櫻歌日記-koiuta

 

 第1話 桜通り 8 

 

 

『遅れるでないぞ、分かっているな?さくら』

 

携帯の向こうから聴こえてくる威圧的な言葉に、さくらは微かに顔を顰めた

それから、小さく息を吐いた後

 

「分かっております」

 

『そうか、ならいい』

 

それだけいうと、プツッと切れた

「………はぁ」

切れた携帯をそのまま机に置くと、さくらは突っ伏す様にそのまま顔を埋めた

 

言われなくとも分かっている

そういう約束だったのだから、それを破る気はない

 

だが……

 

脳裏に土方の顔が浮かぶ

 

折角なのだから、何かある訳でもなくても土方の姿を見たかった

そう思いながら、さくらは更に顔を埋めた

 

「こんなもの…全然嬉しくないわ………」

 

こんな日、一生来なくてもいいのに……

 

カレンダーをちらりと見る

明日の日付に印が付いていた

 

さくらが付けたものではない

最初から、付けられていた

 

明日

明日の朝になったら、学校へ行かずにあちらへ行かなければならない

 

去年は最悪だった

その前は、よく覚えていない

今年は、斎藤も同行してくれるのが唯一の救いだ

 

折角の日に、学校へも行けない

土方にも会えない

 

なんて、最悪なのだろう

だが、公式のこういう場は出席するというのが こちらへ来る“約束”の一つだった

 

分かっている

頭では理解している

 

自分でそう納得して、その条件を飲んだのだ

分かってはいるが――――……

 

さくらは、また机に顔を埋めた

 

こんなに辛いとは思わなかった

 

明日から、最悪の一週間が始まる―――……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***    ***

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……さくら」

 

誰かが呼ぶ声が聴こえる

 

「……い、さくら」

 

「ん………」

 

誰……?

 

凄く、聴きなれた声

揺さぶられる身体

 

「―――さくら」

 

この声は――――……

 

「はじ、め……?」

 

ぼんやりする頭で、ようやく認識したその声の主の名を呼ぶ

ゆっくりと真紅の瞳を開けると、心配そうにこちらを見ている斎藤の姿があった

 

「気が付いたのか?さくら」

 

「一?」

 

やはり、斎藤

一瞬、何故斎藤がここにいるのだろうと疑問に思う

 

それに気付いたのか、斎藤が「ああ…」と声を洩らした

 

「すまない、インターホンを鳴らしても反応が無かったが、気配はあったので もしや、倒れているのかと思って入らせてもらった」

 

基本的には、さくらがインターホンで反応しなければ、斎藤は勝手には入ってこない

 

だが、緊急時に置いては別だ

 

もしもの時に、対応出来なくては護衛が務まらない

その為、斎藤はさくらの部屋のキーも持っていた

 

「……ごめんなさい…少し、寝てしまっていたみたい」

 

あのまま突っ伏して机で寝てしまっていたらしい

お陰で、身体のあちこちが痛い

 

さくらが少しだけ、身体を伸ばすと ふとある事に気付いた

部活のある斎藤がここにいるという事は―――……

 

慌てて時計を見る

針は“8“をとうに過ぎていた

 

ぎょっとして、慌てて起き上がる

 

「大変!」

 

そういえば、少しだけと思って突っ伏していたので、その事をすっかり失念してしまっていた

お腹を空かせて帰ってきている斎藤に、何も用意してあげられていない

 

さくらが、申し訳なさそうに頭を下げる

 

「ごめんなさい、一。お夕飯まだ何も用意してないの!」

 

「……ああ、そんな事か」

 

いきなり謝罪されて驚いた斎藤は、その内容が夕飯の支度が出来てないで、ほっとする

だが、さくらにとっては“そんな事”では済まない話だった

 

「い、今から何か作っ――――」

 

慌ててキッチンに行こうと立ち上がった時だった

瞬間、椅子に躓き転びそうになる

 

「きゃっ……」

 

「さくらっ!」

 

倒れる――――!!!

