CRYSTAL GATE
-The Goddess of Light-
◆ 第四夜 霧の団 14
「――モルさん!!」
アルジャリス邸の屋根の上から、アラジンの声が響いた。その声を聞いた瞬間、覆面の男が大きくその瞳を見開く。それを見た瞬間、エリスティアは気付いてしまった。気付かされてしまった。
ま、さか……。
脳裏の過ぎる、明るい金の髪と瞳――。屈託のない笑顔を見せるのに、時折どこか辛そうな表情を見せる、あの少年を……。
まさか、あの覆面の男は―――。
そうだ。どうして気付かなかったのか。宿のメイドも、アブマドも言っていたではないか……っ。
いや、違う。頭の何処かでは気付いていた。最近、民衆の間で噂になってた義賊と呼ばれる“霧の団”の新しいトップ。そして、バルバッドでの騒動。“王政打破”と書かれた、壁の文字。それら全てが示す者は――たった、1人しかいない……!
この国の先王・ラシッド・サルージャ王の3人の息子の1人。先の王后ではなく、王宮に仕えていた下女・アニスの子であり、先王の実の息子でもある――。
「アリ……」
その名を口にしようとした時だった。視界にカシムの黒縛霧刀の霧に押されて、その場に沈みそうになっているモルジアナが入った。横のジャーファルも、目の前のモルジアナも、そして、エリスティア自身も、アラジン以外が動けないこの状況が――。
「……っ」
今は、彼の正体よりも、先にこの黒い霧を消さなければ、このまま“霧の団”に突破されてしまう……っ。
エリスティアが、すぅ……と息を吸った。7型の力系と5型の風系の魔法効果を同時に相殺する属性――それは……。
「――流れる音の波」
エリスティアが、小さな声でそう唱えた瞬間――それは起きた。不思議な“音”が辺り一帯に響いたかと思うと、地面が波の様に揺れたのだ。
「なんだ……っ!?」
突然起きた“それ”に、カシムが声を荒げる。刹那、傍にいたハッサンやザイナブ、そしてカシムが連れて来た仲間達が、耳を押さえて蹲る。それを見たカシムが、慌ててハッサンやザイナブの方へと駆け寄った。
「おい、しっかりしろ!!」
そう声を掛けるも、ハッサンもザイナブも、耳を押さえて身体を震わせていた。立っていられないのだ。その時だった。黒縛霧刀の霧で動けない筈のモルジアナが、突然カシムめがけてその足を振り上げたのだ。
「カシ、ム……っ!!」
それに気付いた、ハッサンが叫ぶ。その声に はっとして、カシムが舌打ちをすると、慌てて黒縛霧刀を振り上げた。が――。
「な……っ」
発生した筈の黒い霧が、かき消えたのだ。「くそ……っ!」と、カシムが再び黒い霧を発生させようとする。しかし――やはり何度やっても、霧が消えるのである。カシムには訳が分からなかった。
一体、何が起きてやがる……っ!?
そう思った刹那、はっとしたが遅かった。モルジアナの放った蹴りが、カシムの横腹に直撃したのだ。めりめり……っ! という、骨が軋む音と同時に、カシムの顔が歪む。
「ぐぁ……っ!!」
「――カシム!!!」
ハッサンの声が木霊した。カシムはなんとかガードしたつもりだった。しかし、ファナリスであるモルジアナの蹴りを防げる筈もなく、そのままカシムは、アルジャリス邸の周りに張ってある、エリスティアの結界の壁の端まで吹き飛んだのだ。
「――げほっ、げほっ!」
咽ると同時に、口から血を吐き出してしまう。
「は、はは……」
これが、ガキの女の蹴り……だ、と……?
