スノーホワイト
~Imperial force~
◆ pieces of children8
リリーは、アリスとブラッドの2人の態度を見て、にやりと笑った。2人とも目を合わせた瞬間、顔を赤くしてお互いに視線を逸らしてしまったのだ。
2人がお互いを想い合っている事は、勘の鋭いものなら直ぐ分かる。アリスは基本顔に出やすいので分かりやすい。逆にブラッドは顔には出ないが、ブラッドを良く知る者なら、直ぐ気付くぐらい態度に出ていた。やたらとアリスを気に掛けたり、ドライブに誘ったりしているのを見ていて、気付かない筈がない。
リリーはふむっとカウンターに膝をつくと、
「どうしたんだ2人とも。顔が赤いぞ?」
と、あえて突っ込んだ。すると、アリスがびくっと肩を震わせた瞬間――、
「……あ、痛っ……」
そう声を洩らすと、顔を顰めた。リリーがはっとして、「どうした」と言おうとするが――それよりも早くブラッドが動いた。「アリス!」と声を荒げると、すぐさまキッチンの方へと行く。そして、アリスの右手を取った。アリスの人差指の先から、少しだけ血が滲み出ていたのだ。
「アリス、怪我を――」
「だ、大丈夫です。洗っていて、少し野菜の葉で切っただけなので……」
アリスはそう言って、ブラッドに掴まれた手を引こうとするが、ブラッドが手を離さなかった。それどころかそのままぐいっと引っ張ると、アリスをカウンターに連れて出たのだ。驚いたのはアリスで、
「あ、あの……?」
ブラッドの行動の意図が分からないアリスが、困惑気味に首を傾げる。しかし、ブラッドはアリスを椅子に座らせると、
「少し待っていてくれ」
そう言ったかと思うと、何故かブラッドは部屋の奥へと入っていった。そして数分もしない内に救急セットを持って戻ってくる。それに驚いたのはリリーだった。何故、お前がアリスの部屋の物の位置を知っている。と、突っ込みたくなる。
だが、そんなリリーを他所に、ブラッドはアリスの傷の出来ている手を取った。アリスが慌てて手を引きながら、
「あ、あの……っ、じ、自分で――」
「出来る」と言おうとするが、ブラッドがきっぱりと「俺がやろう」と言い出すと、治療を始めてしまったのだ。丁寧に血をガーゼで拭き取ると、消毒してから絆創膏を貼る。
結局、アリスは大人しくされるままになっていた。
「これでいいだろう。【サブスタンス】があるので、直ぐに癒えるとは思うが……」
「あ、ありがとう、ござい、ます……」
アリスが、少し恥ずかしそうに顔を赤らめたまま、礼を言う。するとブラッドは「いや……」と声を洩らし、
「大事にならなくて良かった」
そう言って、ほっと息を洩らした後、リリーを鋭い眼差しで見た。その視線にリリーがぎくりと顔を強張らせる。
「リリー教官。料理中にアリスを動揺させないでくれ」
そう厳重注意されるとぐうの音も出せず、リリーが「すまなかった」と苦笑いを浮かべて謝罪した。それから、アリスの方を見て、
「痛かっただろう? アリス、私の不注意ですまなかったな」
そう言って申し訳なさそうにリリーが頭を下げてくるものだから、アリスが慌てて手を振った。
「い、いえ……! 大した事ありませんので――そんな、頭を上げて下さい……っ。私こそ、不注意でご心配お掛けして、すみません」
アリスもそう言いながら、頭を下げてくる。お互いがお互いに頭を下げ合って、何故か謝罪会になってしまう。そんな様子が可笑しかったのか、アリスとリリーが顔を見合わせると、笑った。
「なんだか、懐かしいです」
「そうだな、アリスがルーキーの時も、こんなやり取りを何度もしたものだ」
そんな会話をしていると、ブラッドが立ち上がった。それを不思議に思ったアリスが首を傾げてブラッドを見た。
「ブラッドさん? どうかし――」
そこまで言いかけた時だった。ブラッドはキッチン方へと歩いて行くと、
「続きは俺がやろう。アリスは休んでいてくれ」
「え……っ。いえ、そんな、ブラッドさんのお手を煩わす訳には――」
