◆ 犬飼現八夢「甘さ控えめ?」
真夜はキッチンで目の前に並べられた材料を見て、考え込んでいた
明日は、2月14日
西洋から渡来した風習で「バレンタイン」なるものが帝都ではここ数年流行っていた
元々は、ローマ帝国の時代 2月14日に処刑された、司祭ウァレンティヌスを祭る日だったらしい
その司祭というのが、なんでも皇帝の命じた「結婚禁止令」に背き若者たちの「結婚式」を内緒でとり行っていたらしく、皇帝の命に従わなかった司祭ウァレンティヌスは処刑されてしまったのだという
故に、司祭ウァレンティヌスは「聖バレンタイン」という聖人として、広く知られるようになったらしい
では、なぜそれが今の形のなったのか・・・・・・
最初は、ウァレンティヌスが処刑された毎年2月14日は、ローマの国民がお祈りをする日だったらしい
しかし、14世紀頃からは「バレンタインデー」として、恋愛に結びつけられるイベントがスタートしたというのだ
正直、何故!? という疑問しかない
しかも、海外では基本 男性が女性に贈る側で定着しているのが殆どなのに
帝都では何故か、女性が好きな男性にチョコレートを贈る日になっていた
一応、お世話になった人に渡す「義理チョコレート」なるものも存在するらしいが・・・・・・
そこまで考えて、真夜は小さく溜息を洩らした
「とりあえず、毎年渡していた夜刀と、莉芳と、要様、フェネガン枢機卿様 後は――――・・・・・・」
そうだ、今年からは信乃と荘介もいた
それに、古那屋の小文吾と―――――現八
一瞬、彼の事を考えた瞬間、少しだけ頬が熱くなった
が、真夜はちいさくかぶりを振ると
「義理だし、深い意味はないわ」
そうだ
お世話になったからその「お礼」に渡すだけだ
他の理由などない
後は・・・・・・
莉芳と要とフェネガンは個別に用意しなくてはいけない
何故かは知らないが、この3人は毎年口を揃えて――――
「私へのこれは、他の者への品とは違うだろうな」
きた・・・・・・
何故張り合うのか分からないが、この3人は他と同じだと機嫌を損ねるのだ
真夜はにっこりと微笑みながら
「莉芳にはいつもお世話になっていますから、今年はこちらを」
そう言って、莉芳にラッピングしたチョコシフォンケーキを渡した
「紅茶に合うと思うので、一緒に召しあがってください」
真夜の言葉に、莉芳が微かにその口元に笑みを浮かべて
「ああ―――頂くとしよう」
そう言って、真夜の渡した箱を傍に置いたまま仕事を再開し始めた
思わず真夜が「仕舞ってください」と言いたくなるのをぐっと堪える
その時だった
ふと、莉芳が「真夜」と名を呼んだ
「・・・・・・・・・? 何か――――」
「ありました?」と問うよりも前にぐいっと腕を引っ張られたかと思うと、そのまま莉芳の手に抱き寄せられた
「・・・・・・莉芳?」
突然の事に、一瞬真夜が動揺する
が、莉芳はお構いないしにそっと彼女に耳元に唇を寄せると
「――――今日は早めに帰ってこい」
「え?」
「何故――――」と問う前に、莉芳に顎をぐいっと持ち上げられたかと思うとそのまま口付けされた
「・・・・・・っ、り、お――――・・・・・・っ」
突然の口付けに、真夜の肩が微かに揺れる
「今夜、一緒に食事をしよう。 待っている」
それだけ言うと、すっと莉芳が真夜を解放した
「・・・・・・もう」
顔が微かに熱い
莉芳は普段は何もないのに、唐突にこういう事を突然するから困る
「・・・・・・遅くなるかもしれませんよ?」
「出来るだけ、早めに帰って来い」
遅くなると言っているのに、早く帰ってこいなど
言っている事がまったく通じていない
それも、いつもの事だった
真夜は小さく息を吐くと「努力はします」と言って部屋を後にしたのだった
それから――――
要にはガトーショコラ
フェネガンにはフォンダンショコラ
信乃と荘介、そして浜路やあやねには、簡単に食べられるマカロン・ショコラを渡した
そして・・・・・・
―――――旧市街・古那屋
「あらぁ、真夜さんじゃないの!!」
最初に出迎えてくれたのは、この古那屋の女将であり、小文吾の母でもある小夜子だった
小夜子は、真夜を見るなり、「うふふふ」と笑いながら
「現八さんなら、今はまだ仕事中だと思うの。 今夜はきっとこっちには来ないわよ」
何故、現八限定の話なのか・・・・・・
現八は、この帝都の第二区四班憲兵隊隊長でもあり、帝都中の女性の憧れの的でもあった
今頃、巡察中に帝都の女性陣に囲まれている事だろう
「あ、えっと・・・・・・これを皆様にお渡ししようかと思いまして――――」
そう言って、真夜が小夜子に渡したのは袋詰めにしたチョコクッキーだった
「いつも、信乃がたいっっっっへんお世話になっているので、こんなもので申し訳ないのですが――――」
真夜が申し訳なさそうにそう言うと、小夜子は「あらあら」と声を上げて
「そんな、気を使わなくていいのに~。 信乃さんがくると皆が明るくなるのよ。 だから、全然気にしないで!」
「・・・・・・そう言って頂けると、少し気が楽になりました。 いつも、いつか何か問題を起こすんじゃないかとはらはらして――――」
「ああ、それはもう! 大体、荘介さんか、小文吾がるから大丈夫よ」
それは、問題は起きるが対処可能という事だろうか・・・・・・?
