MARIKA
-The Another Side ‟L”-
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◆ Another Memory ”L” 4
―――“北の海”
ハート海賊団・ポーラータンク号 甲板
「……」
ここ数日、ローは不機嫌だった。それは、ハート海賊団のどのクルーから見ても、明白で……。当たり散らす事はないが、話しかにくいと言ったらない。原因は分かっていた。レウリアだ。彼女が、あの日から約2週間――まったく来なくなったからだ。
あの日――彼女は、ハート海賊団が苦労して手にいれた“精霊の宿る短剣”と謳われた“シルヴェスタの宝剣”を奪っていった。
“シルヴェスタの宝剣”――それは、精霊と繋がりがあると伝承の残る「シルヴェスタ一族」が作り上げた伝説の宝剣で、希少数しか存在しないと言われている代物だ。何故なら「シルヴェスタ一族」は皆死んだと言われているからである。つまり、もう「存在」しない一族なのだ。故に、世界に散らばっているという「シルヴェスタ製」の武器は現存するものしか存在しない。その為、あってもかなりの高値で取引される。
そして、「シルヴェスタ製」の武器の最大の価値は「精霊が宿っている」と言われるからである。レウリアのような“精霊操士”ならば、喉から手が出るほど欲しい宝だろう。
それを――彼女はあの日、ハート海賊団から奪った。そしてその後、忽然と姿を消したのだ。まるで、それが最初から目的だったかのように……。ローが不機嫌になるのも、無理はなかった。
今日も、レウリアが現れるのを待つかのように、彼は甲板で樽にどかっと座ってイライラしている。そんなローをシャチとペンギンは、はらはらしながら見ていた。
「なぁ、本当にお嬢は“シルヴェスタの宝剣”だけが、目的だったと思うか?」
「う~ん、そうは見えなかったけどな~。お嬢、キャプテンに逢うの楽しそうだったし」
「だよなぁ?」
と、2人がうんうんと頷く。だが、今のローにとってそんな2人の意見など、どうでもよかった。
そもそも、レウリアの目的が“シルヴェスタの宝剣”だったとしても、彼女の実力ならば、自力で回収出来た筈だ。それをしなかったのは、あえて自分達が手に入れるのを待っていたとでもいうのか。それは、何の為に?
いくら考えても、答えなど出なかった。
今、分かっていることは、彼女は宝剣入手した後、姿を消した――という事実だけだ。
ぐっと、握っていた手に力が籠もる。何が“盟約”だ……っ!
彼女とはある“盟約”を交わしていた。それは、ローが欲しい情報を与える代わりに、彼女の願いを叶えて欲しいというものだった。そして、“盟約の証”もある。それは、今もローの心臓に刻まれている。そして、彼女の心臓にも――。だから、お互いにこの“盟約”を破棄しない限り、逃げられる筈がないのだ。
「……ちっ」
イライラする。やはり、海軍は海軍だったという事か。
『これからよろしくね、ローさん。勿論、こういう仲になったのだから私の事、“リア”って呼んでくれるわよね』
『私的には、結構ローさんの事気に入っているんだけれど――』
少し前までそんな風に言っていたのに……。もう、“シルヴェスタの宝剣”さえ、手に入れれば、用済みという事か……。そう思うと、無性に腹が立った。別段、彼女が今後来ようが来まいが正直どうでもいい。来ないなら来ないで、気が楽になる。でも、利用されていたというのが気に入らない。
ローが、小さく息を吐いて立ち上がった。瞬間、びくうっとシャチやペンギンたちが肩を震わす。が、ローは、すいっと2人の横を通り過ぎていくと、そのまま船内に入ろうとした、その時だった。
「こんにちは」
不意に、ポーラータンク号の上空から声が聞こえてきたのだ。それを見た瞬間、シャチとペンギンが「あ!」と、叫んだ。
「お嬢!」
「キャプテン! お嬢が――」
そう、そこにはプラチナ・ブロンドの髪をなびかせ、上空に立っているレウリアがいたのだった。
*** ***
―――ポーラータンク号 船長室
「ん~やっぱり、ここの紅茶は美味しいわね」
