スノーホワイト

   ~Imperial force~

 

◆ pieces of children1

 

 

 

これは――夢なのだろうか。それとも、現実……?

ここにいるだけで、心地よくてとても安心する。時折、振り返ってくれるあの人がいて、そして……。

 

ふと、顔を上げると、少し離れたところで小さな女の子と男の子が遊んでいる。女の子はキャラメルブロンドの髪で、男の子はブルネットの髪。そして、2人共綺麗なルビーの瞳をしていた。

そして、その2人を優しく見つめる瞳がもうひとつ。ブルネットの髪に、あの子達と同じ綺麗なルビーの瞳の……。

 

「あ……!」

 

女の子が、こちらに気付き振り返った。そして、天使のような微笑みを向けて来て――。

 

 

 

「ママ!」

 

 

 

…………

………………

……………………

 

……………………え……?

 

 

 

 

ピピ、ピピ、ピピ、ピピ……。

 

「……」

 

アリスは、気が付くと自室のベッドの上にいた。横で目覚ましが音を鳴らしている。

 

「……」

 

もそりと起き上がると、目覚ましを止める。それから、キャラメルブロンドの髪をかき上げて、息を吐いた。

 

ゆ、め……?

 

なんだか、とても現実味を帯びていた夢だった。まるで、本当に自分がその場にいた様な――不思議な感覚。なの、だが……。

「はぁ……」と、アリスは盛大な溜息を洩らした。そして、そのまま両手で顔を覆う。

 

「……どんな、夢なのよ……」

 

まさか、自分を“ママ”と呼ぶ子供の夢とか、本当に……。と、アリスはそこでもう一度溜息を吐いた。

残念だが、生まれてから一度も子供を産んだことも、産む予定も、養った事すらない。つまり、自分を“ママ”と呼ぶ存在はいない筈、なのだが……。

 

しかも、気のせいだろうか。ここ最近、同じような夢ばかり見ている気がする。それに、あの子達の瞳の色……どこかで見覚えがあるような――。

 

「……」

 

そこまで考えて、アリスは小さくかぶりを振った。

やめよう、所詮夢は夢だ。考えても仕方がない。そう考えて、ベッドから降りると朝の支度を始める。

 

ジャワ―を浴びて、朝食の用意をする頃には少し頭がすっきりしてきた。朝食に作ったサンドイッチを食べながら、今日の仕事のスケジュールの確認をする。

 

今日は朝から会議が1件入っていた。確か議題は、今セントラルスクエアに建設中の高層マンションの件だっただろうか。なんでも、『HELIOSエリオス』がその開発に関わっているらしく、たまに進行状況の報告や、問題点がないか会議があるのだ。

基本的には、アリスは13期メンターの補佐なので、直接は関係ないのだが、開発チームが同じ13期のメンターリーダーのブラッドの意見を聞きたいとかで、度々訪ねてきていたので、もう、職務の一環として組み込んだのである。

 

「後は、午後に会議が2件……」

 

これなら、午後の会議まで少し時間がある。久しぶりの昼に身体を動かすのもいいかもしれない。

『ヒーロー』をやるにあたって、トレーニングは欠かせない。でも、流石に毎日夜仕事が終った後トレーニングルームに行くのは、骨も折れるというものである。日によっては行けない日もあるので、空き時間は有効的に使わなくてはならない。

 

トレーニングルームの予約表を見ると、丁度その時間は誰もいなさそうだった。

 

「予約入れておこかな……」

 

そう思ってスマホを操作すると、トレーニングルームの使用申請をメールで提出する。そのままスマホを置くと、アリスは朝の支度に取り掛かった。

 

 

 

 

*** ***

 

 

 

 

―――エリオスタワー・カンファレンスルーム

 

 

 

「――では、それで頼む。今日は以上にしよう」

 

午前中の会議が終った。アリスはブラッドの後ろで議事録を付けていた、端末を立ち下げると、ぐっと背伸びをする。

 

「アリス」

 

ふと顔を上げると、ブラッドがこちらに向かってきていた。アリスはにっこりと微笑むと、ブラッドに頭を下げる。

 

「ブラッドさん、お疲れ様です」

 

「ああ。アリスも疲れただろう、少し休むといい」

 

「あ、ありがとうございます」

 

労わるようにそう言ってくれるブラッドの優しさが身に染みて、アリスはほのかに顔を赤らめた。そんなアリスを見て、ふっと微かにブラッドも笑う。が、何かに気付いたかのように、すっとアリスのキャラメルブロンド髪に指を絡めると、そのまま頬を撫でてきたのだ。

 

「……っ、あ、の……」

 

ブラッドのまさかの行動に、アリスが思わず息を吞む。すると、ブラッドは少し考えた後、じっとアリスの顔を覗き込んできた。ブラッドのルビーの瞳に見つめられて、アリスの心臓が早鐘の様に鳴り響く。

 

――な、に……?

