CRYSTAL GATE

  -The Goddess of Light-

 

 

 第三夜 ファナリス 10

 

 

 

ドサ!!

 

気が付けば、辺り一帯に盗賊くずれ達が死屍累々と倒れていた

ゆっくりと、モルジアナが盗賊の1人に近づく

 

「ひぃ…っ!」

 

その盗賊は、かろうじて意識があった為に恐怖で身を縮こませた

だが、モルジアナは表情一つ変えずに盗賊に向かって手をゆっくりと伸ばした

慌てた盗賊が、壁際にどんっと後退る

 

「……頭領はどこですか?」

 

盗賊は答える所か、恐怖のあまり言葉を発する事すら出来なかった

その時だった――――

 

何処からともなく「ピィ――――」という口笛が聴こえたかと思うと、何かの気配が背後か物凄い勢いで近づいてくるのを感じた

モルジアナは はっとそれに気付き、振り返りながら“それ”を即座に避ける

しかし、完全には避けきれなかったのか…左肩にチリッと痛みが走った

 

「…………っ」

 

バサバサ!

と、羽音が夜の闇に木霊する

カァ、カァと“それ”は泣きながら、空を旋回した

 

カラス…!?

 

こんな夜に野生のカラスが飛んでいるなどあり得ない

という事は――――……

 

「あら、避けるなんて流石ね……」

 

はっとして、声のした方を見る

すると、そこに銀色の長いざんばら髪の男が立っていた

その手には、あのカラスが止まっている

 

男は、にやりとその赤い唇に笑みを浮かべ

 

「お目に掛かれて嬉しくてよ…“ファナリス”のお嬢さん」

 

ずきん…と左肩が痛みだす

だが、モルジアナはそれに気付かない振りをした

 

大した傷ではない

単なる、かすり傷だ

 

なのに…何故か、ズキズキと痛んだ

 

「……あなたが、盗賊団の頭領ですか?」

 

モルジアナがそう尋ねると、男は面白いものでも見た様に笑いながら

 

「いやぁね…盗賊なんかと一緒にしないでよ! 私はね……」

 

男がその口元に笑みを浮かべると

 

「“奴隷商人”よ…」

 

そう言って、にやりと笑った

瞬間、モルジアナは昼間デリンマーの市場(バザール)で見た光景を思い出した

 

銀色の長いざんばら髪に、赤い唇

鎖で繋がれ生気を失った様な人達

 

思い出したくもない

二度と見たくもない光景――――

 

「昼間の……っ!」

 

ギリッと、モルジアナは奥歯を噛みしめた

キッと奴隷商人の男を睨むと叫んだ

 

「なら、早く頭領を呼んで!! さもないと……」

 

モルジアナのその言葉に、奴隷商人の男がくっと笑う

 

「さもないと? 何?」

 

「さもな、い…と……」

 

ぐらり……

 

あ…れ……?

 

瞬間、視界が揺れた

ぼやけて、焦点が合わない

 

「……………っ」

 

足元がふらつく

意識が保てない

 

モルジアナは、自分に起きた異変に必死に対応しようと頭を押さえる

が―――……

 

ぐらりと、今度は大きく視界が揺れた

違う、自分の身体が揺れているのだ

 

それを見た奴隷商人の男は、くすっと笑みを浮かべ

 

「やっと効いてきた様ね…大牛をも眠らせる砂漠カラスの爪の毒…」

 

ど…く……?

 

ズキン…

傷が痛む――――…

視界が霞む――――……

 

それ以上何も考えられなかった

 

意識が遠くに消えていく

そのままモルジアナはぐらり…とその場に倒れ込んだ

 

どさり…という音と共に、モルジアナが意識を手放す

それを見た、奴隷商人の男―――ファティマ―は、その赤い唇に笑みを浮かべ―――

 

「捕獲完了。 おやすみ、ファナリスのお嬢さん」

 

それが、モルジアナが最後に聞いた言葉だった―――……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

バシッ

バシンッ…!!

 

『ハハハハハ!』

 

暗闇に鞭打つ音が響き渡る

 

『痛いか、モルジアナ? 僕から逃げようなんて考えるからだ』

 

小さく縮こまったモルジアナをあざ笑うかのように、幼いジャミルが鞭を振り上げた

 

バシンッ

 バシンッ

 

何度も、何度も小さなモルジアナの身体を鞭打つ

モルジアナは涙を流しながら声にならない叫び声を上げていた

 

手に足に

無数の傷跡が増えていく

 

『お前は奴隷だ。 その足の鎖がある限り、どこへも逃げられないんだよ!』

 

アハハハハ!と、ジャミルの笑い声だけが木霊する

 

いや…誰か……

 怖い…助けて………っ

 

 

「助けて……」

 

 

その時だった、誰かがモルジアナの涙をすくう気配がした

はっとして、その瞳を開ける

 

「おねえちゃん…だいじょうぶ?」

 

声のした方を見ると、自分よりもずっと幼い少女が覗き込んでいた

 

「…………」

 

だ…れ……?