そう言いながら、レウリアはまるで何事もなかったかのように、ローの前で紅茶を飲んでいた。
「ねえ、ローさん知ってた? この茶葉は、“北の海”でしか採れないのよ? 私、この紅茶気に入っているの」
「……」
レウリアはそう言うが、ローは無反応だった。じっと、レウリアの顔を見たまま、微動だにしない。そんなローに気付いたのか、レウリアが首を傾げた。
「どうかした? 眉間、皺がよってるけれど――」
「……」
そっと彼女の手が伸びてきて、ローの額に触れる。とん……と、置かれた手は、とてもひんやりしていた。一瞬、心地良いと感じてしまう。だが、そんな事に気付いていないレウリアは、様子のおかしいローを見てやはり首を傾げた。
そして、かたん……と椅子から立ち上がると、そのままローの傍にやってくる。
「ローさん、少し失礼するわね」
そう言ったかと思うと、そのままぴたっと額をくっつけてきたのだ。
「な……っ」
瞬間、ローの思考が停止する。綺麗なアイスブルーの瞳が直ぐ傍にあった。彼女のプラチナ・ブロンドの髪がローの肩に掛かる。そして、形の良い唇が動くのだ。それを意識した瞬間、ローは息を呑んだ。知らず、心臓が早鐘のように鳴り響く。
「んー熱は、ないみたいね」
「は?」
熱? 何を言っているのだ、この女は。ローがそう思っていると、レウリアがこちらに視線を向けた。
「よく言うでしょう? 医者の不養生とか。なんだか、ぼうっとしてるみたいだし、熱でも実はあるのかと思ったけれど――」
「……」
本気で言っているのか? 一瞬、ローはそう彼女に問い詰めたくなった。あの日からずっと、2週間も音信不通になっておきながら、今さら何事もなかったかのようにひょっこり姿を現して、呑気に茶を飲んでいる。人の気も知らずに、のほほんとしている彼女に、余計にイライラした。と、同時に彼女のその態度にますます翻弄されている自分自身に腹が立ってくる。彼女は自分を利用していたのだ。なのに、どうして自分はこんなにも動揺しているのだ。気に入らないなら無視すればいいのに――どうしても、彼女を追い返す事が出来なかった。
……こいつは、本当に何を考えてるんだ……。いや、それより――なんで、おれは拒めない。
すると、突然レウリアは顔を上げると、ローの腕を引っ張った。そして、そのまま問答無用で、ベッドに連れていかれる。意味の分からないローが、「おい……っ!」と抗議の声を上げたが、彼女は聞かなかった。そして、そのままぽすんっとベッドに座らさられると、彼女はその隣に座ってぽんぽんっと、膝を叩いた。
「はい、ここに頭乗せて」
「は……?」
意味が分からない。ローがそう思っていると、じっとレウリアが顔を覗き込んできた。
「くま、できてるわ。何日まともに寝てないの? とりあえず、良いからここに頭おいて――」
そう言って、無理矢理ローの頭を自身の膝の上に乗せようとした。瞬間、かっとローの顔が赤くなる。そして、無意識的に――。
「やめろ……っ!」
そう叫んで、手を振り上げた瞬間――その手がレウリアに当たり、彼女がバランスを崩した。と、同時に、ローの腕を掴んでいたものだから、そのままローもバランスを崩して、2人してベッドの上に倒れ込んでしまったのだ。
「……っ」
息が――止まるかと思った。目の前にレウリアの顔があったからだ。しかも、彼女の上に自分がいる。その腕がレウリアの顔の横にあって……つまり自分は彼女を押し倒しているような格好になっていたのだ。すると、レウリアが驚いたように、そのアイスブルーの瞳を瞬かせた。
「ローさん……?」
「……なんで」
「え?」
ああ……こんな事問い詰めたかった訳じゃない。だが――。
「……なんで、この2週間来なかった」
ぽつりと呟やかれたローの言葉に、レウリアがきょとんとした。そして、「ああ……」と納得いったかのように、くすっと笑みを浮かべる。そのまま、すっとその手でローの頬に触れてくると、
「もしかして、待っていてくれてたの?」
「……別に、待ってなんて――」
「嘘、待っててくれたんでしょう? そう思ってくれるだけで、嬉しいわ。少し距離を縮めてくれたみたいで」
距離を縮めた? 違う、おれは……。
