CRYSTAL GATE

  -The Another Side 紅-

 

 

 黄昏の乙女 1 

 

 

征西軍大総督

それが、炎帝と恐れられる今の練 紅炎の役目だった

 

煌帝国の西方進出

その総指揮を取っているのだ

 

普段、基本的に国内にいる事は少ない

大概が遠征先に駐屯している事が多い

 

だが、たまたま一時帰国していた時彼女――――エリスティアに会った

それは世に言う“ルフの導き”というやつなのだろうか

 

そんなもの、定かではない

あるのが、真実のみだ

 

そう、真実のみが紅炎を満足させてくれる

 

それは、戦争であったり歴史であったり、形は様々だが

全ては、1つの“真実”に辿り着く

 

この世界の“真実”

それこそ、紅炎の追い求めてやまないものだった

 

だから、それ以外に心惹かれるものなど無いと思っていた

そう―――あの瞬間まで

 

 

 

あの日、紅炎は何となく森に行った

別に何かしたかったわけではない

単なる気晴らしに近かった

 

久々の帰国

書庫で過ごすのもよいと思ったが、たまには外に何のしがらみもなく出歩くのもよいかと思った

 

勿論、最初は紅炎の眷属の楽禁なども付いてくると言っていたが

紅炎は、一人で行きたかった

だから、彼らには休む様に指示をだし、一人で出た

 

そして、つい森の中でうとうととしていた時だった

彼女と―――エリスティアと出逢った

 

最初、刺客か何かかと思った

何故なら、紅炎に近づいてくるからだ

 

だが、その様子はあまりも無防備すぎて刺客にしては、殺気も何も感じられなかった

それどころか、「大丈夫ですか?」などと問うてくる

 

最初意味が分からなかったが、どうやら紅炎が倒れていると勘違いしたらしい

曲りにも、征西軍大総督の紅炎がこんな場所で倒れるなどある筈が無い

 

 

何を考えているんだ?

 

 

そう思い、捕まえて見れば――――

 

その姿を見た瞬間、紅炎は息を飲んだ

 

流れる様なストロベリーブロンドの髪

吸いこまれそうなアクアマリンの瞳

透き通る様な白い肌に、形の良い薄紅色の唇

 

 

一目で、この国の者ではないのは一目瞭然だった

 

 

何故、他国の人間がこの森に?

と、思うと同時に、何故こんな女が1人でこんな場所に?と言う方が勝った

 

なんだか、直ぐに離すのも癪でそのまま抱きしめていると、彼女は顔を真っ赤にして抗議してきた

 

驚いた

 

まさか、自分にこうも声を荒げる女性が今までいただろうか

いや、少なくとも紅炎の回りで騒ぐのはせいぜい妹の紅玉ぐらいだろう

 

それ以外の女は、皆頭を下げるか、逆に懇願して来るか、言い寄ってくるか

だが、エリスティアはどの女とも違った

 

自分を持ち、自分の意見をはっきりと言う

 

新鮮だった

面白いと思った

 

だから、もしまた運命が巡り合せるのならが、名乗ってやってもいいかと思った

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ****    ****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――――煌帝国・禁城

 

城に戻ると、楽禁達が「若!」と叫びながらやって来た

 

「……なんだ?」

 

眷属四人も揃って一体、何事かと思うと

その内の1人、李青秀が面白いものを見る様に、にやりと笑みを浮かべた

 

「紅炎様、どうなされた?」

 

「…………?」

 

一瞬、青秀の問う意味が分からず、紅炎は小さく首を傾げた

それを見た、眷属達は互いに顔を見合わせ

 

「なんか、楽しい事があったってお顔されてますぜ?ね?お二人とも!」

 

青秀の言葉に、周黒惇と炎彰も頷く

 

「いつもと違う空気をお持ちだ」

 

「…………」

 

すると、楽禁がにやにやしながら

 

「若~?誰と会ってたんですかね?」

 

楽禁のその言葉に、紅炎が微かに笑みを浮かべて「ああ…」と答えた

 

「少し、面白い女と会っただけだ」

 

紅炎のその言葉に、眷属達がどよめきだす

 

「女ですかい!?」

 

「若がですか!?」

 

青秀と楽禁の意外そうな声に、紅炎が一度だけその柘榴石の瞳を瞬かせた

 

「……俺が女に会っていてはおかしいか?」

 

紅炎のその言葉に、青秀が慌てて口を開く

 

「あ、いえ、紅炎様御自らお会いになられる女性がいるとは知らなかったもので――――」

 

「……いや? 偶然会っただけだが…?」

 

「「偶然!?」」

 

偶然の女に逢っただけでここまで楽しそうな顔をするのか!?