 

ブラッドの行動の意図が読めず、アリスが困惑気味にその瞳を見つめ返していると、ふとブラッドが何かに気付いたかのように口を開いた。

 

「アリス、顔色が悪いようだが、昨夜はあまり眠れなかったのか?」

 

「え……? あ……」

 

一瞬、脳裏のあの夢の事が思い出された。アリスの事を“ママ”と呼ぶ、幼い女の子。そういえば、あの子の瞳はブラッドのルビーの瞳と似ていたような気がする。

と、そこまで考えて、アリスはかぶりを振った。

 

何考えているのよ……、ブラッドさんと似ているだなんて……。

 

知らず、顔が紅潮していく。そんな自分を誤魔化すかのようにアリスは咳払いをすると、

 

「あ、えっと、ここ最近夢見が少し……。でも、きちんと睡眠は取っているので、大丈夫です」

 

そう答えると、ブラッドが少しだけ険しい顔をしたのが分かった。それで気付いてしまった。心配を掛けてしまったという事に――。

 

「あ、あの、ブラッドさん……っ、その……ブラッドさんこそお疲れだと思うので、もしお時間があるようでしたら、少し休まれた方が――」

 

なんとかそう言葉を紡ぐと、ブラッドは「ああ……」と小さく答えた後、何か考える素振りを見せた。その様子に違和感を覚え、アリスが首を傾げる。

 

「ブラッドさん?」

 

どうかしたのだろうか? そう思っていると、ふとブラッドがこちらを見た。それから、少し言い辛そうに視線を逸らした後、

 

「アリス、夢見があまり良くないと言っていたが、その夢の内容、差し障りなければ聞いてもいいか?」

 

「え……っ!?」

 

ブラッドのまさかの問いに、アリスの顔がどんどん赤くなっていく。

あの内容をブラッドさんに……? いや、いやいや、それは……ちょっと……言い辛い……っ。ただでさえ、今、あの夢の女の子の瞳がブラッドに似ていると思ったところなのに、言える筈がなかった。

 

「え、えっと……それは、その……」

 

アリスが顔を真っ赤にして、しどろもどろになる。すると、やはりブラッドは少し考え込む素振りを見せた後、

 

「その夢に、子供――が、出てきたりはしないだろうか? 男と女の幼い子だ」

 

「え……」

 

瞬間、アリスの表情が変わる。どうして、ブラッドがそれを知っているのか……。アリスは、まだ内容については一切伝えていないというのに。

アリスが、ブラッドの問いに肯定も否定も出来ずにいると、ブラッドは小さく溜息を吐いた。

 

「……おかしな話かもしれないが、俺も最近ずっと同じ夢を見ている」

 

「え?」

 

「その夢には、男と女の幼い子供が出て来て、俺の目の前で遊んでいるんだ。そして、幼い男の子供が振り返って、俺に向かって――“父さん”と……」

 

「……」

 

どう、いう、こ……と?

ブラッドさんも似たような夢を見ている……?

 

アリスが答えに困っていると、ブラッドは小さく息を吐いて、

 

「すまない、急にこんな話してもお前を困らせるだけだったな。今のは、忘れてくれて構わない」

 

それだけ言うと、ブラッドが踵を返した。そして、そのままカンファレンスルームを出て行こうとする。瞬間、はっとしてアリスは慌ててブラッドを追いかけた。

 

 

 

 

 

 

 

「ま、待って下さい……っ、ブラッドさん……っ!」

 

廊下に出たところで、ブラッドに追いついたアリスがその腕を掴んで引き留める。すると、ブラッドは少しだけ困惑したような表情を見せた後、小さく溜息を吐いてこちらを見た。

 

「アリス?」

 

「あ、あの……っ、わ、私も見るんです……っ。その……小さな子供の、夢……」

 

「……」

 

「小さな女の子と男の子が出てくるとこまでは一緒なのですが……、私の場合、その……女の子の方が振り返って、私に向かって“ママ”って……」

 

そこまで言って、アリスは羞恥に頬を染める。これではまるで、ブラッドとの子供を望んでいる様に聞こえるではないか。

 

は、恥ずかし過ぎる……っ。

 

アリスは、慌ててぱっとブラッドを掴んでいた手を離すと、苦笑いを浮かべた。

 

「す、すみません……その、夢ですし、変な意味ではなくて――その……」

 

うう……、何を言っても墓穴になりそう……。

 

もう、穴があったら入りたい気分だ。そんなアリスを知って知らでか、ブラッドはじっとアリスをそのルビーの瞳で見つめてきた後、少し考え込み、

 

