CRYSTAL GATE

  -The Goddess of Light-

 

 

 第四夜 霧の団 12

 

 

――――バルバッド・豪商アルジャリス邸

 

 

豪商であるアルジャリスの屋敷の前には、門や屋敷回りなど警備兵がずらりと立っていた

そんな中に、異質な存在としてジャーファル、アラジン、モルジアナ――そして、エリスティアがいた

 

「正門は?」

 

「異常なしです」

 

そう警備兵が、話をしながら行き来している

ふと、警備兵がエリスティア達に気が付いた

 

「おい、アレ……なんで、子供や女がいるんだ?」

 

「さぁなぁ……役に立つのか知らないが」

 

などと会話しつつ、こちらをチラチラ見ていた

おそらく、何の役に立たないとでも思われているのだろう

 

だが、エリスティアにはどうでもよかった

どちらにせよ、あの警備兵は役に立たないだろうから……

 

すると、徐々に霧が街の中に広がり始めていた

 

「霧が出てきましたね」

 

ジャーファルの言葉に、エリスティアは深くショールを頭から被ると

 

「……そうね、なんだか嫌な予感がするわ」

 

流石は、バルバッドが霧の街と呼ばれるだけはある

この霧は相手に取って“気配を消す”のには、絶好のチャンスだろう

だから、“霧の団”は、霧が濃く出る日に出没するのも頷ける

 

「国軍の手の回らぬ所で、“霧の団”が目を付けそうなのは、ここともう一か所だけです」

 

「……そうね」

 

ジャーファルの言葉に、エリスティアが小さく頷く

豪商アルジャリス もしくは、貴族のハルルーム

このどちらかの屋敷だ

 

ふと、こちらを見ていた警備兵と目が合った

それに気づいたエリスティアがにっこり微笑んで、頭を下げると――警備兵がぱっと顔を赤くして、視線を逸らした

今どき、珍しく初々しい反応だった

 

「……ふふ」

 

思わず、エリスティアがくすりと笑う

それに気づいたアラジンが首を傾げて

 

「どうしたんだい? エリスおねえさん」

 

「何でもないわ。……少し、珍しいなって思っただけよ」

 

「珍しい……?」

 

アラジンが言葉の意味が分からず、ますます首を傾げる

すると、それを見ていたジャーファルが、「はぁ~~~~」と重い溜息を洩らし

 

「エリス、警備兵をからかうのもそれぐらいしてください」

 

「あら、からかうなんて心外だわ。単に“ご挨拶”しただけでしょう?」

 

「だから、言っているのです! ほら、ショールもっと深くかぶって!! 貴女はただでさえ目立つのだから!」

 

そう言って、ぐいっと半強制的にショールを更に深くかぶらされる

すると、エリスティアは少し頬を膨らませ

 

「もう、別に深い意味なんてないのに……」

 

そうぶつぶつ文句言いつつ、ちゃんとショールを深くかぶる

ここ最近“強引な男性”にしか会っていなかったせいか、余計に初々しく感じただけだというのに……

 

だが、それも全てジャーファルにはお見通しなのか

 

「貴女に何かあったら、シンの怒りの矛先が私に向くので、くれぐれも・・・・・自重してください。後、怪我とかも絶対の絶対にしないでください、いいですね!?」

 

「……わ、わかっているわよ」

 

ジャーファルの言い分も分かるので、エリスティアはしぶしぶという風に小さく溜息を付いた

その時だった、じっとこちらを見るモルジアナと目が合った

 

「……? モルジアナ、どうかしたの?」

 

エリスティアがそう尋ねると、モルジアナは一度だけアラジンを見てから

 

「……えっと、その、気になる事がありまして……」

 

「気になる事?」

 

モルジアナにしては歯切れが悪い

何の話かと、エリスティアが首を傾げる

すると

 

「はい、エリスティアさんと、シンドバッドさんはその……、とても仲睦しく見えたのですが……、あの砦にいた赤い方とはどの様な関係なのかと……」

 

