◆ 序幕 斉陵王2
―――――橘友雅・私邸
懐かしい夢を見た
あれは十年ぐらい前のことだろうか・・・・・・
不思議な青年だった
名は―――確か、“多 季史”
舞の名門・多家のものだったが――――
それは彼にとっては、苦痛でしかなかったらしい
噂で聞いた話だと、実の母には捨てられ
預けられた多家では冷遇され
それでも、こっそり異母兄弟が父から舞の指南受けているのを見てはひとり古寺で舞っていたのだという
数年後、気づけば季史は異母兄弟たちの中で一番美しく、そして、一番美しい舞を舞って見せるようになった
ただ、誰かに見てもらう為ではない
全ては、自らを保つため―――――・・・・・・
舞っているその瞬間だけは“多 季史“ではなく―――ただの”季史“になれた
それに目を付けたのは、父だった
季史の舞を目の前にして息を飲んだという
それからと言うもの、自分の息子たちではなく、季史に付きっきりで舞を指南し始めた
面白くないのは異母兄弟だ
それはそうだろう
そこは、自分たちの居場所だったのに・・・・・・
次第、父は跡継ぎを季史にするのではないかという噂が立ち始める
自分たちではなく――――妾の子である季史を・・・・・・
思えば、不憫な話だ
実の母に捨てられ、異母兄弟に虐められ、挙句果てには季史の唯一の居場所だった“舞”が道具として使われようとしている――――・・・・・・
そして――――運命の日
あの日は風が酷かった
秋の象徴とも呼べる紅葉がはらはらと舞っていた
秋の奉納舞――――演目は
“斉陵王”
遙か――――昔
斉の都に斉陵王という武将がいたそうだ
女性かと見間違うほどの、それは美しい青年だった
故に、恐ろしい面をかぶり敵に侮られない様にしたのだという―――・・・・・・
友雅も”斉陵王“を見たことはなかった
それは、あの“噂”があったが為に、めったに舞われなかったからだ
“斉陵王の舞った者は必ず命を落とす――――――”
迷信にもちかいそれは、事実、何度も起きていたそうだ
その為、多家では“斉陵王”を封じていた
なのに―――――・・・・・・
季史の舞の美しさに、魅入られたのか
彼の父が言った演目は”斉陵王“だったのだ
“斉陵王”を舞えば、きっと父や異母兄弟達も認めてくれるかもしれない――――・・・・・・
そんな淡い期待が季史の中にあったのかもしれない
それに、“斉陵王”を舞う事は舞手としては名誉に近かった
“斉陵王”は難度の高い舞だった
余程の舞手でなければ舞えないとさえ言われており――――故に“斉陵王”を舞う事は栄華を極めるのと同じ事だった
そしてあの夜―――――
雅楽の音が響く中―――彼は舞った “斉陵王”を
舞って――――舞って、そのまま絶命したのだ―――――・・・・・・
まるで、あの迷信が事実を言わんばかりに
友雅が駆け寄り、彼を起こした時にはまだ微かに息が合った
だが・・・・・・・・・・・・
彼は呟いた
「“馨の君”の・・・・・・かお、り、が―――――」
そしてそれを最後に彼は還らぬ人となった
その手には、最後まで“斉陵王“の扇を握ったまま――――・・・・・・
それは、彼にとって幸せだったのだろうか?
死してもなお、”舞“に拘るように握られた扇が彼の血で赤く染まっても―――・・・・・・
奉納舞の日の夕刻―――舞殿で彼と会った
彼は今までに見事ないくらい嬉々としていた
そして、友雅にある女性を探して欲しいと言ってきた
名前はわからない――――
手掛かりは、彼女が季史に渡したという薫衣草の香り袋だけだった
本当ならば、直ぐにでも見つけて奉納舞の前に逢わせてやりたかった
だが――――
方々手を尽くしたが、その少女―――“馨の君”は見つからなかった
一体どこのだれで
何のために、季史に薫衣草の香り袋を渡したのか――――・・・・・・
今となっては、何もわからなかった
分かっていることは一つだけ
季史が死んだのは、“斉陵王”の舞が原因ではない―――という事だった
犯人はわからない
だが、“斉陵王”の面の内側に砒素という猛毒が塗られていたという事だけだった
そう―――季史は“殺されたのだ”
もし、奉納舞の前に“馨の君”を見つけられていたら
回避できたのかもしれなかった
彼女が季史に渡した薫衣草の香り袋
これも後から分かったことなのだが・・・・・・
この薫衣草という植物は「らべんだー」という名の植物で、唐から来た漢人に聴いたところ、羅馬(ローマ)やく額勒済亜(ギリシャ)などで、昔から多くの病気に対する万能薬として利用されていたのだという
では、これを季史に渡した“馨の君”は、季史のこの後に起こることを予測して渡していた・・・・・・?
