CRYSTAL GATE

  -The Goddess of Light-

 

 

 第四夜 霧の団 15

 

 

―――バルバッド スラム街・“霧の団”アジト

 

 

そこは、薄暗く荒れ果てていた。国軍も突き止められていないバルバッドのスラム街の一角に、それはあった。乱れた石畳が積み上げられ、玉座のように高く組まれている。そこには、“霧の団”の幹部である、3人が“王”守るように立っていた。カシム、ザイナブ、ハッサンだ。そして――。一番上の玉座に、“霧の団”のトップ・アリババが鎮座していた。

その周りには、多くの“霧の団”の仲間達が座っており、まるで巨大なコロシアムのように、中央の広場に固まって座っている“それら”を見下ろしながら、その目を光らせていた。

 

「にいちゃん……この人たち怖いよ……。大丈夫かな……?」

 

その内の1人、巨漢の男がひそひそと、小太りの小さな男に話しかける。すると、小太りの小さな男は、ごくりと息を呑み、

 

「ああ、大丈夫だ、L・ナンド。ここは、国軍も手が出せない団だ。ここにいれば、俺たちは安泰だ!」

 

そう――それは、バルバッドへの道筋の採掘砦を根城にしていた、元・盗賊団兄弟、S・M・Lナンドだった。今、彼らは訳あって“霧の団”に入り込もうとしていた。長兄のS・ナンドは、目の前の“霧の団”の幹部連中を見ながら、内心「このガキどもの寝首をいつかかいて、全てを乗っ取ってやろう」と、画策しているのだ。

 

そんな、S・ナンドの考えを見透かすように、アリババは中央の広場に座る、S・M・Lナンドを冷たく見下ろしていた。すると、直ぐ下に陣とっているカシムが、彼らを見ながら、にやりと笑い、

 

「今、丁度仲間を集めてる所だ。行くところがねぇなら、歓迎するぜ。なあ、相棒?」

 

そう言って、上に座るアリババを見る。その相槌にアリババが小さな声で「ああ……」と答えた。そして、すっと、氷のような視線をS・M・Lナンドに向けると――。

 

「……だが、これだけは言っておく。俺たちは“義賊”だ。スラムの為に国軍と戦っている。盗賊気分で、きたねぇ盗みをするな。スラムの者たちを一切傷つけるな。――もし、この“掟”を破ったら……」

 

ひやりと、空気が一変する。

 

 

 

「――命で償ってもらう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なあカシム、お前どういうつもりだよ」

 

「……どうって?」

 

「あんな得体の知れない奴ら、どんどん引き込んで――。団の人数はここ1か月で倍になってるし……」

 

道を歩きながら問い詰める様に聞いてくるアリババに、カシムは葉巻をふかしながら、くっと喉の奥で笑った。

 

「……ひとつ、戦争でもおっ始めるか?」

 

「おい!」

 

「冗談だよ、ジョーダン」

 

笑えない冗談に、アリババが困惑した表情を浮かべる。すると、カシムは葉巻を手に取ると、すっとまっすぐに前を見た。

 

「だが、俺たちは戦い続けなきゃならねぇ。この国は、終わってるからな」

 

「それは……」

 

カシムの言う事は正しい。経済は破綻し、他国に介入されている。何もしない官吏や貴族達だけが、のうのうと私腹を肥やし、生きている世界。

もう、この国――バルバッドは駄目なのだ。

 

「奴らを懲らしめるには、仲間が必要なんだよ。お前もリーダーなら、それを早く自覚しろ、アリババ!!」

 

「……っ」

 

アリババは、カシムに何も言い返す事が出来なかった。カシムの言いた事も分かる。だから、“霧の団”のトップの座を受けた。少なくとも、今の王族や貴族は、スラムの人間を国民だとは思っていない。“人間”扱いもされない、多くの子供たちがここにはいるのだ。

分かっている。分かってるつもりだった。でも、心のどこかで「これでいいのか?」と囁き続ける何かがいた。

 

俺は、どうすれば……。

 

そう、アリババが思っているときだった。

 

「アリババ兄ちゃーんっ!」

 

突然、前方の方からスラムの子供達がわっと、アリババを囲むように飛びついてきた。

 

