古戀唄 ~伝承ノ調:守護之抄~

 

鬼崎拓磨&狐邑祐一夢

「たいやき vs お稲荷さん ときどき焼きそばパン」

 

 

――――紅陵学院・高等部 屋上

 

「かりん堂のたいやきだ!!!」

 

「いや、日月堂のいなり寿司の方がいいに決まっている」

 

と、何故か沙綾の前で謎の攻防が繰り広げられていた

 

拓磨の手にはほかほかの焼き立ての、食べればじゅわっとその餡が口に中に広がる“たいやき”

かたや祐一の手には、白い寿司飯がきらきらと輝き、たっぷりのじゅーしーな出汁がしみこみ黄金色に光った油揚げで包まれている“いなり寿司”

 

その二つが沙綾の前に突き出されていた

 

「あの・・・・・・」

 

恐る恐る沙綾が声を発すると、二人の視線が沙綾に集中して

 

「お前、勿論たいやきだよな!?」

 

「いや、拓磨。 脅しはよくない。 いなり寿司以外にはない筈だ」

 

と、拓磨と祐一に詰め寄られていた

正直、どっちも変わらないと思うのだが・・・・・・

なんだか、それを言うのも憚られて、言うに言えない

 

「その、折角ですし・・・・・・皆さまで両方頂くというのは―――――」

 

 

 

「「それはない!!」」

 

 

 

なけなしの勇気を出して打開策を出したのに、一刀両断にされた

そして再び、「たやきだ!」「いなり寿司だ」という攻防が始まる

 

沙綾は、二人に気付かれないように、小さく息を吐いたのだった

 

そもそも、何故こんな事になっているのか・・・・・・

事の発端は、今朝に遡る

 

 

 

 

――――紅陵学院・高等部 朝

 

 

「あ・・・・・・」

 

拓磨にいつもの様に連れられて教室に入ってきた後

鞄を置いて気付いた

 

美鶴が用意してくれていた弁当を忘れた事に

 

言蔵さんに、悪い事をしてしまったわ・・・・・・

折角毎朝作ってくれているものを忘れるなんて

 

その時だった

 

「おっはよ~~~、沙綾ちゃん!!」

 

朝から元気いっぱいで現れたのは、沙綾の隣の席の多家良清乃だった

清乃は席につくといそいそと鞄からノートやペンを取り出す

ふと、沙綾の異変に気付いたのか

 

「およ? どうかしたの、沙綾ちゃん」

 

そう言って、沙綾の顔を覗き込んできた

突然、顔を覗かれて沙綾が一瞬びくっとする

 

「え? あ、ああ、多家良さん・・・・おはようございます」

 

そう言って何とか平常心を保つと、清乃に挨拶する

すると、清乃が不満そうに顔を膨らませ

 

「も~~沙綾ちゃん、固い!! 清乃って呼んでって言ったじゃん」

 

「あ、えっと、それは――――」

 

会う度に同じ会話をしている気がする

が、そんな簡単に呼べる問題ではなかった

 

慕いし呼び名に慣れてしまうと――――離れた時が、辛いから

 

何故か、ふとそう思った

でも、多分それがきっと自分の中で引っかかっているのだ

 

名前で呼べば距離は縮まる

でも、その分辛さも増す

 

それを知っているから・・・・・・・呼べない

そこまで考えて、ふと気づく

 

知っている・・・・・・・・・・・?

 

何故、そう思ったのかはわからない

だが、何故かそう感じたのだ

 

ツキン・・・・・

 

微かに、頭の片隅が痛み出す

 

「・・・・・・・・っ」

 

 

ツキン・・・・・・

 

 ツキン・・・・・・

 

 

思いだそうとすると・・・・・・・・・、いつも痛み出す

まるで“思い出してはいけない”と誰かに言われているかの様に――――

 

思わず、こめかみを抑えた時だった

 

「沙綾ちゃん? どっか具合悪い?」

 

不意に、清乃が心配する様にそう尋ねてきた

 

「あ・・・・・・」

 

いけない

 

沙綾はぱっと手を放すと、何とか笑顔を作りながら

 

「あ、いえ、何でもないです」

 

そう答えたのだった

 

 

 

そうして気が付けば、4限目の時間の終了チャイムが鳴り響いていた

皆が皆、昼休みを満喫する様に弁当を広げたり、集団で会話したりしている

 

「・・・・・・・・」

 

沙綾は、教科書なども片しながらどうしようか悩んでいた

 

「あ・・・・・・」

 

そういえば、以前清乃が購買の話をしていた事を思い出す

購買で何か適当に買えばいいかな、と思い清乃に話しかけようとそちらを見たが・・・・・・

 

