紅蓮の炎 揺れる鳥籠
       ~鬼人伝~

 

◆ 「鬼人のきまぐれ・・・・・・?」

 

 

 

―――――地獄・閻魔庁 閻魔大王謁見室

 

 

伽耶はいつも通り、仕事を端から片していた

最初はとまどったものの、結局は事務仕事

慣れとは恐ろしい物だ

 

ちなみに、上官(?)にあたる、閻魔大王の第一補佐官の鬼灯は視察で今ここに居ない

ので、代わりに伽耶が処理していた

というのは建前で、単に雑用を押し付けられたに等しい・・・・・・

 

いつも働き詰めなので、たまにはリフレッシュもしたいだろう

まぁ・・・・・・この“地獄”にそんな場所あるか知らないが・・・・・・

 

「後は――――」

 

残りの書類を見る

思ったより早く片付きそうだ

 

ただいくつか、鬼灯と閻魔大王の承認が必要なものがあった

流石に、これを代行する訳にはいかない

 

「・・・・・・仕方ない」

 

残りの自分で処理できる仕事分はぱぱと終わらせると、伽耶は席を立った

ささっと、用件だけ済ませて戻ってこようと、そっと謁見室を出ようとした時だった

 

「あれ? 紅々莉くくりちゃんどこ行くの?」

 

閻魔大王に見つかった

伽耶は内心舌打ちしつつ、にっこりとした笑顔で

 

「書類の件で、鬼灯様の確認が必要なものが何点かありまして――――少し承認を頂きに行こうかと・・・・・・」

 

「ええ~~~、そんなの後で良くない? あ! そうだ! 儂が一緒に承認しちゃ―――「大王様、不正はいけませんよ」

 

びしっと突っ込まれ、閻魔大王が「うっ・・・・・・」と口籠もる

 

「で、でも、紅々莉くくりちゃんいなくなったら、儂 仕事捌き切れないよ~~~?」

 

と、もじもじしだすが・・・・・・

そんな巨漢な人がもじもじしても、全然可愛く無かった

 

伽耶が一瞬、氷の様な冷たい視線を送る

が、次の瞬間にっこりと微笑み

 

「大王様、本日のお茶菓子は現世で今流行のビ〇ード〇パピ―――――—のシュークリームですよ」

 

「え! ほんと!?」

 

突然、がたんっと閻魔大王が立ち上がった

 

「じゃ、じゃぁ、少し早いけど休憩に――――「大王様」

 

そわそわする閻魔大王を一喝する様に、そこだけブリザードが吹いたかのような声が響いた

 

「――――仕事。 大王様の目の前の書類が、私が帰ってくるまでに・・・・・・・・・・片付いていたら、休憩にしますね」

(要訳:さぼったら、休憩はないから覚悟しておけ)

 

ビュオオオオオオオ

 

と風が閻魔庁の閻魔大王謁見室吹いたような気がした

 

「く、紅々莉くくりちゃん・・・・・・最近、鬼灯君に似て来てない・・・・・・?」

 

 

 

「似てません」

 

 

 

ばっさりと、そう言い捨てられ閻魔大王がしょぼーんとする

そんな閻魔大王を無視して、伽耶は各職員の居場所を示すボードを見た

 

鬼灯の場所を見ると、「天国・桃源郷」となっていた

 

「え・・・・・・?」

 

一瞬、伽耶がボードの自分の札を動かしかけて止まる

 

天国・桃源郷――――

それは、日本と中国の天国の境にある仙境で、両国の交易の場となっている

ちなみに、あの世絶景100選にも選ばれている場所である

 

が・・・・・・

 

「桃源郷って・・・・・・白澤様、よね?」

 

桃源郷に住む(一応)中国の神獣・白澤

漢方の権威であり、天界で漢方薬局「うさぎ漢方 極楽満月」を経営している薬剤師である

いつもにこやかで飄々としており、寛大で気が優しいため人に好かれやすい

 

――――と言えば聞こえがいいが、自他ともに認める極度の女好きかつ浮気性

毎月薬局の売り上げの7割もが女性との交遊費に消えているという

はっきり言って、駄目男である(注:神獣です)

 

特に、鬼灯とは色々あり(あり過ぎて言えない)、犬猿の仲の筈だが・・・・・・

 

「仙桃でも、受け取りに言ったのかしら?」

 

もしくは、鬼灯の趣味の「調合」の材料を依頼したものを取りに行ったか

 

正直な話、桃源郷にはあまり近づきたくない

何故ならば白澤が鬱陶しいから

 

