スノーホワイト
~Imperial force~
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◆ pieces of children2
「うわーん、パパ――! ママ――!!」
そう泣き叫びながら、その女の子はブラッドとアリスにしがみ付いてきたのだ。驚いたのは、他でもないブラッドとアリスで……。アリスは、困惑した様にジェイとその女の子を見た。ブラッドはというと……完全に言葉を失っている。
それはそうだろう。見知らぬ子供が自分を「パパ」呼んできたのだ。慌てふためかないだけ流石である。
アリスは、未だ追いつかない頭で、そっとその女の子の視線に目線を合わせるようにしゃがむと、
「えっと、貴女は何処から来たのかしら? ここには、親御さんと来たの? お父さんと、お母さんは?」
優しくそう尋ねる。すると、その子はぼろぼろと大粒の涙を流しながら、
「ママぁ~。ママはティアのことわからないの? ティアはすぐパパとママのことわかったのに……」
「え……」
そう言われても……初めて見る子に「自分が分からないのか」と問われても困る。すると、その子はぎゅ~~とアリスに抱き付いた。
「ティアのこと、きらいになったの? もう、ティアいらない子なの……?」
そう言い出したかと思うと、またぼろぼろと泣き始めた。困ったアリスは、取り敢えずその子をあやすかのように、抱き上げると、背中をさすった。
「嫌いになってないわ。だから泣かないで? えっと……ブラッドさん……」
と、助けを求める様にブラッドを見る。すると、「あ、ああ……」と固まっていたブラッドが覚醒して、アリスとその子を見た。
見れば見るほど、その子は瞳の色以外はアリスにそっくりだった。こうしてアリスが抱き上げていると、本当の親子にすら見える程に。
「……とりあえず、警察に連絡して、捜索願が出てないか確認を――」
と、そこまでブラッドが言った時だった。突然ぎゅっと、その子がブラッドの制服を掴んだのだ。そして――、
「やだ! ティア、パパとママと一緒にいたい!」
「いや、俺は……」
「……だめ、なの……?」
そう言って、またその子がじわりとそのルビーの瞳に涙を浮かべる。ブラッドは、それを見て、大きくため息を吐くと、アリスとその子を交互に見て……もう一度ため息を吐いた。
「アリス、悪いがその子を見ていてくれ。俺は少し連絡して――」
と、ブラッドがそこまで言い掛けたその時だった。
ぐううううう……。
と、女の子のお腹が鳴った。しゅん……っと、その子が落ち込む。
「おなかすいた……」
「……」
時間もお昼時だし、あれだけ泣き叫べばお腹も空くだろう。アリスはちらっとブラッドの方を見て、少し言い辛そうに口を開いた。
「その、ブラッドさん。先にランチにしませんか? 私も、お腹空きましたし……」
そもそも、アリスはブラッドと一緒にカフェに行く為に、ここを通りかかったのだ。そしたら、この子に遭遇してしまった訳なのだが……。
すると、ブラッドがふっと笑って、アリスのキャラメルブロンドの髪を優しく撫でた。
「……分かった。先にランチを食べてから考えよう。アリスの腹の虫も元気だったしな」
「う……っ。そ、それは言わないで下さい……」
アリスが恥ずかしそうに、顔を赤くすると、ブラッドはくすっと笑った。すると、女の子が元気よく手を上げた。
「ティア、ママのハンバーグ食べたい!」
「え?」
「めだまやきの のったハンバーグ!」
「……」
えっと……、この流れだと……。アリスがブラッドを見る。
「その……、ブラッドさん。ランチは私が作りますので、私の部屋に来ませんか?」
「いや、しかし……」
「2人分作るのも、3人分作るのも変わりませんし……。あ、その……ブラッドさんが嫌じゃなければ、ですけど……」
「……」
ブラッドが返答に困っていると、それまで見ていたジェイが突然声を上げて笑い出した。
「いいじゃないか、ブラッド! ご相伴に預かれば。アリスの料理の腕はお前が一番良く分かってるだろう?」
「それは――」
すると、ジェイがその女の子の顔を覗き込むと、頭をわしわしと撫でた。
「よかったな、ママが目玉焼きハンバーグを作ってくれるそうだ! パパも一緒だぞ~」
そう言うと、アリスの腕の中の女の子が嬉しそうに「うん!」と笑った。が――アリスとブラッドが慌てて口を挟む。
「ちょ……、ジェイさん……っ」
「ジェイ……!」
口を揃えてそう言う2人に、ジェイはにやにやしながら、
「いいじゃないか、親御さんが見つかるまで、パパとママになってやれ」
「そういう問題では――」
ブラッドが尚も言い募ろうとするが、ジェイがブラッドに耳打ちする様に、
「チャンスじゃないか。これを機にアリスと距離をもっと縮めるといい」