という風に、眷属達がまた驚いた様な声を上げた

 

「……なんだ?」

 

「あ~いや、若が嬉しそうなんで…てっきり、若のいい人なのかと…」

 

「うむ……」

 

「馬鹿!何言ってるんですか!お二人とも!!」

 

楽禁と黒惇の言葉に、青秀が慌てて制止に入る

それから、青秀が慌てて口を開きだす

 

「あ~紅炎様、お気にされません様に」

 

だが、紅炎には届いていなかった

 

「………嬉しそう…? 俺がか?」

 

あの女に逢えて、嬉しい?

 

今まで女に会ってそんな感情抱いた事など一度も無かった

女との関係は事務的な事であり、紅炎にとって仕事の一つぐらいにしか思っていなかった

 

それなのに、初めて逢う女に“嬉しさ”を感じているというのか

 

「………………」

 

「あの…若?」

 

黙り込んでしまった紅炎に、思わず楽禁が声を掛ける

 

「……なんだ?」

 

「その女性をお召しになるんでしたら、その様に手配いたしますが……」

 

「召す?」

 

「え!?召されないんですか!?」

 

その言葉に驚いたのは、青秀だった

気に入ったのなら、てっきり召すのかと思っていたのに…召さないと言うのか

 

「あいつは、そういうのではない」

 

それだけ言うと、紅炎はすたすたと歩いて行ってしまった

残された、眷属達は顔を見合わせると

 

「どう、思いますか?」

 

「う~ん…もしかしたら、若は本気なのかもしれんなぁ~」

 

「ああ、一夜の関係にしたくないのだろう」

 

「………………」

 

青秀は三人の意見に、口をあんぐりさせた

 

あの紅炎様が……本気で女性を想われている……!!!?

それも、初めて逢った方を…!?

 

 

その事実は、今までの紅炎をずっと知っている眷属達には信じられない事だったのだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

      ◆      ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから、数日

 

紅炎は、森には行かなかった

政務が忙しかったというのもある

 

西方進出に備えて、準備をしなければいけないというのもある

次の目的はバルバッドだ

 

今は、内側からあの国を絡め取ろうとしている所だ

それが、あの組織が関わっているというのが少々、癪ではあるが

使える物は何でも使う

それが、紅炎のやり方だ

 

そうこうしている内に、数日が経っていた

 

ふと、あの森で逢った女の事を思い出した

思えば、彼女の名前すら聴いていなかった

 

名か……

何という名なのだろうか……

 

名ぐらい聞いておくべきだったと、少し後悔の念が押し寄せてくる

だが、今まで名など聞かずとも皆、自分から名乗って来ていた

 

何故、あの女は名乗らなかったのだろうか……?

 

そんな風に考えていた時だった

 

「兄上?どうされました?」

 

一緒に、政務を手伝っていた弟の練 紅明が手が止まっていた紅炎に話し掛けてきた

ふと、紅炎は紅明を見た後、ある事を口にした

 

「……紅明」

 

「はい?」

 

「……自ら名乗らぬ女をどう思う?」

 

「は…はぁ……」

 

意味不明な事を聞かれ、紅明が大きく首を捻った

何かの比喩だろうか

とさえ、思ってしまう

 

「紅明?」

 

返事の返ってこない紅明に、業を煮やしたのか紅炎が顔を上げてくる

その目が、あまりにも真っ直ぐ過ぎて紅明は慌てて口を開いた


「そ、そうですね…!普通ならば、兄上をご存じの方なら自ら名乗ってくるのではないかと――――」

 

「……俺を知っている?」

 

「え、ええ。でも、この国の者で兄上を知らぬ者はおりませんし…何かの――――」

 

「間違いでは?」と言おうとした瞬間、紅炎が「…そうか」と呟いた

その様子がおかしくて、紅明はますます首を傾げた

 

「あの、兄上……?」

 

その瞬間、がたんっと突然 紅炎が立ち上がった

いきなりの行動に、紅明がぎょっとする

 

だが、紅炎はそのまますたすたと室を出て行こうとした

 

「あの、兄上!?」

 

「……紅明、俺の分は終わった。後は置いておけ」

 

