古戀唄 ~緋朱伝承~

 

 壱章 守護者 8

 

 

――――宇賀谷家・居間

 

 

「・・・・・・・・・」

 

沙綾が朝の支度を済ませて居間へ行くと・・・・・・

いつもの如く、拓磨が堂々と朝食を食べていた

 

その姿が、あまりにも違和感なさ過ぎて、疑問すら感じない様な気分になるが

ここ・宇賀谷家に、住んでいる訳でも、居候している訳でもない

確かに、昨夜も玄関から帰ったはずだ

 

なのに、なぜかここで普通に朝食を食べている

 

「あの・・・・・・」

 

思わず、そこ声を発しようとした時だった

 

「沙綾様。 おはようございます」

 

不意に、背後から美鶴の声が聞こえた

どうやら、沙綾の朝食を持ってきたようである

 

「あ、言蔵さん。 ・・・・・・おはようございます」

 

そう言って、沙綾が軽く会釈をする

すると、美鶴はにこりと微笑み

 

「どうぞ、“美鶴”とお呼びください」

 

「えっと、ですが・・・・・・」

 

いきなりそう言われても困る

沙綾が困った様に固まっていると、拓磨がわざとなのか、偶然なのか

 

「美鶴、飯のおかわり頼む」

 

そう言って、茶碗を差し出してきた

 

「あ、はい」

 

美鶴が、慌ててその茶碗を受け取ると、傍に置いていた米櫃から炊いたご飯をよそうと拓磨に渡した

 

拓磨は「ん・・・・・・」とだけ、答えるとまた食事を始めた

 

「・・・・・・・・・」

 

なんと言ったらいいのだろうか・・・・・・

よくわからないが、妙な違和感を覚えつつ沙綾は朝食の用意してある席に座った

 

不意に、横に座っている拓磨の視線を感じて、沙綾が首を傾げながら

 

「あの・・・・・・鬼崎さん? 何か・・・・・・」

 

「あるのでしょうか?」と、問う前に拓磨がすっと手を伸ばしてきた

その手が沙綾の額に当てられる

 

「・・・・・・・・・・・・?」

 

何をされているのか分からず、沙綾が首を傾げる

 

「ん・・・・・・熱は、ないみたいだな」

 

そう言って、拓磨がすっと手を離す

 

「ね、つ・・・・・・?」

 

一体何の話しだろうか―――――? と、疑問になる

 

沙綾の反応に、拓磨と美鶴が顔を見合わせた

 

「お前、覚えてないのか・・・・・・?」

 

「え・・・・・・?」

 

なにを? と、思う

瞬間、拓磨が表情を変えるのと、美鶴が青ざめるのは同時だった

 

「わ、私、ババ様に報告してまいります!」

 

美鶴が慌て立ち上がると、バタバタと静紀の部屋の方へ駆けっていった

残された、沙綾は意味が分からず、首を傾げる

 

「お前、ほんっとに覚えてないのか!?」

 

そう言って、拓磨が沙綾の両腕を掴んだ

 

「あ、あの・・・・・・?」

 

何・・・・・・?

 

二人の様子が、明らかに変だった

まるで、沙綾に“何かあった”かの様な反応だ

 

だが、沙綾にはまったく身に覚えがなかった

否、覚えていなかった

 

その時だった

 

「沙綾」

 

一等低い声が広間に響いた

はっとして、声のした方を見ると――――宇賀谷静紀が険しい顔で立っていた

 

会うのは、初めて宇賀谷家に来た時以来だ

だが、あの時も挨拶らしい挨拶も殆どできなかった

 

感情の読めない静紀の表情が、静かに口を開く

 

「――――沙綾、貴女は部屋に戻りなさい」

 

「・・・・・・え? ですが、学校が・・・・」

 

そう言いかけたが、静紀は有無を言わさない感じで今一度「沙綾」と名を呼ぶ

まるで、その言葉には逆らえない様な、威圧感――――・・・・・・

 

「・・・・・・・・わかり、ました」

 

沙綾は、静かにそう答えると、席を立つ

一度だけ静紀に向かって会釈をするとそのまま居間を後にした

 

 

 

 

部屋に戻ると、何故だかどっと疲れが出た

緊張していたからかもしれない

 

静紀と見ると“何か”がフラシュバックの様に頭をよぎる

それ何なのか、何を意味するのかは分からない

けれど

 

・・・・・・宇賀谷さんが、見知らぬ私の“身元引受人”になってくださったのには

きっと、何か理由があるのだわ――――・・・・・・

 

