紅夜煉抄 ~久遠の標~

 

 第2話 -人鬼- 1 

 

 

 

――――――“彼”に初めて会ったのはいつだっただろうか・・・・・・

 

ずっと昔の様な――――

とても、最近だったような―――――

 

ゆっくりと、琥珀の瞳を閉じると脳裏に過るのは

右頬に不思議な“あざ”のある、あおみがかった髪と瞳をした青年

 

“私”を見て、やわらかく微笑みながら、手を伸ばしてくる

 

“彼”が、“私”の名を呼ぶのが嬉しかった

“私”を見て、微笑んでくれるのが――――嬉しかった――――・・・・・・

 

 

 

『―――――沼蘭』   と

 

 

 

それなのに―――――――・・・・・・

 

その日は、雨が降っていてとても寒かった

“私”がいつもの様に、神様に“彼”の無事をお願いしている時だった

 

「沼蘭・・・・・・・・・!!」

 

ふと、玄関口から父である文吾兵衛の声が聴こえてきた

だが、その声にいつもの覇気はなく

とても、弱弱しいものだった

 

「・・・・・・? お父様?」

 

“私”が不思議に思い、父の文吾兵衛の元にいくと

父は、玄関先で崩れ落ちる様に、膝を付いていた

 

なにかあったのだろうか・・・・・・?

 

そう思い、“私”は、父の背にそっと手を添えた

 

「・・・・・・どうか、なさったのですか?」

 

静かにそう尋ねると、文吾兵衛はボロボロと涙を流した

ぎゅっと、持っていた1枚の葉書を“私”に差し出した

 

「・・・・・・・・・?」

 

不思議に思い、“私”はその葉書を受け取り、裏面を見た

そこには、二つの名前が記されていた

 

“犬田 小文吾”

“犬飼 現八”

 

少し前に、赤紙の招集命令で北部戦線に行っている二人の名だった

 

弟の小文吾と

そして、小文吾の乳兄弟にあたり、“私”の愛する人―――――

 

その二人の名だった

そして、その葉書の最後に書かれていた二文字

 

 

 

 

 

 

  ―――――――“戦死”

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――帝都・旧市街 “古城宿 見浪館”

 

 

さらさらと、風に吹かれ 真夜の漆黒の長く艶やかな髪が揺れた

真夜は、ベッドの中で静かに眠っていた

 

夕刻

 

真夜が宿へ帰る途中に、突然 意識を失った

信乃や荘介には、何は起きているのかさっぱりだった

 

ただ、真夜にいつも付き従う様にいる、見目麗しい黒衣の彼――――夜刀だけは、何かを知っている風だった

夜刀は、意識を失っている真夜を横抱きに抱きかかえると、荘介に宿屋への案内を促した

荘介も流石に、少し驚いたが

真夜の身体も心配だったのもあり、急いで宿に向かった

 

荘介が医者を――――と、思ったが夜刀は小さく横に首を振った

どうやら、何か事情があるのか・・・・・・

 

夜刀は一言

 

「――――――医者では、意味がありませんので」

 

と、答えた

そして

 

「あのお方でなければ―――――・・・・・・」

 

「あのお方??」

 

信乃が首を傾げる

が、夜刀はそれ以上何も言わなかった

 

医者を呼ばないとなると、こうして目を覚ますのを待つしかない

そう思うと、どんどん不安が押し寄せてきた

信乃は、ぎゅっと眠る真夜の手を握り

 

「真夜・・・・・・目、覚ますんだよな? まさか、このままとか・・・・・・ない、よな・・・?」

 

そう言う、信乃の言葉は、どんどん弱弱しくなっていた

すると、夜刀が少しだけ目を伏せ

 

「はい。 ―――ご安心ください、信乃様」

 

そう言って、昏々と眠る真夜の頭を優しく撫でた

 

「真夜は、必ず目を覚ましますので」

 

それだけ言うと、すっと夜刀は立ち上がると

真夜にした様に、信乃の頭を優しく撫でた

 