 

さくらは、来るであろう衝撃に備える

 

が……思っていた筈のものは襲ってこなかった

恐る恐る瞳を開けると、

 

「………っ、……無事か、さくら」

 

自分の下から声が聴こえた

 

「え……?」

 

ゆっくりと声のした方を見ると、そこには斎藤がいた

 

「はじ、め……?」

 

何故斎藤が、自分の下にいるのだろうと疑問に思う

が、次の瞬間 斎藤がクッションの代わりになってくれたのだという事に気付き、慌てて起き上がろうとした

 

が―――……

不意に、伸びてきた手にそれは制された

 

いきなり、腕を掴まれ さくらがどきりとす

捕まれた箇所が、酷く熱く感じる

 

「あの、一 ……?」

 

斎藤の行動の意味が分からず、さくらが戸惑った様に困惑の色を見せた

が、斎藤は小さく息を吐くと

 

「急に起き上がると、また倒れるやもしれぬぞ」

 

「あ……」

 

言われて、たった今自分がそれで倒れた事に気付く

さくらは、少しだけ顔を赤く染めた後、ゆっくりと起き上がった

 

「あの……ごめんなさい。重かったでしょう?」

 

恥ずかしそうにそう言うさくらに、斎藤は一度だけその瞳を瞬かせた後

 

「いや、あんたは軽いと思うが?」

 

「そんな事……」

 

きっと重かった筈だ……

なんだか、恥ずかしくなり さくらは顔を赤く染めながらそそくさと立ち上がった

 

「な、何か作ってくるわ」

 

そう言って、部屋から出ようとするが―――……

 

「さくら」

 

急に、斎藤に呼び止められた

 

「……………?」

 

不思議に思い、さくらが振り返る

斎藤は少しだけ、頬を赤く染めたまま 視線を反らし

 

「その……今日は、作らなくて構わない」

 

「え………」

 

いきなり、予想だにしない事を言われてさくらが戸惑いの色を見せる

 

作らなくていいって……

今まで、さくらが作る様になってから一度としてそんな事言われた事なかったのに

 

「……どうして?」

 

さくらが困惑した様にそう声を洩らす

 

お腹が空いていないのだろうか

それとも、飽きられてしまったのだろうか…

 

さくらが、不安そうにその真紅の瞳を揺らした

すると、斎藤は一度だけ咳払いをして

 

「その……今夜は、外へ行かないか?」

 

「え……外って……」

 

「その、豆腐料理の美味い料理処を予約してある。そこへ行かないか?」

 

まさかの斎藤からの誘いに、さくらは大きくその真紅の瞳を見開くのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

連れて来られた場所は、和食好きには有名な 雑誌にも掲載されている“華ノ舞”という豆腐料理が絶品だという料理処だった

通された部屋は完全個室で、雰囲気も大変良い場所だった

 

「…… 一、ここ高かったのではないの…?」

 

普段は値段をさほど気にしないさくらも、今回ばかりは気にした

何故なら、斎藤が全額持つというのだ

 

てっきり、折半になると思っていたのに予想外だ

だが、斎藤は何でもない事の様に

 

「生憎と、学生の身だが俺は給金を頂いている身だから問題ない」

 

と言い切るが、「だが……」と付け足した

 

「その給金は、さくらの護衛代だからな。その金であんたに奢るというのも変な話だな」

 

斎藤の意外な言葉に、さくらがくすりと笑みを浮かべる

 

言われてみればそうかもしれない

出所は、さくらの家―――つまりは、ブラッドなのだから

 

だが、それは斎藤が身を挺してさくらを護ってくれている立派な証だ

それが、おかしいとは思わない

 

「そんな事ないわ。それは一がきちんと働いたから貰っているお金でしょう?おかしくなんてないわ」

 

さくらの言葉に、斎藤がほっとした様に顔を綻ばせた

 

「あんたに、そう言ってもらえると楽になる」

 

そうこうしている内に、料理が運ばれてきた

どれも綺麗に盛り付けられていて、とても美味しいそうだ

 

さくらは、手を合わせると「頂きます」と呟く

そして、ゆっくりと箸を動かした

 

口に含む料理はどれも絶品で、舌がとろけそうだった

しかも、豆腐メインという事で、どの料理もさっぱりしている

 

「美味しい……」

 

さくらが、嬉しそうに顔を綻ばせると、斎藤もほっと安心した様に顔を綻ばす

 

「そうか、そう言って貰えてよかった」

 

「……レシピ知りたいぐらいよ」

 

冗談めかして、くすりとそう呟くと

斎藤がふむっ…と少し考えた

 

「ここのか……?頼めば貰えるかもしれないが…どうだろうな」

 

「……?どういう事?」

 

普通、こういう料亭のレシピはなかなか入手が難しい筈である

門外不出の場合もある

 

だが、斎藤は少し考えた後、店の人を呼んだ

 

え……?