行くたびに、お決まりの口説き文句か

もしくは、二日酔いで寝込んでいるか

それとも、女性が怒って殴られているか――――

 

正直、まともな姿を見たことがない

 

いっその事、鬼灯が帰ってくるのを待とうかとも思ったが・・・・・・

勤務中に行くという事は、すなわち業務に関する案件で言っている可能性が高い

「調合」の材料を取りに行くなら、彼は休みの日にいくからである

 

「・・・・・・はぁ」

 

半ば諦めモードで伽耶は自分の札を、鬼灯の横に掛けた

そして、謁見室を後にしたのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――天国・桃源郷

 

ぽかぽかの春の日差しに、美しい景色

空気も清浄で、風も心地よい

 

ああ、「天国」だなぁっと実感してしまうほど、桃源郷は美しかった

辺りには、白兎が沢山いて、薬草を取っている

 

実はこの兎たちが薬剤師見習いである事を知った時は驚いたが――――・・・・・・

それぐらい、彼らは優秀という事だった

 

鬼灯が桃源郷に行くなら大概、白澤に仕方なく用がある時だけだ

となると、伽耶の行き先もおのずと決まってしまう

 

「とりあえず、極楽満月に――――」

 

と、行こうとした時だった

 

「あれえ? 伽耶さんじゃないですか? どうしたんですか?」

 

不意に名を呼ばれてふり返ると、そこにはすっかりこの桃源郷に馴染みきった桃太郎がいた

この桃太郎、過去に鬼灯に喧嘩を吹っかけて痛い目に合っていて、伽耶にも「縁切り」を使われ、人間ならぬ動物不信にまでなりかけた人物であるが――――・・・・・・

 

今では改心し、こうして桃源郷で芝刈りしつつ、白澤に弟子入り――――と言えば聞こえは良いが、半世話役をして居る身である

 

「桃太郎さん、ご無沙汰しています」

 

伽耶がにっこりと微笑み、挨拶をする

 

「今日はどうされたんですか? 伽耶さんだけ来るなんて珍しいですね。 あ、シロたちは元気です?」

 

そう言いながら、仙桃で一杯になった籠を背に抱えると歩き始めた

伽耶もそれに続きながら

 

「シロさん達は、皆さんお元気ですよ。 今度お休み重なった時に皆でこちらへ来たいとおっしゃっていました」

 

「本当ですか? 楽しみだな~」

 

と、そんな他愛無い話をしながら、「うさぎ漢方 極楽満月」と書かれている建物が見えてきだした

その時だった

 

 

「――――の、浮気者ぉおおおおおお!!!」

 

 

 

どがしゃ――――――――ん!!!

 

 

という軽快な音と共に、何かが扉をぶち壊してこちらへ飛んできた

桃太郎がはっとして

 

「伽耶さん!! あぶな―――――」

 

「え? ――――きゃぁ!」

 

飛んできた“白いもの”とぶつかる――――

と思った矢先、後ろから突然だれかにぐいっと引っ張られた

 

“白いもの”は伽耶がいた場所を通り抜けそのまま桃の木に衝突した

 

「ふん!!!」

 

と、極楽満月の壊れた扉から怒った女性が現れて去っていく

 

一瞬、何が起きたのか・・・・・・

伽耶が呆然としていると、桃太郎が籠を置いて

 

「白澤様――――? 大丈夫ですか?」

 

そう言って、“白いもの”に話しかける

よくよく見ると、その“白いもの”白澤だった

 

「あ、ああ、桃太郎君・・・・・・み、みず・・・・・・」

 

「はいはい、ちょっと待て下さいね~」

 

そう言って、桃太郎が極楽満月に一度入り、杯に水を入れて戻ってくる

白澤はそれを飲むと、「ふ~ひどい目にあった」とか言いつつ乱れた服装を整えていた

 

実はこの水

普通の水ではなく、「桃源郷の長寿の滝」の水なのである

いわゆる治癒の水である

他にも酒の滝の「養老の滝」などもあるが・・・・・・

 

白澤は、その治癒の水を飲んでやっと落ち着いたようである

 

「桃太郎君も、女性には気を付けた方がいいよ」

 

「いや、あんたが言うなよ」

 

と、桃太郎が突っ込んだのは言うまでもなく

その時だった

 

唖然とその光景を見ていた伽耶に白澤が気付いた瞬間――――

ぱああああっと、まるで何かに目覚めたかのように

 

「伽耶ちゃ~~~ん!! 僕に会いにきてくれたの!!?」

 

そう言って伽耶に抱き付こうとして来た矢先

突如後ろから、謎のトゲトゲの金棒がひゅん!とものすごい勢いで投げられてきた

 

