スノーホワイト

   ~Imperial force~

 

◆ pieces of children7

 

 

 

「こ、こここ、この子達がブラッドさまのお子様……っ!!」

 

「うわぁ~、可愛いですね!」

 

その日、アリスの部屋にはサウスセクターのオスカーとウィルが来ていた。ちなみに、アキラは「ガキと遊ぶより、トレーニングした方がいいに決まってんだろ!」とかなんとか言って、トレーニングルームに行ったらしい。

そして、オスカーとウィルの前にはにこにこと笑う、シュンとティアがいるのだが……。ウィルはまだ普通なのだが、オスカーが異常なまでに関心を示していた。なにせ、オスカーがブラッドを尊敬の意を込めて仕えているのは、周知の事実で……しかも、そのブラッドを「父」と慕う子供達なのだから、当然といえば、当然の反応でもあった。

 

「この目! お2人共、ブラッドさまにそっくりです……っ」

 

と感極まった様に、涙している。そんなオスカーの横でウィルが「あはは」と笑いながら、2人に話しかけていていた。

 

「えっと、シュンくんと、ティアちゃんでいいかな? 俺はウィル・スプラウトって言うんだ、宜しくね」

 

そう言って、にっこりと微笑みながら2人の頭を撫でると、シュンもティアも嬉しそうに笑って、

 

「ウィル兄さん、僕は、シュン・ビームスって言います」

 

「私は、ティア! ティア・ビームスだよ~ウィルおにいちゃん!」

 

と、答えたものだから、またオスカーが「ビームスって名乗っている……っ」と、感動していた。そんな様子の4人を見て、アリスがくすくすと笑いながら、用意したお茶とお菓子を持ってキッチンから出てくる。

 

「オスカー君は、コーヒーで良かったかしら。ウィル君は、甘いの好きって聞いてるからカフェオレにしたけれど……」

 

「あ、はい。ありがとうございます」

 

と、ウィルが子供達の相手をしながら返事をする。すると、てててっと、ティアがオスカーの方に駆けよった。そして、感動しているオスカーの制服を引っ張って、

 

「おにいちゃんは?」

 

と、くりっと可愛らしく小首を傾げた。その姿が余りにも愛らしく、オスカーが顔を押さえて悶絶する。

 

「オスカー君、大げさよ」

 

アリスが思わず突っ込むと、オスカーがくわっと目を見開いたかと思うと――。

 

「アリス! いつ……一体、いつの間にブラッドさまの血を受け継ぐこんな可愛らしい子達を、産んだのだ!?」

 

などと言い出したものだから、アリスは苦笑いを浮かべながら、

 

「えっと、オスカー君? 何言ってるの……」

 

流石に子供達の目の前で「産んでません」と言うのは、何となく憚られて、言葉を濁す。すると、ウィルがひそひそとオスカーに、

 

「違いますよ、この子達はアリスさんが将来ブラッドさんとの間に産む子で、まだ産んでません」

 

「は……っ、そうだった……!」

 

何やら、ウィルの説明に突っ込みたい気分だが、面倒になりそうなので、突っ込まずにいると、今度はオスカーが何故かすちゃっと胸ポケットからメモを取り出す。そして、2人の前に行くと、

 

「シュンさん、ティアさん、お誕生日はいつでしょうか!? 後、ブラッドさまと、アリスのご結婚記念日は!?」

 

などと聞き出した。すると、問われた意味が分からなかったのか、2人がルビーの瞳を瞬かせてきょとんとする。

 

「えっと、オスカーさん。そんな事を聞いてどうするんですか……?」

 

思わず、ウィルが突っ込む。すると、オスカーはさも当然のようにどや顔で、

 

「決まっている!! 神聖なるブラッドさまの結婚記念日と、お子様達のご誕生の日のお祝いを――」

 

「いや、だからそれは未来の話で……」

 

知ってはいけないのでは? と、ウィルが言おうとした時だった。シュンが少し考える素振りを見せた後、小さく小首を傾げた。

 

「父さんと、母さんのけっこんした日なら知ってるよ? なんか、本当はもっと早くを予定してたけど、仕事が忙しいのと、僕をにんしんしたの重なって、秋になりそうだったから、それなら、覚えやすいから父さんの誕生日にしようって、母さんが言ったんだってー」

 

「おお……っ。という事は――9月15日ですか!?」

 

「え、待って。シュンくんを妊娠したのが重なったって……授かり婚!?」

 

さらっと流そうとした場所に、ウィルが鋭く突っ込んだ。すると、シュンが「?」と、首を傾げた。

 

「う~ん、よくわかんないけど、こんやくしてる母さんと式上げる前に、母さんは僕を身ごもったって言ってたよ?」

 

シュンがそう言った瞬間、ばっとオスカーとウィルの視線がアリスに集中する。が、アリスは顔を真っ赤にして両手で覆ったまま、

 

