スノーホワイト

   ~Elements Beat~

 

◆ Kiss me from you

 

 

 

―――2月14日

 

 

 

この日は、バレンタインという事で、『HELIOSエリオス』では、バレンタイン【LOM】と、バレンタイン交流会が開かれていた。その為、1日中忙しく、アリスはばたばたとしていた。

チームを組んでいないアリスは、『ヒーロー』として参加はしていないものの、今年は、“ロマンチック暴走症”なる【サブスタンス】の現象の所為で、面倒ごとになっていた。

しかし、色々策を講じたお陰か、バレンタイン【LOM】は大盛況に終わり、バレンタイン交流会も無事に終わる事が出来た様だった。

 

そして、気が付けば、もう14日も終わろうとしていた。

アリスは、お世話になった人に一通り、バレンタインのチョコレートを配った後、自室に戻っていた。と、その時ブラッドから電話が入り、屋上へと向かったその後――の話である。

 

 

 

 

ブラッドにバレンタインのプレゼントを何とか渡す事が出来て、ほっとして部屋に戻ろうとした時だった。ふと、アリスの部屋の前に人影がいた。

もう日付けも変わろうとしているのに、こんな時間に誰だろうと、アリスが首を傾げると同時に、不安になる。こんな事なら断らずに、部屋までブラッドに送ってもらうのだったと後悔の念が押し寄せる。

 

だが、ここはエリオスタワー内だ。不審者は侵入出来る筈は、ない。

そう思った時だった。そこにいた人物に、アリスがそのライトグリーンの瞳を見開いた。

 

「……フェイス君?」

 

それは、13期生のウエストセクターのルーキーであり、ブラッドの実の弟でもあるフェイスだったのだ。

こんな時間にどうしたのだろうと、アリスが首を傾げる。だが、フェイスはじっとアリスを、そのブラッドと同じルビーの瞳で見つめたまま、微動だにしなかった。

 

「えっと、フェイスく――」

 

「アリス、今まで何処に行ってたの? ブラッド?」

 

「え……」

 

かぁ……と、アリスの顔がほのかに赤く染まる。それを見たフェイスは、「ふーん」とだけ言って、ぐいっとアリスの腕を急に掴んだ。そしてそのままぐいっと自分の方に抱き寄せたのだ。

 

「フェ、フェイス君……っ」

 

驚いたのは、他ならぬアリスだ。フェイスからの突然の抱擁に、アリスの顔がどんどん紅潮していく。だが、フェイスはそんなアリスを気にも留めずに、そっと、彼女の耳元に唇を寄せると、

 

「ねぇ、知ってた? 俺、今日誕生日なんだよ?」

 

「あ……」

 

フェイスからの言葉に、アリスがそのライトグリーンの瞳を見開いた。そして、フェイスの方を見て、少し申し訳なさそうに視線を落とす。

 

「あの……、それは……」

 

ここ最近、忙しくて何も準備出来ていなかった。だが、そんなの言い訳だ。1年に1回しかない、大切な日――その日を、蔑ろにされてフェイスは怒ってしまったのかもしれない。

そう思うと、アリスはどうしていいのか分からなかった。

 

アリスが見るからに落ち込んでいると、ふとフェイスが面白いものを見たかのように、突然吹き出した。いきなり笑い出したフェイスに、アリスがその瞳を白黒させる。

すると、フェイスはくつくつと笑いながら、

 

「アハ、まさか俺が怒ってると思った? 俺、そんなに子供じゃないよ」

 

「で、でも……」

 

アリスが、おろおろとしていると、フェイスはくすっと笑って、

 

「ね、アリスは明日オフだよね? もしかして、もうブラッドと約束しちゃった?」

 

「え? ブラッドさんは、明日はお仕事だもの。だから……特に何も約束は……」

 

アリスが、フェイスの言わんとする事が分からず、首を傾げながらそう答える。すると、フェイスがにっこりと微笑んで、

 

「そ、よかった。俺もオフなんだよね。だから――」

 

そっと、フェイスがアリスの顔に自身の綺麗な顔を近付けて来て、

 

「デート、しよ?」

 

「……え」

 

唐突に言われたその言葉に、アリスがぱっと見るからに赤くなる。そんなアリスに、フェイスは満足気に笑うと、

 

「どうせ、何度一緒に出掛けても、ブラッドは絶対“デート”しようって誘ってこないでしょ? って事は、もしかして俺が初めてだったりするのかな」

 

「そ……っ、それは――」

 

「アハ、当たりみたい」

 

そう言われると、ますます恥ずかしくなって、アリスは等々真っ赤になって俯いてしまった。そんな様子のアリスがフェイスには可愛らしく思えて、思わず笑みが零れてしまう。

フェイスは、アリスの耳元に囁くように、

 

「じゃ、明日。楽しみにしてる」

 