瞬間、ピシャ――――ン! と、エリスティアの表情が固まる

が、いち早くモルジアナの言葉に反応したのはエリスティアではなく――

 

「……赤い、方?」

 

ジャーファルだった

 

「ちょっ、モルジアナ! その事は―――」

 

と、エリスティアが慌ててモルジアナの言葉を遮ろうと口を開いたが……

 

「エリス? “赤い方”とは、どなたの事ですか?」

 

背後で、ジャーファルの声が先に聞こえてきた

それも、絶対笑顔で怒っている時の声が……

 

「あ、えっと、ジャーファル……? い、今その話は――」

 

エリスティアが苦笑いを浮かべながら、そう言うと ジャーファルはに般若の像が見えるがごとく表情で

 

「そうですか……、では後程・・ 詳しく聞かせていただきましょうかね」

 

そう言って、笑っているが……声が笑っていない!!

エリスティアは、話題を変えようと慌ててアラジンとモルジアナに声を掛けた

 

「そ、それにしても二人共、一緒に来てくれて嬉しいわ」

 

そう言って、にっこりと微笑む

すると、アラジンは少し考える様な素振りを見せて

 

「……エリスおねえさん、僕にはまだ何が正しいのかよくわからないんだよ。でも、僕は大切な友達に会いたくてここまで来たんだ。――会えるなら、なんでもするよ。盗賊だって捕まえてみせるさ」

 

「アラジン……」

 

きっと、アラジンの言う“大切な友達”とはアリババの事だろう

アラジンはあの事を知っているのだろうか……?

“怪傑・アリババ”の存在を――――

 

すると、まるで空気を読んだかのように、ジャーファルがにっこりと微笑み

 

「うん、良い答えです」

 

すると、ふとモルジアナが思い出したかのように

 

「あの……あちらの守りはシンドバッドさん達だけなのですか?」

 

あちらとは、貴族のハルルームの屋敷の方だ

こちらの、豪商アルジャリスの屋敷には、アルジャリスが私的に雇った警備兵が配置されている

しかし、ハルルームの屋敷には警備兵は配置されていないと報告を受けている

 

「ああ、それなら――シンとファナリスのマスルールが、警備兵と名乗って張り込んでいます」

 

ジャーファルがそう答えると、アラジンは少し首を傾げ

 

「でも……シンドバッドおじさんは大丈夫なのかい? 今、何の力も使えないって……“霧の団”は不思議な力を使うんでしょ?」

 

すると、エリスティアがにこっと微笑みながら、アラジンの頭を撫で

 

「大丈夫よ。 一応あれでも“七海の覇王・シンドバッド”の名は伊達じゃないから。――それに、“不思議な力”には慣れているもの」

 

 

 

 

 

 

 

 

   ****    ****

 

 

 

 

 

 

 

 

――――バルバッド・貴族ハルルーム邸

 

 

「……は、は、はっくしょん! あ~南東の国でも霧の夜は冷えるな……」

 

そう言いながら、シンドバッドは両の腕を摩った

だが、マスルールはさらっと流しながら

 

「そうっすね」

 

それだけ言って、ランプで周りを照らしながら辺りの様子を窺いながら歩く

すると、何故かシンドバッドが慌ててマスルールの大きな身体に隠れる様にさささっと、近づいてきた

 

「バッカ、動くなよ」

 

「風よけにしないで下さいよ!」

 

と、マスルールがシンドバッドから離れようとするが――

寒いからか、シンドバッドがマスルールの身体で風を避けようとひっついてくる

正直、限りなく鬱陶しかった

 

「というか、マスルール……なんで俺はお前と一緒にいるんだ?」

 

「……は? 何言ってるんすか、ジャーファルさんの話聞いてなかったですか?」

 

「いや、聞いてたさ。聞いてたからこそ言ってるんだ! 俺はエリスと組みたいと言った筈なんだがな? じゃないと――」

 

