CRYSTAL GATE

  -The Goddess of Light-

 

 

 第二夜 ルシとマギ 29

 

 

その日は、とても星の綺麗な夜だった

雲一つない、夜空に無数の星々が輝いている

 

森の木々も、花も風も土も

全てのルフが、まるで“祝福”する様に謳っている

 

丘への道を照らす様に、キラキラと輝いている

 

エリスティアはその中をゆっくりと歩いていた

 

この道も何度通っただろうか

最初は、一人

気が付けば、紅炎と二人

あの丘に向かって、毎日一緒に馬に揺られていた

 

でも…もう、無いわね…

 

きっと、あの丘に向かうのはこれが最後

“今日”が終わったら、もう二度と足を踏み入れる事は無いだろう

 

そして、紅炎に逢うのもきっと――――……

 

これが最後なんだと思うと、知らずじわりと瞳に涙が浮かんできた

エリスティアは、それを片手で拭うとゆっくりと前を向いた

 

森が開け、紫色の花々が姿を現す

 

青藍の丘―――――……

紫の綺麗な花が多く生息する、美しい丘

 

瞬間、ザァ…と風が吹いて花弁が一気に舞い上がった

エリスティアが思わず、そのアクアマリンの瞳を瞑ると

突然ふわりと後ろから誰かに抱きすくめられた

 

「あ……」

 

突然の抱擁に思わず動揺を見せるが、それは直ぐに収まった

こんな事をする人は、ここには一人しかない――――……

忘れる筈が無い

何度も、こうして抱きしめられた

 

「…炎……?」

 

そっと名を呼ぶと、後ろの紅炎が嬉しそうに微笑んだ

 

「…エリス――――」

 

愛おしそうにそう名を呼ぶと、そのままゆっくりとエリスティアを自分の方に向かせる

 

「俺だと分かるのだな」

 

そう言って、また優しげにその柘榴石の瞳を細めると、そのままエリスティアの瞳に口付けた

 

「……………っ」

 

ぴくりと、エリスティアが肩を震わす

きっと、恥じらいと戸惑いが入り混じってどう反応していいのか分からないのだ

その反応が、また初々しくて紅炎は嬉しそうに微笑んだ

 

「エリス、連れて行きたい場所がある」

 

ふいに、切り出されてエリスティアがそのアクアマリンの瞳を大きく見開いた

 

「連れて行きたい場所……?」

 

てっきり、ここで話があるのだと思っていたエリスティアにとって、それは意外な提案だった

思わず、そのアクアマリンの瞳を瞬かせた後、思わずくすりと笑ってしまった

 

その様子に、紅炎が虚を突かれた様に瞳を瞬かせる

 

「どうした?」

 

「ううん、少し意外だったから……」

 

そこまで言って、またエリスティアは笑みを浮かべた

 

「炎でも、場所を気にするのね」

 

エリスティアのその言葉に、紅炎は「ああ…」何か納得した様に小さく頷いた

そして、ふっと笑みを浮かべ

 

「今日は、“特別”だ。見せたいものがあるからな」

 

「見せたいもの……?」

 

「ああ…俺のとっておきの場所だ」

 

そう言われると、何だか不思議と心が躍ってくる

紅炎の“特別な場所”とは、一体どんな場所なのだろうか

 

「それで、どんな場所に連れて行ってくれるの?」

 

嬉しそうにそう言うエリスティアに満足したのか、紅炎がしっと静かにエリスティアの唇に人差し指を当てた

 

「行くまで、秘密だ」

 

それだけ言うと、ゆっくりとエリスティアの手を取った

そして、近くの木の傍に待機していた愛馬・炎隷を呼ぶとそのまま炎隷の背にエリスティアを乗せた

自身もそれにまたがると、そのままゆっくりと馬を歩かせ始めた

 

この、炎隷に乗るのは何度目になるか…

いつも思う事だが、この馬は不思議なぐらい紅炎に従順だった

 

見るからに気性の激しそうな馬なのに、静かに紅炎に従っている

それだけ、この炎隷は紅炎を信頼しているという事だろうか…

 

そう思うと、自然と嬉しさが込み上げてきた

そっと、手を伸ばし炎隷の燃える様な赤い鬣に触れてみる

瞬間、炎隷が嬉しそうに啼いた

 

それを見た紅炎は、また嬉しそうに炎隷の背を撫でてやった

 

「炎隷もお前が気に入っている様だ」

 

「え…そう、なの?」

 

意外な言葉に、エリスティアがそのアクアマリンの瞳を瞬かせる

すると、紅炎はふっと優しげに眼を細めると

 

「こいつには、お前は俺の大切な人だと分かるのだろう」

 

そう言って、また炎隷の背を優しく撫でてやる

 

「大切って……」

 

改めてそう言われると、何だか恥ずかしくなり

エリスティアは、ほのかに頬を赤く染め俯いた

 