清乃は、お手製の弁当を出してご満悦中だった

 

なんだか、聞くのも憚られて とりあえず行ってみようと席を立った時だった

 

「なんだ、お前。 弁当は?」

 

「え・・・・・・?」

 

不意に話しかけられ、沙綾がびくっとして振り返ると

片手に本の様なものを持って、もう片方の手に茶色の袋を持った拓磨がいた

 

「あ・・・・・・鬼崎さん」

 

「拓磨って呼べって言っただろ」

 

いつもの様にそう返してくる拓磨に、思わず沙綾がくすっと笑ってしまう

突然笑い出した沙綾に、拓磨が少し戸惑った様に

 

「な、なんだよ、いきなり笑いだして」

 

「あ、いえ・・・・・・なぜか、いつも通りだなって思うと安心してしまって・・・・・・」

 

「安心?」

 

「いえ、何でもありません。 あ・・・・あの、購買の場所分かりますでしょうか?」

 

と、言った時だった

 

 

「「購買!!?」」

 

 

と、何故か二人・・の声が混ざった

 

「え・・・・・・?」

 

一人は拓磨なのはわかるが、もう一人は―――――

と、そちらを見ると、清乃が驚愕の顔をして持っていた箸をからーんと落とした

拓磨も拓磨で、持っていた本をばさりと落とす

 

「えっと、何かおかしな事言いました・・・・・・?」

 

余りにも二人の反応が変で、沙綾が首を傾げると

 

「お前、本気か!? あそこは、この時間は魔窟だぞ!!?」

 

「そうだよ、沙綾ちゃん!! 最初に言ったでしょ!!? 戦場だって!!」

 

 

「え・・・・・・」

 

 

幾らなんでもそれは大げさでは――――

と思うも、二人の反応は一緒で「この時間は止めとけ」だった

 

「で、ですが、皆様ご利用なされているのですよね?」

 

そう問うが

 

「甘い!! 甘いわ、沙綾ちゃん!! 見て、この教室を!!!」

 

と、清乃がばっと手を広げて教室を見ろアピールしてきた

 

「いつもの購買組はもういないの!! 終了チャイムと同時に猛ダッシュで行ってるのよ! 分かる!? この戦いが!!!」

 

「えっと・・・・・・」

 

「つまり、沙綾ちゃんはもうスタートで負けてるのよ!! 今頃行ったってあそこはもう焼け野原・・・・・・残骸ひとつ残ってないわ!!!」

 

だんっ! と、清乃が悔しがるように机を叩いた

 

「そ、そこまで、なんで、すか・・・・・・?」

 

と、その時だった

不意に拓磨に手を掴まれたかと思うと

 

「とりあえず、行くだけ行ってみよう! ・・・・・・まぁ、多分もう遅いがな」

 

「え!? ちょっ・・・・・・お、鬼崎さ――――」

 

「グッバーイ! 沙綾ちゃん!!! ファイトォ――――!!」

 

拓磨に引きずられるように教室を出ていく後ろで、清乃がハンカチを振っていた

 

 

 

 

 

 

 

 ****    ****

 

 

 

 

 

 

 

購買は凄まじかった

購買でパンを売りさばく女性もプロの様にしゅぱぱぱと投げ飛ばし、それを生徒がキャッチする

 

「おばちゃーん!! 焼きそばパン3っつ!!!!」

 

「あいよ――――!!!」

 

しゅっ・・・・・・! という音と共に、焼きそばパンが3つ投げ飛ばされる

それをうまい具合にキャッチする小さな影がひとつ

 

「あ・・・・・・」

 

それは、あの小さい鴉取真弘だった

 

「ふふふーん、今日も絶好調――――んあ? お前らここで何してんだ?」

 

と、こちらに気付いた真弘が首を傾げる

その手にはしっかり焼きそばパンが握られていた

 

「先輩、いつもあんな事やってんっすか?」

 

「ん、おお! 全戦全勝中よ!!!」

 

と、がっつぽーずをしているが・・・・・・

拓磨は頭を抱え、沙綾は唖然としていた

 

あの中に? 入るの・・・・・・?

