CRYSTAL GATE
-The Another Side 紅-
◆ 胡蝶之夢
―――煌帝国・禁城
「む~~~」
練紅覇は、椅子の上で片膝を立てたまま、頬を膨らませて唸っていた。その様子を、紅覇の付き人の麗々・純々・仁々の三人は、はらはらとしながら見ていたのだが……、
「あ~もう! やっぱり、納得いかない!!」
と、突然、紅覇が叫んだものだから、麗々・純々・仁々の三人がびくううっと、肩を震わせた。何か紅覇に無礼を働いてしまっていたかと、思ってしまう。すると、紅覇がくるっと振り返って、三人を見た後、
「も~~! お前達はどう思う!?」
「え?」
一瞬、「何を?」というのが、三人の脳裏の浮かんだのは言うまでもない。思わず、麗々・純々・仁々の三人が顔を見合わす。
「あの、紅覇様……」
「な、なんの件のお話でしょうか~~~?」
「うん」
と、それぞれ、三人が言ったものだから、紅覇がじれったそうに、
「だから! エリスの事だよ!!」
「え……? エリスティア様、ですか?」
と、麗々が首を傾げた。すると、純々と仁々が、顔を見合わせて、
「エリスティア様といえば、数カ月前にお見送りしましたけど~」
「その後、なにもない」
「そこだよ!!」
と、何故か純々と仁々の言葉に、紅覇が突っ込んだん。
「エリスをチーシャンに送ってからもう、数カ月も経つってのに……炎兄にまったく逢いに来ないってどーいう事!!?」
数カ月前。偶然に偶然が重なり、紅覇の兄・紅炎と親密な関係になったというエリスティアという女性。そのエリスティアが、国に帰る事となった為、紅覇が紅炎に頼まれて、チーシャンまで送ったのだ。
だが、彼女曰はく、チーシャンは用があるだけだそうなので、彼女の国では無さそうだった。結局紅覇は、エリスティアの国が、何処なのかを知らない。紅炎は知っているようだったが……。
そして、もう1人の兄・紅明の話だと、「エリスティア」という女性は、各国の要人の間では有名な女性らしい。という所までは解っているが、結局詳細は教えてもらえなかったのだ。
それで、紅覇だけ知らないという事実が、余計に紅覇を悶々とさせた。
結局、エリスティアは何処の誰で、どうして紅炎の元から去ったのか。何故、国へ帰ったのか。別れ際の紅炎とエリスティアを見る限り、とても想い合ってる風に見えたのに……。なんで……!?
そう思うと、余計に気になった。
「エリスもエリスだよ! なんで、炎兄置いて帰っちゃったのさ!!」
どうやら、それが一番の不満だったようだった。
紅覇にとって、紅炎は尊敬もしていて、一番の憧れの存在だったのに、だ。だが、エリスティアにはそうじゃなかったというのだろうか。正直、納得いかなかった。
「僕はね! 炎兄の為なら、何だってできるんだ!! こうなったら、エリスを無理やりにでも連れて来て――」
そこまで言った時だった。ふと、廊下の方から聞き覚えのある声が聞こえてきたのだ。紅覇がはっとして、顔を上げる。そして、慌てて部屋を飛び出したのだ。
「こ、紅覇様!?」
驚いたのは、麗々・純々・仁々の三人だ。慌てて飛び出した、紅覇を追いかける。
「紅覇様は、一体どちらへ――」
「分かりません~~」
「あ、あれ」
麗々と、純々が慌てる中、ふと、仁々が何かに気付き視線を送った。そこにいたのは――。
*** ***
「――エリス!!!!」
「え……?」
ふと、聞き覚えのある声に呼ばれ、紅炎の隣を歩いていたエリスティアが振り返る。そこにいたのは、あの時チーシャンまで送ってくれた紅炎の弟の紅覇だった。紅覇は、走って来たのか、肩で息をしながら、エリスティアの前に現れたのだ。
