◆ 壱章 千の姫 1
寿永三年(1184)・4月――――
「ねぇ、将臣」
「んー?」
明日菜と将臣
2人は京の街を歩きながら、ある場所へ向かっていた
「京に来るの、久しぶりだね」
「そうだな……」
大路に並ぶ露店や、寺院
見る物全てがあの頃と変わらない
「半年……か、長かったね」
「ああ」
あの日
あの夜
六波羅を焼いて将臣達平家一門は都落ちおした
あの日から半年
福原での暮らしは決して楽なものではなかった
今までやった事ない様な野良仕事から機織何でもやった
それでも、いいと思った
一門が平和に安心して暮らせるなら
将臣はそれでも良いと思った
だが、源氏はそんな平家を見逃してかくれなかった
執拗に追い、一族郎党皆殺しにするまでやめない
それぐらい源氏の猛攻は凄まじかった
もう、平家には戦う力は無いと思った
そんな時、平家の棟梁・清盛はある事を行った
死した人間を化け物に変える力――――怨霊
死ぬことは無い不死の軍団
怨霊と成り果てた者は決して助からない
清盛自身も怨霊として現代に蘇った
清盛だけではない
維盛や、経正など多くの一門が怨霊として蘇った
源氏を滅する為に――――
そして、一族復興の為
でも、そんなのは間違っている
将臣はそう思っていた
復讐とか、復興とかそんなものどうでもいい
ただ、一門がどこかで穏やかに静かに暮らせればそれでいいじゃないか
だが、清盛はそれを望まない
望んでいないんだ………
将臣は、ぐっと拳を握り締めた
「将臣」
そこへそっと明日菜が手を添える
将臣は明日菜の方を見た
明日菜はにっこり微笑み
「大丈夫」
そう言って、ふわっと笑みを作った
ああ……そうだ、俺にはやらなければならない事がある
「大丈夫だよ」
返事をする代わりに、将臣が明日菜の手をぎゅっと握り締めた
「法住寺へ行くか」
そう言って、前を見る
法住寺
情報通り、ならば現法皇・後白河院がおわす所
将臣達は、その後白河法皇に会いに来たのだ
危険を承知で単身この京へ――――
京は、現在、源氏の支配下だ
平家の人間である将臣や明日菜がもし源氏の知れる所となれば身の危険が危うい
それを承知で将臣はこの京へ来た
全ては、後白河院より源氏との和議を取り持ってもらう為
他の者では駄目だった
将臣が出向くことこそに意味がある
将臣――――平家の総領・平 重盛が
不意に、明日菜が足を止めた
「どうした?」
不思議に思い、将臣が尋ねる
明日菜が遠くの 人ごみの向こうの方を眺めながら
「近い」
「は?」
ドクン
心臓が跳ねた
急にぐっと胸が苦しくなる
明日菜は立っていられなくなり、その場に倒れそうになった
「おい!」
すかさず、将臣が腕を取った
「はぁ……はぁ……う……っ」
明日菜が苦しそうに、胸元を抑え、呼吸は荒く、額から汗がにじみ出ていた
「明日菜!?」
よろりと足下がよろけた
将臣の胸元へ倒れる
そのまま、ずるずると下へ崩れ落ちた
ざわざわと辺りがざわめきだした
遠くで…声が聞こえる……
懐かしい声…・・・
「黒…曜……が」
「っち、またあいつか」
将臣は舌打し、明日菜の肩を抱いた
「歩けるか?」
明日菜が首を振る
声が聞こえる………
呼んでる……
「声…が……」
「とにかく、休める所へ移動するぞ」
そう言って、将臣は明日菜を抱き上げた
そのまま、人ごみの間をぬって行った
**** ****
「何かあったのかな?朔」
少女は辺りのざわめきにき気付き、連れの少女に話しかけた
話しかけられた少女――――朔は、んーと少し考え、近くに居た町人に話しかけた
「あの、何かあったのですか?」
「ん?ああ、何か女の子が倒れたらしいよ」
「ええ!?大丈夫なんですか!?」
少女がびっくりした様に声を上げた
「連れの男が連れて行ったから多分、大丈夫なんじゃないかね」
「連れが居たんですか?」
「ああ、若い青年だったよ。貧血かねぇ…お嬢さん方も気お付けなよ」
そう言って、町人は手を挙げて行ってしまった
「貧血かぁ……」
「望美?」
「ううん、貧血とか無縁だったから、あまり実感なくて」
そう望美が言うと、朔はくすくすと笑いだし
「そうね、望美は無さそうだわ。じゃなければ、九郎殿と剣の稽古毎日やったりしないもの」
「もう、朔~」
望美がむぅーとして朔を睨みつけた
それでも、朔はくすくすちと笑っていて
「ほら、早く買いだし済ませちゃいましょ」
そう言って、望美を促した
望美はちょっと納得いかないという感じに、むっとしたまま、朔の後を付いて行った
◆ ◆
コトコトコト……
シュンシュンシュン
明日菜はゆっくり目を覚ました
「あ、起きたの?」
目を覚ますと見慣れない風景の中にいた
1人の少女がにっこり微笑み、お湯を沸かしている
「もう、相変わらず、寝起きは悪いのね」
少女はくすくすと笑いながら、お茶を湯呑に注ぐ
「はい、お茶。目、覚めるわよ」
「……………」
明日菜は無言のまま、お茶を受けとた
一口飲む
味がしなかった
いや、味がしないというか、湯呑を持っている感覚がなかった
何かがおかしかった
相変わらず、少女は明日菜を見てにこにこしている
「こういう時、やっぱり思うわ」
なにを?
