◆ 一章 残雪 5
“お願い―――あの人を、止めて――――……”
声が――――聴こえる
綺麗な女の人の声が…….…
“あの人”?
“あの人”って誰の事……?
それに、鈴の音と一緒に脳裏に響く苦しそうな声―――――……
………タス…ケ……テ…………
誰? 貴方は誰……?
どうして、そんなに苦しそうなの?
分からない事ばかりだった
でも、ひとつだけ分かる事がある
誰かが助けを求めている――――――……
その事実だけが、ゆきの身体を突き動かした
縺れる足で、必死に声のした方に向かって走る
「確か――――こっちから――………え?」
それは突然だった
急に視界が真っ白に光り出す
え―――、な、なに?
目を開けていられなくなり、思わず顔を手で覆う
その時だった――――………
“こっちよ……”
不意に、頭にあの女の人の声が響いた
はっとして、顔を上げる
――――そこのいたのは紅梅色の瞳の美しい女の人だった
艶やかな長い黒髪に、一輪 飾られた白い花の髪飾りが風に揺られて ちりん…と美しい音色を奏でる
彼女はゆきと目が合うとにっこりと微笑んだ
「……きれ、い………」
思わず声に出してしまう程
それほどに、彼女は美しかった
姿かたちだけではない
その声も、所作も、何もかもが美しかった
不意に彼女がすっと、着物の袖を持ち、一方を指さす
“―――…あちらに”
言われてそちらを見た時だった
「Sir!! Here! It is!」
突然何処からか耳慣れた言語が聴こえてきたかと思った瞬間、目の前に金髪碧眼の男ともう1人がゆきの目の前に姿を現した
「きゃ…!」
突然の事に、思わずゆきが声を上げる
すると、金髪碧眼の男は「あ、っと…」と声を洩らし、ゆきを見てその動きを止めた
「あ、ああ、すみません…お嬢さん」
どうやら、西洋の人かと思ったが彼は日本語ができる様だった
が、ゆきは彼の連れを見た瞬間、青ざめた
肩に抱いていた連れの西洋人は、力なくぐったりしており、顔も真っ青だった
「だ、大丈夫ですか!!?」
慌てて、駆け寄り手を貸す
すると、金髪碧眼の男は「ああ…」と声を洩らし
「すみません…連れが船から落ちた時足を挫いてしまった様で……」
「ええ!? 大変…っ!!」
この様子だと、骨に異常があるかもしれない…
こんな時、瞬がいれば……
そう思っていた矢先だった
「ゆき!!!!」
はっとして顔を上げると、向こうの方から都と瞬が走って来ていた
「都! 瞬兄!!」
瞬達の登場に、ゆきがほっとする
「馬鹿、ゆき! 急に走る奴があるか!!」
都からの叱咤に、ゆきが「ごめん…」と謝罪する
だが、都は小さく息を吐き
「ったく、心配させんな」
そう言って、ゆきの額をこついた
ゆきは、額を摩りながら「ごめんね…都」ともう一度謝った
その時だった、見かねた瞬が
「それで、ゆき? この人達は…一体? どうやら、一人は怪我人の様ですが…」
瞬の言葉に、ゆきがはっとする
「そうなの! 瞬兄、この人足挫いてるって……」
ゆきが慌てて、ぐったりしている西洋人に駆け寄った
ゆきのその言葉に、瞬がその男を診る
「……熱がある様ですし、もしかしたら、骨に異常があるかもしれないですね。 とりあえず、応急処置だけでも――――……」
そう言って手を伸ばし掛けた時だった
「いたぞ! こっちだ!!」
突然、叫び声が聞こえたかと思うと、抜身の刀を持った男達が現れた
ぎょっとしたのは、ゆき達だ
あっという間に、取り囲まれてしまう
とても、応急処置をしている余裕はなかった
「な、なんだこいつら!?」
流石の都も動揺が隠せないのか…慌ててゆきを背に庇う
瞬も咄嗟にゆきの前に出た
「何だ貴様らは!! 邪魔立てするなら容赦はせぬぞ!!?」
怒声を放つ男達に、状況がまったく理解出来ない
すると、後ろに居た金髪碧眼の男が申し訳なさそうに
「すみません…貴方達を見込んでお願いがあります。 私の連れを助けて下さいませんか? 足を痛めていて走れないんです」
「つまりこれは……お前等のせいかよ!!」
その男の言葉に、都が突っ込んだ
どうやら、この人達が追われている様だった
よく見れば、髪も服もびしょぬれだった
先程の船から落ちたという発言から察するに、難破したのか…それとも――――……
ううん
今は、それよりもこの人達を助けなきゃ
ここまで関わっておいて、今更知りません
とは、言えなかった
「あの……っ、この人達、船から落ちた時 怪我してて――――」
なんとか、会話を―――
そう思って言葉を発した時だった
「ほぅ…怪我か、好都合だな」
突然背後から威圧的な声が聴こえたかと思った瞬間――――
「きゃっ……」
「ゆき!!!」
それはあっという間の出来事だった
ぐいっと手首を捻り上げられ、背後を取られる
「あ、う……っ」
ぎりり…と、ねじ上げられた手が痛い
恐る恐るその先を見ると、そこには黒ずくめの目つきの鋭い男がいた
「貴様が、当代の“龍神の神子”か……どうりで、“玄武”が騒ぐ訳だ」
「え……?」
な、に……?