「そ、その話、止めて下さい……」

 

と、切実に言葉を洩らしていた。自分が産む(?)かもしれない、子に自分の妊娠の話を赤裸々に話されること程、恥かしいものはない。

 

「うわぁ~、まさかあのブラッドさんが、授かり婚だなんて……意外なぁー」

 

「うむ、でも、流石はブラッドさま……っ! しっかり、アリスを繋ぎとめていたという事だな!!」

 

何故か続くその話題に、アリスはもう恥ずかしくて恥ずかしくて、顔を上げる事すら出来なくなるのだった。

 

 

 

 

*** ***

 

 

 

 

―――エリオスタワー・カンファレンスルーム

 

 

会議が終って、ブラッドがカンファレンスルームを出ようとした時だった。不意に、同じ会議に参加していた、技術教官をしているリリー・マックイーンに呼び止められた。リリーは、にやにやしながら、

 

「ブラッド、聞いたぞ? ついにアリスと同棲を始めたそうじゃないか。しかも、子供までいつの間にか作ってたとか! この私に黙って、私の娘同然のアリスと結婚生活とは――いい度胸をしているな」

 

「……リリー教官、何か誤解があるようだが」

 

そうブラッドが訂正しようとすると、リリーはふっと笑って、

 

「冗談だ。でも、お前が遠くない未来、アリスと結婚して子を成すという事だろう? 勿論、ちゃんと私の許可は取りに来るんだろうな? 結婚式にも呼んでもらわねば困るぞ?」

 

「……」

 

何故か、話が飛躍している。そもそも、何故リリーの許可が必要なのか……。と、そこまで考えてブラッドはある事を思い出した。

 

「そういば、アリスが入所時、貴女がメンターをしたんだったな」

 

「そうだ。アリスは私が手取り足取り教え込んだ大事な子だからな。半端なヤツにはやれないと思っていたが……」

 

と、そこまで言ってリリーは言葉を切った。そして、ブラッドをじろじろと見た後、にやっと笑った。

 

「まぁ、お前なら合格だ」

 

「……そう言ってもらえるのはありがたいが、俺とアリスはそういう関係では――」

 

「うん? でも、同棲はしているんだろう?」

 

「それは――」

 

確かに、今、ブラッドはアリスの部屋で寝起きをしている。それは、シュンやティアがいるからであって、決してアリスとそういう関係だからではない。ただ、「同棲」が結婚せずに同じ部屋で暮らすことを意味するのなら……そう、取られても仕方ないのか? とも思ってしまう。

ただ――。

 

「……せめて、同居と言ってくれ。後、誤解に無いように言っておくが、俺の意志ではなく、シュンとティアの意志だ」

 

と、ブラッドは否定するが、リリーにはその答えが不満だったのか。眉間に皺を寄せると、

 

「なんだ、お前はアリスが相手だと不服だというではないだろうな」

 

「……っ、そういう訳では――」

 

間髪入れずそう返事するブラッドに、リリーがうんうんと頷く。

 

「そうだろう? なら、何故そう頑なに否定する。この私が、お前がアリスをどう想っているか――気付いていないとでも思っているのか?」

 

「……っ」

 

リリーの言葉に、ブラッドが言葉を詰まらす。ぐっと、喉の奥まで出かかった言葉を飲み込むと、息を吐いた。それから、リリーから視線を逸らすと、ぐっと握っていた手に力を籠める。

 

「……俺は、俺の勝手な気持ちをアリスに押し付ける気はない。アリスが幸せでいてくれればそれで良いと思っているだけだ」

 

「……お前は、それで本当にいいのか?」

 

「……」

 

そうだ。例え彼女の隣にいるのが自分ではなかったとしても、彼女が笑っていてくれるなら俺は――。それで、良いと……。

 

そこまで考えて、ブラッドは小さく息を吐いた。

 

なら、このもやもやした様な、どす黒い気持ちはなんだ? 彼女が他の男に笑顔を向けるだけで、嫌な気持ちになる。彼女の身体に他の男が触れるのを見ると、その手を振り払いたくなる。お願いだ――その笑顔も、その身体に触れるのも、俺以外に許さないでくれ――と。そう、思ってしまうこの“感情”は……。

 

ぐっと、ブラッドが唇を噛み締めた時だった。突然ばしっ!とリリーがブラッドの背中を思いっきり叩いた。

 

「リリー教官……っ。何を……」

 

驚いたのは他ならぬブラッドで、だが、リリーは気にした様子もなく、にやりと笑うと、

 

「お前の気持ちは、よぉ~~~~~く分かった。ここは、この私がひと肌脱いでやろう! ブラッド、この後予定は空いているな? あったとしても、全部キャンセルしろ!!」

 

「いや、俺は……」

 

「さぁ、一緒にアリスの元へ行くぞ!!」

 

