◆ 第1話 桜通り 9
ニューヨークのセントラル・パークが一望出来る高台の一等地に構える大きなお屋敷
その一角で、メイドや執事達が慌ただしく動いていた
「そちらの準備は整ったか?」
「後、少しで御座います!!」
その内の一人、この屋敷のハウススチュワードを務めるリオン・シャルウィードは胸ポケットに仕舞っていた懐中時計を見ながら溜息を付いた
連絡では、向こうは既に予定通り出発されたと聞いている
だが、こちらの準備がまだ万全ではない
「直ぐに、お嬢様がお帰りになられる――――」
その時だった、バラバラバラとヘリの音が近づいて来た
かと思うと、物凄い暴風がリオンを襲ってきた
それを見て、リオンが微かにその口元に笑みを浮かべる
「ご帰還だ」
ヘリが徐々に、目の前のヘリポートに着地する
プロペラが次第に減速し、その動きをゆっくりなものにしていく
メイドと執事達はザッと整列すると、その中をリオンはゆっくりとヘリに向かって歩いた
と、その時だった
突然ヘリの扉がバンッと開いた
一瞬、その動作に違和感を覚えてリオンが目を瞬かせる
すると、中から東洋人の青年が姿を現した
初めて見る顔だった
だが、綺麗な顔立ちをしており、このお屋敷にいても違和感など無かった
「さくら」
青年が、そう名を呼び手を差し出す
すると、その手にそっと中から手が差し出された
そして、ゆっくりとした動作でその者は現れた
さらりと流れる漆黒の美しい髪
透き通る様な白い肌に、魅惑的な真紅の瞳
ああ……待ち望んでいた方だ……
リオンは彼女を確認すると、柔らかく微笑んだ
そして、ゆっくりと最敬礼の姿勢を取る
「おかえりなさいませ、さくらお嬢様」
「「おかえりなさいませ」」
他の、メイドや執事達もリオンに習う様に最敬礼をする
驚いたのは、他ならぬさくらの傍にいた青年―――斎藤だった
だが、さくらは特に気にした様子もなく
「ただいま、皆さん」
そう言って、にっこりと微笑んだ
そして、さくらはそのままリオンの側に来ると、にっこりと微笑んだ
「リオン、わざわざ出迎えてくれてありがとう」
そう言うと、リオンは微かに笑みを浮かべて
「勿体なきお言葉です」
そう言って、軽く頭を下げると、つとさくらの後ろにいる斎藤に視線を送った
「お嬢様?彼は――――」
「ああ、紹介するわ。彼は斎藤一さん。日本で私の護衛をしてくれているのよ」
その言葉で納得行ったのか「ああ」と、リオンは声を洩らした
そして、にっこりと微笑み
「彼がそうでしたか、これは失礼を。私、このお屋敷のハウススチュワードを務めさせて頂いております、リオン・シャルウィードと申します。斎藤様」
リオンの丁寧な挨拶と、呼ばれ慣れない言葉に斎藤が俄かに顔を顰める
「あ、ああ、斎藤一だ。宜しく頼む、リオン殿」
そう言うのが、精一杯だった
だが、リオンの反応が違った
いきなりがばっと顔を上げると
「リオン殿など、恐れ多い……!どうぞ、リオンとお呼び下さい」
「は……?いや、しかし……」
「“リオン”に御座います。斎藤様」
そう言って、にっこりと微笑んだ
流石の斎藤も最後には根負けし「分かった…」としか答えられなくなった
その様子が可笑しくて、さくらが微かにくすりと笑みを浮かべた
その反応に、斎藤がむっとする
「笑い事では無いぞ?さくら」
「ふふ……リオンはそこだけは譲ってくれないのよ」
過去、さくらも苦戦した内容だった
あの時も、リオンを敬称付きで呼ぶたびに、直されたものだ
不意に、荷物の指示をしていたリオンがこちらを見た
「お嬢様、着いた早々申し訳ありませんが、旦那様がお待ちです」
その言葉に、さくらがピクリと反応する
それから、小さく息を吐いて「分かったわ」とだけ答えた
「斎藤様にはお部屋をご用意しておりますので、どうぞそちらでお寛ぎ下さい」
「え…… 一は一緒ではないの?」