「信乃様は、真夜に付いていてあげてください。 私は少し席を外します。 すぐ戻ります故」

 

「え? あ、おい!」

 

それだけ言い残すと、信乃の静止も聞かずに 夜刀は何処かへ行ってしまった

 

「・・・・・・なんだよあれ。 真夜が心配じゃねーのかよ」

 

信乃が、ふてくされた様にそうぼやく

すると、荘介が苦笑いを浮かべ

 

「彼も何か思うところがあるのでしょう。 そっとしておいてあげてください」

 

と、まるで夜刀が何を考えているのか分かっているかの様に答えた

だが、信乃にはまったくわからなかったらしく

 

「・・・・・・んだよ、荘まで・・・」

 

と、ぼやくと 信乃はぎゅっと真夜の手を握りしめ

 

「俺は、あいつや荘介みたいに冷たくないから、真夜。 お前がいつも俺にしてくれたみたいに、今度は俺がこうして手を握っておいてやるから――――」

 

「信乃・・・・・・」

 

幼い頃、身体の弱かった信乃は、よく熱を出して寝込む事が多かった

そんなとき、いつも真夜が信乃の手を握って傍に居てくれたのだ

 

そんな時、荘介はいつも見ている事しか出来なかった

そして、今も――――――・・・・・・

 

見ていることしか出来ない歯痒さ

夜刀の先ほどの行動はそれ故なのは、明白だった

 

きっと、本当は一番 傍に居たかったはずだ

 

だが、“今” それは自分の役目ではないと判断したのだろう

しかし、見ているだけというのも苦しいものなのだ

 

それ故に彼は、席を外した

荘介がいつも感じていたものと、同じだった

 

だが、信乃はその事は知らない

それが、とても歯痒かった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

陽はいつの間にか沈み、夜の帳が降りていた

 

信乃は、眠いのか

目を擦りながら、うとうととしていた

 

見兼ねた荘介が、信乃の頭を撫でた

 

「信乃。 代わりますから、少し休んでください」

 

荘介がそう言うも、信乃は小さくかぶりを振り

 

「やだ・・・・・・真夜が、起きる、まで・・・・・・そば、に――――・・・・・・」

 

そこまで言いかけたが限界だったのか、信乃がそのまま真夜の寝ているベッドに突っ伏すと、そのまま眠ってしまった

 

疲れが出たのだろう

今日は、朝から色々あったから

 

だが、信乃は眠ったままでも真夜の手を離さなかった

荘介は小さく息を吐くと、そっと、信乃に毛布をかけた

 

それから、眠る二人を見て

 

「・・・・・・俺だって、心配しているんですよ・・・・・・・・信乃」

 

ぽつりとそう呟いたが、その声が信乃の耳に聞こえる事はなかった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ****    ****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――― 笙月院・地下牢

 

 

ちゃり・・・・・・

微かにある意識が、鎖の音で覚醒する

 

ぴちゃ――――ん と、腕から滴る血が落ちる音が地下牢に響き渡る

格子の窓を見ると、もう日は暮れていた

 

こうして、ここに繋がれて何日目か・・・・・・

 

水一滴すら与えられず、飢えだけが唯一の感情だった

もし、このままここにいれば“死ぬ”事が出来るのだろうか・・・・・・

 

あの日―――――

あの夜の日―――――――

 

彼女の亡骸を見てから、何度も死のうとした

でも

 

死ねなかった

この身体は、“死ぬ”事すら、許されなかった

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

俺は・・・・・・どうしてしまったんだ・・・・・・・

どうして、“死ぬ”事すら出来ないんだ・・・・・・

 

何度考えても、答えなど見つからなかった

 

でも――――――・・・・・・

 

このまま、ここで朽ちるのならば

それでもいい

 

それで“お前”にまた会えるなら―――――

 

ゆっくりと瞳を閉じると、脳裏に浮かぶ

“彼女”が、自分の名を呼んでくれる

 

その美しい金にも似た琥珀の瞳を細め、笑う

そして、その唇で紡ぐのだ

 

 

 

 

『・・・・・現八さん――――』

 