「ジェイ!」
「まあ、落ち着け。ほら見ろ、あの子の安心しきった顔を。お前はあんな子を放り出せるほど冷血じゃないだろう?」
「それは……」
ジェイの言葉に、ブラッドが押し黙る。すると、ジェイがアリスの方に目配せをした。その目を見て……ブラッドは諦めた様にため息を吐くと、尚も嬉しそうに笑っているその子に声を掛けた。
「……ティア、だったか? アリスに迷惑を掛けるなよ。言う事は聞くように」
「うん、パパ!」
「あ、ああ……」
ブラッドはもう一度ため息を吐くと、アリスの方を見て、少し困った様に笑った。
「その……すまない。ランチを馳走になってもいいか?」
そう言うと、アリスもくすっと笑うと頷いた。
「うんうん、微笑ましいなあ~」
と、何故かジェイが嬉しそうだ。すると、ふとアリスがジェイの方を見た。
「ジェイさんはどうしますか?」
「ん?」
「そうだな、ジェイも共犯だ。一緒に来るといい」
と、ブラッドまでも言い出した。まさかの展開にジェイが慌てる。
それはそうだろう。家族団らんに割って入るようなものだ。居辛いのこの上ない気がした。だが、それ以上に、アリスとブラッドがこの子にどういう対応をするのか見て見たいという好奇心もあった。
ジェイはうーんと、少し迷った後、
「俺が邪魔していいのか? アリスも作るの大変だろう」
そう言うと、アリスはやはりくすっと笑って、
「大丈夫ですよ、3人分も4人分も変わりません」
と、その時だった。ブラッドのスマホが鳴った。誰かと思って画面を見ると、そこには「フェイス」と書かれていた。
「フェイス?」
思わず、ブラッドとアリス、そしてジェイが顔を見合わせる。
このタイミングで、しかもフェイスからわざわざブラッドに電話してくるというのが、考えにくく、正直――嫌な予感しかしなかった。
「どうした、フェイス」
とりあえずブラッドが電話に出ると、何故か開口一番でフェイスが怒鳴ってきた。
『あんたさ、どこで子供作ってきた訳? 俺、きいてないんだけど』
「子供?」
『俺の事、“おじさん”て言って、あんたの事“父さん”て言ってる子が目の前にいるんだけど?』
「……」
フェイスのその言葉に、思わずブラッドがアリスに抱かれている女の子を見る。状況が似すぎている。まさかとは思うが、もう1人いるという事だろうか?
「ブラッドさん?」
アリスが困惑しているブラッドを見て、首を傾げた。すると、ブラッドは諦めにも似た溜息を洩らすと、頭を押さえた。それから軽く手を上げて、アリスに“大丈夫”というジェスチャーをする。
「フェイス、とりあえず、今から言う場所にその子を連れて来られるか? ……ああ、そうだ。頼んだ」
そう言って電話を切ると、小さく息を吐いた。明らかに疲れた風のブラッドを見て、心配そうにアリスがブラッドに声を掛けてきた。
「あの、ブラッドさん? 大丈夫、ですか?」
「ああ……。それよりも、アリス」
「はい?」
「すまない、もう3人増えそうだ」
「え……?」
一瞬、何が? と、アリスが首を傾げる。すると、ブラッドが頭を抱えながら、
「どうやらフェイスが、ジュニアと一緒に俺の子と言っている男の子供を連れているらしい」
「ええ!?」
思わず、アリスが腕の中の女の子を見る。するとその子がぱぁっと顔を綻ばせて、
「おにいちゃんだ!」
「お兄ちゃん?」
「うん! ティアのおにいちゃん!」
思わず、ブラッドとアリスが顔を見合わせる。まさかの2人目の登場に言葉すら出ない。すると、ジェイが面白そうに笑いながら、
「なんだなんだ、一体何人子供作ったんだ? お前達は」
「ジェイ……」
ブラッドが頭を抱えたまま、「はぁ……」と、盛大な溜息を付く。それから、確認するように女の子の方を見た。
「ひとつ聞いておきたいが……ティア、お前の兄弟は1人だけか?」
「? ティアはおにいちゃんと、ティアの2人だよ!」
「……そうか」
女の子のその言葉に、ブラッドがほっとする。ただでさえ2人目の登場で更に混乱しているのに、3人目、4人目と登場されたらシャレにならないからだ。
「とういう事は、この子と、お兄さんと……、ブラッドさん、ジェイさん、後――フェイス君と、ジュニア君と、私で……7人ですか?」
「……ああ、すまない。俺も手伝おう」
「あ、ありがとうございます」
流石に7人分となると骨が折れるので、ブラッドの申し出はありがたかった。ふと、ブラッドが「アリス」と名を呼んだ。何かと思い顔を上げると、ブラッドがアリスの抱いていた女の子を代わりに抱き上げた。
「あ……すみません」
「いや、大丈夫だ。行こう」
そう言って、ブラッドが歩き出す。アリスも後に付いて行こうとして、ふと振り返った。
「ジェイさん、行きましょう」