まさか、自分一人で行かされるとは思っておらず、さくらが戸惑いの色を示す
だが、リオンはさくらの望む答えはくれなかった
「旦那様が、お嬢様を――――と、申しされております」
「でも、お父様に一を紹介していないわ……」
元々、斎藤はその為に来たようなものだ
なので、てっきり斎藤も一緒にブラッドに会いに行くのだとばかり思っていた
だが、現実は違った
「さくら」
不意に、名を呼ばれさくらが斎藤を見る
すると、斎藤の手がぽんっとさくらの頭に乗せられた
「何かあれば、駆けつける。だから、行って来い。久しぶりの親子の対面に水は刺したくない」
そう言って、ぽんぽんっとさくらの頭を撫でると、案内役の執事と一緒に斎藤は行ってしまった
さくらは、何だか釈然としない気持ちのまま、ブラッドの部屋に向かわざるを得なかったのだった
*** ***
リオンが、ブラッドの部屋の扉をノックする
「旦那様、お嬢様をお連れしました」
すると中から「入れ」という声が聴こえてきた
リオンはそのまま扉を開けるとすっと、さくらを中へと促した
さくらは少し戸惑いながらも、そのままブラッドの部屋の中に入った
中は相変わらず本で一杯だった
庭が一望できる巨大な窓辺に一人の中年の男性が背を向けて立っていた
リオンが静かに退出する
「………………」
リオンも居なくなってしまった
この部屋にいるのは、ブラッドと、ブラッドの秘書のマクシミリアンのみだった
さくらは、ぎゅっと拳を握りしめるとゆっくりと部屋の中央に足を進めた
そして、ゆっくりと丁寧にお辞儀をする
「お久しぶりです、お父様」
さくらがそう挨拶をすると、その男性――――ブラッドはゆっくりとこちらを見た
「ん、久しく見ない内に益々美しくなったな、さくら」
「数か月前にお会いしたばかりです、そうそう変わりません」
さくらが静かにそう答えると、ブラッドはふっと柔らかく微笑んだ
「そんな事は無い、お前は益々お前の母さんに似て来ているよ」
ぴくりとさくらの肩が揺れた
「お母様…ですか?」
写真でしか見た事ない母
幼き頃、病気で亡くなった母をさくらはよく覚えていなかった
「そんなに似ていますでしょうか?」
さくらの問いに、ブラッドが小さく頷く
「ああ、その髪も肌も、茉莉花にそっくりだ」
茉莉花とは母の名だ
日本人だった母は、八雲という茶道の分家筋の娘だった
だが、元々病弱であまり外には出ていなかったという
その母を見初めたのが、その頃一代で財閥を築き上げたブラッド・フェラージーンだった
母の事は覚えていない
だが、優しかった手だけは覚えている
母に似ていると言われて、嬉しく無い訳がない
だが、それを父に言われたというのが、何とも複雑だ
「マックス、お茶の用意を」
「はい」
言われてマクシミリアンが扉へと向かう
すると、ティーセットを持ってやってきたリオンが静かに控えていた
相変わらず、最高のタイミングで持ってくるあの腕は大したものだった
マクシミリアンはリオンを招き入れる
すると、リオンは手際よくお茶の用意を始めた
ケーキを切り分け、そっとブラッドとさくらの前に置く
そして、流れる様な手つきで紅茶をカップに注ぐと、二人の前に置いた
「まぁ、飲みなさい」
ブラッドはそう促すと、自身も紅茶に口を付けた
「うん、相変わらずの腕前だなリオン」
「恐れ入ります」
リオンが、主からの褒め言葉に最敬礼をする
さくらも、目の前に誘惑には勝てなかったのか紅茶に口付けた
アールグレイのほのかな香りと甘みに、ほぅっと息を洩らす
やはりリオンの淹れた紅茶は最高だった
「このケーキは何だね?」
「はい、そちらはオレンジ風味のシフォンケーキに御座います」
アールグレイの豊かな香りに合せてのチョイスなのは見て明らかだった
そえられた、クリームチーズがまたシフォンケーキを一段と美味しくさせる
ブラッドは一口食べてうんうんと頷いた