 

絶対無理 という言葉しか浮かんでこなかった

 

「おい、行くのか? あそこに」

 

そう言って、拓磨が今も戦地と化している購買を指さす

 

「あ、いえ・・・・・・何だか、見ているだけで十分というか・・・・・・」

 

と言ったのは言うまでも無かった

 

 

 

 

結局、自販機と呼ばれる不思議な箱で飲み物だけは買って、真弘と拓磨と一緒にいつもの屋上へと向かった

扉を開けると、心地の良い風が頬を撫でた

 

何故だろう・・・・・・

始めて来た時から、ここの空気はとても心地よかった

 

とりあえず日陰に入って座ると、先ほど自販機とやらで買った飲み物に口付ける

と、その時だった

 

「ん」

 

と、拓磨が口にたいやきを食わえた状態で、持っていた袋を差し出した

 

「え・・・・・・?」

 

一瞬、拓磨の行動の意図が分からず沙綾が首を傾げる

すると、拓磨は少し顔を赤くしてふいっとそっぽを向くと

 

「やる。 何も食わねーと午後もたねえぞ」

 

「え? で、ですがそれは鬼崎さんの・・・・・・」

 

お昼では? と言おうとした時だった

 

「どうした?」

 

不意に、横に来た祐一に話しかけられた

その手には、いつもの様にお稲荷さんのパックがあった

 

「ああ、こいつなんか今日弁当忘れたらしくって―――」

 

と、そこまで拓磨が言った時だった

すっと、お稲荷さんのパックを差し出された

 

「なら、俺のを食うと良い」

 

「え・・・・・・? あ、いえ、それは狐邑先輩の――――」

 

お昼では? と、言おうとした時だった

ぐいっと、祐一の出したお稲荷さんを押しやると

 

「大丈夫です! 俺のを・・・こいつのやるんで!」

 

「・・・・・・たいやきは昼食ではない、それは食後のデザートだ」

 

「すいませんねえ! 昼食で!!」

 

「遠慮する事はない、俺のいなり寿司を食うと良い」

 

「祐一先輩、人の話聞いてます!?」

 

「聞いているが、今は沙綾に話しかけてるんだ」

 

と、なにやらややこしい事になってきた

沙綾が困った様におろおろしていると、遠巻きにそれを見ていた真弘が

 

「・・・・・・お前ら何やってんだ? あ? 昼飯? ほれ、仕方ないから俺様の焼きそばパンを1つくれてやるよ」

 

と、ぽいっと焼きそばパンをひとつ投げてきた

ぎょっとしたのは沙綾だ

 

まさか、この距離で投げられるとは思わず慌てて立ち上がろうとするが―――――

不思議な事に、その焼きそばパンが風に乗った様にふわっと浮くとぽすんっと沙綾の膝の上に落ちてきた

 

 

「ああ―――――――!!!!!」

 

 

と、突然拓磨が叫んだ

 

「真弘先輩!! 今、“力”使ったでしょ!!?」

 

「ああ? いいじゃねえか、減るもんでもねえし」

 

「そういう問題じゃ―――――」

 

と、今度は向こうでぎゃいぎゃい始まった

 

「あ、あの、えっと・・・・・・」

 

どうしたらいいのか分からず、沙綾が困惑していると

不意に、祐一がすっと沙綾に持っていたお稲荷さんのパックを差し出した

 

「真弘のそれ・・だけでは足りないだろう、俺の・・いなり寿司も食うと良い」

 

「え、あ、いえ、そ、そんなにも――――」

 

「食べれません」と言う前にぽんっと焼きそばパンの横に置かれてしまった

でも、これを頂いていしまっては――――

 

「その、狐邑先輩の昼食が無くなってしまうのでは・・・・・・?」

 

そう尋ねると、祐一はふっと微かに笑うと沙綾の頭をぽんぽんっと撫でた

 

「あ、あの・・・・・・?」

 

意味が分からず、沙綾がその菖蒲色の瞳を瞬かせると

 

「安心しろ、もうひとパック持っている」

 

と、すちゃっと未開封のお稲荷さんのパックを持ち出してきた

 

「・・・・・・・・」

 

あの細い身体でまさか、全部食べる気で・・・・・・?

という疑問が浮かんだが、口には出来なかった

 

「・・・・・・あの、すみません。 でしたら、今度何かお礼を――――・・・・・・」

 

そう言い掛けた時だった

突然拓磨がずかずかとやってきて、無理やり沙綾の上にたいやきの入った袋を置いた

 

「お、鬼崎さん・・・・・・っ!?」

 

「なんだよ、他のやつのは食えて俺のは食えないってのか?」

 

と、出遅れたからか、半分機嫌が悪そうにそう言ってきた

 

「あ、いえ、そういう訳ではないのですが――――」

 

沙綾の膝の上には・・・・・・

・購買の焼きそばパン

・日月堂のお稲荷さん

・かりん堂のたいやき

 

「・・・・・・・・・」

 

こんなに食べれません

 

と、心の中で叫んだが、口には出せなかった

 

 

 

 

午後―――――

 

沙綾が胃もたれが酷すぎて、授業に出られず保健室で休む羽目になるのは言うまでもなかった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

美鶴のお弁当を忘れた為に起きた惨劇です

※まだ珠紀は登場していません

 

2023.02.24