が大きく目を見開いたが、

次の瞬間、少し考え込み……、

 

「んー、私ずっと女子校だったのよね。それに、話しかけられることはあっても、告白はされた事ないわよ?」

 

「……今もですか?」

 

「今は、仕事以外の話していると、突然慌てて去っていく人は多いかしら? 大体その後、悟さんが後ろから出てくるのだけれど――」

 

「……」

 

それ、絶対五条先生のせいじゃないか……。

 

と、伏黒が思ったのは当然で……と、そこまで考えて、ある事に気付いた。

 

「そういえば、凛花さんが五条先生と初めて会ったのはいつですか?」

 

唐突に出てきた質問に、思わず凛花が「え?」とその深紅の瞳を瞬かせる。

それから少し考えて、

 

「実際に逢ったのは、高校二年生の時かしら? 私のお兄様が紹介して下さったの」

 

「お兄さん、ですか?」

 

兄がいるのは知っていたが、話題には上がらなかったので今まで触れていなかったが……。

確か、3年前に亡くなったと聞いている。

 

「ええ、悟さんとお兄様は高専で同期だったのよ。それで、なんかずっとお兄様が私の写真を持ち歩いていたらしくて、悟さん達に私の話しをしていたらしいのよね」

 

と、少し恥ずかしそうに頬を赤く染めながら凛花が呟いた。

 

「私、その事全然知らなくて、悟さんも何も言わなかったし……。知った時、びっくりしたわ。知っていたら。絶対止めていたのに――」

 

確かに……。

伏黒にも義理の姉の津美紀がいるが、津美紀が伏黒の写真を持ち歩いて友人に自慢していたら、絶対止めたと思う。

 

だが――という事は、五条が凛花を知ったのは、凛花が高2の時ではなく、それよりもずっと前からだという事になる。

 

もしかしたら、五条先生は――。

 

そんな考えが、頭を過ぎった。

だが、今その事実がそうだとしても、伏黒にはどうする事も出来ないし、だからと言って何か変わる訳ではない。

 

五条の方が先に凛花に会って、伏黒の方が後に会った。

その事実は変わらないし、変えられない。

 

せめて、もう少し早く生まれていれば――少しは変わったのだろうか?

でも、今そんな事を考えても仕方のない事で、凛花との年の差を埋める事は出来ない。

 

その事実が、酷くもどかしかった。

 

「凛花さん、もし――」

 

もし、五条先生より俺が先に生まれていて、貴女と先に逢っていたら――。

 

 

俺を選んでくれましたか――?

 

 

などとは聞けなかった。

 

「恵君?」

 

突然、言葉を切った伏黒に、凛花が不思議そうに首を傾げる。

思わず、凛花の方を見る。

 

長い艶のある漆黒の髪に、宝石の様な紅い瞳。

少しピンク色に染まった頬に、形の良い唇。

 

そんな彼女が、自分の部屋に自分の為に――いる。

 

伏黒が思わず、息を呑んだ。

よくよく考えたら、今 自分は物凄い状況に置かれているのでは?

という、事実に気付く。

 

惚れた女性と二人っきり。

しかも、自分の部屋で。

 

でも、相手は他の男性ひとのもので――。

 

「………………はぁ」

 

何だこれは。

生殺しもいい所じゃないか。

 

思わず、膝を抱えてしまう。

 

情けない。

何だか、凄く情けない気分になってきた。

 

こんな時、五条だったらどうするのだろうか?

きっと、さり気なく手を握ったり、抱き締めたり、当たり前にしてそうだと思った。

 

だが、今の伏黒にそんな勇気はなかった。

 

と、その時だった。

ふいに、凛花が「あ」と声を洩らした。

 

「凛花さん?」

 

伏黒がどうしたのかと、顔を上げた時だった。

突然凛花が立ち上がると、バッグを置いていた方へと歩いて行った。

 

「……?」

 

伏黒が不思議に思っていると、凛花がスマホと一緒に何か紙袋を持って戻ってきた。

 

「ごめんね? 急いで来たから、任務の経過報告送っておくの忘れていたと思って――少し、メールしてもいいかな?」

 

そう言ってメール打ち始める。

そんな彼女の様子を、じっと伏黒は見つめていた。

 

長い指が、スマホの上を動く。

見ると、爪に微かに色が入っていた。

 

綺麗な色だな……。

 

などと思いつつ、じっと見つめていた時だった。

不意に、顔を上げた凛花と目が合った。

 

「あ……す、すみません」

 

慌てて目を逸らすと、凛花がくすっと笑った。

 

「どうして謝るの? 何も悪い事なんてしてないのに」

 

「あーえっと、それは――」

 

何と返していいのか分からず、伏黒がしどろもどろになっていると、メールを打ち終わったのか、凛花がスマホを床に置いた。

そして、少しはにかみながら紙袋を見せてくると、

 

「はい、誕生日プレゼントと、クリスマスプレゼント?」

 

そう言って、にっこりと微笑んだ。

一瞬、伏黒が呆気に取られていると、凛花がまたくすくすと笑いだした。

 

「どうしたの? 要らなかったかな?」

 

「あ、い、いや……要ります! そ、その……少し驚いて……」

 

伏黒のその言葉に、凛花がその瞳を瞬かせる。

 

「驚く事? だった?」

 