それだけ言うと、ひらひらと手を上げて去って行ってしまった。そんなフェイスの後ろ姿を見ながら、アリスは熱くなった顔を手で押さえるしか出来なかったのだった。

 

 

 

 

*** ***

 

 

 

 

―――翌日・2月15日

 

 

アリスはその日、シャワーを浴びた後、朝から困っていた。クローゼットから洋服を幾つも出して、ベッドに並べる。

勿論、今までオフにブラッドに誘われた時も服装には気を遣っていた。でも、いざ「デート」として、フェイスにだが誘われると、なんだか、何を着ていいのか分からなくなってしまったのだった。

 

「どうしよう……」

 

時計を見ると、約束の時間までもうあまりない。このままでは遅刻してしまう。

「デート」って考えるから駄目なのよ。ただ単に、フェイス君と出掛けるだけ――そう思えばいいのよ。そう思って、アリスは最後にクローゼットから出した、白のマーメイドラインのワンピースに、白いクロップド丈カーディガンを羽織った。そして、白のポインテッドトゥブーツを履く。

真っ白な、ニットアップスタイルのホワイトコーデの出来上がりだ。

 

「これなら、いいかしら……」

 

髪は少しだけサイドに流して、インカムの他に、ルビーの小さな石が付いている髪留めを付ける。

そうこうしている内に、時間になっていた。

アリスは、ベッドサイドに置いていた白いファーバッグを持つと、そのまま部屋を後にしたのだった。

 

 

 

エリオスタワーの入り口に向かうと、私服姿のフェイスが既に待っていた。アリスは少し戸惑いながら、

 

「おはよう、フェイス君。待たせてしまってごめんなさい」

 

そう声を掛けると、フェイスがアリスを見て嬉しそうに笑った。

 

「もしかして、俺の為にお洒落してくれたの?」

 

「……へ、変かしら……」

 

もしかしなくとも、フェイスはもっと露出したようなセクシー系が好きだったのだろうか。少なくとも、フェイスの周りは、クラブに行くからかそういう人が多い。

そうアリスが思っていると、全て見透かしたようにフェイスはくすっと笑いながら、

 

「そんな事ないよ、俺、どっちかっていうと、アリスの方が断然好みだし。それに――凄く可愛い。似合ってるよ」

 

「……っ」

 

面と向かってそう言われて、アリスの顔が真っ赤に染まる。それから、アリスは恥ずかしそうに視線を逸らした。そんなアリスの仕草が堪らなく可愛く思えたのか、フェイスがやはり、くすっと笑いながら、すっと手を伸ばしてきたかと思うと、その手をアリスの指に絡ませた。

 

「フェ、フェイス君……っ」

 

「いいでしょ? “デート”なんだし」

 

「う……」

 

そう言われてしまっては、何も言い返せない。少なくとも、この“デート”は、フェイスの誕生日の代わりなのだろうし、強くは出れない。

アリスは苦笑いを浮かべた後、ぎゅっとフェイスの手を握り返した。

 

「もう、今日だけだから……ね」

 

「それは、どうかなぁー」

 

などと返してくるが、フェイスは嬉しそうだった。そうして、2人はタワーから一緒に出ると、セントラルスクエアから各セクターに繋がっているリニアに乗る。

その間も、手はずっと繋がれたままだった。アリスはそれが少し気恥ずかしく感じつつも、振り払う事が出来る筈もなく……結局移動中は、ずっとそのままだったのだった。

 

 

 

 

 

―――グリーンイーストヴィレッジ・チャイナタウン

 

 

 

連れてこられた店は、中華料理の店だった。庶民的というよりも、少し高級感にあふれたその店内は、初めて見る様な繊細な装飾が多種多様に使われていた。雰囲気もとても落ち着いていて、この空間自体居心地がとても良い。

 

店員に案内されて席に座ると、丸い机に回転板が乗せられていた。初めて見るこの光景に、アリスが驚いていると、フェイスは手慣れた手つきで点心と茶を注文していた。

 

「フェイス君、よくこのお店には来るの?」

 

思わずそう尋ねると、フェイスは「あー」と声を洩らし、

 

「ここの雰囲気、気に入ってるんだよね。1人でゆっくり落ち着きたい時とか、よく来るかな」

 

「え……、そんな場所に私も来てよかったの?」

 

言うなれば、フェイスの癒しの場ではないのだろうか? アリスがそう思っていると、フェイスは「アハ」と笑いながら、

 

「アリスだから、いいんだよ」

 

「え? あの……それは、どういう……」

 

「ほら」

 

その時だった。突然フェイスがアリスのキャラメルブロンドの髪に触れてきたかと思うと、そのまま風で乱れていた髪を整えてくれる。

 

「可愛い顔が、台無し」

 

「あ、ありが、とう……」

 