声が出なかった
「私、やっぱり貴方が好きなんだって」
――――……!?
ザァ……
場面が変わった
風が吹く、草の中
あの少女が立っていた
その少女に、向かう様に、立つ青年が1人――――
「どうして!?どうしてなの!?」
少女が青年の胸を揺さぶる
青年が何も答えず、首を横に振った
ただ、愛おしそうに、少女の頬を撫でる
「どうして――――!」
「さよなら」
一言、そう声が響いた
「待って!待って……っ!!」
一陣の風が吹いて
その瞬間、青年の姿が霞の様に消えた
「待って………っ」
少女はそのまま泣き崩れた
好きだと言っていた少女
少女を愛した青年
2人はどうして別れなければならなかったのだろうか……
明日菜は遠くでそれを見ながらぼんやりとそんな風に考えていた
不意に視界がぼやけ、意識が覚醒し出す
「……………」
明日菜はゆっくりと目を覚ました
頭、痛い……
そんな事を思いながら、身体を起す
ここは何処だろう?
そう思い、窓の外を眺めた
外を見る限り、まだ京の何処かだと言うのは分かる
日は沈み、辺りは暗くなっていた
殺風景な部屋には、灯篭が1つ
灯りが灯されていた
灯篭の光がボゥ…と部屋の中を照らす
少し、喉が乾いたな……
そう思い、何処かで水が貰えないか、聞いてみようと思った時だった
戸の襖が開いた
「お、起きたのか?」
将臣だ
将臣は盆に水差しを乗せて部屋に入って来た
盆を床に置き、自分も明日菜に横に座る
「ほら、水。喉渇いただろ?」
「……ありがとう」
喉が渇いていたのは事実なので、明日菜はありがたくその水を受け取った
一口飲む
水が喉を通り、渇きを癒してくれる
「ここは?」
「ん?ああ、宿屋だ。とりあえず、寝かせられる所と思って、テキトーな宿屋に入ったんだ」
「そっか」
あの後、自分は気を失ってしまったらしい
「ごめんね」
明日菜は申し訳ない気持ちになって、将臣に頭を下げた
将臣は、気にした様子も無く
「別に、謝ることじゃねぇだろ?気にするな」
「でも……」
不意にぽんっと将臣が明日菜の頭に手を乗せた
「もう、大丈夫なんだな?」
「うん」
「そっか、ならいいさ」
そう言って、わしゃわしゃと頭を撫でた
でも――――
「なんか、今日いつもと違ってた」
「ん?」
正直、この発作が出たのは久しぶりだった
いつもは、もっと軽く、辛くともここまで酷くはなかった
「なんか、今日は変だった」
「変って?」
「なんていうのかな?呼ばれる感じ?」
「誰に」
「いや、誰とは……分からないけど。でも、黒曜いつもより外に出たがってた」
何だろう
嬉しい様な 哀しい様な 切ない様な そんな感情
「んー」
将臣はんーと唸りながら腕を組んだ
「今は?」
「今は無い。あの時だけ」
あの場所で、あの瞬間だけだった
将臣は少し考え、くいっと明日菜の頭を押した
ポスッと明日菜が枕に倒れこむ
「とりあえず、寝てろ」
そう言われて、明日菜は大人しく布団を被った
「将臣」
「んー?」
「手、繋いでもいい?」
「……………」
将臣が一瞬、大きく目を見開いた
次の瞬間、ぷっと吹き出し
「っだよ、子供かっつーの」
「良いでしょ。別に」
むぅ…と明日菜ふくれっ面になる
将臣はくつくつと笑いながら
「ったく、しょうがねーな」
そう言って、布団から伸ばした明日菜の手をぎゅっと握った
「これで眠れるか?」
「……うん」
明日菜はゆっくりと目を閉じた
ゆっくりゆっくりと眠りの淵へと落ちていく
草原だった
風が吹き、草がさわさわと揺れていた
あの少女が1人
その場にしゃがみ込み泣き崩れていた
泣かないで
そう言うも明日菜の声は届かない
少女はただただ泣き崩れるばかりだった
泣かないで
少女の悲しさが伝わってくる様だった
明日菜は知ってる
彼は戻らない
戻らないのだ
だって、彼は――――……
『黒曜』
キエテシマッタ ノ ダカラ――――
望美と朔が出た
あーでも、まだ会ってません
夢に出てくる子は彼女です(誰だ)
2009/08/24