スノーホワイト
◆ Chapter1 氷結の魔女1
今から約50年前――。
宇宙から飛来した高エネルギー体「サブスタンス」がミリオン州に墜落した。
それは、資源が枯渇した地球に大きな影響を与える。
――しかし、それと同時に厄災を振りまく存在となり、人々を苦しめた。
被害を受けたミリオン州に設立された。
対策機構 『HELIOS』
彼らは、「サブスタンス」から発見された能力型結晶石を精鋭に託し――。
特殊能力を持つ、「ヒーロー」を誕生させたのだった。
スノーホワイト
―――レッドサウス・ルーム
その日は、晴天だった。カーテンの隙間からそよそよと、風が吹いている。朝日が、徹夜明けの目に染みた。
ブラッドは少し目を抑えながら、小さく息を吐いた。
数ヶ月前にルーキー達がこの『HELIOS』入所してきた。各セクターことにメンターを2人、ルーキーをそれぞれ2人に振り分けた。
最初こそ、衝突やチームが全くの皆無だったが、彼らも成長しているのだろう。最近は、少しはまともになってきていた。
そんな、メンターの統括――。サウス・セクターのメンターでありつつ、メンターリーダーとしての仕事と掛け持ちでやる業務は決して簡単ではなかった。
毎日毎日、会議の連続。その上、謎のイプリクスという敵との交戦。
問題は山積みだった。
だが、そんな中 殉職したと思われていた「仲間」が生きていた。
彼の名は、ディノ・アルバーニ。
メジャーヒーローであるブラッドと、同期であり、同じメジャーヒーローのキース。彼は2人の共通の「友人」であり同じ10期生の「仲間」だった。
アカデミー時代からの繋がりで、気がつけば、よくディノの言葉に乗せられて3人で行動していた。
生きていてくれたことは、素直に嬉しい。しかし、ディノは「洗脳」されていた――イプリクスの連中の手によって。
ずっと、昔から。それは赤子の頃から仕込まれたものだった。
あの時――ディノと対峙した時、彼は涙を流し自分を「――殺してくれ」と言った。あの時の、ディノの洗脳の中から、絞りだされた言葉が、今でも耳に残っている。
ブラッドは、また小さく息を吐いた。微かに手が震える。
もしも、あの時――この手にディノを掛けていたらと思うと……。考えただけで、ゾッとした。
「……情けないな」
ぽつりと、小さな声でブラッドが呟いた。まさか、自分が「怖い」なとど思うとは――。滑稽で笑いすら出てくる。もう、そんな感情は捨てたかと思っていたのに。
その時だった。
コツン……と、サイドテーブルに何かが置かれる音が聞こえた。ふと、音のした方を見ると、そこには、一人の若い女性が立っていた。
「あ……」
女性がブラッドの視線に気づき、少し申し訳なさそうに頭を垂れると、そのまま部屋を出ていこうとした。
「……っ、待て!」
咄嗟に、思わず手が出た。まさか、手を掴まれるとは思わなかったらしく、その女性が驚いたように、そのライトグリーン色の瞳を瞬かせる。
「あ、あの、手を……」
「離して」という言葉は声にならなかった。彼女のキャラメルブロンドの柔らかい髪に、ブラッドの手が伸びる。一瞬、彼女がぴくっと肩を震わせた。
「悪い……驚かせて済まない、アリス」
“アリス”と呼ばれたその女性は、少しだけ頬を染め、小さくかぶりを振った。
「いえ……大丈夫です。それよりも――」
ちらりと、アリスと呼ばれた女性がサイドテーブルの方を見る。
「冷めないうちに、召し上がって下さい」
言われてそちらの方を見ると、コーヒーと一緒に、サンドイッチが置かれていた。
それだけ言って、アリスが立ち去ろうとする。が――ブラッドがその手を離さなかった。
ブラッドの行動が理解出来ず、アリスが困惑した様にそのライトグリーンの瞳を瞬かせる。
「えっと、あの……ブラッドさん?」
ブラッドのルビー色の瞳と目が合った。
「あ……」
不意に、ゆっくりとブラッドの顔が近づいてくる。思わず、アリスがぎゅっと、目を瞑った時だった。
「あ――! 腹減った――!! ウィル、なんか、食い物あったっけ?」
突然、部屋の中にどやどやと、騒がしい声が聞こえてきた。はっとして、慌ててアリスが声のした方を見る。すると、そこには今期のルーキーの鳳アキラと、ウィル・スプラウトの姿があった。
そういえば、ここはレッドサウスセクターの部屋だった。
最初に口を開いたのは、案の定アキラだった。
「ああああ―――!!!」
アリスとブラッドを指さした叫んだ。
「ブラッドが!! 女連れ込んで……もが! ももがもが」
すかさず、ウィルがアキラの口を抑える。
「す、すみません、ブラッドさん! 俺たちすぐ出ていきますので――」
と、ずるずると、抗議するアキラを連れて部屋を出ていこうとする。
「あ、あの、違っ……」
何か、誤解されている!!
