Reine weiße Blumen

      -Schneeglöckchen-

 

 

 八乙女楽 「穏やかな時間」

 

 

「楽さん・・・・・・いえ、八乙女さん。 今までありがとうございました。 私――――」

 

あやねがにっこりと微笑む

だがその口から発せられた言葉は残酷なものだった

 

「実は・・・・・・九条さんとお付き合いする事になったのです」

 

そう言って、あやねが手を伸ばした先には同じ“TRIGGER”のセンターを務める九条天がいた

 

「え・・・・・・?」

 

一瞬、楽が反応に遅れる

すると、天がそっとあやねの肩に手をかけ

 

「ごめんね、楽。 そういう事だから――――彼女の事は諦めて貰えるかな?」

 

「は・・・・・・? いや、ちょっ・・・・・・」

 

「楽さんには、彼女のような方が似合うと思います」

 

そう言ってあやねが目線を送った先には―――――

 

「楽様ぁ~~~~~」

 

あの・・、最近無駄に絡んでくる「高嶺陽子」という、女が――――・・・・・・

 

う、う・・・・・・

 

 

 

うそだあああああああああ!!!

 

 

 

 

 

「――――はっ!!」

 

ジリリリリリリ・・・・・・という、目覚ましの音で楽がはっと目を覚ます

慌てて起き上がると、周りを見た

 

そこは、楽のマンションの一室だった

 

「ゆ、め・・・・・・?」

 

あやねが天を選んだことも

あの女を推された事も、全部――――

 

「はぁ~~~~~~」

 

と、楽が頭を抱えてうずくまる

 

なんという、夢だ

いや、“悪夢”というべきか・・・・・・

 

「・・・・・・勘弁してくれ」

 

冗談や夢でも、質が悪い

1万歩・・・・・・いや、1億歩譲ってあやねが天を選ぶなら仕方ない

だが!

 

あの「高嶺陽子」だけはない!!!

絶対に、ありえない!!

 

ただでさえ「高嶺家」という、面倒な家のせいで

手厳しく、するのも憚られるのに・・・・・・

 

「なんなんだ・・・・・・一体」

 

そういいながら、前髪をぐしゃっとかき上げた

 

そもそも、今まで全く絡んでこなかったのに

楽が映画の撮影で、聖・マリアナ音楽学院に行くとになって、あやねに逢った後からだろうか・・・・・・

ここ最近直ぐにあの「高嶺陽子」が家の力で一般人が入れない境界線を越えて絡んできていた

 

正直、うっとおしくて仕方がない

しかも面倒な事に、その「高嶺家」が映画のスポンサーに割り込んできそうという話だ

その上、未だ決まっていないヒロイン役に「高嶺陽子」へと圧力がかかっているのだという

 

冗談ではなかった

 

たとえ演技だとしても、あの女だけとは関わり合いになりたくなかった

 

それに――――

 

ヒロインの“ましろ”役は、元々あるイメージを重視したキャラクターだ

監督が上げていたのは“儚げ”・“繊細”・“白い花の音”

それが“ましろ”だと言っていた

 

それを権力に負けてあの「高嶺陽子」にされてしまったら、もう映画自体終わりも同然だ

 

もし、自分が“TRIGGER”の“八乙女楽”でなければ、即刻ばっさりと引導を渡してやれるのに――――・・・・・・

現実はそうもいかなかった

 

「あやね・・・・・・」

 

逢いたい・・・・・・

彼女に最後に逢ったのはいつだっただろうか・・・・・・

 

彼女の――――あやねの声が聞きたい 音が聞きたい

彼女のあの声で名を呼んで欲しい

 

ずっと、練習室からもピアノの音が聞こえてこない

 

休んでいるのだろうか・・・・・・?

 

そんな風に思いながら、楽はベッドから起き上がった

よく考えれば、今日の午前中はオフだった

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

行ってみるか?