「兄ちゃん、おかえりー! 今日も、国軍やっつけた!?」

 

「すっげー! アリババ兄ちゃん!!」

 

「兄ちゃんのおかげで、スラムのみんな、1日2回も飯を食えるようになったんだよ!」

 

「アリババ兄ちゃんは、スラムのヒーローだよ!」

 

そう言って、嬉しそうに子供たちがアリババに伝えてきた。皆、幸せそうで、この笑顔を守りたいと思った。そう思ったから、俺は……。

 

「なぁ、相棒。俺達も昔、スラムの地獄を一緒に生き抜いたよな」

 

ふいに、カシムがアリババの肩に手を置いた。アリババがはっとしてカシムを見る。するとカシムは、アリババをじっと見据えて、

 

「スラムはこのままじゃ駄目なんだ。そして、お前は、この地獄から抜け出した事のある唯一の人間だ。お前にしかスラムを変えられないんだ!!」

 

「お、俺は……」

 

「頼む、あの子供達を救ってくれ……。マリアムみたいに、しないでくれ……っ!!」

 

「……っ」

 

脳裏に過る。マリアムが死んだと言われた時の記憶が――。僅か10歳で、伝染病に掛かり死んだ、カシムの妹。何も出来なかった。その時、国は伝染病を隔離するといって、スラム街を隔離した。何百・何千という、スラムの人たちが死んだ。マリアムもその1人だった。医者にも診てもらえず、国にも見捨てられ、死んでいった小さな命……。

その時、俺は……何をしていた……。俺は何も知らずに……。

 

「頼むよ、アリババ!!」

 

がしっと、カシムがアリババの両肩を掴む。そして懇願するような表情で訴えてくるのだ。

 

「もう、何処にも行かないでくれ、アリババ……っ!! 俺の傍で……昔みたいに、一緒に戦ってくれ……っ!!」

 

「……」

 

そんな必死のカシムに対して、アリババはその手を振り払うことなど――出来る筈がなかったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ****    ****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ、兄上。“霧の団”に入らなくても、これ・・を売れば、当分は遊んで暮らせるのでは……」

 

“霧の団”のアジトから少し離れたところで、S・M・Lナンド兄弟は、地面に穴を掘っていた。そこには、あの日、酒に酔いつぶれて寝ていた男(シンドバッド)から、拝借した、金の装飾品達があった。

 

S・ナンドは、ふんっと鼻息を荒くすると、弟のM・ナンドに言い聞かせるように、

 

「俺は、金貨か銅貨しか信じねえ! こいつを今バルバッドに売っても、こんな紙キレにしかならねーからな!」

 

そう言って、ぴらっと謎の紙幣をちらつかせた。それは、ここらでは見ない、紙で出来たお金の代わりになるものだった。

 

「これは、この国を脱出する時に掘り出して、外の国で売る」

 

「え……? 今この国で金貨に換えればいいのでは? 兄上」

 

そう、M・ナンドは言うが、S・ナンドは「ちっ」と舌打ちをして、

 

「それがよぉ、この国はもう金貨銅貨が、殆どねぇらしい。船も止まり、国外へも出られねぇ。今はここで国軍から逃げ続けるしかねーんだよ。だから、“霧の団”に入ったんだ!! あそこなら、国軍から身を隠すにはうってつけだからな!」

 

「おお~さすがは、兄上!!」

 

そう言って、M・ナンドと、L・ナンドが小さく拍手したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

      ◆      ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――バルバッド ホテル最上階の一室

 

 

「それにしても、“霧の団”に“迷宮ダンジョン攻略者”がいるとはな」

 

「……」

 

シンドバッドの言葉に、エリスティアは何も答えられなかった。

アラジン、モルジアナ…そして、アリババ。アラジンも、アリババもアモンの迷宮に入った時は、あんなに輝いていて、未来への可能性に満ち溢れていたのに、今の2人はどうだろうか。アリババは、死んだような目で、“霧の団”のトップをやっているし、アラジンは、あれ以降、ずっと姿を見せない。

モルジアナが何か言いたそうな顔をしていて、気を遣っているのも、見ていてもどかしい。

 