なんか、本当にすみませんとしか言えなかった
小夜子に礼を言って古那屋を出る
「後は・・・・・・」
持っていた包みを確認する
残っているのは、現八用に作った赤ワインを使ったチーズケーキだった
信乃や要やフェネガンは甘党なので、甘めに作ったが・・・・・・
きっと、なんとなく現八は甘党な気がしなかったので、こちらにしたのだが
「お口に合うかしら・・・・・・」
少し、不安だった
帝都の憲兵隊駐屯所で待っていれば、きっと会えるだろうが
それはそれで迷惑になるだろう
それに――――・・・・・・
同じ様に、駐屯所で待っている女性達は多そうだった
その中の一人にされるのは、少し嫌だった
かといって仕事中に邪魔はしたくない
そうなると、彼に確実に会える場所は一か所しかなかった
**** ****
―――――夕刻
現八は疲れた顔で、駐屯所に戻って来た
彼の乗る愛馬・春雷には沢山に荷物が乗っていた
巡察中に、女性陣に囲まれ否応が無しに渡されたバレンタインのチョコの山だった
最初は断っていたが、囲まれ過ぎて身動きが取れなくなってしまったのだ
春雷から降りると、裏口から中へと入る
すると同僚がからかう様に
「相変わらず、隊長殿はモテて大変だな!」
そう言って、面白そうにばんっと現八の背を叩く
が、現八は、諦めにも似た重い溜息を付いた
「なんだ? こんなに貰ってまだ不満なのか?」
「いや、そういう意味じゃなくて――――」
と、現八が言いかけた時だった
同僚がぴんっと来たのか
「ああ、例の真夜ちゃん、だっけ? 彼女いなかったんだ?」
同僚のその言葉に、現八の肩がぴくっと揺れる
どんなに女性に好意を寄せられても、真夜以外からは嬉しくもなんともなんかった
正直に言えば、仕事に支障が出るので勤務中は止めて欲しいぐらいだ
「でも、俺からしたら羨ましいで~~~俺なんて義理の1つだけだぞ?」
そう言って、見せたのはここの事務の女性が皆に配っていたものだった
「欲しければくれてやる」
そう言って、持ってきたチョコの山を同僚に押し付ける
「お、おい!」
「俺には必要ないからな」
それだけ言うと、現八はさっさと裏口から屋敷に戻る事にした
表口は女性達で溢れていて、また足止めをくらいそうだったからだ
「真夜・・・・・・」
彼女はもしかしたら、俺にはさして興味を持っていないのかもしれない
そんな弱気な考えさえ浮かぶ
そんな事を考えながら犬飼の屋敷に入った所で執事の牧田が待っていた
「お帰りなさいませ、現八様」
そう言って、牧田がにっこりと微笑む
「ああ、ただいま。 変わった事はなかったか?」
帽子を渡しながら着替えつつ、いつもの会話をする
すると、牧田がにっこりと微笑み
「現八様に、お客様がお見えになっております」
「客? こんな時間にか?」
時計を、見ればもう20時を回っていた
一体だれが――――
そう思った時だった
「夜刀神真夜様で―――――「それを先に言え!!!」
牧田が言い終わる間もなく、現八が部屋から飛び出した
そんな現八の様子に、牧田はハンカチで涙を拭いながら
「現八様・・・・・・沼蘭さまを亡くされた時は、この牧田ずっと生きた心地がしませんでしたが・・・・・・やっと、運命の相手に巡り逢えたのですね、――――ふぁいとですぞ!!」
と言っていたのは、言うまでもない
――――一方
犬飼の屋敷に来たものの、現八はやはり帰っておらず留守だった
執事の牧田氏に預けて帰ろうとした所、何故か客間に通された
それから約、2時間・・・・・・
莉芳には早く帰ってくるように言われていたが・・・・・・どう考えても無理そうである
現八も帰って来ない
もしかしたら、今日は帰って来ないかもしれない
時間も時間だ
これ以上お邪魔しておくのも迷惑になる
そう思って、真夜はテーブルの上に渡すつもりだった赤ワイン入りのチーズケーキの入った箱を置くと、席を立とうとした時だった
突然、廊下の方か誰かが走るような音が聞こえてきた
「・・・・・・・・・・・・?」
真夜が首を傾げつつ、客間の戸を開けようした時だった
突然、すぱ――――ん! と、戸が開いたかと思うと――――
「――――真夜!!!」
「え? きゃっ・・・・・・っ」
突然現れた現八に真夜がびくっとした
瞬間、真夜の足がもつれて倒れそうになる
「――――っ」
今から来るであろう衝撃に耐える様に真夜がぎゅっと目をつぶった
・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
あ、れ・・・・・・?