アリスが慌ててウィルを止めようとした時だった。
「ブラッド――! いるか――?」
「二日酔いに響くから、叫ぶなよ……」
不意に入口が開き、ディノがキースを引き連れて現れた。
瞬間――。
「あ……」
ディノとキースの声が被った。だが、それはほんの一瞬で、ディノがアリスを見て、ぱぁ!っと、顔を綻ばせる。
「アリス!! アリスもいたのか!! ……って、あれ? もしかして、俺らお邪魔……しちゃった?」
ディノが苦笑いを浮かべてそう言うと、ばしっと、キースがディノの頭を叩いた。
「……どう見たって、お邪魔だろうか。おら、帰るぞ」
そう言って、面倒くさそうにディノの首根っこを捕まえて、ずるずると引きずり始める。
「え!? わ、わっ! 待ってくれよ、キース!!」
「ほら、アキラも!」
そう言って、ウィルがアキラを連れ出そうとする。
慌てたのは、ブラッドでもなく、出ていこうとしたメンツでもなく、当のアリスだった。アリスが慌てて、ばっとブラッドから離れると、
「ち、ちち違うんです!! 私はっ!! その……ブラッドさんがまた徹夜されていたので、その軽食とコーヒーをお持ちしただけで……その……」
言葉の最後の方は、声になっていなかった。
「し、失礼します!!!」
そう叫ぶと、アリスはばたばたと部屋を飛び出していった。その顔が耳まで真っ赤だったのは、言うまでもない。
*** ***
「あ~あ、耳まで真っ赤にして逃げちゃったよ……。アリスも可愛いとこあるねぇ~」
と、さもどうでも良さそうにキースが頭をかきながらぼやいた。逆に、ディノはおろおろとしながら、
「ぶ、ブラッド!! お、追わなくていのか!? アリス、行っちゃったぞ?!」
と、当事者であるブラッドにそう進言するが……ブラッドは、小さく息を吐くと、
「構わん。別に追う理由はない」
とだけ答え、そのまま再びモニターの前に腰を下ろした。余りにも素っ気ないその態度に、思わずディノがむっとする。
「でも、アリスはブラッドの為に軽食を用意してくれたんだろ?! そのサイドテーブルのそれ! アリスの手作りだよな。ちゃんとお礼言ったか?」
「……」
一度だけ、ブラッドがその軽食の方を見るが、そのままモニターに視線を戻す。ブラッドのその態度に、ディノがますますむっとして、
「駄目だろ――ブラッド!! ラブアンドピースだぞ!!」
「いや、いまそのラブアンドピースは関係ないだろ……」
と、すかさずキースが突っ込むが……
「だって、このままじゃアリスが――」
尚も言い募ろうとするディノを、キースが「あーはいはい、そこまでね~」と、制した。
「ブラッドは俺達と違って忙しいんだから、それぐらいにしてやれ……。ディノも、ブラッドの性格はわかってんだろ? こいつが、素直に礼を言うタマかよ」
そういって、キースが頭をかく。
「むううううううう」
そう言われてしまっては、流石のディノも解っているだけに反論できないらしく、頬を膨らませたまま、押し黙ってしまう。
と、その時だった。
「あの~~~」
ふいに、後ろの方から声が聞こえてきた。
「ん? お、おお……お前ら、いたんだたな」
と、半分存在を忘れ去られていたウィルとアキラが、居辛そうにこちらを見ていた。
「先ほどの、女性は……?」
と、少し遠慮がちに聞いてくるウィルとは裏腹に、アキラはというと……、