と、慌ててアリスもキッチンの方へと行く。
「私が作りますので、ブラッドさんは休んでてください」
「いや、その手では難しいだろう。俺が作るから、アリスこそ休んでいてくれ」
「駄目です……っ。仕事でお疲れのブラッドさんに作って頂くなんて――っ」
と、双方引かなかった。そんな光景を見ていたリリーが思わず「痴話喧嘩か?」と思ったのは言うまでもなく……。このままでは埒があきそうになかったので、
「そんなに言うなら、2人で作ったらどうだ? 何だったら、私も参加しよう!」
半分冗談めかしてそう言うと、何故かアリスとブラッドが口を揃えて、
「リリー教官の、お手を煩わせるわけにはいきません……っ」
「リリー教官に、作らせる訳にはいかない」
と、口を揃えて却下されたので、リリーは苦笑いを浮かべるしかなかったのだった。
*** ***
―――エリオスタワー アリスの部屋・夜
結局あの後――。
リリーは夕方退勤するまでアリスの部屋にいた。勿論、ブラッドも一緒に拘束されていた訳で……。しかも、シュンとティアが途中から起きてきたものだから、リリーがあれこれ質問したりしだして、知り得ない情報まで知ってしまった。
まさか、俺とアリスの結婚した日が、俺の誕生日とは……。
でも、忙しいブラッドに気を遣って、アリスがそう提案するのは、容易に想像付いた。その上、その時点でアリスがシュンを妊娠していたらしい事も知ってしまい、なんだかいたたまれない気分だった。
「はぁ……」
思わず、溜息すら出てしまう。式を上げる前に、アリスを妊娠させてしまうなど、未来の自分は何をしていたのだと、突っ込みたい気分だった。婚約はしていたらしいし、式も上げる予定だった中での同意の出来事のようなので、デキ婚ではないのが唯一の救いだ。
だからと言って……そういう事は、もっと計画的に、と思ってしまう。
「未来の、アリス……か」
結婚や婚約の前に、今現在、正式に付き合っている訳でもないのに、そんな未来が待っているなど、誰が予想しただろうか。アリスの事が嫌なわけではない。むしろ、好ましいとさえ想っている。彼女が手に入るなら、どれだけ喜ばしい事か……。そして自分の傍で、笑い掛けてくれれば、それだけできっと満たされるだろう。
シュンの話からして、ブラッドが未来でも現役という事は、数年以内の話なのは容易に想像付いた。恐らく、この先2~3年以内、遅くとも5年以内にアリスと結婚しているという事になる。
俺がアリスと……。
「……」
微かに熱を帯びる顔を誤魔化すかのように、ブラッドが小さく咳払いをする。結婚までしているという事は、アリスがいつか自分を選んでくれる日が来るという事だろうか。もし、そうならば、他の誰でもない、自分が彼女を幸せにすることが出来るという事に……。
「…………はぁ」
完全に、堂々巡りだった。俺は何を考えているんだ、と自分にそう言い聞かす。今は、アリスと自分の事よりも、シュンとティアの2人を無事に帰す事を第一優先に考えなければならないというのに――。それなのに、どうしても考えてしまう。アリスが自分を想ってくれるのではないかという可能性を。
アリスが、もし俺を選んでくれるのなら、俺は……。
「ブラッドさん、どうかなさったのですか?」
ふと声がして顔を上げると、シュンとティアを寝かし付けにいっていたアリスが、ゲストルームからリビングへ戻って来ていた。
「アリス……2人はもう寝たのか?」
そう尋ねると、アリスはくすっと笑いながら、
「はい。今日は、色んな方に相手にしてもらったので、2人とも疲れたみたいで、ぐっすりでした」
「そうか」
そう返すと、アリスがふと何かに気付いたかのように、ブラッドの手元を見て、
「お仕事……やっぱり、まだ今日の分終わってなかったのですね」
おかしいと思ったのだ、珍しく昼間から部屋に戻って来ていたので。しかも、リリーと一緒に。一度、リリーが退勤した後、ブラッドは仕事に戻ったが、それでも、昼間の分を完全に挽回出来るとは思えなかった。