あの時――どうして、アリババは覆面を取ったのだろうか。まるで、自分の存在を知って欲しかったのでは、止めて欲しかったのでは……と、思いたくなってしまう。それは無意識だったのかもしれない。でも、もし、そうだとしたら――。

 

そこまで考えて、エリスティアは小さくかぶりを振った。

 

違う。私がそう思いたいだけ・・・・・・・・・・だ。アリババを心のどこかで、疑い切れていない自分がいる。チーシャンやアモンの迷宮で見たアリババこそが、本当のアリババ・・・・・・・だと、信じたいのだ。

でも、そうだとしたら、今のアリババは……? “霧の団”のトップの“怪傑アリババ”は――。

 

「エリス?」

 

ふと、押し黙っていたエリスティアを不思議に思ったのか、ジャーファルが声を掛けてきた。エリスティアは、はっとして慌てて顔を上げると、

 

「あ、ごめんなさい。何だったかしら……?」

 

「昨夜の騒ぎで疲れていんじゃないのか? エリス、何だったら少し部屋で休んでいても――」

 

と、シンドバッドが気遣ってくれるのが、酷く心苦しい。エリスティアは苦笑いを浮かべなら、

 

「大丈夫よ。大切な話の最中だもの。きちんと最後まで聞くわ。それで、ジャーファル話の続きをお願い」

 

「……分かりました」

 

ジャーファルは少し心配そうにエリスティアを見た後、シンドバッドの方に向きなおした。

 

「実は、その“霧の団”のトップと思しき“迷宮ダンジョン攻略者”ですが、どうやらアラジンの友人のようで……」

 

「ふむ……、“怪傑アリババ”か……」

 

「……」

 

エリスティアの記憶が間違っていなければ、生前 バルバッドの先王・ラシッド・サルージャ王は言っていた。アブマド、サブマドの他にもう1人、優秀な息子がいる――と。その息子は、王と同じ金の髪をしていると。そして、アリババがアモンで見せた、王宮剣術に、トラン語の解読。バルバッドへの執着。今思えば、ヒントはいくらでもあった。

完全に、エリスティアの見落としだった。

 

もっと早く気付いていれば、別のアクションが出来たかもしれないのに――。

 

結局は、最悪の形ですべて露見してしまった。でも……。

 

「……どうして、アリババ君は“霧の団”に加勢しているのかしら。彼はそんな、自ら火種を作るような人ではないと思うの」

 

それは、思わず出た言葉だった。だが、エリスティアのその言葉に、シンドバッドとジャーファル、そして、マスルールまでもがぴたっとその動きを止めて、エリスティアを見る。

 

「……? えっと、何か?」

 

おかしなことでも、言っただろうか? と、エリスティアが思っていると、シンドバッドが口を開いた。

 

「エリス? エリスもアラジンの友人のアリババという人物を知っているのか?」

 

「……え? ええ……知ってるもなにも――」

 

と、そこまで言いかけてはたっと我に返る。そういえば、チーシャンのアモンの迷宮に一緒に入ったのがアリババだとは言ってなかったかもしれない……と、エリスティアは思った。

 

「えっと、チーシャンで第七迷宮に入ったでしょう? その時、一緒に入ったのがアリババ君と、アラジンなの。それで、アリババ君は、アモンの力を手に入れたのよ」

 

「成程、そういう事ですか……」

 

と、ジャーファルが少し考え込む。シンドバッドはというと、羨ましそうにエリスティアを見ながら、

 

「そうかーエリスはまだ迷宮には入れるんだな。……俺はもう7つのジンを従えた後、入れなくなったからなぁ」

 

「それは、まあ……そうだけれど」

 

そんな、ないものねだりのような目で見ないでほしい。というか、7つ持っているだけでも、十分だと思うのだが……。冒険好きの心は相変わらず抑えきれないらしい。

 

すると、こほんっと、ジャーファルが咳払いをした。

 

「とりあえず、昨夜起こった事を確認しますと、シン達の見張っていたハルルームの屋敷を襲ったのは、“霧の団”ではなく、一般市民だったという訳ですね?」

 

ジャーファルの言葉に、マスルールがこくりと頷いた。すると、シンドバッドが地図を見ながら、

 