来ると思っていた衝撃が来ない
恐る恐る目を開けると、目の前に現八の顔があった
正確には現八に抱き止められていた
「・・・・・・・・・っ」
予想だにしていなかったこの状況に、驚いたのは外でもない真夜だ
顔が一気に真っ赤に染まる
「あ、ああ、あの・・・・・・っ」
どうしていいのか分からず、真夜が混乱する
だが、現八の方は真夜が無事な事にほっとしたのか、ぎゅっとその抱きしめる手に力を籠めた
「・・・・・・真夜、無事でよかった」
そう言われて、自分が倒れ込みそうになっていた事を思い出す
「あ・・・・・・その、ありがとう、ございま、した・・・・」
何とか、お礼の言葉を絞り出したが――――
現八はその手を放そうとしなかった
「あの・・・・・・? 現八さん・・・・・・?」
真夜がそう声を掛けると、現八がはっとして慌て顔を上げた
「すまん、お前がいる事が嬉しくて、つい―――――」
そこまで言った瞬間、真夜の綺麗な金にも似た琥珀色の瞳と目があった
「・・・・・・真夜・・・」
不意に現八が真夜の名を呼んだかと思うと、そのままそっと彼女の頬に触れた
一瞬、ぴくっと真夜の身体が反応する
「あ、の・・・・・・」
たまらず真夜が言葉を発しようとしたが――――
まるでそれを遮るかの様にぐっと腰をかき抱かれると、そのまま口付けが降ってきた
「・・・ぁ・・・・・・、げんぱ、ち、さ・・・・・・」
「・・・・・・嫌なら言ってくれ。 お前の嫌がる事はしたくない」
嫌・・・・・・?
わた、し、は――――
この方の望みを叶えてあげたい――――
そんな想いが真夜の中に微かに生まれ始めていた
二度、三度と繰り返される口付け
重ねるごとに、徐々に熱を帯びたものへと変わっていく
「ンン・・・・・・っ、ぁ・・・・は、ぁ・・・・・・」
たまらず、真夜が現八の着物を握りしめる
それで気分をよくしたのか、現八が更に深く口付けてきた
舌と舌が絡まり、真夜がぴくっと肩を揺らすと、現八が彼女の頭をぐっと押し上げた
「真夜――――」
甘く名を呼ばれ、真夜の顔がどんどん熱を帯びていく
「ふ、ぁ・・・・・・ん、ンン・・・・・・っ、げん――――」
徐々に激しくなってく口付けに真夜が耐えられなかったのか、がくっと倒れる様に膝を折った
「――――っ」
しかし、寸前の所で現八の手が真夜の身体を支えた
「あ・・・・・・、すみま、せ・・・・」
何とか真夜がそう言葉を絞り出すと、現八が嬉しそうに笑いながら
「いや、謝る必要はない。 むしろ、そんなに感じてくれてたのが少々その・・・・・・嬉しいと思ってしまうのだ」
「な、なな、何を――――」
「なぁ、真夜・・・・・・今夜は俺の傍にいてくれないか?」
「え・・・・・・?」
突然の現八の言葉に、真夜がその金にも似た琥珀の瞳を大きく見開く
「あ、の・・・・・・それは、どういう・・・・・・」
「お前をもっと近くで感じたい」
「・・・・・・・・・・・っ」
言葉の意味を理解したのか、真夜がかぁっとその顔を赤く染める
本当ならば、四獣神家の屋敷で莉芳が待っている
けれど
「その、わたし、は・・・・・・」
「否定しないって事は肯定と取るがいいか?」
「そ、それは・・・・・・」
現八が期待に満ちた目でこちらを見ている
ただでさえ、彼の碧みがかった瞳に弱いのに、そんな風にお願いされたら――――断れない
「もう、現八さんのいじわる・・・・・・」
観念したのか、真夜がむぅっと頬を軽く膨らませて現八を睨らんだ
だが、それは逆効果というもので
「そんな顔されたら、ますます帰したくなくなるな」
そう言って笑ったのだった
バレンタインの話です
正直・・・・・・誰か甘党か~とかは、あくまでも私の予想ですので、あしからず
2023.02.12