もしかしたら、門前払いを食らうかもしれない

 

でも――――・・・・・・

 

何もしないで、いるよりも

彼女に逢えるかもしれない可能性を信じてみようという気になった

 

 

 

 

 

 

 

   ****    ****

 

 

 

 

 

 

 

 

――――白閖邸・門

 

 

改めてみると、大きな家だった

いやもう、家というレベルではなく「屋敷」と言った方がいいだろう

 

楽は一応、変装用に眼鏡をかけてきた

幸い、白閖邸は都内の一等地にあり、周りは静かだった

 

門の前に着くと、チャイムを鳴らす

数秒もしない内にインターフォンのマイクから声が聞こえてきた

 

『――――ご用件をどうぞ』

 

それは聞き覚えのある男の声だった

そう――――確か白閖のハウス・スチュワードの穂波と言ったか・・・・・・

 

「あ、えっと・・・・・・」

 

用件と言われると、少し困ったが・・・・・・

ここで躊躇するなら、今ここにきていない

 

「――――あやねさんは、御在宅ですか?」

 

そう訊ねると、おそらく見えない所に設置してある監視カメラで確認したのだろう

 

『――――八乙女様ですね。 あやねお嬢様がお会いになるそうです』

 

それだけ聞こえたと思った瞬間、目の前の巨大な門が自動的に開いた

 

『どうぞ、中へお進みください』

 

「あ、ありがとうございます」

 

そう返すと、楽はそのまま門の中へと足を進めた

 

 

 

 

 

 

屋敷の入り口まで来ると、あの穂波という男が待っていた

楽を見るなり、深く頭を下げる

 

「ようこそいらっしゃいました、八乙女様。 あやねお嬢様は、二階のテラスでお待ちです。 ご案内致します」

 

言われて、楽が小さく頭を下げる

 

屋敷に中に入るのはこれで2度目だろうか

いつ見ても凄い屋敷だった

 

入り口から中に入ると巨大なシャンデリアがあり、高級そうな調度品が並んでいる

それなのに、品があり卑しさを感じさせない

 

「――――こちらです」

 

そのまま穂波に案内されるままに、二階の一室に通された

部屋の中に入ると、大きなグランドピアノが目に入った

室内の調度品も装飾も、とても心が落ち着くものだった

 

その奥の方に、白いカーテンが揺れていた

 

「あやねお嬢様、八乙女様をお連れしました」

 

そう言って、穂波がカーテンの手前でそう声を掛ける

すると、かたん・・・・・・っと、小さな音が聞こえたかと思うと、その奥からあやねが姿を現した

 

「・・・・・・・・・・・・っ」

 

思わず、楽が息を呑む

白いワンピースを着たあやねは、まるで映画から出てきた“ましろ”の様だったからだ

 

そう思われているとは露とも思っていないのか、あやねは柔らかく微笑むと

 

「楽さん、いらっしゃいませ」

 

そう言って、楽を歓迎してくれた

その事に、楽が心の中でほっとする

 

「ああ、一応これ持ってきたんだが――――」

 

そう言って、手土産に持ってきた箱を差し出す

それを見たあやねが、少しだけ驚いた様にその海色の瞳を一度だけ瞬かせると

 

「ご丁寧に、ありがとうございます。 ――――穂波、お願い」

 

そう言うと、穂波がその箱を受け取るとそのまま下がって行った

穂波が一度部屋を出たのを確認した後、あやねがすっとテラスの席を勧めてきた

 

「どうぞ、お掛けになってください」

 

そう言って、あやねがにっこりと微笑む

 

数分もしない内にメイドの1人がティーセットを持ってやって来た

そして、あやねと楽にそれぞれ紅茶を注いでいく

中央に置かれたケーキスタンドには、楽の持ってきたケーキも置かれていた

 

確か・・・・・・この手のってマナーあったよな?

と、うろ覚えの記憶を必死に呼び覚ます

 

それに気づいたのか、あやねがくすっと笑いながら

 

「マナーはお気になさらなくても大丈夫ですよ。 お好きな物から召し上がってください」

 

そう言って、紅茶を一口、口付けた

それから、ソーサーを置きながら

 

「それで、本日はどうされたのですか?」

 

「あ、ああ・・・・・・その――――」

 

まさか、夢見が悪かったからなどとは言えず、楽がしどろもどろになる

その様子にあやねが、ちょこんと小首を傾げた

 

「楽さん?」

 

「・・・・・・・・・・・・っ」

 

その様子があまりにも可愛くて、悶えそうになる

 

「あ~ほら、最近学院に来てない様だったから。 何かあったのかと思ってさ。 それに――――」

 

「それに・・・・・・?」

 

「その・・・・・・あやねに、逢いたかったんだ――――」

 

そう言い切ると、あやねが息を呑むのが分かった

 

「あ・・・・・・そ、そう、で、すか・・・・・・」

 