そう言ったかと思うと、リリーは問答無用でブラッドを引きずってずんずんと歩いて行ったのだった。

 

 

 

 

 

―――数分後。

 

何故か、ブラッドはアリスの目の前に立たされていた。その後ろにはリリーが腕を組んで立っている。

 

何故、こんな事に……っ。

 

と、ブラッドが思っているとは露とも知らないアリスは、首を傾げながら、

 

「えっと、ブラッドさん……にリリー教官? お疲れ様、です……? あの……お仕事は……」

 

明らかに、頭にクエスチョンマークが浮かんでいる様な反応が返って来る。それはそうだろう。こんな真昼間に部屋に戻ってくることになるとは、ブラッドも思ってもみなかったのだから。

ブラッドが視線だけで後ろのリリーを見ると、リリーの目が「行け!!」と言っていた。のだが、ブラッドとしては、そう目で訴えられても困る訳で……とりあえず、当たり障りのない話題を口にするしか出来そうになかった。

 

「あ、ああ……少し空き時間が出来たので、様子を見に来たのだが、シュンとティアはどうした?」

 

いつもなら駆け寄ってくる2人の姿がない。そう思ってそう尋ねると、アリスがくすっと笑って、

 

「2人共、先程までオスカー君と、ウィル君に遊んでもらっていたので、今は疲れてソファで寝ています」

 

「……そうか、オスカー達はパトロールか?」

 

「はい。時間だそうで行かれましたよ? あ、ブラッドさんもリリー教官もお昼は食べられました? まだでしたら、簡単なもので良ければ作りますけれど――」

 

そう言ってアリスが、にっこりと微笑む。そんな笑顔を見ていたら、自然とブラッドも笑みを浮かべてしまう。

 

「すまない、手間を掛ける」

 

そう返すと、アリスは「いいえ、大丈夫ですよ」と言って2人をカウンターへと案内して、自身はキッチンに入って行った。

リビングの方を見ると、ソファでシュンとティアが気持ち良さそうに寝ていた。そんな2人を見て、リリーが「ほぅ……あの2人が噂のお前達の子か、可愛いじゃないか」と言って、ほくほくとしていた。

 

「いや、リリー教官。だから、俺達の子では……」

 

と、ブラッドが訂正しようとするが、リリーはさらっと流す様に、

 

「だが、ノヴァの話では99.99%以上の確率で実子だと、結果が出ていると言っていたぞ?」

 

にやりとして、そう言う。すると、その話にぴくっと料理をしていたアリスが反応した。

 

「え……? あの、それはどういう……」

 

「あ、ああ……アリスにはまだ話していなかったな。DNA検査の結果が出たんだ。その結果が――」

 

「遺伝子型がブラッドとアリス共に、あの子供達と一致。99.99%以上の確率で実子確定だそうだ。つまり、あそこで寝ている天使のような子供達は間違いなくお前達2人の子という事だ」

 

「……」

 

瞬間、アリスが固まった。ざーと野菜を洗う為に流した蛇口から水だけが出ている。放心している――ともいえる。リリーが「アリス?」と呼びかけると、はっとした様に我に返り、慌てて手を動かし始めた。

 

「あ、そ、そう……なの、ですね……」

 

その言葉は、明らかに動揺していた。まあ、科学的に証明されてしまったのだから、仕方ないともいえると、リリーは思った。瞬間、リリーは何か思いついた様に、アリスに話を振った。

 

「で、アリスはこの結果についてどう思う?」

 

にこにこと笑いながらそう言う。すかさずブラッドが「リリー教官……っ!」と声を荒げかけるが、後ろで寝ている2人の事を思い出し、はっと口元を抑える。それから、小声で、リリーにだけ聞こえる様に、

 

「貴女は何を聞いているんだ……っ」

 

「いいじゃないか、アリスがどう想っているかはっきりするぞ?」

 

「それは……」

 

と、ブラッドが口籠もってしまう。が、リリーはアリスの答えを知っていた。見ていれば分かる。アリスがブラッドをどう想っているかなど――結局、この2人はお互いに想い合っているのに、お互いに気付いていないのだ。傍から見ていて、もどかしいというか、面倒くさい事この上ない。

だから、リリーは思った。ブラッドにはっきりと分からせてやろうと。そうしないと、この2人はいつまで経っても進展しないだろう。

 

「えっと、その……わ、私、は……」

 

アリスがもごもごと、口を少しだけ開きながら言うが、言葉になっていなかった。そして、ブラッドの方を見たかと思うと、かぁ……っと顔を赤くして俯いてしまった。

 

「……っ」

 

それにつられる様に、ブラッドの方も少し頬を赤らめて、視線を逸らし黙りこくってしまう。

 

おやおや……。

 

そんな2人を見ながら、内心溜息を付きつつも、顔がにやけそうになるのをリリーは必至で堪えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2025.03.23