「そうだ。貧困に耐えかねたスラムの住人達だった。しかし、飢えのあまりに貴族の屋敷を襲うなど……バルバッドは、以前より貧富の差が広がっているな」

 

「ええ、バルバッドの経済は今、激しく混乱しています。その原因の一つが、これです」

 

そう言ってジャーファルが見せたのは、エリスティアには見覚えのあるの物だった。そう――煌帝国にいた時に、流通の要になっていた、帝国の発行する「ファン」と呼ばれる紙幣だった。

 

「その紙幣は、煌帝国以外では価値のないものでは……?」

 

エリスティアがそう訊ねると、ジャーファルは小さく首を振った。

 

「それが、そうでもないのです。煌帝国は、軍事力に物を言わせ、バルバッドを含めた近隣諸国にまで、この「ファン」紙幣を流通させようとしています。バルバッド国王・アブマドも煌帝国の言いなりです」

 

「……」

 

「しかも、更に調べた所、アブマドは煌帝国の皇女と婚約をしているらしく……」

 

「……なんだと? あのヤロー、なんでその事を俺に言わねぇんだよ」

 

「……どの皇女か分かる?」

 

シンドバッドがぶつくさぼやいていたが、エリスティアはスルーして、そうジャーファルに尋ねた。だが、ジャーファルは小さく首を振ると、

 

「いえ、そこまでは」

 

と、答えた。

 

煌帝国の皇女。確か、何人か未婚の皇女がいた筈だが……。その皇女の煌帝国での立ち位置によっては、バルバッドをどれだけ重要視しているかが分かるのだが。流石に、そこまでは開示されてないらしい。まぁ、最悪アブマドを問い詰めるという手もあるが……。

 

「それより、我々の当面の問題は、やはり“霧の団”ですね。敵がジンの金属器や、その他の魔法アイテムをあれだけ擁しているならば……こちらも出方を考えて、本国に連絡を取った方がいいかもしれません」

 

ジャーファルの言葉に、シンドバッドは小さく息を吐きながら、肘を付いた。

 

「そうだな。俺、今、金属器ねーし」

 

誰の所為だ。と、その場にいた皆が思ったのは言うまでもない。

 

「そういえば、アラジンはどうしてるの?」

 

話を遮るように、エリスティアがシャーファルにそう訊ねた。すると、ジャーファルは少しだけ目を伏せ「ああ……」と小さな声を発した。

 

「アラジンは、気落ちしてしまって……。部屋で休んでいます。“マギ”といっても、普通の子供なんですね……」

 

「……そう」

 

アラジンの気持ちを考えると、どう返してよいのか、どう接してよいのか分からず、エリスティアはそう返事する事しか出来なかった。

 

「にしても……“怪傑アリババ”……。アリババねぇ……」

 

と、シンドバッドが意味深に呟いた。それを見たジャーファルが首を傾げる。

 

「どうしたんですか?」

 

「いや、ちょっとな……」

 

そこまで言いかけて、シンドバッドがちらっとエリスティアを見る。その視線に気づいたエリスティアが、何か察したように小さく息を吐いた。そして、わざとらしく頭を少し抑えると、

 

「ジャーファル、ごめんなさい。やっぱり、少し疲れが溜まってるみたい。少しだけ部屋で休んできてもいいかしら?」

 

エリスティアの突然の発言にジャーファルが、「え……!?」と、驚愕の声を上げた。

 

「それは、いけません! すぐに最高の医師を――」

 

「あ、そ、そこまでしなくても、少し休めば大丈夫だから……」

 

「いえいえ、エリスの身はお世継ぎを産む大事な身体ですよ!? 何かあれば一大事―――」

 

「いや、あの、それ今関係ないから」

 

と、エリスティアがすかさず突っ込むが、そこへさっとシンドバッドが割って入るように、エリスティアの身体を抱き寄せると、

 

「ジャーファル。俺がエリスの看病をするから心配するな。何か動きがあれば、直ぐに呼んでくれ」

 

それだけ言うと、エリスティアを連れたってそのまま部屋を後にした。残された、ジャーファルとマスルールは顔を見合わせると、2人して首を傾げたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2025.04.27