ありえない と、カシムは思った。それなりに、場数も、経験も踏んできた。そこらの大人にも負けない自信はある。それなのに――。
キッと、自分を蹴り飛ばしたモルジアナを睨み付ける。モルジアナの赤い目が、カシムを冷たく見下ろしていた。
「やべぇ……、カシムが……やられた?」
「嘘だろ……」
ざわざわと、カシムが連れて来た“霧の団”のメンバー達がざわめきだす。一歩一歩、その足を後退し始めたのだ。それを見たエリスティアが はっとして、
「アラジン……! 逃がしては駄目よっ!!」
そう叫んだ瞬間、アルジャリス邸の屋根にいたアラジンが、慌ててその胸に下げている金の笛を吹いた。刹那、巨大な青い巨人が姿を現す――ウーゴくんだ。
「ここは、通らせないよ!!」
アラジンが両手を広げると、ウーゴくんも同じように行く手を防ぐように両手を広げる。ぎょっとしたのは、“霧の団”のメンバーだ。突然現れた青い巨人に、顔を真っ青にさせる。
「だ、駄目だ……っ!」
「あんなの、相手じゃぁ――」
狼狽える仲間達を見て、カシムが舌打ちをする。このままでは、“霧の団”はここで壊滅させられてしまう。それだけは、何としても防がなければならなかった。カシムが、動かない身体をなんとか動かそうとした時――。
「カシム」
不意に、カシムと一緒に来た覆面の男が、カシムの肩に手を掛けた。
「相棒……?」
「……。任せてくれ」
そう言って、カシムを後ろに下がらせると、男は一歩前へと出た。そして、エリスティアやアラジン達の前へと躍り出る。
「……?」
な、に……?
その違和感にエリスティアが、眉を寄せた。どくん……と、いやに心臓の音が大きく聞こえてくる。エリスティアの推測が間違っていなければ、彼の正体は――。
「ま、さか……」
ここで、あの覆面を取る気なの……っ!?
そんな事をされたら――それを見たアラジンやモルジアナはどうなるのだ。彼らは、彼を探してバルバッドまで来たというのに。そして、シンドバッドやエリスティア達に協力しているのも、彼を見つける為だ。
アラジンは言っていた。“大切な友だち”だと――。一緒にチーシャンの第七迷宮 「アモン」を攻略した後、別の所へ飛ばされ、そこから彼に会う為だけに北天山高原から、中央砂漠を超えてここまでやってきたというのに。
それなのに、その彼がもしここにいるあの男だと知ったら……?
その彼が、今バルバッドを騒がせている“霧の団”のトップだと知ったら――。
「――ジャーファル!!」
知らず、エリスティアは叫んでいた。
「すぐに、あの男を捕らえて! でないと――っ」
あ……。
それは、僅かな“期待”だったのかもしれない。今ならまだ間に合うと――そう、思いたかっただけの、単なる自分のエゴだったのかもしれない。
けれど――。
―――ばさぁ……!
「……」
そこにいたのは――。
アラジンが、大きくその瞳を見開く。そして、小さな身体を震わせながら、消えそうな声で、
「アリババ……くん……?」
そう――そこにいたのは、かつてアラジンと一緒にアモンの迷宮に入った、アリババだったのだ。アラジンが信じられないものを見た様に、声を震わせている。そして、モルジアナも口元を押さえて、その身体を震わせていた。
ああ……なんて事なの……。最悪な形で、知ってしまうなんて――。
本当だったら、覆面をしたまま捕らえて、理由を聞きだしてから会わせてあげたかった。でも……。
するりと、エリスティアの手が下がった。それを見たジャーファルが心配そうに声を掛けてくれる。
「エリス? 一体どうし――」
「……」
ジャーファルが、覆面を取ったアリババの方を見る。そして、アラジンやモルジアナを見た。彼らは「人を探している」と言っていた。そこまで考えて、はっとする。
「エリス、まさか――っ」
ジャーファルも気付いたのだろう。彼らの探し人が、今、目の前にいる“霧の団”のトップの男だと。思わず、ジャーファルがエリスティアの方を見る。だが、エリスティアは、小さく首を横に振るだけだった。
ふと、カシムが目の前に立っているアリババに声を掛けた。
「アリババ、知り合いか?」
そう尋ねると、アリババは一瞬だけカシムの方を見た。そして、小さな声で「ああ」とだけ答える。その目は、どことなく死んだような目だと、エリスティアは思った。アモンで見た、きらきらした様な目ではなく――何かを押し殺している様な、そんな感覚を覚えた。