 

 

 

 

俺を呼んでくれ

 

その声で、その唇で

俺の名を―――――――・・・・・・

 

お前の元に逝きたい

お前にもう一度逢う事が叶うならば―――――

 

おれ、は―――――・・・・・・

 

 

――――その時だった

 

 

 

 

 

ちり――――――ん

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・?」

 

何処からともなく、鈴の音が聴こえてきた気がした

ゆっくりと顔を上げた瞬間、大きく目を見開いた

 

「・・・・・・・・・・・っ」

 

そこにいたのは

 

会いたくて、会いたくてやまなかった

死んだはずの、自分が愛した“沼蘭”だった―――――・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちくしょう!! あの坊主め・・・・・・っ!」

 

小文吾が、だんっと拳を握りしめて机を叩いた

 

小文吾の乳兄弟であり、義兄あにでもある現八がいなくなって

もう、一週間経とうとしていた

 

笙月院に何度掛け合っても、やつらは現八を解放しなかった

 

くそ・・・・・・

どうすれば・・・・・・

どうすればいいんだ、姉貴・・・・・・っ

 

亡き姉の――――沼蘭の写真を見る

 

その時だった

すっと、障子戸が開いた

 

はっとして顔を上げると、父である文吾兵衛の姿があった

 

「親父・・・・・・」

 

小文吾がぽつりとつぶやく

文吾兵衛は、小さくかぶりを振ると、小文吾が見ていた写真を見た

 

その写真には、沼蘭と――――もう一人

その横には、現八の姿があった

 

幸せそうに笑う二人の姿が―――――・・・・・・

 

「・・・・・・沼蘭も、さぞ心配しているだろうな・・・・・・あの子は、現八を深く慕っておったから・・・・・・」

 

文吾兵衛の言葉に、小文吾がぐっと拳を握りしめる

 

「・・・・・・姉貴だったら、こんな事許すはずねえだろっ」

 

行き場のない怒りがこみ上げてくる

見兼ねた文吾兵衛が、小文吾を見て小さく息を吐いた

 

「焦る気持ちも分かるが・・・・・・笙月院の事はもう少し待て。 まともにぶつかって聞き入れてくれるような相手ではない。 儂も方々にあたっておる」

 

文吾兵衛の言う事はわかる

だが、頭で理解しても感情が付いてこなかった

 

「ああ・・・・・・」

 

ただ、そう力なく返すしか小文吾には出来なかった

 

ぐっと、握っていた拳に力が入る

 

そんな簡単に死なねぇよな・・・・・・現八・・・・・・・・

俺達は、あの“北部戦線”からも、生きて帰ってきたんだから―――――・・・・・・

 

――――その時だった

 

 

 

 

 

ちり――――――ん

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・?」

 

何処からともなく、鈴の音が聴こえてきた気がした

小文吾がゆっくりと顔を上げる

 

瞬間、そこにいた“それ”を見た瞬間、大き目を見開いた

そこにいたのは

 

 

「あ、ねき・・・・・・?」

 

 

死んだはずの、沼蘭だった―――――・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   ****    ****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

荘介が水差しを持って部屋に戻ってくる

ベッドサイドにおいて、真夜と信乃を見た

 

二人とも目を覚ます気配はない

見ると、信乃にかけていた毛布が半分はだけていた

 

荘介は溜息を洩らすと、そっと毛布を掛け直した

と、その時だった

 

 

 

「・・・・・・げ、ん・・・・・・さ・・・・・」

 

 

 

「真夜?」

 

真夜が何かを呟いたような気がした

はっとして、真夜を見る

が、やはり、真夜の瞳は閉じたままだった

 

だが・・・・・・

 

気のせいか、先ほどよりも顔色が悪くなっている気がする

いや、蒼白くなっているというべきか

生気を感じなかった

 

「・・・・・・・・・・・・っ」

 

嫌な考えが浮かぶ

荘介は慌てて真夜の脈を診た

 

微かだが、まだ脈打っているが・・・・・・

明らかに、弱かった

 

夜刀は医者は意味はないといっていた

だが、これは―――――――・・・・・・

 

荘介が、慌てて医者を呼ぼうと、部屋を出ようとした時だった

 

突然、ばんっとテラスへ続く大窓が開いた

瞬間、ひゅおっと風が入ってくる

 

なんだ?