瞬間、あやねがかぁっと頬を赤くして、たどたどしく返事をしてきた

あやねがそんな顔をするものだから、楽もなんだか恥ずかしくなってきて、お互いに無言になってしまった

 

 

どのくらい、そうしていただろうか

ほんの数秒だったかもしれない

しかし、楽には酷く長く感じた

 

ふと、あやねの方を見ると、顔を赤くしたまま ぐるぐるとカップの中の紅茶を混ぜていた

 

「あやね、そんなに混ぜたら中の紅茶が――――」

 

「飛ぶ」と言おうとした時だった

 

「・・・・・・熱っ」

 

かちゃんっという音と共に紅茶が弾かれて、手に飛んだらしい

 

「あやね!」

 

慌てて楽が立ち上がると、あやねの方に駆け寄った

 

「手、見せてみろ!!」

 

「え、あ、あの・・・・・・っ」

 

有無を言わさず、あやねの手を引っ張る

見ると、紅茶が掛かった所は少し赤くなっていた

 

「なにか、冷やす物を――――」

 

そう言って、周りを見回すが手を洗うフィンガーボウルしかない

中身はミネラルウォーターではなく、レモン水などが多い筈だった

 

かといって、他に変わりがない

 

「ちょっと、悪い」

 

そう断ると、楽は持っていたハンカチをフィンガーボウルで水気に浸すと、水気を絞る

そして、そのハンカチをあやねの手に当てた

 

冷たかったのか、一瞬あやねがぴくっと肩を震わせた

 

「少し、我慢してくれ。 こういうのは、早めに冷やさないと痕になったりするから――――」

 

「そんな、大げさな・・・・・・」

 

「大げさなもんか! 万が一にもあやねの身体に傷が残ったら、俺が―――――」

 

「え・・・・・・?」

 

そこまで言いかけて、楽がはっとする

 

「あ、ああ、いや・・・・・・なんでもない」

 

俺は何を言おうとしているんだ!!

 

思わず「責任とって――――」と言いそうになって、慌てて言葉を飲んだ

煩悩を祓うかの様に首を横に振ると

 

「と、とりあえず、これ持って冷やして――――」

 

そう言って、手を放そうとした時だった

 

「あ、あの・・・・・・っ、その・・・・・・」

 

ふいに、あやねがかぁっと顔を少し赤くしながら

 

「その・・・・・・楽さんさえ、お嫌・・・でければ――――その、ままで・・・・・・」

 

それはつまり――――

あやねの手を握ったままでいて欲しいという事に他ならない

 

「・・・・・・・・・・・・っ」

 

思わず、楽が息を呑んだ

知らず、顔が熱を帯びていくのが分かる

 

お、おお、落ち着け、八乙女楽!!

きっと、あやねに他意はないんだ・・・・・・っ!!

 

そうだ、握っていてほしいから――――なんてそんな、事ある筈がない

 

そう自分に言い聞かせて、平静を装いながら

 

「あ、ああ――――あやねが、それでいいなら・・・・・・」

 

そう言って、ぎゅっとあやねの手を両手で包み込む様に握った

それが心地よかったのか・・・・・・

あやねの表情が穏やかになっていく――――・・・・・・

 

その時だった

ふわっと、心地の良い風が吹いた

 

さぁっ・・・・・・と、レースのカーテンが揺れる

彼女のキャラメルブロンドの髪もさらさらと揺れていた

 

その姿が余りにも“綺麗”過ぎて、一瞬息が止まった

 

「あやね・・・・・・」

 

「え?」

 

今思えば、何故そう思ったのか――――

 

そっと、楽の手があやねの頬に触れる

ひんやりとした感触に、あやねが静かに目を閉じ

 

「気持ちいい―――――」

 

と、呟いた

そんな彼女を見ていたら、なんだか――――

 

「あやね――――、キス、してもいいか?」

 

何故か、今のあやねに無性にキスしたくなった

一瞬、あやねがその大きな海色の瞳を瞬かせた

 

「え、あ・・・あ、の・・・・・・」

 

彼女のその頬が俄かに桜色に染まる

楽はそっと、彼女の頬に触れていた手を動かすと、その唇に手を添えた

 

「嫌ならしない。 お前の嫌がる事はしたくないから――――」

 

「わ、わたし、は・・・・・・」

 

そっと顔を近づける

 