 

それは、見知らぬ少女だった

辺りを見渡すと、地下牢の様だった

岩の壁、落ちる水滴

見慣れてしまっているその光景に、モルジアナは嫌悪感しか抱けなかった

 

ふと、少女はちょこんとモルジアナの隣に座ると

 

「私はナージャっていうの…おとうさんと、おかあさんと一緒にバルバッドに住んでたんだけど…内紛で村を逃げ出したんだ。 そしたら、道でこわいおじさん達に捕まっちゃって…」

 

「そうですか……」

 

モルジアナはナージャという少女になんと声を掛けて良いのか分からず、そうとしか答えられなかった

 

「……………」

 

し―――――ん…と、辺りが静まり返る

モルジアナはふと、自分の足にかせられている足枷を見た

鎖などではなく、鉄で出来たもっと頑丈な足枷だ

 

ガシャ ガシャ と、その足枷を動かしてみるが―――

外れる気配はまるでなかった

 

何て頑丈な足枷……

 

何度試しても、その足枷は壊れなかった

一面鉄でできているせいか、頑丈すぎる

 

これは取れない

 

反射的にそう思った

だが、このままここにいると―――……

 

その時だった

ナージャがぽつりと呟いた

 

「ねぇ、おねえちゃん…私たち これからどうなっちゃうの?」

 

そんなの決まってる

 

「奴隷にされます」

 

「え?」

 

「私達を捕まえたのは奴隷商人ですので…このままだと私達は奴隷にされてしまいます」

 

だが、少女には難し過ぎたのか

小さく首を傾げた

 

「……………どれい…って?」

 

「…まず、奴隷市場で裸にされ競売に掛けられます。 そして、見知らぬ土地に売られ 鎖を付けられて死ぬまでそこで働く事になります。 逃げようとすれば鞭打ち、その他恐ろしい罰を受ける事に―――……」

 

そこまで淡々と話した時だった

隣りでナージャがしゃくりを上げだした

 

驚いたのはモルジアナだった

こんな事、当たり前の事なのに―――

ただ、モルジアナは本当の事を話しただけなのに、ナージャはひっく ひっくと泣きだしたのだ

 

「……………」

 

モルジアナは一瞬、戸惑ったのかもしれない

こういう時、アリババならあっさり対応するのだろうが、生憎とモルジアナにはその対処法が分からなかった

泣かれると、どうしていいのか困る

 

その時だった

 

「おとうさん…おかあさん…怖いよぅ…」

 

あーん あーん…と泣く、ナージャにモルジアナは はっとした

その姿は、あの日競売に掛けられたモルジアナと同じだったからだ

泣きながら、父と母の名を呼んだ

 

 

  『お父さん、お母さん、どこにいるの…? 怖いよ…助けて…助けて―――……』

 

 

そう心の中で叫んだ

その姿と同じだった

 

そうだ

この子の姿は、あの時の自分と同じだ

 

恐くて、心細くて、何度も何度も父と母の名を呼んだ

見知らぬ人に囲まれ、値を付けられる

その時の恐怖は、今の比では無かった

 

この子も…自分と同じになってしまう

このままでは、同じに――――………

 

「……………っ」

 

こんな時、どう声を掛ければいい?

こんな時、どう接すればいい?

 

 

あの人なら――――……

 

 

瞬間、脳裏にアリババやアラジン、エリスティアの顔が浮かんだ

 

あの人達なら――――……

どう、する――――?

 

「……………」

 

モルジアナはごくりと息を飲むと、そっとナージャに向かって手を伸ばした

そして、そっとその肩に触れる

 

瞬間、ナージャがびくっと肩を震わせた

思わず、モルジアナの方を見てくる

 

はっとして、慌ててモルジアナは手を離した

 

「あ、その……っ」

 

こんな時――――…

 

アリババの顔が脳裏を過ぎる

 

あの人ならば――――……

 

「だ…大丈夫です。 やっぱり貴女は奴隷にはなりません」

 

「……?」

 

「何故なら、私が隙を見てここから逃げます。 その時、貴女と貴女のご両親を連れていきます」

 

「………本当に……?」

 

「……………」

 

本当にそうできるだろうか…?

………いや…

 

ぐっと、モルジアナは膝の上の拳を握りしめた

 

私なら、出来る!