そうとしか考えられなかった

 

それに―――――・・・・・・

 

あの赤い“夢”

男の人が「すまなかった・・・・・・」と涙を流して私に・・謝り続ける夢―――――・・・・・・

 

この季封村に来てから、見る頻度が増している様な気がしてならなかった

 

気のせい・・・・・・では、ないわ、よね・・・・・・

 

それに―――――・・・・・・

拓磨も、美鶴も、静紀も

昨夜、沙綾の身に何があったのかは教えてくれなかった

 

ただ、3人の反応からして“普通”ではない気がした

一体、何が起きているのかと、不安になる

 

と、その時だった

襖の向こうから美鶴の声が聞こえてきた

 

「沙綾様、ババ様がお呼びです」

 

どうやら、静紀が呼んでいる様だった

 

「・・・・・・わかりました、直ぐに向かいます」

 

そう答えると、すっと美鶴の気配が消えた

沙綾は小さく息を吐くと、そのまま静紀の部屋へ向かった

 

もしかしたら、昨夜の事に付いて説明があるかもしれない―――――

その時は、そんな淡い期待をしていた

だが―――

 

静紀の部屋に着くなり告げられた言葉は残酷だった

 

 

「貴女には、24時間後に――――に入っていただきます」

 

 

「え・・・・・・、あの、――――というのは」

 

沙綾の脳に見覚えのない光景が映し出される

 

永遠に絶える事のない水が流れ落ちる音

大きな神殿造りの部屋

幾重にも重ねられている結界

 

酷く懐かしいような、それでいて何も出来なかった場所

見ている事しか許されない場所

何十年、何百年、何千年と続く世界―――――・・・・・・

 

 

「貴女もよく知っている場所・・・・・・・・・でしょう。 世話係は――――」

 

「お、お待ちください! 話が、なんの事を言われているのか・・・・・・」

 

沙綾の言葉に、静紀が静か息を吐いた

 

「理解する必要はないわ。 貴女はただ盟約に従い、元居た場所へ帰るだけ・・・・・・・・・・だもの」

 

「え・・・・・・?」

 

元居た、場所・・・・・・?

 

目の前の人は、何を言っているのだろうか・・・・・・?

頭の中が混乱して、理解が追い付かない

 

だが、静紀は淡々とした口調で

 

「もう、あまり時間がないの。 “あれ”は世にだしてはいけないもの――――新たな玉依姫が居ない今、これしか方法がないの」

 

「たま、よ、り、ひめ・・・・・・?」

 

何故だろう

その言葉を聞いた瞬間、ぎゅっと胸の奥が苦しくなった

 

そう――――まるで、知っている様な感覚

 

だが、それ以上思い出そうとすると、頭が痛み出す

 

金色の稲穂がきらきらと揺れて―――――

“彼女”は笑っていた

 

そして、その唇で名を呼んでくれた

 

 

『――――沙綾』

 

 

 

大切な、大切な、―――――だった

それなのに、私は・・・・・・何も、出来なかった――――・・・・・・

 

――――ると、約束・・したのに・・・・・・

 

 

「沙耶・・・・・・」

 

 

知らず、その名を呼ぶ

瞬間――――世界が暗転した

 

 

 

 

 

 

 

じりりりりりりりり

 

 

目覚まし時計の大きな音が、響く

 

「・・・・・・・・・・・」

 

沙綾は、はっきりしない頭を押さえながら、ゆっくりと起き上がった

何か―――とても大切な事を聞いたような気がするのに、思いだせない

 

「ゆ、め・・・・・・?」

 

あれは全部夢だったのだろうか・・・・・・?

夢と現の区別がつかないでいると、ふいに襖の向こうから美鶴の声が聞こえてきた

 

「沙綾様、そろそろ起きませんと・・・・・・学校に間に合わなくなってしまいます」

 

「え?」

 

言われて時計を見る

指針は7時半を過ぎていた

 

本当ならもう、朝食を頂いている時間だ

沙綾は、慌てて起きると、美鶴に言われるがまま、顔を洗い、身支度を整えた

 

そのまま居間へ行くと――――

案の定、拓磨が朝食をもぐもぐと食べていた

 

一瞬、まだ夢を見ているのかと錯覚する

頭を抱えていると、ふと拓磨と目が合った

 

拓磨は箸を持った手を軽く上げて

 

「おっす。 遅かったな」

 

「え、あ・・・・・・おはようございます、鬼崎さん」

 