エリスティアは、そのアクアマリンの瞳を瞬かせながら、そっと紅覇に近づいた。
「紅覇くん……どうしたの? そんなに慌てて――」
そう言って、そっと紅覇に話しかけた時だった。突然、紅覇の手が伸びてきたかと思うと、がしぃ! と両腕を掴まれて、
「もう! もう! ぜんっぜん、炎兄に連絡してないみたいだったから、僕、心配してたんだよ!? まさか……もう、炎兄の事嫌いになったとか言わないよね!?」
「え、え? あ、あの……」
紅覇の訴える意味が解らず、エリスティアが混乱していると、不意に、隣の紅炎がぐいっとエリスティアの腰を掻き抱いた。そして、「エリス――」と甘く名を呼んだかと思うと、そのまま彼女の顎に手を掛けて、くいっと持ち上げると、エリスティアの唇を奪ったのだ。
「……っ、え、ん……ぁ……っ」
突然の出来事に、エリスティアのアクアマリンの瞳が大きく見開かれる。しかし、そんなエリスティアの様子もおかまいなしだとばかりに、紅炎はそのまま何度も角度を変えて口付けてきた。まるで、自分の物だと示すかの様に。
エリスティアがぴくんっと肩を震わすと、紅炎は更に腰を掻き抱き、
「エリス――口を開けろ」
「え……?」
紅炎の言わんとする意味が解らず、言葉を発しようとした瞬間、紅炎の舌がそのままエリスティアの唇を割いて、侵入してきた。
「……ぁ……ん……っ」
そのまま、紅炎の舌がエリスティアの舌を絡めとる。必死に逃げようとしても、直ぐに捕まってしまう。舌を吸われ、甘噛みされれば、もうどうする事も出来なかった。どんどん深くなる口付けに、エリスティアはただただ翻弄されるしかなかったのだった。
堪らず、紅炎の衣をぎゅっと掴むと、それで気分を良くしたのか、紅炎からの口付けが更に深くなった。その度に、頭が朦朧としてきて、何も考えられなくなる。
そして、気が付けば、がくっと膝に力が入らず折れてしまったのだ。だが、すっと素早く紅炎がそんなエリスティアを受け止めると、そのまま横に抱き上げた。エリスティアの瞳はすっかり潤んでしまっていたが、
「え、炎……っ、お、降ろし――」
「立てないのだろう? 無理をするな」
「……た、立てなくしたのは何処の誰よ……っ」
エリスティアがむぅっと頬を膨らませて、反論すると、紅炎は面白そうに笑った。そんな二人のやり取りを見て、紅覇がぷはっと吹き出した。
「なんだ、良かった! ちゃんと、エリスは炎兄の元に戻って来てたんだ!! はー心配して損した」
「え……? えっと、それは――」
厳密には違うのだが……。なんだか、ここで否定してしまうと、申し訳ない気がして、エリスティアは口を挟むことが出来なかった。すると、紅炎が、ふっと笑みを浮かべ、
「紅覇、満足か?」
そう尋ねたものだから、紅覇ははっとして、慌てて背筋を正す。そして、拱手の構えをすると、すっと頭を下げた。
「大変失礼致しました、兄上。義姉上も。ごゆっくりお過ごし下さい」
紅覇の改まったその言葉に、紅炎はふっと笑うと、ぽんっと紅覇の頭に手を置いた。それが嬉しすぎて、紅覇が今にも涙ぐみそうになる。だが、ぐっと堪えて、拱手のままでいた。
「行くぞ、エリス」
紅炎は、そう言うと、そのままエリスティアを抱いたまま、去っていった。
紅炎が去った後――紅覇は、ゆっくり顔を上げると、嬉しそうに「へへっ」と笑った。そんな紅覇を見ていた麗々・純々・仁々の三人も、顔を見合わせると、ほっと笑ったのだった。
*** ***
―――紅炎・私室
私室に戻ると、何故かそのまま紅炎の寝台に降ろされた。だが、エリスティアはまだまともに立てそうになかった。そんなエリスティアを見て、すっと紅炎が彼女の顎に手を掛ける。