 

~ここからは、妄想です~

 

「シン、寒いわ……」

 

「エリス、俺がきみの傍にいるのにかい? ――こうして、抱きしめているのに」

 

「……でも、ここは外で今は“霧の団”を捕まえるのが目的でしょう?」

 

「ああ、でも大丈夫だ、エリス。誰もきみを危険な目に合わせたりしない、俺がずっとこうして傍にいるから――」

 

「シン……」

 

「エリス……」

 

~妄想終了~

 

 

「という、展開にならないじゃないか!?」

 

「……いや、エリスさんは仕事中にそんな態度取りませんよ?」

 

という、冷静なマスルールの突っ込みに、シンドバッドが

 

「そんな事はない!! 俺の……俺のエリスは俺にはこうなんだ!!」

 

「はあ……」

 

と半分、マスルールが呆れ気味にしらけていた時だった

突然、屋敷の窓がガチャッと大きな音と立てて開いたかと思うと、骨肉をしゃぶりつく小太りで下品な男が叫んだ

 

「こらっ! そこの二人!! くっちゃべってないでしっかり警備しろ!!」

 

そう唾を飛ばしながら、むしゃむしゃとその小太りの男は骨肉にかぶりついた

その後ろには、侍らせているのだろう若い女性の姿もある

 

「まったく……国軍の手が足りずに、たった二人の警備など不安で飯も食えぬわ……!!」

 

小太りの男の言葉に思わずマスルールとシンドバッドが

 

ってますね」

 

「あったかい部屋で、あったかい飯を……いいご身分だな」

 

そう突っ込んだのは言うまでもない

と、その時だった

 

霧の向こうからゆらりと人影が見えた

 

「ん……?」

 

見ると、ガリガリにやせ細った女が1人 ふらふらとこちらへ向かって歩いた

 

「おい、あんた、大丈夫か?」

 

慌ててシンドバッドとマスルールが駆け寄るが――

瞬間―――突然、その女が刃物で切り付けてきたのだ

 

シンドバッドが素早くそれを避けると、女はふらふらとしたままその場にしゃがみこんだ

 

「なんだ!?」

 

はっとすると、霧に紛れて幾人も人の気配が自分達を取り囲んでいた

 

「……“霧の団”のお出まし、か?」

 

霧が邪魔で視界がよく見えない

 

「マスルール」

 

「了解……」

 

シンドバッドのその言葉で全て理解したのか、マスルールが傍にあった巨木をぐっと持つとそのまま根っこごと引き抜いた

そして、その巨木を一気に横に凪ぎ払う

 

瞬間

風が起こり、視界の霧が一瞬にして張れる が――

 

「!?」

 

そこにいたのは、ガリガリに痩せて、ぼろぼろの身なりをした男だけならいざ知らず、女や子供までいた

それはどう見ても“盗賊団”には見えなかった

 

スラム街の一般市民だ

だが、彼らは手に刃物を持ち、殺気立っていた

 

一般市民が、何をしに……?

 

シンドバッドがそう思った時だった

 

「お、お前ら……この屋敷の者なの?」

 

「…………?」

 

そう言って、震える手で先ほどの女がシンドバッドに向かって刃を突き付けた

 

「……お乳が、でないのよ……」

 

見るとその女の腕には、生きているのか死んでいるのか分からない赤子が抱かれていた

ぶらんっとぶら下がった手に生気はなく、少し力を入れればすぐにも折れそうな手だった

 

「……どうしても、食べ物が……必要なのよ……。 じゃ、邪魔するなら殺すわ……っ!」

 

「………な…っ」

 

シンドバッドがその女の口からでた言葉に、琥珀の瞳を大きく見開いた

 

「邪魔をすれば……殺す……っ! やってやる……! 食べ物を奪うんだ! 今日食べさせなければ娘は飢え死にしちまうんだ……っ!!」

 

「そうだ……もう国に高い税と一緒に、子供の命を奪われるのはいやだ!!」

 