それだけ言うと、沙綾は拓磨の横に座った

美鶴が丁寧な仕草で、沙綾の朝食を並べていく

 

「ありがとうございます、言蔵さん」

 

沙綾がそう言うと、美鶴は「いえ・・・・・・」と少し照れたように、一歩下がった

とりあえず、今はさっさと食べなければ、学校に遅れてしまう

 

そう思って、美鶴の作った朝食に箸を付ける

何度食べても、美鶴の料理は絶品だった

 

その時だった、不意に視線を感じ、そちらを見ると

何故か、じ―――――っと、拓磨がこちらを見ていた

 

一瞬、ぎくりと顔が強張る

 

「あの・・・・・・鬼崎さん? 何か―――」

 

沙綾が夢と同じ様に、そう言い掛けた時だった

ふいに、拓磨の手が伸びてきた

 

一瞬にして蘇る デジャヴ感

夢の中の拓磨と、今の拓磨が被る

 

思わず、沙綾がぎゅっと目をつぶった時だった

拓磨の手は沙綾の額にはいかず、彼女の髪を結っている赤い紐にいった

そして、しゅる・・・・・・という音が聞こえたかと思うと,髪を解かれた

 

「え・・・・・・?」

 

予想外の反応に、思わず沙綾がその菖蒲色の瞳を開ける

唖然とする沙綾に、気にした様子もなく拓磨は食事を続けていた

 

えっと・・・・・・

 

髪を、ほどかれた・・・・・・?

何故・・・・・・・!!?

 

と、思うも、夢の様に「熱が――――」とは言われなかった事にほっとする

 

その時、ふとお茶を持ってきた美鶴がふと、沙綾の髪に気付き

 

「沙綾様、髪ほどかれたのですね」

 

「え・・・・・・っ!?」

 

ぎくりっと顔を強張らせつつ拓磨を見るが――――

拓磨は、関係ないとばかりに黙々と箸を運んでいた

 

「あ、えっと・・・・・・はい」

 

何と答えていいのか分からず、沙綾がそう口籠もりながら頷く

すると、美鶴は少し残念そうに

 

「そうですか・・・・・・もしかしてお色が気に入りませんでしたか?」

 

「え! あ、いえ、そんな事は―――。 素敵な色味だし」

 

そう言って、慌てて拓磨がほどいた結紐を拾う

すると美鶴がふと何かを思いついたかの様に

 

「少し、失礼しますね」

 

そう言って、沙綾の髪の横の方をさっと手慣れた手つきで取ると、そのまま後ろで合わせて結んだ

 

「あ・・・・・・」

 

「これでしたら、邪魔になりませんでしょう?」

 

そう言って、美鶴がにっこりと微笑む

 

「えっと・・・・・・」

 

思わず拓磨の方を見るが、今度はほどく気配は無さそうだった

でも、これなら下を向いた時横の髪が落ちて来ない

 

「あ、ありがとうございます。 言蔵さん」

 

そう言って美鶴に礼を言うと、美鶴は少し照れたように

 

「いえ・・・・・・お役に立てたようで何よりです」

 

それだけ言うと、足早に居間から出て行った

拓磨と2人残されて、沙綾がおずおずと拓磨の方を見て

 

「あの・・・・・・鬼崎さん。 これなら、大丈夫・・・・・です、か?」

 

と、尋ねてみる

すると、拓磨が箸を止めてじっとこちらを見つめてきた

 

ふっと、微かに笑みを浮かべて

 

「いいんじゃねえの?」

 

と答えるだけ答えて、何か面白いものでも発見したかのように

 

「なんだよ、俺の評価が欲しいのか?」

 

そう言って、にやにやするものだから、沙綾が思わずむっとして

 

「だって、いきなりほどかれたので・・・・・・。 気に入らなかったのかと思ったのですが、違いましたか?」

 

昨日の拓磨の発言から察するに、ほどいている方が好みの様だった

だから、今、結紐をほどいたのではないのだろうか?

 

これが、単なる沙綾の思い込みで、実は違っていたのならば

かなり恥ずかしい

 

ただ、正直この無駄に長い髪は邪魔だった

いっその事、切ってしまいたいぐらいだ

だが、なんとなくだが、それも却下されそうな気がした

 

沙綾は表には出さなかったが、心の中で溜息を付いたのは言うまでもない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まさか、夢落ち でしたwww

しかし、今回出てきたシーンはかなり重要ですww

まぁ、何が? ぐらいに思っておいてくださいwww

 

 

前:無し

※改:2022.07.25