「え、炎……?」
エリスティアが、戸惑ったかのように、声を洩らすと、紅炎はくっと喉の奥で笑って、
「やはり、紅覇とは随分仲が良いみたいだな」
と、まるで問い詰める様に聞いてきたものだから、エリスティアは困ってしまった。
「仲が良い」と言われても、紅覇とは、チーシャンに送ってもらった以外、何もない。なので、どうしてそこまで紅覇が心配してくれていたのか、エリスティアには分からなかった。
「仲が良いって言われても、紅覇くんとは、本当にチーシャンに送ってもらっただけで――それに、“義姉上”だなんて……」
なんだか、無性に恥ずかしい。
紅覇の“義理の姉”になるという事は、つまり、紅炎との結婚を意味する。結婚だなんて、まだそんな関係ではないし、そもそも、自分にはそんな資格はない。あの時――紅炎の求婚を断ったのだから……。
「……」
エリスティアが気まずそうに視線を逸らすと、紅炎はそのまま彼女の顎を持ち上げ、
「なら、紅覇の期待に応えてやれば良いだろう……?」
「え……? それは、どういう――」
「意味」と聞く前に、紅炎の唇がエリスティアのそれを塞ぐ。そして、そのまま舌で唇を割ると、そのままエリスティアの口内に侵入してきた。
「……ンっ……ぁ、は……え、えん……っ」
何度も角度を変え、舌を絡ませられ、そして強く吸い上げられる。そんな激しい口付けに、エリスティアは翻弄されるしかなかった。
紅炎はエリスティアの唇を貪る様に、何度も口付けを繰り返してくる。二度三度と繰り返されるうちに、次第に、意識が朦朧としてきて、何も考えられなくなる。
「え、ん……っ、は、ぁ……ン……」
合間に零れるエリスティアの吐息が、紅炎のそれを更に加速させていった。すると、紅炎がゆっくりと唇を離し、エリスティアの首筋に顔を埋めたかと思うと、そのまま強く吸いついた。
「ん……っ」
その瞬間――ぴくんっとエリスティアが身体を跳ねらせる。首筋への口付けは、執着を意味する。その事は、エリスティアも知っているから、思わず身体が反応してしまったのだ。
そんなエリスティアの反応に満足したのか、紅炎はそのまま彼女の襟元に手を掛けた。そして露わになった白い素肌に唇を落とすと、強く吸い上げたのだ。何度も何度も繰り返される口付けに、エリスティアはただ翻弄されるしかなかった。
エリスティアの首から肩に掛けて、赤い花が広がっていく。それは紅炎の「所有の証」でもあり、エリスティアはただ、紅炎にされるがままになっていた。すると、紅炎の手が帯に掛けられた。瞬間、エリスティアの顔がぎくりと、強張る。
「ま、待って、炎……っ、こ、これ以上は――」
エリスティアが慌てて制止の声を上げるが、紅炎はくすっと笑みを浮かべると、
「どうした、エリス。――俺のものになるのが、そんなに嫌か?」
そう言った紅炎の表情は、哀しそうに見えた。その表情を見た瞬間、きゅっとエリスティアの胸が痛んだ。こんな顔をさせたいんじゃない。で、も……。エリスティアは、思わずぎゅっと紅炎の衣を握りしめた。そして、
「私は……っ」
そう言いかけた瞬間、再び唇を塞がれた。それはまるで言葉の続きを言わせないとでもいうかの様だった。結局、それ以上何も言う事が出来ず、紅炎に身を委ねる事しかできなかった。
そのまま寝台へと押し倒されると、再び激しい口付けが降り注ぐ。何度も何度も繰り返される口付けに、エリスティアの思考はどんどん麻痺していった。それは、まるで紅炎が自分の物だという印を付けるかのように……。そしてエリスティアもそれを受け入れ続けるのだった。
2024.12.06