CRYSTAL GATE

  -The Goddess of Light-

 

 

 第二夜 ルシとマギ 15

 

 

何故、こうなったのか……

 

蘭朱は盆を抱えたまま、立ち尽くしていた

目の前には自分の家に似つかわしくない人が椅子に座って茶を飲んでいる

 

練 紅炎

 

この煌帝国の第一皇子で、蘭朱にとっては雲の上の人だ

その人が、自分の家でお茶を飲んでいるという異様な風景が、蘭朱には信じられなかった

 

エリスティアが着替えている間、手持無沙汰な紅炎にお茶を出したものの…

皇子様に出せる様な、高級な茶など蘭朱が持っている訳もなく…

 

果たして、出して正解だったのか、悩む所だ

 

その時だった

不意に紅炎が、かたんと杯を置いた

 

一瞬、蘭朱がびくっと肩を震わす

やはり、不味かったのだろうか……

 

そんな不安が押し寄せてくる

 

ふと、紅炎が口を開いた

 

「女……」

 

「は、はい!」

 

慌てて蘭朱が返事をすると、紅炎は何でもない事の様にまじまじと空になった杯を見ながら

 

「この茶を淹れたのはお前か?」

 

「え……あ、はい。あ、でも…ブレンドしたのはエリスで……」

 

何とか、この場を逃げ切ろうと苦し紛れにそう答えると

一瞬、紅炎がその柘榴石の瞳を瞬かせた後、微かに微笑んだ

 

そして、「……そうか」とだけ答えると、また無言になってしまった

 

うううう……

 

蘭朱は困った様に、顔を俯かせた

どうしていいか分からないのだ

 

エリスティアがブレンドしてくれた茶が、蘭朱が出せる精一杯の茶だったのだが…

それでは、駄目だったのだろうか……

 

蘭朱が居辛そうに、手をもじもじと動かしていた時だった

また、紅炎が口を開いた

 

「……女」

 

「う…あ、はい!」

 

また、蘭朱が慌てて返事をする

だが、やはり紅炎は気にした様子はなく

 

「……この家に病人がいるのか?」

 

「え……」

 

唐突に出てきた質問に、蘭朱は困惑した様にその顔色を変えた

居るには居る

病気の母が居る

 

だが、その事を何故紅炎が問うてくるのだ

もしや、エリスティアが言ったのだろうか……?

 

いや、エリスティアがそうぺらぺらと話すとは思えない

では、何故そんな問いが来るのだろうか

瞬間、紅炎がゆっくりとこちらを向いた

どきりとして、蘭朱が慌てて視線を下に向ける

 

「……居るのか?」

 

もう一度そう問うてくる

 

別に…隠している訳ではない

ただ、一般市民の病気事情など、皇子である紅炎に伝えるべき事でもない

だが……

 

ごくりと蘭朱は息を飲んだ

 

「あ…それは………い、ます。母が……」

 

観念した様にそう答えると、紅炎はまた「…そうか」とだけ答えた

 

「…………?」

 

今の問いは何だったのだろうか?

蘭朱が首を傾げている時だった

 

不意に、ぱたぱたと足音が聴こえてきたかと思うと、エリスティアが慌てて部屋に入って来た

 

「ごめんなさい、お待たせして」

 

そう言って、最初に蘭朱に謝罪する

エリスティアの登場に、蘭朱がほっと胸を撫で下ろした時だった

 

ガタンッ…と紅炎が立ち上がったかと思うと、ツカツカとこちらに向かって歩いて来た

ぎょっとしたのは、蘭朱だ

慌てて、エリスティアの後ろに隠れる

 

だが、紅炎はそんな蘭朱を気に留めた様子もなく、エリスティアだけを見つめたかと思うと、不意にぐいっとその腰に手をまわして引き寄せてきた

 

「きゃ……っ」

 

エリスティアがぎょっとして、慌てて離れようとする

だが、腰をがっちり掴まれていてびくともしない

 

「ちょ、ちょっと炎……っ」

 