そして、アリババはアラジンの方を見ると、
「アラジン、久し振りだな。ウーゴくんをしまってくれないか。俺の仲間がビビってる」
「……」
アラジンの瞳が、戸惑った色へと変わっていく。
「アラジン! 駄目です!! いう事を聞いては――」
ジャーファルが慌てて止めようと声を上げるが、アラジンは少しだけ目を伏せた後、ウーゴくんを仕舞ってしまった。そして、アリババの前に降り立つ。それから、視線を泳がせた後、きゅっと唇を噛み締めた。
「あ、あのね、アリババくん。僕、アリババくんに会いにきたんだよ! 話したい事が、たくさんあるんだ。あの時の事――覚えているだろう?」
『一緒に、世界を見に行こう!』
「約束――したもんね!」
「……」
アラジンの言葉に、アリババは何も答えなかった。ただ静かに、その死人の様な目でアラジンをじっと見ていた。眉ひとつ動かさず、瞬き一つせず、ただただ、じっとアラジンを見ていた。
反応のないアリババに、アラジンの表情がどんどん沈んでいく。視線が下がり、微かに震える手をぎゅっと握りしめた。
その2人の様子に、エリスティアが思わず、視線を逸らす。見て――いられなかった。少し前まで、あんなに2人ともきらきらした瞳をしていて、楽しそうに笑って話していたのに。今は、その影すらない。
まるで、2人の間に見えない壁でもあるかのように、遠く遠く感じてしまう。
一体、あの少しの間にアリババの身に何があったのか。それを知る術すら、今のエリスティアには無かった。声を掛ける事も出来ず、ただ見ているだけしか出来ない自分が、酷くもどかしい。
「――アラジン……」
つと、アリババが押し殺したような小さな声でアラジンの名を呼んだ。アラジンが、はっとして顔を上げる。すると、アリババがゆっくりと手をアラジンの方へと伸ばした。そして――。
「ごめん……」
そう言って、アラジンの方へと静かに歩き始めた。アラジンが思わずその手を取ろうと、手を伸ばす。が……。
「約束は、守れなくなったんだ」
アラジンのその手を、するっと通り過ぎると、そのまま肩に一度だけ手を置いた後、通り過ぎていった。
「……」
アラジンは――動けなかった。横を“霧の団”のメンバー達が通り過ぎても、動くことが出来なかった。
その時だった。突然、後方が俄かに騒がしくなった。ばたばたと駆ける足音と、声。それに気付いたザイナブが叫んだ。
「国軍が来たぞ!!」
それを聞いたカシムは、ハッサンの手を借りながら立ち上がると、「ちっ」と舌打ちをして、
「おい、アリババ! ずらかるぞ!!」
「……ああ、任せろ」
そう言って、アリババが腰の短剣を抜く。それを見た瞬間、エリスティアは はっとした。
「あれは……まさか……っ!」
その短剣には、アモンの紋様が刻まれていたのだ。だが、アリババは振り向く事ともなく、その短剣を構えると――
「厳格と礼節の精霊よ、汝と汝の眷属に命ず、我が魔力を糧として――我が意思に大いなる力を与えよ――」
「駄目!! アリババ君!!!」
「―――出でよ、アモン」
瞬間、それは起きた。アモンの紋様が赤く光ると、辺り一帯を埋め尽くすほどの、真っ赤の炎の形をした、影が現れたのだ。
「―――っ」
どう、して――。
エリスティアは、その場に力なく崩れ落ちた。それを見たジャーファルが、慌てて駆け寄ってくる。
声が、届かない――。
だが、辺りは騒然としていた。国軍が炎のアモンの影を見て、動揺する。
「ほ、炎の、魔人だ……っ」
「怯むなぁ、捕らえろっ!! “怪傑アリババ”だ!!!」
一気に、国軍がアリババ達の方めがけて襲ってくる。だが、アリババは冷静だった。静かに一度だけその目を伏せると、
「行くぞ――アモン」
小さく、そう呟いたかと思うと、その短剣を一気に地に突き刺した。刹那、そこから真っ赤の炎が壁となって、国軍の方へと向かっていく。それは、あっという間の出来事だった。その炎の壁は、そこにいた国軍を瞬く間に呑み込んだのだ。
「ぎゃああああああ!!」
「おい、また盗賊が逃げるぞ――っ! 追え! 誰か追え―――っ!!!」
国軍の声だけが響く。エリスティアは、ただ静かに揺れるアモンの炎を見ている事しか、出来なかったのだった―――。
続
さてと、余り中身進んでませんけどw
2024.09.15