「なぁなぁ! さっきの女って、もしかしてもしかして、ブラッドの――!?」
と、こちらは好奇心以外感じられない。そんな両極端な2人を見たキースは「はぁ~~~」と、超面倒くさそうに溜息を付き、
「あ? あ~あいつ? あいつは――」
そこまで言いかけた所で、ディノが案の定 口を挟んできた。
「キース! “あいつ”じゃないだろ! 彼女にはちゃんと“アリス・ティアリーズ”って名前があるんだから、ちゃんと名前で呼んでやれよ」
「あーはいはい、そうですね~」
と、面倒くさそうにキースが生半端な返事をする。
「アリス……?」
ウィルが何かに気付いたかのように、そう呟いた。それにキースが「お?」と、反応する。
「なんだ、勤勉だな~ウィルは。アキラも少し見習ったほうがいいぞ~」
と、半分冗談めかしてそう言うが、当のアキラは聞いてもおらず……。
「ウィル、知ってんのかよ?」
「知ってるっていうか……聞いた事があるだけだよ。『HELIOS』の11期生に、“氷結の魔女”って呼ばれる、リリー教官の再来とも言われている女性ヒーローがいるって……確か、その人の名前が――」
「そう!!」
突然、ディノが大きな声で頷いた。
「アリス・ティアリーズ。それが彼女の名前だよ。アリスの力は“エンドレススノーホワイト”っていって、雪を操ることが出来るんだ。なんでもかんでも雪で凍らせちゃうから、付いた呼び名が――」
「“氷結の魔女”……? なんか、怒らせたら怖そうだな……」
ごくりと、アキラが息を吞んだ。それを聞いた、キースがにやりと笑みを浮かべ、
「お、鋭いな~アキラ。あいつだけは怒らせない方が賢明だぞ~」
それを聞いた、アキラが「やっぱり!!」と青ざめる。
「きっと、凍らさえてコレクションに飾られたりとか……、二度と動けなくなるとか……うあああああ、俺はいやだああああああ!!!」
「どんなイメージなんだよ……アキラの中のアリスさんって」
「ん? 雪女?」
と、ウィルの問いにさくっと答えたものだから、キースが「ぶはっ!!」と、吹き出した。
「あいつが、“雪女”!? あはははは、こりゃぁ、一本取られたなぁ~!」
と、瞬間―――。
ばんっ!!!!!
突如、部屋に響いた大きな音に、4人がびくっとする。恐る恐る、そちらを見ると――今にも切れそうなブラッドが、冷やかな目でこちらを見ていた。
「……ぶ、ブラッド……?」
「――れ」
「え?」
ぎろっと、ブラッドがこちらを睨み――。
「――騒ぐのなら、余所でやれ」
それだけ言うと、ばたん!!と、大きな音を立ててドアを閉めたのだ。思いっきり、廊下に放り出された4人はというと……。
「あ~あれは、怒ってるな……」
「怒ってるね」
と、キースとディノ。
「え? いや、確かに騒がしくしてしまった俺達が悪いんですけど……」
「つか、ここ俺らの部屋でもあるんだけど!?」
と、ウィルとアキラ。
だが、キースは小さく首を振り、
「いや、どっちかというと、怒ってるのは騒いでた事じゃなくてだな……」
「そーそー、どちらかというと、アリスの事をあれこれ言ってた事に……かな?」
と、ディノが苦笑いを浮かべていた。
どうやら、アリス本人だけでなく、ブラッドにもこの件はタブーなのだと、ウィルとアキラが心に刻んだのは言うまでもなかったのだった。
2025.01.04