エリスティアのその反応に、気分を良くしたのか

紅炎は、ふっと笑みを浮かべるとそのまま彼女の抱いている腰を更に引き寄せた

 

「きゃっ……」

 

急に、抱き寄せられ エリスティアが驚いて声を上げた

 

「ちょっ、ちょっと…!」

 

慌ててそう抗議すると、紅炎はくすりと笑みを浮かべエリスティアの髪に口付けた

 

「愛しいお前に少しでも触れていたいのだ…駄目か?」

 

「だ…駄目かって……」

 

そう改まって聞かれると困る

言われているこっちが恥ずかしくなる

 

「………駄目じゃ…ない、け、れど…」

 

顔を真っ赤にしてそう言うエリスティアに、紅炎がまた嬉しそうに笑みを浮かべた

 

今日は完全に紅炎のペースになってしまっている

だが、これが最後だと思うとつい許してしまう気持ちになってしまうのは…自分自身も何処か寂しいのかもしれない

 

エリスティアは、俯いたまま ぎゅっと拳を握りしめた

 

そう――――

紅炎に逢うのも、こうして触れられるのもきっと今日が“最後“なのだ

“最後”………

 

“好きになりかけている”人

触れられて“嬉しい”と思える人

ルフに“心惹かれる”人――――……

 

こんな気持ち、シンドバッド以外であり得ないと思っていたのに…

惹かれてしまった――――……

 

でも、もう終わり

これで、最後にしなければ

 

私は、“ルシ”だ

“シンドリア国王、シンドバッド王の世界唯一のルシ”

シンドリアの為

シンドバッドの為に、この力は振るうと決めた

 

そして、“使命”を果たす為に私は“存在”している

“使命”を果たすまで、この命の灯が消える事はない

それは同時に、“使命”を果たした時“消える”事を意味している

 

この“大いなる力”の代償は大きい

“限られた命”の中で生かされ続けて

“終わる”と同時に、“消える”運命

 

それが“ルシ”というもの

 

誰とも共に歩めない

同じ時間を過ごす事は出来ない

 

瞬間、脳裏にシンドバッドの言葉が過ぎった

 

 

  『俺の後ろではなく、俺の隣で、俺の妻として―――共にこの国を支えて欲しい』

 

 

あの言葉

どんなに嬉しかった事か……

 

出来る事ながら、頷きたかった

応えたかった

 

でも、出来ない

出来ないのだ

 

それは、紅炎が相手でも同じだ

紅炎は、世界を一つにすると言った

それは、この世界の“真理”を解く為

その時、自分に隣で一緒に見て欲しいと言った

 

でも、駄目なの…

その気持ちにも応えられないの

 

私は、“ルシ”であると同時に

“シンドバッド王のルシ”でもあるのだから――――……

 

シンドバッドも、紅炎もエリスティアを必要としてくれている

傍に居て欲しいと言ってくる

 

でも、駄目なのだ

エリスティアが“ルシ”である限り、“ルシ”の宿命からは逃れられない

 

「エリス」

 

不意に、紅炎から名を呼ばれたかと思うと、両目を手で覆われた

 

「炎……?」

 

一瞬、何をされたのか分からず、エリスティアが首を傾げ

 

すると、紅炎は優しげな声音で

 

「俺がいいというまで、目を閉じてくれないか?」

 

「え……? 目を…?」

 

「ああ」

 

一瞬、何故

という疑問が頭に浮かぶが、言われるがままエリスティアはそのアクアマリンの瞳をゆっくりと閉じた

瞬間、紅炎の手が離れたかと思うと、その手が腰に回される

 

「え、炎…っ」

 

突然の行為に、エリスティアが戸惑いの色を示す

紅炎は気にした様子もなく

 

「少し、とばすぞ」

 

「え……きゃぁっ!」

 

紅炎がそう言うなり、突然炎隷の速度がぐんっと上がった

エリスティアは、慌てて紅炎にしがみ付く

 

「え、炎……っ」

 

思わずそう名を呼ぶと、紅炎は面白そうに「はは…!」と笑った

 

「笑い事じゃないわ!!」

 

そう抗議するも、一向に速度が落ちる気配はない

だからと言って、目を開ける訳にもいかず

エリスティアはぎゅっと目を閉じたまま、紅炎にしがみ付いた

 

すると、そんなエリスティアを支える様に

紅炎の手に力が篭る

 

「もう少しの辛抱だ!」

 

楽しそうにそう言う紅炎に、エリスティアは頷く暇も無かった

その時だった

 

突然、ザァ…と風が変わった

森から抜けたのだ

 

瞬間、炎隷が失速したかと思うとそのままゆっくりと歩き始めた

 

「着いたぞ」

 

「え……?」

 

ここが目的の場所なのだろうか?