「何の連絡も出来なくて、ごめんなさい。実は“東の海”に戻っていたの。任務の報告をしないといけなくて――」
そう言って、そっとローの頬を撫でてきた。それから、にこっと微笑んで、
「タイミング、悪かったかしら、。宝剣のお礼も直接言えてなかったし――傍から見たら裏切ったみたいよね」
くすくすと笑いながら、そう言う。
裏切った? ああ、確かにそうだ。でも――。ローがじっとレウリアを見つめると、ふっとその表情が柔らかくなった。そして、そっと頬を撫でてくる。そのまま気付けば自然に彼女の手に自身の手を重ねていた。この状況でおれは何をやってるんだと、冷静に思うのだが、もうそんな事はどうでもよかった。今はただ、この手を離さなければならないという事は分かっているのに……それが出来ない自分がいる。
すると、レウリアが小さく笑ったのだ。それはまるで、とても優しい笑みだった。そう、いつもここで一緒に茶を飲んでいた時と変わらない笑みだ。その笑顔を見た瞬間――ああ……とローは心の中で思った。
そうか、自分はもうとっくに彼女の事を――“盟約”など関係なく、彼女を気に入っていたのだと……。
「“リア”」
不意に呼ばれたその名に、レウリアが一瞬驚いたような顔をする。が、次の瞬間、この北の地に花が咲いたかのように嬉しそうに微笑んだのだ。
「やっと、その名で呼んでくれたのね」
そう言って、そっとローの額に自分の額をくっつけてくる。
その、彼女の行動にローはまたもドキッと心臓が高鳴った。そして、そのままレウリアの頬に手を添える。すると、彼女は少し恥ずかしそうにして、でも嬉しそうに微笑んだのだ。それがとても綺麗で……ああ、やっぱり自分は彼女に惹かれているんだと改めて思った。
そう――もう認めよう。
おれは、この“女”が欲しいのだと……。
だから……。
「リア、おれと一緒に来い」
それは、自然と出た言葉だった。
「“盟約”がなくとも、お前の“願い”とやらも何だって叶えてやる。“シルヴェスタの宝剣”が欲しいなら、いくらでもくれてやる。海軍辞めたら――おれの所へ来い」
そう言って、彼女の目を真っ直ぐに見つめ返す。このまま彼女が自分の側にいないなんて考えられないと思った。彼女が、傍にいれば何かが変わる――そんな気がしたのだ。すると、じっとローを見つめ返していたレウリアが微笑んだ。それはまるで天使のようで……それでいてとても美しい微笑みだった。
「それは、ハート海賊団へのお誘いかしら?」
そう彼女は言った。だが、ローはくっと喉奥で笑うと、「違う」と言った。
「ハート海賊団にじゃない。“おれ”の傍に来いと言っているんだ」
「ローさんの?」
「ああ――、おれのものになれ」
はっきりとしたその言葉に、今度はレウリアが驚く番だった。漸く意味を理解したのか、余裕ぶっていたその顔が、徐々に赤く染まっていく。それから、慌てて空いている手で顔を隠した。
「ちょ、ちょっと待って。その、それは……どう、いう……」
照れている。あの彼女が。少なくとも意識はしてくれているのだろう。そう思うと、ローはなんだか気分が良くなった。そっと、彼女の顔から手を退かす。そして、そのアイスブルーの瞳をじっと見つめた。そのまま、ゆっくりと顔を近付ける。
「お前が……リアが欲しい」
「……っ」
その言葉に、今度こそレウリアの顔が真っ赤に染まった。
「あ……」
堪らずに、ローは彼女の唇を塞いだ。その柔らかな感触にクラクラする。それだけで、今迄の気持ちがすっと落ち着いていくのが分かった。ああ……多分自分はずっとこの唇に触れたかったのだと思う。
今まで誰かを欲しいと思った事など一度もなかったというのに、ふとした瞬間気付いたらそれは目の前にあった。不思議なものだ――と、心の中で笑う。
そしてゆっくりと離すと、こつんとレウリアと額をぶつけた。そして、もう一度囁く。
「リア――おれのものになってくれ」
と。
今は“盟約”という縛りがあるけれど、そんなものなくてもいつかはこの気持ちに応えてくれるだろうか。否、たとえ彼女がどんな返答をしようと、必ず手に入れてみせる。何故ならば、おれは海賊だから――。
ローはそう思ったのだった。
続
2025.07.24