「否定しないなら、肯定と取るが――――いいか?」

 

「あ・・・・・・」

 

そのまま、ゆっくりとあやねの唇に楽のそれが重なる

 

「ん・・・・・・」

 

一瞬

触れただけの口付け――――

 

「あ・・・・・・」

 

そっと離された唇に、あやねが少し名残惜しそうにその海色の瞳を細める

もっと、していて欲しかった

そう言う風に言われている気がして、楽は再びあやねにその唇を重ねた

 

「ん・・・・・・っ、ぁ・・・、が、くさ・・・・・・」

 

あやねがぴくんっと肩を震わす

彼女に名を呼ばれて、どんどん抑えが効かなくなってきそうになる

 

ぱさりと、彼女の手に添えていたハンカチが落ちた

 

もっと、彼女に触れたい

もっと、名を呼んで欲しい

 

そんな欲望がどんどん、湧きあがってくる

 

「あやね――――」

 

甘く名を呼ぶと、あやねがぴくんっと身体を震わせた

 

二度、三度と、徐々に角度を変えて口付けする

その度に、彼女の愛らしい声が漏れた

 

「ふ・・・・っ、ぁ・・・がく、さ、ん・・・・・・」

 

あやねがたまらず、楽のシャツを掴む

 

ずっと彼女に触れていたい――――

そんな欲望が、楽の中を支配していく

 

楽があやねの身体を抱き寄せた

彼女の華奢な身体が、すっぽり楽の腕の中に納まる

少し力を入れたら壊れてしまいそうな程の細い腰を更に抱き寄せると、強く抱きしめた

 

すると、あやねがぎこちない動作で ぎゅっと楽の背中に手を回して応えてくれた

 

ああ、やばい、俺・・・・・

もう、死んでもいいかもしれない――――

 

などど、思ってしまう程、あやねへの愛おしい気持ちがどんどん大きくなっていく

 

暫くして、楽があやねの身体を解放して、あやねの顔を見ると

彼女は頬を朱色の染め、少し蕩けた表情で楽を見上げていた

 

そんなあやねを見て、楽がふっと微笑む

 

そして、もう一度だけ軽くキスをしてから、再びあやねの手を握った

 

「・・・・・・・・・っ」

 

あやねは恥ずかしそうにしながらも、その手を握り返してくれた

楽はそっとあやねの隣に座ると、彼女を自分の方に引き寄せた

 

そのまま肩を抱くと、その頭がこつん・・・と楽の肩に寄りかかってくる

あやねの体温が、じんわりと伝わる

 

そのまま、二人して何かを喋る事もなく、ただただ穏やかな時間が流れていく

それはまるで、優しい陽だまりの様な感覚だった

 

どれくらいそうしていただろうか

気が付くと、いつの間にかあやねが静かな寝息を立てていた

 

その安らかな寝顔を見ながら、楽はくすっと笑みを浮かべる

こんなに安心しきった顔で眠られては起こすに起こせない

 

だが、このままでは風邪を引いてしまうかもしれない

そう思って、そっと自分の羽織っていたジャケットをそっと彼女にかけた

その時、ふいにあやねが楽の方にもたれ掛かってきた

 

思わず、楽の心臓が跳ね上がる

 

まさかとは思うが、起こしてしまったのか!?

そう思いながら彼女の様子を窺うが、どうもそういうわけではないらしい

彼女からは、相変わらず規則正しい呼吸音が聞こえてきていた

 

それに安堵の溜息を洩らすが、今度は別の意味で鼓動が早くなった

何故なら、あやねの方から身を寄せて来たのだ

 

きっと、無意識の行動だろうが、それでも嬉しさが込み上げてくる

 

今だけは、この温もりを独り占めできるのだから――――

 

そっと、彼女のキャラメルブロンドの髪を撫でる

ふわふわの髪の感触が心地よい

彼女の髪の感触を楽しみながらも、楽は静かに目を閉じた

 

もう少し、もう少しだけこのままで――――・・・・・・

 

そうしたら、またいつもの日常が始まる

でも、今日は少し違う

 

今は、こうして彼女と一緒に居られる事がとても幸せに感じる

 

だから、どうか――――

 

この幸せな時間が、少しでも長く続きますように

 

そう、心の中でそっと、願い事を呟いたのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

比較的、只今連載中の夢の最近の付近ですねえ~

少し、未来系

 

2023.02.24