 

そのまま何かを頼む様に言うと、店の女の人は少しだけ席を外した後、何かを持って戻ってきた

すると、斎藤はそれを受け取ると、さくらに差し出した

 

「あの……?」

 

出された物の意味が分からず、さくらが首を傾げる

だが、斎藤は平然としたまま

 

「どうした?あんたが欲しいと言ったレシピのメモだが?」

 

「え!?」

 

まさか本当に頼んで貰って来てしまったというのか

信じられない物を見る様に、さくらはまじまじとそのメモを見た

 

「要らないのか?」

 

いつまでも受け取らないさくらに、斎藤が首を傾げる

 

「え…あ、その、ありがとう……」

 

さくらが、そのメモを受け取ると、斎藤はほっとした様に顔を綻ばせると、再び料理を食し始めた

 

半分、冗談で言ったのに……

本当に、貰って来てしまうとは誰が思っただろうか……

 

「あの、一?」

 

さくらは、メモを握り締めたまま斎藤を見た

斎藤は「ん?」と声を上げると、さくらを見る

 

「今日…何かあったかしら?」

 

夕食の件といい

この店といい

このレシピのメモといい

 

普通の斎藤からは考えられぬ行動だ

だが、さくらからの問いに斎藤は、一度だけその瞳を瞬かせた後

 

「………?何を言っているんだ?明日は、あんたの誕生日だろう?」

 

「え……、あ……っ」

 

憶えていてくれたのか

という事は、これは全て―――

 

「明日は、時間が取れぬだろうからな。一日前倒しにしたのだが…都合が悪かったか?」

 

「え…あ、ううん」

 

さくらが、慌てて首を振る

まさか、こんなサプライズをして貰えるなんて今まで一度として無かったものだから、まったく思いつかなかった

 

大概、いつも決まったスケジュールのパーティーに出席して

学校でも、決まった様に言われて

なんだが、一貫行事のひとつぐらいにしか感じた事なかった

憂鬱で、退屈で、疲れる一日

 

それが、さくらの“誕生日”という物だった

 

そういうものしか経験した事なかったさくらにとって、サプライズなど、思いつきもしなかったのだ

 

その時だった

すっと、さくらの前に一つの長細いラッピングされた箱が置かれた

 

「一?」

 

「一日早いが…誕生日おめでとう、さくら」

 

「………あり、が、とう」

さくらは震える手でその箱を受け取った

なんだか、こんなに緊張したのは久しぶりだ

 

それは、どう見てもプレゼントだった

 

「あの…開けてもいい?」

 

「ああ、大した物じゃないがな。喜んでくれるといいんだが……」

 

さくらが、ゆっくりとその包みを開ける

中から出てきた物は―――……

 

「時計……?」

 

それは、シンプルな腕時計だった

 

「あんたは、学校ではいつも腕時計をしていなかっただろう?」

 

さくらの持つ腕時計はどれも普通の学校に不向きだった

華美な訳ではないが、学校に付けていくには不釣り合いなものばかりだった

その為、さくらはいつも学校には腕時計はしていっていなかった

 

「……気付いていたの?」

 

「ああ、それぐらいは見ているつもりだが」

 

「――――――・・・・・・」

 

斎藤の気遣いが酷くくすぐったい

さくらは嬉しそうに顔を綻ばせて

 

「――――ありがとう、嬉しいわ」

 

さくらの言葉に、ほっとしたのか斎藤も顔を綻ばせた

 

「それなら良かった」

 

斎藤には、気を遣わせてばかりだ

それが申し訳もなくあり、嬉しくもある

 

さくらは、くすりと笑みを浮かべて

 

「これから、よろしくお願いいたします」

 

そう言って頭を下げたのだった

 

 

 

 

 

 

後から分かった話だが

どうやらあの、“華ノ舞”という店は、斎藤の従兄弟の店だったらしい

その為に、高校生である斎藤でも予約がすんなり取れたり、レシピが貰えたりしたのだ

 

従兄弟には「また来いよ!」と帰りに挨拶した時に言われていた

と同時に、「がんばれ!」と何やら応援されていたが、何の事かはさくらには分からなかった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一、誕生日祝うの回でしたww

どうやら、明日 誕生日らしいです

ええ…お嬢ですから、色々とありますよー

 

久しぶりに、あの方も出て来るでしょう

さて、土方さんは……?

 

2013/08/11