「何か、お手伝い出来る事はありますか?」
そう尋ねるが、ブラッドは気にした様子もなく、
「いや、もう少しで片付くから問題はない」
と言って、手元の書類に視線を戻した。が、その割にはあまり進んでいる様には見えなかった。アリスは少し考えた後、一度キッチンへ行くと、細口のドリップポットでお湯を沸かし始めた。お湯が沸いたら、ドリッパーにペーパーフィルターとコーヒー豆を入れると、サーバーにセットし、一度軽く蒸らしてからお湯を注いだ。
コーヒーカップではなく、マグカップを一度温めると、コーヒーを注いでから、リビングに戻る。
「ブラッドさん、コーヒーどうぞ。後、やはり私も手伝います」
そう言って、テーブルの上にコーヒーの入ったマグカップを2つ置くと、アリスも座って書類をチェックし始めた。
「……すまない、アリス。疲れた時は、先に休んでくれて構わない」
「大丈夫ですよ。最後までお付き合いします」
そんなアリスの気遣いが嬉しくて、ブラッドは微かにその口元に笑みを浮かべてしまうのだった。
2時間後――。
最後の1枚をチェックして、データを端末に打ち込むと、本日の業務で出来る範囲は終わる事が出来た。
「アリス、助かった。ありがとう」
ブラッドがそう礼を言うと、アリスはにこりと微笑んで、
「いえ、ここ最近お手伝い出来ていませんでしたし……いつも、ありがとうございます」
そう言いながら、小さく頭を下げた。そんなアリスが可愛らしく見えて、ブラッドが思わずくすっと笑う。突然ブラッドが笑ったものだから、アリスが不思議そうにそのライトグリーンの瞳を瞬かせると、ちょこんっと首を傾げた。と、その時だった。
「アリス――少し、話せるか?」
「え……? あ、はい」
突然ブラッドにそう言われ、アリスが頷くと、ブラッドが少しだけほっとした様な顔をする。そして、何故か隣に来るように促された。アリスが少し躊躇いながら、ブラッドの横に移動する。すると、ブラッドが優しく笑みを浮かべながら、そっとアリスのキャラメルブロンドの髪に触れてきたのだ。そして、そのまま指を絡めて優しく頬を撫でてくる。
「……っ」
ブラッドの突然の行動に、アリスの顔がどんどん紅潮していく。かぁっと頬を苺のように赤く染めたアリスが、恥かしそうに視線を泳がせながら「あ、あの……」と口籠もった。だが、ブラッドは気にした様子もなく、そっとアリスに自身の顔を近付けると、そのままこつんっと額をくっつけてきたのだ。
間近にブラッドを感じ、アリスの心臓がどきりと音を鳴らせる。一気に全身に緊張が走り、顔がますます赤く染まっていった。
「アリス――」
囁くように名を呼ばれ、ゆっくりとブラッドのルビーの瞳を開けられると、目と目が合った。彼の瞳には、はっきりと顔を赤くした自分の姿が映し出されており、それを見た瞬間、アリスの顔が今までにないくらい赤く染まる。
「あ、の……」
やっとの思いで、そこまで口にした時だった。
「アリス――。アリスはシュンとティアの事を知ってどう思った?」
「え……」
突然投げかけられた問いに、アリスが瞳を瞬かせる。すると、ブラッドはこう続けてきた。
「俺は……正直、最初戸惑った。突然自分の子だと言われても、実感も湧かなかったしな。だが……」
そこで一旦切って、アリスを見る。
「お前との子だと分かった時、そういう未来が来るという事実に、安堵したんだ。他の誰でもない、お前と俺の子だという事実に、な」
「え……。あ、の……それは、どう、いう……」
「……分からないか? お前が他の男ではなく、俺を選んでくれているという未来にガラにもなく浮かれたという事だ」
ブラッドのその言葉に、今度こそアリスがそのライトグリーンの瞳を大きく見開いた。ブラッドのその言い方だと、まるで――。そう思うと、知らず顔が朱に染まっていく。
「ブ、ブラッドさ……」
今にも泣きそうなアリスを見て、ブラッドがくすっと笑う。そして、両手でその頬を包み込むと、
「アリス――好きだ」
そう――囁いたのだった。
続
2025.04.05