そうジェイにも声を掛けてから、ブラッドの後に続く。ジェイはというと、頭をかきながら、
「俺が行っても、大丈夫なのかぁ?」
と、ぼやいていたのだった。
*** ***
―――エリオスタワー アリスの部屋
アリスは部屋に戻るなり、髪を結って手を洗うと、キッチンに入った。ブラッドも女の子をジェイに預けて、キッチンへと行く。
残されたジェイは、慣れない手つきで女の子の相手をしていた。
「ねーおじちゃん、パパとママは?」
「んー? パパとママは今、美味しーいご飯を作ってるんだ」
ジェイがそう答えると、女の子がぱぁっと顔を嬉しそうに綻ばせる。
「めだまやきハンバーグ!?」
「そうだぞ~」
と、その時だった。ふとジェイは、ブラッドがこの子の事を“ティア”と呼んでいた事を思い出した。丁度良いタイミングだと判断して、ジェイは女の子に尋ねた。
「そういえば、名前を聞いていなかったな。名は何と言うんだ?」
そう尋ねると、その女の子はまるでアリスのように、しっかりとした口調で、
「ティア! ティア・ビームスです」
「そうか、そうか~。ティア……ビームス?」
「うん」
ビームスというファミリーネームは、ブラッドやフェイスと一緒のものだった。まさか本当に……? という疑問が浮かんでくる。いや、ブラッドやフェイスの血縁と決まった訳ではないが――。それに、アリスを“ママ”と呼んでいる時点で……。
「……。ちなみに、なんだが。君のパパとママの名前は分かるかな?」
「?」
ジェイがそう女の子に尋ねると、女の子はこてんと首を傾げた。そして、にこっと天使のように微笑むと、
「パパはブラッド・ビームス。ママはアリス・ビームスだよ。あ! 後、パパの弟? にフェイスおじちゃんがいるー!」
「……」
おいおい、これはちょっと冗談で済ませるには、無理があるのでは? という気分になってきた。もし本当に、この子がブラッドとアリスの子だとしたら、いつの!? という話になる。
少なくとも、ジェイが知る限り、あの2人の間には子供はいない。しかも、もう1人いるという話ではないか。
どうするんだ? ブラッド……。
そう思っている時だった。扉の開く音と共にフェイスとジュニアの声が聞こえてきた。
「ブラッド、いるの?」
「なんで、アリスの部屋なんだ? お、なんかいい匂いがするー」
2人に気付いたアリスが、キッチンから顔を出す。
「あ、2人共いらっしゃい。座っててくれる?」
そう軽く挨拶をして、再びキッチンに戻ろうとした時だった。ひょこっとフェイスの後ろから10歳ぐらいの男の子が現れたのだ。ブルネットの髪にルビーの瞳の男の子だ。思わず、アリスがぴたっとその動きを止めて、そのライトグリーンの瞳を瞬かせた。
「その子……」
「あ、アリス。この子は――」
フェイスが説明しようとしたその時だった。ふいに、「アリス?」とキッチンの奥からブラッドが出てきた。それを見た瞬間、男の子がじわっとそのルビーの瞳に涙を浮かべた。
「父さん、母さん……っ」
そう叫んだかと思うと、フェイスの後ろから飛び出して、ブラッドとアリスの足にしがみ付いたのだ。流石にこの状況に慣れて来たのか、もうブラッドもアリスも特に驚くことはなかった。
ブラッドはすっとしゃがむと、男の子と同じ目線に合わせる。
「お前は……ティアの兄さんか?」
「そうだよ! 僕だよ、父さん!!」
「そうか」
そう言って、ブラッドは一度だけその男の子頭を撫でると、フェイスの方に視線を向けた。
「フェイス、すまないがもう少しこの子の様子を見ててくれるか? 向こうにティアとジェイもいる」
「は? ティアって誰」
「この子の妹だそうだ」
「はぁ!? あんた、何人子供作ってんの!」
「……話は後でする」
それだけ言うと、ブラッドはキッチンに戻ってしまった。アリスが苦笑いを浮かべて「宜しくね、フェイス君」と言って手を合わせてくる。
フェイスはというと――。
「サイアク……意味分かんないんだけど!?」
と、前髪をくしゃっと握った。
その時だった。男の子が何か見つけたかのように奥の部屋に走り出したのだ。
「おい、クソDJ! ガキンチョが行っちまう!」
ジュニアが慌てて、男の子を追いかけた。
「ああ、もう! なんなの!?」
釣られるようにフェイスもそちらに向かった時だった。
「ティア!」
「あ、おにいちゃん! ……と、フェイスおじちゃん?」
と、男の子に似た女の子が現れたのだ。しかも、その子も自分を“おじちゃん”と呼ぶ。フェイスが唖然としていると、ジュニアがししし!と笑いながら、フェイスの肩をぽんっと叩き、
「妹、見つかったみたいでよかったな~。な? フェイスお・じ・ちゃ・ん」
「ちょと、おチビちゃん。ホント、その口閉じててくれる?」
そうフェイスが、怒りを抑える様に言ったのはいうまでもない。
2025.03.16