髪を直してくれただけなのに、何故だか無性に気恥ずかしい。それに……。ふと、いつも髪に触れて頬を撫でてくれるブラッドを思い出す。やはり兄弟だからだろうか、そういう部分も似ているのかなと、思ってしまった。

でも、口にしたらフェイスの機嫌を損ねそうで、言えなかった。

 

今でこそ、入所当初ほど険悪ではないとは思うが、それでも聞いていた昔ほど仲は元通りにはなっていない。それが哀しくもなり、辛くもあった。

アリスとしては、仲良くして欲しいのに……でも、それを言うのは流石に憚られた。

フェイスの方は歩み寄ろうと、少しずつ変わろうとしているのは知っている。でも、ブラッドは――どうしてフェイスを避ける様になったのか、未だに誰も言おうとしない。言えない――と、言うのが伝わってきて、酷く胸が痛んだ。

と、その時だった。

 

「アリス? もしかしてブラッドの事考えてる?」

 

「……え……っ」

 

不意に、フェイスにそう指摘されて、アリスがぱっと顔をあげる。すると、呆れた様な表情で、とんっ フェイスの手が、テーブルを指先で叩いた。すると、テーブルの上に飾ってあった小さな風車がカラカラと回り出す。

 

それはまるで、今のアリスの心を表しているかの様で――。

 

フェイスはそんなアリスを見て、小さく溜息を付いた。そっと手を伸ばしてきたかと思うと、その長い指で優しくアリスの頬を撫でたのだ。そしてそのまま手を滑らせると、その指の背でアリスの唇をそっとなぞってくる。

 

「……っ」

 

その仕草が妙に妖艶で、アリスは顔が熱くなるのを感じた。そんなアリスに、フェイスが少し寂し気に瞳を細めて、

 

「ねぇ、アリス……俺じゃ駄目なの?」

 

「それは……」

 

「俺だったら、アリスにそんな顔絶対させないよ」

 

そう、気持ちを伝えてくる。そんなフェイスの想いが痛いほど伝わってきて、アリスはぎゅっと胸のあたりを抑えた。

 

「フェイス君は……やっぱり優しい。いつも、私を元気付けてくれて……」

 

「俺が優しい?」

 

「うん。それに、頼りになるし」

 

アリスは素直にそう思っていた事を伝えた。すると、フェイスが切なげに笑ってきて――それが、まるで泣いている様にも見えてしまって、アリスは胸が締め付けられる様な気がした。

そんなフェイスの表情を目の当たりにしたアリスは、思わずその手を掴んでしまった。

 

「アリス……?」

 

「……ごめんね」

 

突然謝ってきたアリスに驚いたのか、フェイスが少しそのルビーの目を瞠る。そして、その瞳を少しだけ寂し気に細めながら、アリスの額にそっと手をまた伸ばしてきたかと思うと、そのまま引き寄せられ――、

 

ちゅ……。

 

と、額に口付けをされた。

それはまるで、想いを込めた口付けの様にも思えて……アリスは呆然としてしまった。そんなアリスに、フェイスが切なげに微笑む。そして、そっと自分の指で唇をなぞる。その仕草が酷く色っぽくて、アリスは思わずどきっとしてしまった。

 

すると、そんなアリスを見てフェイスが嬉しそうに笑ってきて――。

 

「でも、今だけでいいからさ、俺の事想ってよ」

 

「フェイスく……」

 

「ね、アリス――俺、アリスからの誕生日プレゼント。欲しいものがあるんだよね」

 

唐突にそう言われて、アリスが「え?」となった。それは勿論自分の用意出来るものならば、構わない。むしろ、今日何を渡そうかと迷っていた程だ。

すると、フェイスはにっこりと微笑むと、そっとアリスの唇に自身の長い人差指を当てた、そして――。

 

 

 

「キス。して欲しいな」

 

 

 

「え……」

 

一瞬、言われた意味が分からず、アリスがそのライトグリーンの瞳を瞬かせる。するとフェイスはくすっ笑って、優しげに微笑んだ。

 

「駄目?」

 

「だ、駄目って言うか……それ、は……」

 

流石に、ちょっと……と、思ってしまう。確かに、自分で出来ることなら、何でもとは思っていたが、幾らなんでもキスだなんて……。

そうアリスが思っているのに、フェイスは引き下がらなかった。いつもなら、「アハ、なんてね」と言って冗談で済ませてくれそうなのに、今回はそうではなかった。

 

フェイスは、そっとアリスの唇に当てていた人差指を外すと、そのままその手を自分の唇に触れさせる。そして……。

ちゅっ……。

そんなリップ音が、静かな店内に響いて――。

 

その仕草があまりにも様になっていて……アリスの顔が一気に真っ赤になった。

すると、フェイスがそんなアリスを見てくすっ笑うと、

 