その言葉に、あの時のアブマド・サリュージャの言葉が頭に浮かんだ

彼はさも当然の様に――

『国を困らせれば、税金を上げるだけでし』

そう言っていた

 

つまり、彼らは――――

 

その時だった

先程窓から騒いでいた小太りの男が

 

「げぇっ……スラムの犬どもか! しっしっ! 臭いんだよ! これをやるからどっかへ行けっ!!」

 

そう言って、食べかけの骨肉を彼らの前に投げつけた

瞬間、シンドバッド達を囲んでいたスラムの者達の視線が その食べかけの骨肉に集中する

刃物を突き付けていた女が、まるで藁にでもすがるかの様に、その骨肉へ手を伸ばした

 

――――が、女は躊躇した

最後の、自我ともいうべきか……

 

しかし、これを逃せばもう食べ物はないかもしれない――

だが、これはあの男の食べかけの物で、これを食べさせたからといって解決するわけじゃない

 

「…………」

 

それでも、女は首を振りその骨肉に手を伸ばそうとした瞬間――

がしっと、その手をシンドバッドが掴んだ

 

「そんな事をする必要はない。貴族の富は、元はお前たちの税金だ。払うに値しないと思うならば、遠慮なく返してもらうといい。――だが、命は取るなよ」

 

シンドバッドの言葉に、囲んでいた者達が驚いた様に大きく目を見開くと、こくりと頷く

そして、そのまま屋敷の方へと向かって駆け出した

 

その様子を見送りながら

 

「いいんすか?」

 

マスルールが淡々とそう尋ねると、シンドバッドはけろっとしたまま

 

「俺達が約束したのは“霧の団”をとらえる事だけだからな」

 

そう言いながら、小さく息を吐いた

そして、天を仰ぎながら

 

「…………この国は、もう駄目かもな……」

 

そう呟いたのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――一方、バルバッド・豪商アルジャリス邸

 

「――――ジャーファルさん! エリスティアさん! シンドバッドさん達の方が襲われたと―――っ!?」

 

シンドバッド達の方が何者かに襲われた

モルジアナとアラジンが、慌てて屋敷に方にいるジャーファルとエリスティアの方に駆けていこうとした時だった

 

突然、視界に赤い霧が発生したのだ

見ると、屋敷を警備していた警備兵達がけらけらと笑っていた

 

「……? なんだか、楽しそうだね」

 

アラジンが不思議そうに首を傾げた時だった

何かに気付いたモルジアナが慌てて自分の口元を抑えた

 

「アラジン! この霧を吸っては駄目です!!」

 

そう言うなり、アラジンを抱えると一気に地を蹴って上空に飛び上がった

霧を抜けて、屋敷の屋根に降り立つ

 

見ると――屋敷の警備兵達が「敵だ!」と叫びながら互いに互いを斬り合っていた

 

「なっ……」

 

一体、なにが起こっているの……?

 

 

「彼らは幻覚に惑わされているのよ」

 

 

不意に聞こえたその声に、モルジアナとアラジンがはっと振り返る

そこには、ショールを脱いで肩にかけていたエリスティアがいた

 

「エリスティアさん……?」

 

すると、エリスティアがふと、赤い霧が発生しているであろう方角を見た

さらりと風が微かに吹き、彼女のストロベリー・ブロンドの髪が揺れる

 

「今、出所をジャーファルが確認に行っているわ」

 

「出所……?」

 

アラジンのその言葉に、エリスティアがにこっと微笑む

 

「……気づいたでしょう? この“赤い霧”―――人間の技・・・・じゃない、例の“不思議な力”でしょうね」

 

その言葉に、モルジアナがはっとする

 

「じゃぁ――」

 

 

 

  「…………ええ、“霧の団”のお出ましよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なんか、とうらぶ以外を書くのが久しぶりな気が💦

とりあえず、やっと霧の団のお出ましだ~~~!!!

 

2023.05.14