「あーその、凛花さんの時間を頂いたのがプレゼントだと思っていたので、その……別に用意してくれてるとは――」

 

思ってなかった。

すると、凛花がまた笑いながら、

 

「折角、用意する時間が出来たんだもの。勿体ないじゃない? だから、はい。どうぞ」

 

そう言って、紙袋を差し出した。

 

「あ、ありがとう、ございます」

 

伏黒が、少し恥ずかしそうにその紙袋を受け取る。

中を見ると、可愛くラッピングされたカップケーキと一緒に、青いマフラーが入っていた。

 

「あ、カップケーキ美味しくなかったらごめんね?」

 

「え……、もしかして手作りですか?!」

 

「あ、なあに? その反応。昔はいつも渡してたでしょう? 手作りのお菓子」

 

確かに、昔はよく手作りのお菓子を貰っていた。

が、最近は忙しいのもあり、既製品だった。

 

「久々に作ったから……上手く出来てるといいけれど。あ! 味見は一応してるわよ? 甘さは控えめにしたんだけれど――恵君の今の好みが分からなかったから……」

 

ちなみに五条は甘党なので、甘めに作るのだが、その感覚で作ると他の人には甘過ぎるらしく……、それで少し自信が怪しいのだと凛花が話してくれる。

 

自分の為に考えてくれたのだという事実が嬉しくて、伏黒が微かに笑みを浮かべた。

 

「ありがとうございます。凛花さんの作ったものなら、何でも美味しいから大丈夫ですよ」

 

そう言って、伏黒が紙袋の中からカップケーキを取り出す。

そして、そのままリボンを解こうとした時だった。

 

ぎょっとした凛花が慌てて止めに入った。

 

「ま、待って待って! 今から食べるの!?」

 

「え? 駄目ですか?」

 

「だ、駄目じゃないけれど……その……」

 

凛花が、かぁっと頬を朱に染めて視線を逸らす。

 

「は、恥ずかしいじゃない……目の前で食べられると――」

 

「……っ」

 

その仕草があまりにも可愛くて、思わず手が伸びそうになる。

 

駄目だ。

そんな事して嫌われたら――。

 

そう思うのに、抑えが効かない。

 

伏黒はカップケーキをテーブルに置くと、そっと凛花の肩に触れた。

一瞬、凛花がぴくんっと身体を震わす。

 

「め、恵君……?」

 

少し驚いたかのように、凛花が顔を上げてくる。

 

ああ、駄目だ。

抑えが効かない――。

 

「――凛花さん。抱きしめてもいいですか?」

 

 

 

「え……」

 

 

 

凛花の瞳が一瞬見開かれる。

が、そのままぐいっと彼女の身体を引っ張ったかと思うと、そのままその腕に閉じ込めた。

 

驚いたのは凛花だ。

伏黒のまさかの行動に、凛花の顔がどんどん赤くなっていく。

 

「あ、ああ、あの……っ。めぐ――」

 

「今日、凛花さんの時間は俺の物なんですよね?」

 

「え?」

 

「だったら、今だけ――この瞬間だけで構わないので、俺だけを見て下さい」

 

「めぐ――」

 

彼女に髪に触れると、そのままその唇に自身のそれを重ねた。

 

「……っ」

 

凛花が、ぴくんっと肩を震わす。

予想だにしない伏黒からの口付けに、凛花が大きくその深紅の瞳を見開いた。

 

「凛花さん……」

 

そのまま、ぐっと強く抱き締められる。

 

「……ぁ……」

 

一瞬、触れただけの口付け――。

でも、驚くには十分だった。

 

「めぐ、み、くん……?」

 

伏黒の青い瞳が視界に入る。

すると、伏黒がふっと微かに笑って、

 

「逃げないで下さい――今日だけは、逃げないで」

 

そう言って、今一度 唇を重ねてきた。

二度、三度と繰り返す内に、その口付けがどんどん深くなっていく――。

 

「……っ、めぐ……ぁ……」

 

思わず、反射的に凛花が後退りそうになった時だった。

かつんっと床に置いていたスマホに手が当たった。

 

瞬間、ぱっと画面が明るくなると同時に、「ピピ……ピピピ……」と、着信を知らせる音が耳に入ってきた。

 

「めぐ、み……く……待っ、でん、わ……が……」

 

凛花が、ぐっと伏黒を押し返そうとした時だった。

伏黒の視界に凛花のスマホの画面が入った。

 

そこには着信を知らせる画面と、登録してある名前が出ていた。

 

“五条悟”――と。

 

凛花もそれに気付いたのか、スマホの方に目線を向ける。

が、伏黒がそれを許さなかった。

 

「凛花さん。今日の凛花さんの時間は俺だけの物ですよね? だから、出ないで下さい」

 

「で、も――」

 

「出ないで――お願いします」

 

ピピ……ピピピ……と、着信音だけが部屋の中に響く。

その間、ずっと伏黒は凛花を離さなかった。

 

腕の中に閉じ込め、その唇を塞ぎ、彼女の全てを自分の中に閉じ込める様に――。

 

 

 

今だけでいい。

 

彼女がたとえ他の誰を想っていようとも。

他の誰かもものであったとしても。

 

今、この瞬間だけ――。

 

 

 

―――俺だけの、彼女でありますように。

 

 

 

      そう願わずには、いられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

恵のBDの後の続です

※五夢がベースなのでお気をつけ~

 

2023.12.31