舞い降りて 我謡いし玉響の
      今一夜の夢の如く

 

 序幕 斉陵王1

 

 

 

 

―――― 十年前・内裏 舞殿

 

その日は風の強い日だった

秋の象徴とも呼べる紅葉がはらはらと舞い、一層風情を思わせる

 

ふと、青年は一人舞殿に立っていた

 

今夜――――ここで、あの舞を舞う

 

伝説とも、言い伝えとも由縁のある舞――――“斉陵王”

 

 

 

 

 

 

――――“斉陵王”を舞った者は必ず命を落とす――――

 

 

 

 

 

そんな噂が、まことしやかに囁かれているいわく付きの舞―――

だが、青年にはそんな噂などどうでもいいことだった

 

あの舞を――――“斉陵王”を舞えることへの喜び―――・・・・・・

それがふつふつと湧き上がってくる

 

もしかしたら、本当に死ぬかもしれない

だが――――

 

あの舞を舞って死ねるのならば―――舞手としては本望

もしかしたら、自分は“斉陵王”の舞に魅入られてしまっているのかもしれない―――・・・・・・

 

そんな風にさえ思う

 

あの舞を舞う

 

それが、舞手にとってどれほど至高のものか

きっと常人には理解できないだろう

 

だが――――・・・・・・

 

舞う

舞いきってみせる

 

ぐっと、青年の持つ紫色の扇子に力が籠る

 

青年は、すっとその紫色の扇子を自身の前に掲げた

はらり・・・・・と、紅葉がその扇子に落ちてくる

 

「―――――・・・・・・」

 

その時だった

ざぁ・・・・・・と、風が吹いた

 

その風はどんどん強くなり、青年は思わず、その袖で顔を覆った

瞬間、扇子に乗っていた紅葉が はらり・・・・と落ちる

 

刹那

 

ふっと、風が凪いだ

 

その瞬間だった

青年は大きくその紫紺の瞳を見開いた

 

いつの間に近づいたのか

青年の前に一人の美しい少女が立っていた

 

漆黒の長い髪がさらさらと揺れる

菫色の美しい瞳が青年を見ていた

 

「――――誰だ?」

 

見た事のない少女だった

 

透き通るような白い四肢が彼女の美しさを一層際立たせていた

 

少女はすっと、青年の前に何かを差し出した

 

「・・・・・・これは?」

 

青年がそう尋ねる

しかし少女はにっこりと微笑むだけだった

 

それは、小さな香り袋だった

菫色のそれからは、不思議な香りがした

心が休まるような、落ち着くような―――不思議な香りだった

 

「薫衣草」

 

ふと、少女が鈴のような声音で、そう一言呟いた

 

「・・・・・・薫衣草?」

 

初めて聞く名だった

 

少女が小さく頷く

 

「――――きっと、この香りが貴方様の助けになるように――・・・・・・」

 

少女が、ゆっくりとその菫色の瞳を閉じてそう言う

 

ふいに、ざぁ・・・・・・と風が吹いた

 

 

 

「―――れ、ない、で――――・・・・・・」

 

 

 

 

ざぁ・・・・・・

 

風が一層強くなる、青年が慌てて声を荒げた

 

 

 

「――――待ってくれっ! そなたは一体――――――」

 

 

 

少女がにっこりと、微笑む

とても美しく――――そして、哀しげに――――・・・・・・

 

 

 

そして、そのまま姿を消したのだった

 

 

 

 

風が止み、また舞殿に青年一人だけになる

 

今の、は・・・いったい・・・・・・・

 

自分は夢でも見ていたのだろうか

まるで、狐につままれた様な感覚だった

 

その時だった

 

「おや? そこにいるのは・・・・・・」

 

不意に、舞殿の下の方から声が聴こえた

はっとして、青年がそちらを見る

 

そこには、以前雅楽の祭典の時に見事な琵琶の音を弾いてみせていた男がいた

普段基本的に、ひとの顔を覚えるのは苦手だ

しかし、彼は別だった

あの見事な琵琶の音は何度も思い出されるほど忘れられない

 

 

 

「琵琶殿!!!」

 

 

 

青年が慌てて舞殿から降りて、その男に駆け寄る

 

驚いたのは、その男だ

まさか、彼の方から慌てて駆け寄ってきたものだから、何かあったのかと身構えてしまう

 

一応、曲がりにも左近衛府の兵衛佐を務めている身をとしては、内裏内で何かあったのなら、帝に害が及ぶ前に排除しなくてはならない

 

だが、青年から出た言葉は、予想外の言葉だった

 

「琵琶殿、今、ここを女人が通らなかっただろうか!?」

 

「は?」

 

まさかの青年からの発言に、男が素っ頓狂な声を上げる

 

「えっと・・・女人と言われましても・・・・・・、後、私の名前は琵琶ではなく橘友雅と何度も名のっているのですがね」

 

男―――橘友雅と名乗った彼は、苦笑いを浮かべて青年をみた

だが、その言葉は空しく青年に流される

 

「確かにいたのだ、長い漆黒の髪に菫色の瞳をした・・・・・・美しい女人だった・・・・・。 琵琶殿は女人に詳しいと聞く!! 思い当たる者はいないだろうか!?」

 