「は? あの……」

 

「……少し出る」

 

「兄上!?」

 

紅明が止めるのも聞かずに、紅炎はそのままバタンと室を後にしてしまった

残された紅明は、ぽかんっとしたままその後ろ姿を見送るしか出来なかった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

紅炎は、足早に森へ向かいながら紅明の言葉を思い出した

 

『普通ならば、兄上をご存じの方なら自ら名乗ってくるのではないかと――――』

 

彼女は紅炎が誰かを知らない

だから、あの時名乗ってこなかったのか

 

腑に落ちなかったことが合点がいき、紅炎はどんどん馬の足を速めた

 

早く、名が知りたかった

彼女の名を彼女の声で聴きたかった

 

他の誰でもない

彼女の口から聴きたかった

 

こんな事ならば、あの時名乗っておくべきだったな――――

 

今更そう思ってももう遅いのだが

だが、後悔しても始まらない

 

彼女はきっと、あの丘にいる

桔梗を採りに来ていると言っていた

きっと、今日もあの丘にいる

 

そう思って、馬を傍の木に繋ぐと足早に丘を目指した

瞬間、ピイイイイイイイイとルフ達がざわめき出した

 

はっとして前を見ると―――彼女が いた

彼女も、紅炎に気付くなり驚いた様にそのアクアマリンの瞳を瞬かせた

 

彼女だ

彼女が―――目の前にいる

 

はやる気持ちを押さえる様に、紅炎は一度だけその柘榴石の瞳を瞬かせた後

 

「今日も桔梗を採りに来ていたのか…?」

 

不意に紅炎から話し掛けられ、彼女が籠を持つ手に力を込めた

 

「そう、ですけど……」

 

声が強張っているのが分かった

怯えさせているのか……?

 

自分では、あまり意識した事ないが国では炎帝と恐れられている

彼女にまで恐れられるのは嫌だった

 

紅炎は、少しだけ考えた後、不意に彼女の手を引いた

 

「え……!?」

 

いきなり手を引かれ、彼女の戸惑いが手から伝わってくる

だが、紅炎は離さなかった

離したくなかった

 

何故、そう思ったのかは分からない

分からないが、離したくなかったのだ

 

そのまま歩きはじめると、彼女が戸惑った様に声を上げてきた

 

「あ、あの……っ」

 

だが、紅炎は振り返らなかった

 

振り返った所で、怯えさせるのではないか

そんな思いが、彼の足を速めた

 

そうして、彼女を連れて来た場所は以前見つけた薬草地だった

 

「すごい……」

 

それを見た瞬間、彼女は驚いた様に声を上げた

思わずこちらを見た彼女の反応が嬉しくて、紅炎はふわりと優しげに笑った

 

「欲しいものがあるか?」

 

「ええ……これだけあれば、色々な薬が作れるわ……あ…でも…」

 

ふと、彼女が少し考え込んだ

恐らく、誰かの私有地ではないかとでも思ったのだろう

だが、ここの森は誰の私有地でもない

敷いていれば、煌帝国の物だ

 

それを察した様に、紅炎は少しだけ微笑んだ後

 

「別に、誰のものでもない。欲しければ採ればいい」

 

そう言って、木の幹に寄り掛かって腰を落とした

すると、彼女は一瞬そのアクアマリンの瞳を瞬かせた後小さく頭を下げた

そして1つずつ丁寧に薬草を積み始めた

紅炎はその姿をぼんやりと眺めていた

 

不思議だった

 

空気がとても穏やかだった

 

ずっと戦争に駆り出ている紅炎にとって、こんな穏やかな空気は久しく感じていなかった

何の、争いも無い

穏やかな空間—————・・・・・・

 

 

紅炎の回りにはなかった空間

 

名は…なんというのだろうか……

 

空気が心地よい

彼女を見ていると、不思議と和らぐ

 

この感情はなんだろうか……

 

早く、彼女の口から自分の名が紡がれるのを見てみたい

早く――――――……

 

 

そうこうしている内に、いつしか うとうとと眠りの淵に落ちて行ったのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

紅炎短編…

と言っても、本編の紅炎サイドを掘り下げた感ですけどww

 

眷属の4人と紅明は初登場ですかな?

しかし、すまん…炎彰が話しているシーンが原作に見あたら無くって…(-_-;)

どう話すか分からなかったっす

いや、あそこで話してるよ!ってのがあったら教えて下さい

 

2013/11/28