エリスティアが顔を真っ赤にして抗議の声を洩らすが、紅炎は気にした様子もなく、ゆっくりと優しげに微笑むと

 

「待ちわびたぞ、エリス」

 

そう言って、エリスティアの髪に口付けを落とした

それを後ろで見ていた蘭朱が、顔を真っ赤にする

 

口付けをされた当の本人は、顔を真っ赤にして口をぱくぱくさせていた

 

「ちょ…ちょっと待って炎……っ、あ……」

 

その口付けがそのまま、ゆっくりと首元まで下りてきた

びくっとエリスティアが肩を震わす

 

「エリス―――……」

 

愛おしそうにそう名を呼び、紅炎がエリスティアの腰を更に引き寄せた

 

「や、ちょ…っ、炎ったら!」

 

今にも、口付けされかねない状況に、エリスティアが慌ててぐいっと紅炎を押しのけた

そして、何とかその手から逃れると慌てて扉の方に逃げる

 

「もう! 冗談はよして! 行くのでしょう? 先に出るから!!」

 

それだけ言い残すと、逃げる様にバタンッと扉から出て行ってしまった

残された紅炎は、小さく息を吐くと、その口元に微かに笑み浮かべた

そして、エリスティアが出て行った扉に手を掛けると

 

「…女、茶を馳走になった」

 

それだけ言い残すと、バタンと出て行ってしまった

残された蘭朱が顔を真っ赤にして「うっそぉ……」と呟いたのは言うまでもない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エリスティアは、紅炎が操る馬に乗ったままむすっとしていた

エリスティアのその様子に、紅炎が不思議そうに首を傾げる

 

「エリス」

 

優しげにそう呼びかけるが、エリスティアは返事をしなかった

紅炎は小さく息を吐くと、突然ぎゅっとエリスティアの腰に回していた手に力を込めた

 

「きゃ……」

 

流石のエリスティアもこれには反応した

顔を真っ赤にすると、紅炎を睨みつける

 

その反応が嬉しくて、紅炎は微笑んだ

 

「もう! 何、笑っているのよ!」

 

むっとしたエリスティアがそう叫ぶ

その反応おかしくて、紅炎は声を上げて笑い出した

 

それが、ますますエリスティアの怒り増徴させる

 

「もう、何なの!? 炎!!」

 

そう叫びながら、ドンッと紅炎の胸を叩いた

その様子に、紅炎はくつくつ笑いながら

 

「はは…いや、やはりエリスは面白い女だと思ってな」

 

「は?」

 

エリスティアが意味が分からないという風に首を傾げた

 

「何でもない。こちらの話だ」

 

「……炎?」

 

至極楽しそうにそう言う紅炎が、エリスティアには不思議でならなかった

その時だった、不意に紅炎がエリスティアを抱きすくめると、そっとその髪に口付けを落とした

 

ぎょっとしたのは、エリスティアだ

 

「な……っ、な、な、何を―――――!?」

 

今まで何度となくされてきたが、やはり慣れる筈もなく

顔を真っ赤にして、わなわなと震えだす

 

その様子が可笑しくて、紅炎はふっと微笑んだ

 

「いや…、愛しいお前に触れたいと思っただけだ」

 

そう言って、もう一度今度は額に口付けた

 

「え、炎!!」

 

流石のエリスティアも、これには怒った

だが、紅炎にはやはりその反応は楽しくて笑ってしまうのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

      ◆      ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ババ様を射た矢は、女達を攫った煌帝国の兵士達が射た矢と一致した。つまり、ババ様は煌帝国の者にやられたのだ!!」

 

ざわりと、黄牙の民がざわめいた

その内の男が1人その矢を持ち、周りをぐるっと見渡す

 

「皆の意見が聞きたい。我々は、帝国の傘下に入るべきか、戦うべきか……」

 

その時だった、黄牙の民の一人が叫んだ

 

「戦うべきだ!奴隷狩りされ、ババ様を闇討ちされ、もう我慢する理由は何処にも無い!!」

 

「ああ、そうだ!一族の未来の為に戦うべきだ!!」

 