「これは これは・・・・・・まさか、貴方から女性の話をされるとは思いませんでしたよ・・・・多 季史殿」

 

季史と呼ばれた青年は、その言葉に半分嫌みが混じっていることにも気づくことはなく

 

もう一度、舞殿を見た

 

「確かにいたのだ・・・・・・見た事のない女人だった・・・・」

 

「それは―――」

 

舞馬鹿とまで噂される季史だ

季史に取ったらどの女人も“見たことない”になるだろう

 

聴いた話によると、女人を前にしても舞や雅楽の話ばかりで、長くは続かないという

勿論、通う事すらせず、声を掛けたならば、舞か雅楽の話しか出てこないというのがもっぱらの噂だ

ただ、季史の見た目は友雅から見ても美しく、女性たちが騒ぐのも無理のない話だと思った

 

う~~~~ん、これはもしや・・・・・・?

 

舞馬鹿と呼ばれた季史も、ついに女性に興味が出てきたのだろうか

しかし―――――

 

「季史殿? 舞殿は女人禁制の場。 おいそれと立ち入るとは思えませぬが・・・・・・」

 

そうなのだ

神聖な舞殿には舞人しか立ち入らない

確かに、五節舞などで女性が舞う舞も存在するが・・・・・・

あれは、このような場所では舞われない

 

基本、神聖な儀式で舞手に選ばれるのは男性――――つまりは、女人は舞殿には上がれぬのだ

それなのに、季史は舞殿で女性を見たという

 

「だが、確かにいたのだ・・・・・・、これを―――渡された」

 

そう言って、季史が先ほど少女から渡された小さな香り袋を見せてくる

その香り袋はまるで、最初から季史の為にあるかのように、その手に収まっていた

 

「変わった香り―――ですね」

 

友雅がそう言うと、季史は「そうなのだが・・・・・・」と、呟く

 

「ただ、不思議とこの香りは心を落ち着かせてくれるような気がする」

 

あの少女は何と言っていただろうか・・・・・・たしか・・・・

 

 

「薫衣草・・・・・と」

 

 

「薫衣草? 初めて聞く名前ですね」

 

「琵琶殿でもご存じないのですか!!?」

 

きっと友雅なら知っているであろうと思ったのだろう

だが、友雅も全ての香りを把握しているわけではない

 

だが――――これはこれで、面白いと思った

 

「つまり、季史殿はこの香り袋を渡してくださった女性が知りたいのですね?」

 

と、単刀直入に聞くと

予想外のも、季史はあっさりと

 

 

 

 

「知りたい!!」

 

 

 

 

と、食いついてきた

これは、ますます面白いと友雅は思った

 

あの舞一筋、雅楽一筋の季史がついに女性に興味をもったのだ

これが面白くなくてなんになろう

 

「まずは、その方の名前――仮に“馨の君”としましょう。 季史殿はその“馨の君”にお逢いしたい―――という事で、間違いないですかな?」

 

「琵琶殿!! 探してくださるのか!!?」

 

――――こんな面白い話、乗らない訳にはいかない

 

という本音は置いておいて

 

「ええ・・・・ぜひ、ご協力させて頂きたい―――この友雅も、季史殿の“馨の君”がどなたなのか気になりますからね」

 

そう言った時だった

突然季史が、がしっと友雅の手を取ると、ぶんぶんと手を振ってきた

 

「ちょっ・・・・季史殿」

 

 

「ありがとう!! 琵琶殿!!!」

 

 

まるで子供だと思った

こんなに一喜一憂する姿など、誰が想像しただろうか

 

しかし・・・・季史の言う“馨の君”が気になるのも事実だ

手がかりは――――

 

「では、季史殿。 1日で宜しいので、その香り袋をお借りしてもよろしいですかな?」

 

言われて、季史が「―――え?」と返した

 

思わず、まじまじと自身の手の中にある香り袋を見る

彼女と自分をつなぐ唯一の品だ

 

今夜は、奉納舞で”斉陵王“を舞う

今夜はお守り代わりに持っておきたかった

 

だが――――

 

季史はぷるぷると首を左右に振ると

これも全て“馨の君”を見つける為だ

 

もしかしたら、奉納舞の前に逢えるかもしれない――――・・・・・・

 

そう思い、季史は少し躊躇したものの、その香り袋を友雅に渡した

 

「なくさないでくれよ?」

 

そう念を押すと、友雅はくすっと笑みを浮かべ

 

「勿論ですよ。 季史殿の大切なお品ですからね」

 

そう言って、にっこりと微笑む

だから――――この時は、あんなことになるとは思わなかった

 

 

 

その夜、舞殿で“斉陵王”を舞いながら絶命した季史に

 

 

 

 この香り袋を二度と返せなくなくなるなど―――――・・・・・・

 

 

 

 

 

      ―――――――――――思いもしなかったのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ふっふっふ・・・・・・ついに、舞一夜を書く機会がきた!!!!

この時を待っていました(*´艸`*)

題材としては、結構難しい部類なんですけどね~

注:序幕 1話目は名前変換ございません

 

※季史の生前の性格は漫画版に寄せてます

(うろ覚えだけど・・・・・・そして、その頃の友雅の官位がわからんwww)

 

 

2020.09.16