「ああ、美味いな」
「ありがとうございます。パティシエが喜びます」
リオンがにっこりとそう微笑ながら言う
ふと、ケーキに手を付けようとしないさくらに、ブラッドは首を傾げた
「どうした、さくら。食べてみなさい」
「…………はい」
なんだか、呼ばれた理由が気になるのに、一向に本題を出されない
まさか、お茶をする為にさくらだけ呼んだ……などというのではないのだろうか
分刻みでスケジュールをこなしているブラッドにそんな余裕はないと思うが……
なんだか、もやもやとしてすっきりしない
そう思いながら、ゆっくりとケーキに手を伸ばし掛ける
「あの……」
さくらが、煮えを切らして口を開こうとした時だった
「時に、千景君とは上手くいっているかね?」
「え………」
不意に風間の名を出されて、さくらが伸ばし掛けた手を止めた
「千景…ですか?」
「ああ、そうだよ。お前達は将来結婚するのだからね。今から仲を深めておいても損はない」
そう言って、にこにことケーキを頬張りながら言う
「………………」
やはり、それはブラッドの中では決定事項なのだろうか……
どう足掻いても、覆らないのだろうか……
さくらは、どうしようもないその事実を受け入れるしかないのか
ぐっとフォークを持っていた手に力が篭る
「………よく、して頂いています」
そう答えるので精一杯だった
さくらが難しそうな顔をしていると、ふいにブラッドが傍に控えていたマクシミリアンに視線を送った
すると、マクシミリアンは一礼し何処かへ行ってしまった
だが、数分もしない内にある物を手にして戻ってきた
そして、その大きな箱をさくらの前に置く
「…………?」
いきなり目の前に置かれた箱に、さくらは首を傾げた
「開けてみなさい」
「………………」
一瞬、何か嫌な気がして躊躇してしまう
だが、開けない訳にもいかず、さくらはリボンに手を伸ばした
そして、そのままリボンを解くと、ゆっくりと箱を空けた
「あ………」
そこには、美しい白地に裾に掛けて桜色になるドレスが入っていた
そっと手に取り、そのドレスを見る
綺麗なマーメイドラインにアメリカンスリープデザイン
スカートはレースでかたどられ、明らかにオートクチュールなのが見て取れた
「あの、これは……」
さくらが戸惑いの色を見せていると、ブラッドは最後の紅茶を飲み終え
「今日のパーティーは、それを着て出席しないさい」
「え……!?」
まさか、ドレスまで指定されるとは思っておらず、さくらが困惑の色を見せる
「アクセサリーはこちらのものを」
そう言って、さらにマクシミリアンがピンクサファイヤのアクセサリーまで持ってくる
「あの、ですが……」
反論しようとした時だった、ブラッドの側に控えていたマクシミリアンが口を開いた
「会長、お時間が……」
「ああ、そうだな」
それだけ言うと、ブラッドは立ち上がった
慌ててさくらも立ち上がる
「すまない、もう仕事に戻らねばならない様だ」
「あの、お父様……っ!」
「さくらのドレス姿、楽しみにしているぞ」
それだけ言うと、さくらの制止も聞かずにブラッドは部屋を出てしまった
残されたさくらはドレスを抱えたまま、ぽすんっとそのままソファーにまた座り込んだ
「嘘でしょう……」
パーティーに出るだけでは飽き足らず、ドレスやアクセサリーまで指定されるとは
誰が思っただろうか……
だが……
そのドレスが悔しい位さくらの心を惹きつけた
これが、ブラッドからの指定というのが何だが釈然としないが
このドレスは着てみたいと思わせるには十分だった
それぐらい、そのドレスは魅力的だったのだ
ニューヨークへ来ましたww
どんどん、土方さんはいつ出るの状態ですなww
さて、ドレスとアクセまで指定されましたよ?
何かあるんでしょうか(にやり)
次回、パーティー編
きっと、あの人たちも出るよ!!
2013/08/28