「アリス、この後時間はあるか?」

 

「え?」

 

この後は……トレーニングルームに行こうと思っていたが、今はそれ所ではない気がした。なので、アリスは小さく頷くと、

 

「はい、大丈夫ですが……」

 

アリスがそう答えると、ブラッドはふっと優しげに微笑んだ後、そっとアリスの髪を撫でた。

 

「安心しろ、別に何かしようという訳ではない。同時期に、似たような夢というのが気になってな。時間があるなら一緒にノヴァ博士の所へ行かないか? もしかしたら、何かの【サブスタンス】の影響かもしれない」

 

「あ……」

 

【サブスタンス】。言われてみれば、確かにその可能性は高かった。【サブスタンス】は色々な効果を示すものも多く、それは無限ともいえる可能性がある。つまり、夢に作用する【サブスタンス】があってもおかしくない。

 

「そう、ですね。調べて貰った方がいいのかもしれません」

 

そしたら、何か分かるかもしれない――。そう思った時だった。

 

 

ぐうううう……。

 

 

「……」

 

「……」

 

アリスのお腹が盛大に鳴った。

 

は、恥ずかし過ぎる……っ。

 

アリスが顔を真っ赤にしていると、ブラッドはくすっと笑って、

 

「アリス、良ければランチを一緒にどうだ? ノヴァ博士の所へはその後で行こう」

 

「は……っ、お手数お掛けします」

 

アリスが恐縮すると、ブラッドはやはりくすりと笑うと、踵を返して歩き出した。その後ろを、慌ててアリスも付いて行く。

 

「タワー内のカフェで構わないか?」

 

「あ、はい、大丈夫です」

 

そんな会話をして歩いている時だった。

 

「こら、待て待て! 俺は悪い人じゃない!」

 

「やぁ――! おじちゃん、離してえええ!!!」

 

突然、廊下の曲がった先から、謎の叫び声が聞こえてきた。思わず、ブラッドとアリスが顔を見合わせる。

 

「この声は……」

 

「ジェイさんと、女の子の声……ですね」

 

ジェイはまだ理解出来るが、タワー内のしかも、『HELIOSエリオス』管轄内の階層で、子供の声がするのはおかしかった。別に、立ち入り禁止ではないが、基本管轄内の子供の入れるような部門はない。

となると、誰かの連れ子という線が濃厚だが、ジェイは息子しないかいないし、しかも、別れた奥様と離れて暮らしている為、その線は薄い。

後は、教官のリリーの可能性もあるが、あのリリーが愛娘を連れてくるとは思えない。

 

「……一般の市民の子でも紛れ込んだのでしょうか?」

 

それが一番濃厚かもしれないが……いまいち、腑に落ちない。しかも、気のせいか、この女の子の声、何処かで聞いたような……? などと、アリスが思っている時だった。

 

「あ、こら!」

 

ジェイと共に、女の子がばっと廊下を曲がってこちらに姿を現した。

 

え……?

 

その姿を見た瞬間、アリスは固まった。そこには、キャラメルブロンドの髪に、ルビーの瞳の6歳ぐらいの幼い女の子が立っていたのだ。しかも……。

 

その子は、アリスとブラッドを見ると、じわりとその大きなルビーの瞳に涙を浮かべて、

 

「うわーん、パパ――! ママ――!!」

 

そう泣き叫びながら、ブラッドとアリスにしがみ付いてきたのだ。

 

え……?

えええええええええ!!!?

 

 

 

 

*** ***

 

 

 

 

―――その頃

 

 

 

「は?」

 

フェイスは豆鉄砲を食らったような顔をしていた。目の前には、謎のブルネットの髪にルビーの瞳をした10歳ぐらいの男の子が仁王立ちで立っていた。

 

「だから、フェイスおじさん、ティアがいなくなっちゃったんだ。一緒に探してよ」

 

「いや、言ってる意味分かんないんだけど……」

 

フェイスが戸惑っていると、隣にいたジュニアがくぷぷっと笑いながら、

 

「ぷは! クソDJの事、“おじさん”……てっ」

 

「……おチビちゃん。後で、覚えておいてね」

 

怒気の混じった声でそう言うと、フェイスは男の子の前にしゃがみ込んだ。

 

「えっと、キミさ、どこの子かな? 後、俺はまだ“お兄さん”だと思うんだけど?」

 

そう言うが、その子はけろっとした顔で、

 

「でも、フェイスおじさんは、父さんの弟なんだから、僕達の“おじさん”でしょ」

 

「え?」

 

父さんの弟?

フェイスの兄はブラッドしかいない。それはつまり……。

 

「ま、まさか……」

 

 

 

どうやら、一波乱ありそうであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2025.03.16