「いっ!?」

 

慌てて白澤が避ける

すると、その金棒が白澤の顔の真横を取り過ぎ後ろの桃の木に刺さった

 

「ちっ」

 

と、伽耶の後ろから聞き覚えのある舌打ちが聞こえてきた

 

「お前っ!!! 僕の端正な顔に当たったらどうするつもりだったんだ!!」

 

と、伽耶の後ろを指さす

すると、伽耶を引き寄せたであろう人物がしれっと

 

「当たった所で、貴方の顔は変形済みですよ。 大差ないない」

 

「あるに決まってんだろぉ!」

 

「・・・えっと・・・・・・・・・」

 

この声、まさか―――・・・・・・

と、恐る恐る自分を抱き寄せている相手を見ると――――

 

そこには三白眼に、背中に鬼灯のマークの入った黒い着物の・・・・・・

 

「鬼灯様!?」

 

それは、探し求めていた鬼灯だった

 

「おや、伽耶。 奇遇ですね、ここはよくない色魔がいますから、長居はおすすめしませんよ」

 

「・・・・・・え?」

 

「色魔いうなあ!」

 

と白澤が突っ込むが

伽耶はさらっとスルーして

 

「鬼灯様!! 探したのですよ!? 一体、今までどこに――――」

 

「おや、視察先に桃源郷と書いてあった札を見てないのですか?」

 

「・・・・・・見たから、ここに来たのですが」

 

「そうですか――――何か、急用でも?」

 

「あ、はい、こちらの書類なのですが――――」

 

と、普通に仕事の話をし出したので、白澤がイラッとしたのか

ぬっと、突然二人の間に入り込み

 

「おい、伽耶ちゃんといちゃつくなら余所でやれよ。 というか帰れ!! あ、僕の伽耶ちゃんはいつでも我熱烈歓迎ウォーイァーリャファンインだよ~というか」

 

がしっと白澤が伽耶の手を掴むと

 

「地獄なんてやめて、もうここに永久就職しない?」

 

 

 

「・・・・・・・・・・・・は?」

 

 

 

と言ったのは伽耶ではなく、勿論――――

 

「残念ですが、伽耶は私のですから。 貴方のものになった覚えはありませんね。 というか、その手放しなさい」

 

そう言って、伽耶の手を握っていた白澤の手をべりっと剥がしながらつねった

 

「痛い痛い痛いいいいい!!!」

 

「自業自得です」

 

そう言って、鬼灯が伽耶をさっと自分の背に隠す

白澤がつねられて赤くなった手をふーふーしながら

 

「まったく、何なんだお前は!! いつもいつもいつもいつも僕と伽耶ちゃんの邪魔ばっかりして!!」

 

「――――生憎と、伽耶は私の管轄下のですから。 貴方には伽耶を所有する権利はありません」

 

「伽耶ちゃん、こんなやつでいいの!? こいつ、きみを“物”って言てるんだよ!!?」

 

「あ~はぁ、まぁ・・・・・・」

 

実際は下僕というか実験動物モルモットというか、そういう扱いなので、“物”呼ばわりされた方が幾分かマシであった

 

ちらっと、鬼灯を見ると、しれとしたままだが、その目が「言ってやりなさい」と訴えている

 

「えっと・・・・・・、私は鬼灯様の“助手”(※建前です)という立場ですので、桃源郷には就職出来ませんし、そもそも――――私、女癖の悪い男の方は嫌いです」

 

 

「が―――――――ん」

 

 

『嫌いです・・・・・・』

『嫌いです・・・・・・』

『嫌いです・・・・・・』

 

と、何やら白澤のバックでエコーが掛かっているが、鬼灯はぐっと親指を立てていた

 

「よかったではありませんか。 伽耶もはっきり断った訳ですし、ここはすっぱり諦めて――――」

 

そこまで言いかけて、すっと鬼灯が白澤の頭に手を乗せて――――

 

 

 

「――――バルス」

 

 

 

「は?」

 

ずしん

 

 

「え?」

 

 

ずしん ずしん

 

 

 

「えええええええええ!!!?」

 

 

 

どごおおおおおん!!!

 

という音と共に、いつの間に空けたのか

そこにあった穴から天界から地上へ真っ逆さまに落ちていった

 

 

 

「こっの、クソやろおおおおおおおおおおおおお!!!!