そんな、疑問が頭に浮かんだ
ならば、あの時――――・・・・・・
季史に友雅がこの香り袋を預からせてほしいと言ったせいで、季史は――――・・・・・・
そんな考えがぼんやりと浮かんだ
今となっては、どうすることも出来ないのだが・・・・・・
「確か、ここに・・・・・・」
友雅は、文机の引き出しを開けた
そこには、小さな箱に入った何かが入っていた
そっと取り出し、ふたを開ける
瞬間、懐紙を通しても柔らかな香りが漂ってきた
ゆっくりと懐紙を広げると中から、あの時の香り袋が姿を現した
十年たった今でさえ、香るこの香りは何と不思議なものなのだろか・・・・・・
罪悪感なのはわからない
だが、季史から預かったこの香り袋を捨てる事は出来なかった
「と――――」
外を見ると、大分日も高くなってきていた
そろそろ、左大臣の屋敷に行かなくては――――・・・・・・
そう思い、その香り袋を懐に仕舞うと、友雅は身支度をするのに侍女を呼んだのだった
◆ ◆
だめ・・・・・・
そう叫ぶ
だめよ・・・・・・・・・・・・
必死にそう訴えるのに、“彼”には届いていない
“彼”は一瞬だけこちらを見た後、微かに少しだけ笑みを浮かべた
そして、その手に合った面を――――・・・・・・
だめええええええええ!!!!!!!!!
ジリリリリリリリリリ
「――――――っ!!!?」
けたたましい音と共に、はっと意識が覚醒する
心臓がばくばくと音を立てて、額から嫌な汗が垂れる
美月はゆっくりと起き上がると、額の汗を拭った
また・・・・・・
“あの”夢・・・・・・・・・
幼い子頃から見る、不思議な青年の夢
美月が成長するに連れて、夢の中の“彼”もすこしずつ成長していっていた
最初は幼子―――今は美しい紫紺の瞳の青年
そして、ここ最近は特にひどかった
夢の“彼”がいつも最後には死ぬのだった
なんとも嫌な夢だろうか・・・・・・
夢の中の自分はいつも、“彼”が最後に面を付けようとするのを止めようとする
そして―――面を付けた”彼“は――――・・・・・・
「・・・・・・・・・・」
なんと不吉な夢だろう
これは既に起きた事なのか
それとも、これから起きる事なのか・・・・・・
それすらもわからない
あるのは、罪悪感だけだ
いつも、心の残るのは後悔と懺悔
そして、“哀しい”という事―――・・・・・・・・・・
あれは一体・・・・・・
「貴方は、“誰”なの・・・・・?」
**** ****
「違う!!!」
ばしっと伸ばしかけた手を扇子でたたかれた
「あ・・・・・・」
はっと我に返り、いつもと同じ場所を間違えたのだと気づく
美月が「申し訳ございません」と言うと、美月を叩いた師範代は、「はぁ・・・・」とため息を洩らした
「蓮上さん? なんだか、お稽古に集中出来てないようですけど?」
そう言われて、まさにその通りなので返す言葉もない
「すみません、もう一度お願いします」
美月がそう頭を下げると、師範代はまた溜息を洩らし
「いいですか? 蓮上さん。 日本舞踊とは本来、舞い・踊り・振りの三要素によって構成されているのです。 特に“舞”は祭祀に奉納されるものが多くあります。 蓮上さんが気も漫ろなら、今日はやめておきなさい。 きっと何度やっても同じ事の繰り返しです。 神様に失礼に当たるとは思わないのですか?」
「・・・・・・はい・・・申し訳ございません」
師範代のいう事は最もだった
きっと、私の今の”舞“は神には届かない――――・・・・・・
「今日は、もう帰りなさい。 お迎えもそろそろ来る時間でしょうし」
「・・・・・・ご指南、ありがとうございました」
美月は礼をすると、そのまま稽古場を後にした
日本舞踊は好きだ
心が落ち着く――――・・・・・・
でも・・・・・・
あの“夢”を見た時はいつもこうだ
何をしてもあの“夢の青年”を思い出して、集中出来ない
貴方は、誰なの・・・・・・?
どうしていつも、寂しそうに笑うの・・・・・・?
何度、そう問うても“夢の青年”は答えてくれなかった
「お嬢様?」
不意に運転席の運転手に声を掛けられてはっとする
「え? あ、はい、なんでしょう?」
美月が、その菫色の瞳を瞬かせる
すると、運転手は
「いえ、ご気分が優れないようでしたら――――」
「あ、大丈夫です。 少し、考え事をしていただけですから―――・・・・・・」
そう言った時だった
不意にどこからが、ドオオオン!!!という爆破音が聴こえた
―――――――え?