「ね、アリス。アリスからして欲しい」

 

そう言って、

そのままそっとアリスの腰に手を回すと、そのままぐいっと抱き寄せてきた。ぎょっとしたのはアリスだ。

 

「フェ、フェイス君……っ」

 

顔を真っ赤にして慌てて離れようと、ぐっとフェイスを押すが、女の力で男に敵う筈もなく――あっという間に、フェイスの腕の中に収められてしまう。

 

「ね? 聞こえる? 俺の心臓の音。こんなにどきどきするのはアリスにだけだよ」

 

「……っ、フェイーー」

 

「フェイス君」という言葉は音にならなかった。何故なら、フェイスの唇がアリスの唇を塞いでしまったからだった。

その突然の事に驚いて、アリスが一瞬我を忘れて固まってしまう。そんなアリスの隙を突くように、そのままフェイスは舌を入れてきた。

 

そしてそのまま歯列をなぞると、驚いているアリスの舌に自分のそれを絡ませてくる。

 

「……んっ、ぁ……」

 

くちゅ……っ、ちゅ……っと、濡れた音が響いてきて、アリスの顔がますます赤くなっていった。だがそれは、決して不快なものではなくて――寧ろ、フェイスの想いが伝わってきて……段々と頭がぼうっとしてくる。

 

と、その時だった。ふいにフェイスが、すっと唇を離す。そして、ぺろっと自分の舌で自身の唇を舐めると、熱っぽい瞳でアリスを見つめてきて――。

ごくり……っ そんなフェイスの色っぽさに、思わず息を呑んでしまった。そんなアリスに、フェイスがくすりと笑うと、そのままそっと顔を近づけてきて……こつんとおでこ同士をくっつけてきたのだ。

 

目の前には、大好きな人と同じの綺麗なルビーの瞳があった。

 

「アリス、ほら。――キス、して」

 

そう言いながら、フェイスがアリスの唇を指でそっとなぞってくる。先程された事を思い出してしまい、また顔に熱が熱くなるのが分かった。すると、そのまままた顔を近づけてきたかと思うと――唇が触れてしまいそうな距離で止めたまま、じっと熱い瞳で見つめてくるではないか。

 

そんなフェイスに耐えきれなくなったのか、アリスはぎゅっと目を瞑ると……、

 

「……い、1回だけ……だから、ね」

 

「いいよ」

 

アリスはそっとフェイスの頬に手を伸ばすと、ちゅ……っと、少しだけ自分からフェイスの唇に自分のそれを重ねた。一瞬、触れるだけのキス。そのままそっと離れると、アリスは慌ててフェイスから離れようとした。が――突然、ぐいっと腰を掻き抱かれたかと思うと、そのまま今度はフェイスの方から唇を奪ってきたのだ。

 

「んん……っ、フェイ、ス、く……っ、ぁ……っ、はな、しが……違っ……」

 

何度も抵抗しようとするが、そのまま角度を変えながら、何度も口付けを繰り返される。次第に頭が朦朧としてきて、何も考えられなくなってきた。

 

「アリス――」

 

甘く名を呼ばれ、ぴくっとアリスの肩が震えた。そして、そのままゆっくりと唇が離れていって――。はぁ……っと、熱い吐息が零れた。と、その時だった。

 

だが、それはほんの一瞬で、今度はフェイスの舌がぬるりと侵入してきたのだ。それはまるでアリスの口腔内を探るように動いていき、その舌に絡みついてくる。

 

「ぁ……ふ、ぁ……っ、ンン……っ、ぁ、は……ん……、フェイス、く……っ」

 

くちゅっと濡れた音が耳に響いてきたかと思うと、ぞくぞくとした甘い感覚が背筋を走っていくのを感じた。

 

 

 

どのくらい、そうしていたのだろうか。

 

やがて、ゆっくりと唇が離れていったかと思うと、フェイスはそっとアリスの頬を撫でた。そして……その長い指で、優しくアリスの唇をなぞってくる。まるでそれは、自分のものだと言う様に。

 

そんなフェイスの行動に、アリスが思わずどきっとしてしまう。だって、それはまるで……ブラッドに対する独占欲の様に見えたから。

 

「ふふ、アリス。顔真っ赤だよ。そんなに俺とのキス気持ち良かったんだ」

 

そう言われた瞬間、かぁっとアリスが顔を朱に染めて。ふいっと視線を逸らす。そんなアリスが余りにも可愛らしくて、フェイスはくすくすと笑いながら、そっと彼女の耳元で囁くように、

 

「ねぇ、ブラッドとのキスと、どっちがよかった?」

 

「……っ」

 

突然そんなことを言われて、アリスの顔が更に真っ赤になってしまう。そんなアリスにフェイスがやはり、くすくすと笑ってしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2025.02.18