この男は何を言っているのか
リュウジンのミコ……?
聞き慣れない言葉に、ゆきが困惑する
それに…ゲンブ…って……
「おい! ゆきを離せ!!!」
今にも男に、襲い掛かろうとする都に、男はくっと喉の奥で笑ったかと思うと
すらっと大きな太刀を抜くと、そのままその刃をゆきの首元に当てたのだ
「――――っ」
まさかの男の行動にゆきがぎょっとする
「ゆき!!」
ゆきを立てに取られては、都も瞬も動けない
男は、にやりと笑みを浮かべ
「くだらんままごとには興味はない。 今すぐその男どもを渡せ」
そう言って、抜身の太刀を金髪碧眼の男に向けた
「―――――さもなくば、この女を殺す」
「なっ…!!」
まさかの発言に、都が叫ぶ
「ふざけんな!! 私らは関係ないだろう!!?」
「……庇っている時点で、貴様らも同罪だ。 一様に斬り捨てられても文句はあるまい」
「あるに決まってんだろ!!!」
都が言い返したのは言うまでもない
“―――――だめ”
瞬間、頭にあの綺麗な女の人の声が響いた
“―――――お願い、止めて”
その声に、ゆきは、はっとした…
もしかして、この声―――……
自分を取り押さえている男を見る
この人を止めようとしている……!?
そうとしか考えられなかった
そう考えれば辻褄が合う
彼女の声に導かれてあの西洋人の人と会った
そしたら、この人が現れた
でも、どうして……?
あの女の人はこの男の人を止めたいのだろう……?
考えても、答えなど見つからなかった
どうして、彼女は――――――?
その時だった
「やめろ!!!」
都の声にはっとして顔を上げると、取り囲んでいた男達があの西洋人たちを捕まえようとしていた
それだけではない、都や瞬たちまで捕まえようとしている
「―――――っ、やめて!!!」
思わず、ゆきが叫んだ
もう、自分の身など構っている余裕などなかった
このままでは、あの西洋人の人達だけでなく、都と瞬も捕まってしまう!!!