 

カーテンがぱたぱたと音を立てる

 

「荘介、医者は無駄だと聞いただろう」

 

そこにいた人物は、静かにそう言いながら部屋に入ってきた

美しい金の髪に、灰青の瞳の男だった

 

確か、この人は・・・・・・

 

脳裏に浮かぶのは、今朝の駅での出来事

自分たちを迎えに来たという

名は確か・・・・・・

 

荘介が、唖然としているとその男は一度だけ荘介を見た後、そのまま真夜の眠るベッドに近づいた

 

「里見さん!!!」

 

荘介が慌てて、駆け寄ってくる

だが、里見――――里見莉芳は気にした様子もなく、そのままベッドに座ると真夜の漆黒の艶やかな美しい髪をひとすくい手に取った

 

「・・・・・・注意はしていたんだがな・・・」

 

「注意?」

 

莉芳が何のことを言っているのかよく分からず、荘介がいぶかしげに顔を顰めた

すると、莉芳はふっと微かに笑みを浮かべたかと思うと、そっと真夜の頬に触れた

 

「・・・・・・まったく、無茶をするなとあれほどいつも言い聞かせているのに。 困ったものだな。 ――――そうは思わないか? 荘介」

 

莉芳の言わんとする事が分からず、荘介が「え・・・・・・?」と返すと

莉芳は小さく息を吐き

 

「今、真夜の“魂”とでもいうべきか、それはここにはない」

 

「あの・・・・・・それはどういう・・・・・・」

 

「昼間に何あったかは知らぬが・・・・・・気になる事でもあったのだろう」

 

「昼間・・・・・・?」

 

そういえば、真夜と信乃は見知らぬ男性と一緒にいた

それが何か関係があるのだろうか・・・・・・

 

考え込む荘介を見て、莉芳は何かに気付いたのか

また、小さく息を吐いた

 

そして、すっと真夜の頬に触れる

 

「真夜・・・・・・」

 

ゆっくりとした動作で、真夜の顔に自身の顔を近づける

 

「・・・・・・私の許可なく、無駄に力を行使することは、許さん」

 

そして、そのままゆっくりと自身の唇を、真夜のそれに重ねた

静かに、ゆっくりとした動作で、莉芳が真夜に深く口づける

 

・・・・・・え?

 

それを見ていた荘介は一瞬硬直していたかもしれない

それとも、事態に頭が追い付いていなかったのかもしれない

 

ふと、莉芳の銀色の瞳が荘介を見た

そして

 

 

 

 

「今から、真夜を抱く。 信乃を連れて別室に行っていろ。 終わったら呼ぶ」

 

 

 

 

「は・・・・・・?」

 

今、なんと???

荘介が ぽかーんと間抜けに見える様な顔をして莉芳を見た

今、この男は何と言ったか・・・・・・

 

啞然としている、荘介に莉芳が小さく息を吐く

 

「何度も言わせるな。 邪魔だ――――この子供を連れて移動しろ」

 

そう言って、莉芳が自身の首元の留め金を外した

そして、真夜の髪に自身の手を絡める

 

「それとも――――――」

 

その髪に口づけを落としながら

 

「――――見ていたいのか? 私が真夜を抱くのを」

 

そう言う莉芳の瞳は怪しく光っていた

荘介は、慌てて首を振ると、信乃を抱えて後退った

 

「あ、あの・・・・・・」

 

「なんだ?」

 

 

 

“貴方と真夜は恋仲なのですか?”

 

 

 

途中まで出かかった言葉を飲み込むと

荘介は、慌てて部屋から出ていったのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれ・・・・・・?

なんか、ラストの方こんなことにwww

さて、次回はどうなるかな~~(*´艸`*)

※これは、現八夢です

 

2021.05.03