男の賛同する様に、年配の民たちが一気に加速しだす

その言葉に、若いドルジや青年たちはぐっと息を飲んだ

 

だが、彼らは止まらなかった

皆、「そうだ!」「そうだ!」と叫び、戦う意思を露わにした

 

このままでは戦になってしまう

ババの言葉が無駄になってしまう

 

そう思ったドルジには、迷っている余裕はなかった

ばっと、皆の前に飛び出し叫んだ

 

「皆、待てくれよ!!ババ様は、何があっても戦争はしてはいけないと言った!ただ、生きる為の、心の戦をするべきだと……っ!」

 

だが、年配の男達は引き下がらなかった

 

「相手に、そんなつもりはないんだ!!トーヤ達だって、奴隷にされかけたんだ!!もう、戦うしかない!!」

 

 

「「「おおお――――――――!!!!」」」

 

「……………!!」

 

 

もう、何を言っても無駄だった

彼らを止める事は、ドルジでは出来なかった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アラジンはそんな黄牙の民の様子をゲルの中で、聞いていた

傍には、意識を失ったままのババが苦しそうに眠っていた

 

「……おばあちゃん…おばあちゃんの大好きな村が大変だよ。僕は…どうすればいい?」

 

だが、ババは答えてくれなかった

ただ苦しそうに息をするだけで、答えてはくれなかった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


黄牙の男達は、もう止まらなかった

 

 

 

「戦うんだ!一族の為に!!」

 

 

 

「一族の為に―――!!!」

 

 

 

そう叫んで、皆 武器を手に取り始める

そして、馬にまたがると煌帝国の駐屯地めがけて一斉に駆け出して行ったのだ

 

「どうしよう…みんなが死んじゃう……」

 

アラジンは、ただそれを見ているだけしか出来なかった

どうする事も出来なかった

 

 

その時だった

ルフがざわめいたと思った瞬間――――

 

 

「……力を貸しておくれ…アラジン」

 

 

ハッとアラジンが振り返ると、そこには――――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――同時刻・煌帝国征西駐屯地

 

「いや~白瑛将軍は、本当に行ってしまいましたね」

 

「これで、貴方が全軍の指揮権を掌握出来た訳ですね。呂斎殿」

 

兵の言葉に、中央に座った呂斎はふっと笑みを浮かべた

 

「しかし、あれだけ挑発したのに兵1人殺さぬとは…とんだ腑抜けでしたなーお陰で、こちらが手を汚す羽目になりました」

 

だが、兵達の間には一つの懸念があった

 

「しかし、あの女に黄牙一族と話をさせてはマズイのでは?」

 

「ええ、本当は我々が奴隷狩りをした事や、おまけに村の村長を射殺した事がばれてしまします」

 

「そうですな、あの女が村から帰ってきたら大問題になりますよ」

 

兵達のその言葉に、呂斎は剣に息を吹きかけながら不敵に笑った

 

「フ……村から、帰って来られたらな(・・・・・・・・・)

 

呂斎の言葉に、兵達が首を傾げる

 

「……?どういう事です」

 

すると、呂斎ふぅ…と溜息を付き

 

「私は心配しているのだよ…姫様が、奴隷狩りされ、村長を殺され怒り狂った異民族に……万が一にも討ち取られやしないかとね…」

 

そう言って、高々と剣を掲げて、笑みを浮かべた

その言葉に、兵達は息を飲んだ

 

「ま、まさか、その為にすべてを……!?一体、何故……っ」

 

「何故って…? 好きだからさ」

 

ざわりと兵達にどよめきが走る

だが、呂斎は満足気に笑みを浮かべたまま

 

 

「口では、戦は嫌いだとぬかしていた馬鹿共が、怒り狂い本性をむき出しにして、殺し合う……戦争がね!」

 

 

 

そう言って、呂斎はにやりと笑みを浮かべるのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夢主サイドがいちゃついているが、アラジンサイドは大変な事になってますww

このままでは、戦争が―――――!

 

多分、次回はアラジン側ばっかりになりそうな、予感ww 

 

2014/01/01