 

 

 

『モルジアナ、今の君なら出来るさ!』

 

 

 

誰かの声が聴こえた気がした

私なら―――………

 

「本当です。私が絶対になんとかしますから! 貴女は奴隷にはなりません。 信じて下さい!」

 

そう言って、にこっと微笑んだ

瞬間、ナージャの瞳に涙が浮かんできた

かと思うと、「うん…っ、うん…っ」と頷きながら がばっとモルジアナに抱きついて来た

 

それを見たモルジアナの顔にも自然と笑みがこぼれた

そっと、ナージャの頭を撫でる

 

そうよ

二度と奴隷になんかならないわ……

 

隙を見て、この子と逃げ出す

チャンスを待つのよ………

 

そう、二度と―――――…………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

      ◆      ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エリスティアは、紅炎と別れた後

今までの事の顛末を話した

 

チーシャンで知り合いと合流して一緒にバルバッドへ向かっていた事

その途中のデリンマーの街道の途中で奴隷商人に捕まった事

そして、知り合いを人質に取られ見知らぬ人へ売られそうになっていた事

 

紅炎は、エリスティアの話をただ静かに聞いていた

 

一通り話したところで、エリスティアは小さく息を吐いた

人に話した事で少し楽なったのか

気持ちが先程よりも軽くなった

 

でも……

 

こんな話、気持ちのいい話じゃないものね……

 

話した方は楽になるが、聞いた方は困るだろう

だから、話しにくかった

 

なんとなく、居たたまれなくなりエリスティアが俯く

すると、紅炎の手がゆっくりとエリスティアの方に伸びてきたかと思うと、そのまま頭を撫でられた

 

一瞬、何をされたのか分からず エリスティアがそのアクアマリンの瞳を瞬かせる

 

「炎……?」

 

エリスティアがそう尋ねると、紅炎はただ静かに微笑んだ

そして、もう一度エリスティアの頭を撫でた

 

それが酷く優しくて

気が付けば、じわりと自分の瞳に涙が浮かんでいた

 

「……………っ え、ん………」

 

どうして

どうしてこんな時に優しくしてくれるのか……

 

今、優しくされたら、頼りたくなってしまう

助けを請いたくなってしまう――――……

 

駄目だと分かっているのに…

紅炎には関係のない話だ 巻き込んではいけない

頼ってはいけない―――――……

 

エリスティアは、紅炎に涙を見せまいと背を向けた

だが、その肩は震えていた

その時だった

 

突然、ふわりと後ろから紅炎に抱きすくめられた

 

「……………っ」

 

まさかの急な紅炎の対応に、エリスティアがびくりと肩を震わす

 

「え、ん…やめ…て……っ」


震える声で、何とか絞り出す様に吐き捨てた

だが、紅炎は、離す所か更にぐっと強く抱きしめた

 

「炎……っ!」

 

たまらずエリスティアが叫んだ

 

こんな時に――――

 

「どう、して――――………」

 

優しくするのか

 

知らず、涙が零れた

その涙が紅炎の手に落ちる

 

「エリス……泣くな」

 

「………っ、泣いて…なんて……っ」

 

「泣いてない」と言いたいのに、それとは反する様に涙がぽろぽろと零れてくる

エリスティアは、たまらず自身の顔を手で覆った

 

見られたくない

頼りたくない

 

己の自尊心がそう訴えるのに、保てない

紅炎にこうされるだけで、ガラガラと音を立てて崩れていく

 

「は、なし、て……」

 

何とかそう声を振り絞る

だが、その声は震えていた

 

すると、紅炎はぎゅっとエリスティアを抱きしめたまま

 

「エリス―――生憎と、お前が泣いている姿を放っておけるほど俺は出来た男ではない」

 

「…………っ。え、ん………」

 

それが最後だった

関を切った感情は止まらなかった

 

「―――――っ」

 

そのままエリスティアは紅炎の腕の中に顔を埋めた

そして、声を上げて泣きだした

 

紅炎は、そんなエリスティアを慰める様に、ゆっくりとその手を背に回して撫でた

 

「俺が助けてやろう」

 

優しげにそう言って、エリスティアの潤んだ瞳に口付ける

エリスティアが、ぴくりと肩を震わせ

だが、紅炎はやめなかった

 

瞳、頬、唇と、口付けをしながら涙をぬぐっていく

いつしか、エリスティアも抵抗するのをやめていた

身体を預け、紅炎の全てを受け入れる

 

「エリス――――……」

 

甘く、優しい声に全て委ねたくなる

 

「炎……」

 

流れる涙が、頬を伝っていく

そして、いつしかエリスティアはそのアクアマリンの瞳をゆっくりと閉じたのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分の隣りで、疲れ果てて眠るエリスティアのストロベリーブロンドの髪をゆっくりと撫でる

 

「エリス―――安心して眠るがいい」

 

そう―――彼女には休養が必要なのだ

憔悴しきった顔は彼女には似合わない

 

そう言って、ゆっくりとエリスティアの髪を撫でる

慈しむ様に……優しく、優しく 撫でる

 

この先、たとえ”何が”起ころうとも————彼女を護る為に———……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おや…紅明まで入らなかったよー( ;・∀・)

まぁ、予定通り行かないのはいつもの事さww←全然ダメダメ

 

とりあえず、モルさん捕獲は完了しましたww

後は…シンドリアをこのシリアス~な展開にどう突っ込むか…だな(;-ω-)ウーン

 

う~ん…どうしようかねぇ~ 

 

2015/04/01