だが、目を開けられない手前どんな場所なのか分からない

 

分かるのは、水音と花の香りがする…

という事だけだった

 

紅炎は炎隷から降りると、ゆっくりとエリスティアも降ろした

 

「まだ、目を開けるな」

 

それだけ言うと、そのままエリスティアの手を取り歩きはじめる

エリスティアも、言われるままその後に続いた

 

水音が近くなる

 

「……炎、近くに水がある…

 

「ん? ああ、エリスはやはり聡いな」

嬉しそうにそう言う紅炎に、エリスティアはむぅ…と頬を膨らませた

 

「もう、誰にだって分かるわよ」

 

水音がしているのだ

エリスティアでなくとも分かる筈である

 

それに……

 

ルフが喜んでいるここのルフは、皆嬉しそうに謳っている

炎が来て、嬉しいのだわ……

 

そう思うと、早くその景色を見てみたくなった

うずうずしながら、紅炎の方を向く

 

「……まだ、開けちゃ駄目なの?」

 

そう言うエリスティアを見て、紅炎がふっと笑みを浮かべた

 

「そう急ぐな、もう少し待て」

 

そう言って、紅炎が何かを確認する様な仕草をする

そして……

 

「時間だ…。 エリス、目を開けてもいいぞ」

 

「え……」

 

言われてゆっくりと瞳を開けた瞬間だった

ザァ…と、風が吹いたかと思うと辺り一帯に咲き誇る白い花が一斉に舞い上がる

瞬間、その白い花吹雪に混じって目の前の大きな湖の水がキラキラと輝きだし波紋を浮かべていく

 

「あ……」

 

それだけではなかった

 

水や花のルフが一斉にキラキラと輝きだし、謳い始めた

花と水とルフが混ざり合い、見事な風景を作り出している

 

その幻想的な風景に、エリスティアは言葉を失った様に魅入られてしまった

思わず、紅炎の腕をぎゅっと掴んでしまう

 

紅炎がそれに気付き、そっとエリスティアの手に自身の手を重ね

 

「どうだ…?」

 

「……凄く…綺麗……」

 

言葉では言い現せないその景色に、エリスティアはただただ見つめるだけだった

エリスティアのその様子を見て、紅炎が満足そうに微笑む

 

「この景色を見せたかったのだ。エリス、お前だけに――――」

 

「え……?」

 

一瞬、エリスティアがそのアクアマリンの瞳を瞬かせる

紅炎が、優しげな瞳でエリスティアを見た

 

「エリス――――……」

 

そして、愛おしそうに名を呼ぶと そっとエリスティアの頬を撫でた

 

「…………っ」

 

ぴくんっと、エリスティアが反応する

 

「え、炎……」

 

思わず声を洩らすと、紅炎は気分を良くしたのかそのままエリスティアの顎を持ち上げた

瞬間、ぎくっとしてエリスティアが慌てて抵抗の意を示す

 

「え、炎…待っ……」

 

「待ったは無しだ」

 

それだけ言うと、あっという間にエリスティアの腰を引き寄せたかと思うと

そのまま唇を重ねてきた

 

瞬間、ザァッ…と風が吹き、花が舞い上がりルフ達が謳いはじめる

 

「……っ、え…ん………」

 

突然の口付けに、エリスティアが声を洩らすが

紅炎はその瞬間を逃さず、更に深く口付けてきた

 

「エリス―――…愛している……」

 

そう囁く紅炎に、エリスティアは抵抗する事も出来ずに、ぎゅっと紅炎の袖を掴んだ

 

駄目……

頭ではそう分かっているのに、身体がいう事を聞かない

 

「あ……待っ……だ、め………んっ」

 

何とか声を振り絞ってそう言うが、それは逆効果だった

紅炎は、洩れた声を拾う様に更に深く口付けていった

 

引き寄せられている手に力が篭る

 

「エリス、覚えているか?」

 

「……え………?」

 

意識が朦朧とする中、紅炎が尋ねてきた

一瞬、何を?と思ってしまう

 

「以前、一人の王が世界を統べねばならないと言った事を」

 

憶えている

あの夜の事は、今でも鮮明に思い出される

 

紅炎は言った

世界は滅びぬために、一つにすべきだと

そして、一人の王が世界を統べるべきだと

 

 

「その時、俺はお前にその世界をお前と共に、俺の隣で見て欲しいと言った事を――――」

 

 

「……………」

 

 

「その言葉に偽りはない。今でも、俺の隣に立てる女はお前だけだと思っている。エリス――――……」

 

 

 

不意に、紅炎がエリスティアの瞼に口付けを落とした

そして―――――……

 

 

 

 

 

「―――エリス、俺の妃にお前を望む。俺と共にこれからあり続けろ」

 

 

 

 

 

             それは、紅炎からの求愛の言葉だった――――……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ついに、ここまで来ました!!

長かった…(T^T)

ここの為に、紅炎の新密度を上げて来たんだよぉ!(正確には、この後の為)

 

しかし、シンドバッドと差を付けるのに苦労するわー( ;・∀・)

似てるから…この二人

 

2014/04/30