ぎょっとしたのは美月だけではなかった
運転手も慌てて車を止めた
瞬間、「キャ――――――」という、人々の叫び声と、一緒に人も群れが逃げまどっているのが視界に入った
な、に・・・・・・?
一体、何が起きているのか
瞬間―――――ドン!! ドン!! ドン!!!!
という爆破音が、再び辺り一帯に響いたかと思うと――――・・・・・・
「―――――お嬢様!!! 伏せて下さ―――」
運転手が美月をかばう様に叫ぶのと
間近で一層大きな爆破音が聴こえたのは同時だった―――――・・・・・・
「―――――――・・・・・・っ!!!!!!!」
―――――ドオオオン!!!!!
ああ・・・・・・
わたし、きっと死んだのだわ・・・・・・
走馬灯のように過去の出来事がスローモーションで再生されていく―――
その中には”夢の青年“もいた
結局、あの人の事はなにもわからなかったままだったのね・・・・・・
そう思い、ゆっくりとその菫色の瞼を閉じようとした時だった
「――――お気を! しっかりされよ!!」
不意に、現代では似つかわしくない言い回しの声が聴こえてきた気がした
だ、れ・・・・・・?
閉じかけた瞳を、ゆっくりと開ける
視界に入ってきたのは――――
自分を抱きとめる逞しい腕と、必死に呼びかけてくる青い瞳の武人だった
「―――――え?」
一瞬にして、現実に引き戻される
その武人の人は、美月が目覚めた事にほっとした様に
「よかった、お気に付きになられたのですね?」
「え・・・・・・と・・」
え・・・・・・・・?
意味が分からず、辺りを見渡す
土煙が濛々としていてよく見えない
確か、爆破事故に巻き込まれて、そして――――・・・・・・
「・・・・・・・・・・・・」
美月は頭を押さえた
どう、し、たん、だったかしら・・・・・・
何か重要な事を忘れている様な――――・・・・・・
その時だった
「頼久さん!! 大丈夫ですか!!?」
ぱたぱたという足音と共に、撫子色の髪をした少女がこちらに掛けってきた
「神子殿。 私は平気ですが、こちらの方が――――」
み、こ・・・?
聴きなれない言葉に、美月が首を傾げる
すると、少女は美月を覗き込むようにして
「怪我とかないですか?」
「け、が・・・・・・?」
どうしてそんなことを聞くのだろうか・・・・・・?
そんなことをぼんやり考えていた問だった
瞬間的に、周りの喧噪が戻ってくる
がやがやと行く来かう人の群れ
籠や飛脚の歩く音
まるで、なにかの映画のセットの中様なその光景に、唖然とする
「あ、あの・・・・・・爆発は―――――」
「「爆発?」」
撫子の髪の少女と、頼久と呼ばれた武人が顔を見合わす
「爆発なんて―――起きてませんよね?」
そう頼久に少女が尋ねると、頼久も「はい・・・・・・」と答えていた
そんな、馬鹿な・・・・・・と、美月は思った
あれほど派手に爆破していたのに、ニュースにもなってないなんてあるはずがない
慌てて、バックの中のスマホを見るが――――
「圏外・・・・・・」
電波がまったく立っていなかった
どう、いう、こ、と・・・・・・?
意味が分からない
美月が困惑した様に固まっていると
少女が見兼ねて
「あなたは、牛車の前に急にでてきたんだよ?」
「ぎ、っしゃ・・・・・・??」
そんなもの現代では、由緒ある式典や祭典の時しか使わない
よく見れば、あちらこちらにその「牛車」なるものが往来していた
「・・・・・・・・・・・・」
な、に、ここ・・・・・・
そこは、美月の“知っている世界”ではなかた
まるで昔の平安時代の様な――――・・・・・・
脳裏に浮かぶのはある文字
だが、美月はかぶりを振った
そんな非現実的なもの起きるはずが―――・・・・・・
その時だった
リ――――――・・・・・・ン・・・・
どこから、何か知らせる鈴の音が聴こえた気がした
はっとして、そちらを見る
が、人垣が出来ていて、どこから聞こえたのか判断できなかった
でも、酷く懐かしい感覚が―――・・・・・・
「・・・・・・っ」
知らず、口が言葉を紡ぐ
「―――――待って!!!」
一瞬、人垣の向こうの人影がその動きを止めた
紫紺色の瞳が一度だけこちらを見た――――――気がした
が、そのまま行ってしまった
「まっ・・・・・・」
瞬間、視界がぼやける
思わず、頭を押さえる
頭が・・・・・・いた、い・・・・・・・
「あ、ねえ!!」
少女の声が遠くに響く様に聞こえる
そのまま美月は意識を手放したのだった―――――・・・・・・
舞一夜、序幕2話目でーす
意外と、書いたらすんなり書けたww
とりま、友雅と頼久(と、あかね)が出てきましたね~
さてさて、やっと「京」に来ましたね!
2020.09.16