「やめさせて!!!!」
自身に向けられた太刀に構う事なく、ゆきは男に食って掛かった
それは、流石に予想だにしていなかったのか
一瞬、男が驚いた様にその菫色の瞳を一度だけ瞬かせた
「ほぅ…この状態で、俺に食って掛かるか…」
面白いものを見た様に、男がにやりと笑みを浮かべる
「あの人達がどんな悪い事をしたと言うんですか!? お願い、止めさせて!!」
ゆきの言葉に、一瞬男の視線が底冷えする様に冷たくなる
「ふん、綺麗事だけで事が運ぶと思うなよ? お前の様な世間知らずを相手にしている暇ない」
そう言い放つと、突然ゆきの手を更にぎりっと捻り上げた
「あ、っ……う」
ぎりぎりと今までにない位、捻り上げられて、ゆきが顔を顰める
「ゆき!!」
都が溜まらず叫ぶ
だが、男の手は緩むどころか、一層強くなっていった
「いっ……」
ぴたりと、額に太刀の刃を当てられ
「貴様は、随分と物を知らん様だな…良いだろう教えてやる。 彼らはこの国を侵略しようとした」
「え……」
まさかの言葉に、ゆきが大きく目を見開く
「…し、侵略!?」
「違います!!!」
その時だった、あの金髪碧眼の男が叫んだ
はっとして、そちらの方を見る
男は、連れを庇いながら叫んだ
「すべての外国人に侵略の意図があるというのは、あなた方の偏見です。 この国の文化に触れ、友好を求めたいと考える者も―――……」
「ならばお前達 西洋人は何故 軍艦を先頭に我が国に押し入ってきた? この様な島国、軍艦の二・三隻もあればあっけなく潰せると…言いたいのだろう?」
男の言葉に、金髪碧眼の男がぐっと言葉を詰まらせる
「それは―――……」
その反応に、黒ずくめの男はくっと喉で笑った
「友好が聞いて呆れるな。 力を誇示してから、友好をちらつかせ主導権を握る…子供騙しの戦術だな」
「……………」
「他国に主導権を握られた国にどのような未来があるのか…大陸の一都市で俺はその未来を垣間見た」
―――駄目だ、どうしても聞き入れてくれない…っ
「でも―――……」
ゆきが、言葉を発しようとした時、男はそれを遮るかのように
「西洋列強の武力にこの国は敵わん。 それは確かだ。 ――――その現状を打破するには常道では推し量れぬ――――“狂気” 」
瞬間、男が懐から何かを取り出す
そして、それを封じているであろう紐をほどいた瞬間―――――
オオオオオオオオオオオ
突如、それは現れた
男の頭上に現れたそれは――――
「おおお! 玄武!!!」
周りの男達が叫ぶ
げん、ぶ……?
それは、亀と蛇の形をかたどった霊獣だった
“玄武”と呼ばれた霊獣は、オオオオオオ と吠える様な声を上げる
凄まじい霊気と力が、爆発する様に男の持つその桐箱から発せられていた
あ――――……
「―――――さぁ、“玄武”よ。 招かれざる者共に決して消えぬ恐怖を与えてやれ」
オオオオオオオオオ
男の声に呼応する様に“玄武”が反応する
その時だった
苦…シ……イ…
………助ケ……テ……
あの声が聴こえたのだ
あの時と同じ
苦しいと
助けてと 呼ぶ声が――――………
まさか――――……
「玄武の声…? あなた、なの……?」
今、目の前で膨大な力を発している玄武が、助けを求めている……?
「や……」
“やめて!!”と叫ぼうとした時だった
「Don’t you dare!」
金髪碧眼の男がそう叫んで前に出た瞬間それは起きた
あれだけ異形を放っていた玄武の力が拮抗したのだ
いや、それだけではないほぼ黒ずくめの男と同格の力で押し戻そうとさえしている
「なに…?」
驚いたのは、金髪碧眼の男だけでは無かった
黒ずくめの男も、その視線を険しくさせる
「こいつ―――……まさか、“玄武”の神力がこの男に流れ込んでいる?」
な、に、これ……
驚いているのは彼らだけでは無かった
ゆきも、信じられないものを見る様に息を飲んだ
なにこれ?
二人の放つ光がどんどん強く――――……
反発しあってて……苦しい……っ
その時だった
またあの女の人の声が響いた
“――――止めて…彼を…お願い………”
止めるって…
でも、どうしたら……
瞬間、あの綺麗な女の人が姿を現す
「あ――――………」
――――あの黒ずくめの男の人の傍に
“お願いよ……”
切なそうにそう言う彼女に、ゆきは首を振った
分からない
どうしていいのか、分からないのだ
“――――お願い―……”
ゆきがまた首を振る
わからない
本当にどうしたらいいのかわからない
どっちが正しくて、どっちが間違っているのか
どうしたら、止められるのか
どうしたら、彼女の願いを叶えてあげられるのか
わからないのだ
つぅ……
と、彼女が涙を流す
そして、そのまますぅ…と消えてしまった
苦しい……
心が苦しい……
ゆきは、”玄武“を見た
これは――――“玄武”の苦しみ?
“玄武”を止めれば―――……
そうすれば、彼女の願いも、“玄武”の苦しみも
すべて、一緒―――――?
で、も……
どうしたら止まるの―――――!!!?
続
玄武ピシャーの回
ゲームと結構違いますが…気にするな!!
…もう、ゲームなんてうろ覚えだよ…・・(;・∀・)
2013/02/23