 

 

 

と、下の方から響いてくる

 

「あ、あの? この穴は・・・・・・?」

 

何処かで見た覚えのあるパターンに、伽耶が恐る恐る鬼灯に尋ねると

鬼灯はさも当然の様に

 

「私が夜なべして開けました」

 

やっぱりいいいいいいい

 

「まぁ、今回は・・・地上までにしておきしたけどね」

 

今回は・・・って・・・・・・

※以前の時は、地獄まで貫通していました※

 

「こ、この、下種野郎・・・が・・・・・・」

 

よろよろしながら、穴から白澤が上がってくる

 

「ちっ、生きてたか」

 

「僕は神獣だぞ!!? お前なんかより、ずっと偉いんだ!!!」

 

「権威のある神獣ならば、そんな風に落ちませんよ」

 

しれっとそんな事を言うものだから、またぎゃーぎゃーと白澤が騒ぎ始めた

こうなると、もうお決まりのパターンである

 

「伽耶、帰りましょう。 ここの用はもう終わりましたので」

 

「は、はぁ・・・・・・」

 

一応、白澤と桃太郎に頭を下げてから鬼灯に続いた

 

「二度とくるなあああああ!!!」

 

と、白澤が叫んでいたのは言うまでもない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ****    ****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――地獄・閻魔庁 閻魔大王謁見室

 

 

二人が帰ってくると閻魔大王が、それに気づき

 

「あ、お帰り~~! 紅々莉ちゃん、みてみて!! 儂、仕事片づけたよ!」

 

と、尻尾があったらブンブン振り回してそうなぐらいの勢いで「褒めて」コールされた

まぁ、実際片付いているし

欲を言えば、今伽耶が持っている書類にもサインが欲しい所だが・・・・・・

 

「分かりました、休憩にしましょう。 お茶の用意をしてきますね」

 

そう言って、一旦下がろうとした時だった

 

「伽耶」

 

「はい? 何か――――」

 

「お茶の水はこれを使ってください」

 

そう言って、謎の水筒を渡された

 

「・・・・・・? はい、わかりました」

 

何だろうと思いつつ、とりあえずお茶の用意をして閻魔大王と鬼灯の待つ休憩室へ行く

 

「あ、紅々莉ちゃん!! シュークリーム!? あ、いたたた」

 

シュークリームに喜んだと思ったら、突然閻魔大王が腰を押さえていた

 

「・・・・・・? 大王様? 腰どうかされたのですか?」

 

「え? ああ、うん。昨日ぶつけちゃってから痛みがね・・・・・・」

 

そう言いかえた閻魔大王の前に、伽耶の持ってきた盆から突然鬼灯が湯のみを掴んだかともうと―――――

 

どん!! と、閻魔大王の前に置いて

 

「とりあえず、先にお茶を飲んでください」

 

「え? あ、うん、いいけど・・・・・・。 なんか怖いんだけど、鬼灯君・・・・・・」

 

と、言いつつ閻魔大王がごくごくとお茶を飲む

その間に、鬼灯に1つ、閻魔大王に5つ乗ったシュークリームの皿を置いた

 

そして、自分の席に座ると、伽耶も湯呑を口に運んだ

 

「ん・・・・・・?」

 

気のせいか

ここ数日の溜まっていた疲れが吹き飛んだような、身体が楽になった

 

「???」

 

何が起きたのか分からず伽耶が首を傾げる

その間、閻魔大王はシュークリームを美味しそうに頬張っていた

 

何だろう? 何か違和感が―――

 

「大王様? 腰はもう痛くないのですか?」

 

何となく伽耶がそう聞いてみた

すると閻魔大王は口にクリームをたっぷりつけたまま

 

「え? あ、あれ? そういえば痛くない様な・・・・・・?」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

思わず鬼灯を見る

鬼灯は何事も無かったかのように、シュークリームを食べながらテレビを見ていた

 

もしかして・・・・・・

 

そうだ、桃源郷には色々な滝がある

その中に治癒の滝もあった筈

 

そして、先ほど渡された水筒

あれはもしかして・・・・・・

 

ふと、顔を上げると鬼灯と目が合った

だが、鬼灯はしっと静かに指を立てて何も言わなかった

 

だから、分かってしまった

彼が桃源郷に行った“理由”が――――・・・・・・

 

「ふふ・・・・・・」

 

突然笑い出した伽耶に、閻魔大王が首を傾げる

 

「どうかしたの? 紅々莉ちゃん」

 

「いえ、何でもありません」

 

そう言って、にっこりと微笑む

 

素直じゃないのだから・・・・・・

 

でもそういう所があるから、散々な目にあっても憎めないのだ

そんな風に感じた午後の昼下がりだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鬼灯様って結構優しいと思うんですよね、多分

まぁ、白澤はあれだ・・・・・・ああいう奴なんでww

 

2023.03.24