櫻歌日記-koiuta

 

 第1話 桜通り 7 

 

 

「あ、あの先生……」

 

帰る準備を終えた土方が、さくらの鞄をさも当然の様に持つと、そのままスタスタと歩き始めた

 

「ほら、鍵閉めるから出ろ」

 

「あ…は、はい」

 

促されて、慌てて準備室から廊下へ出る

停電しているせいで、廊下は真っ暗だった

 

ごくりと息を飲み、辺りを見渡す

 

だ、大丈夫よ…先生いらっしゃるし……

 

なんとか、そう自分に言い聞かせて平静を装おうとするが、心臓がバクバクいって止まらない

 

ガチャリと、鍵を閉める音が嫌に大きく聞こえた気がした

土方は何でもない事の様にそのまま準備室の鍵を胸ポケットに仕舞うと

 

「ほら、行くぞ」

 

そう言ってスタスタと歩き始めた

が……さくらはその場から動けなかった

 

付いて行かないと置いて行かれてしまう

 

そう思うのに、足が動かない

カタカタと震える手をぎゅっと握りしめた

 

大丈夫よ 先生いらっしゃるもの

大丈夫……

 

そう何度も言い聞かせるのに、身体が動いてくれない

そうこうしている内に、どんどん土方が先へ行ってしまう

 

行かなければと思うのに、足が動かない

 

どうしよう……っ

 

その時だった

 

「八雲?」

 

不意に、土方の声が聴こえたかと思うと、足音が近づいて来た

はっとして顔を上げると、いつの間にか土方が直ぐ傍まで来ていた

 

「何やってやがる」

 

「あ、あの……」

 

「何でもないです」と言おうとするが、言葉が上手く出ない

足がガクガクと震えて、動かない

 

どうしよう……っ

 

さくらは、どうしていいのか分からずぎゅと手を胸元で握り締めた時だった

 

「……ったく、しかたねぇな」

 

そんな声が聴こえた気がした

 

ああ…呆れられてしまった……

 

ただ、付いて来る事すらできない、どうしようもない生徒だと思われたに違いない

なんだか、そう思うと悲しくなった

 

その時だった

不意に土方の手が伸びてきたかと思うと、胸元の手を掴まれた

 

「―――――え」

 

一瞬、何が起きたのかと思う

 

そして、そのままぐいっと引っ張られた

すると、不思議と足が動き出した

 

「あ、あの……先生……?」

 

「……駄目なら駄目って、最初から言え」

 

「え……?」

 

「怖いんだろ?暗闇」

 

「……………っ」

 

言い当てられて、どきりとする

気付かれてしまった……

 

別段、隠していた訳ではないが、こうも言い当てられるとなんだか恥ずかしい

 

「……すみません…。ご迷惑、お掛けして……」

 

さくらが申し訳なさそうに謝ると、土方はは突然くつくつと笑い出した

 

「何言ってんだ。生徒は教師に迷惑掛けるのが仕事だろうが」

 

そう言って、そのまま暗い廊下を歩いて行く

 

「――――――………っ」

 

土方の言葉が胸に響く

優しい―――……

 

土方は優しくしてくれるが、きっと”生徒”だからなのだろう

現に、土方は今”生徒は”と言った

 

結局は、私が先生の生徒だから優しくしてくれるだけなのよね……

 

そう思うと、なんだか悲しくなった

こうして手を繋いでくれるのも、生徒だから

きっと、この学園の生徒じゃなかったら、そのまま置いて行かれるのだ

 

でも、土方は永遠”生徒”としてしか見てくれない

千はもっとがっつりいけと言っていたが、どうすればいいのか分からない

 

結局は、”生徒”じゃなければ、こうして手を繋ぐ事も出来ないのだ

 

「八雲?」

 

不意に名を呼ばれ、ハッとする

気が付けば、校舎の出口に着いていた

 

外は大雨で、一歩外に出ればびしょ濡れになりそうだった

この風では傘をさしても意味無さそうだ

 

「車回して―――、あ――…1人にするのはマズイか……」

 

土方がそうぼやいた瞬間、バサッとスーツのジャケットを脱ぐとさくらの頭の上からかけた

 

「え?」

 

一瞬、意味が分からぬさくらが首を傾げた瞬間―――

 

「走るぞ!」

 

そう言うが早いが、土方がさくらの手を引いて駐車場まで走り出した

有無を言わさないのその行動に、戸惑いつつもさくらも慌てて土方の後に続く

 

土方は素早くキーレスで車の鍵を開けると、すぐさま助席のドアを開けた


「ほら、さっさと乗れ」

 

「は、はい……っ」

 

言われるがままに、さくらは開けられた車の助席に乗った

続けて、土方が運転席側に回るとすぐさま乗り込む

 

バタンッとドアを閉めると、一息ついた様に土方は小さく息を吐いた

 

「あの、先生……これ」

 

さくらがスーツのジャケットを脱ぐと同時に、持っていたハンカチを渡した

 

「あ、ああ、悪いな」

 

土方は素直にそれを受け取ると、濡れたシャツを拭きはじめる

さくらは、他に何か拭くものを持っていないか探したが、生憎と渡したハンカチ以外何も出てこなかった

 

幸い、貸してもらったジャケットのお陰でさくらはそこまでびしょびしょにならなかったが、ジャケットを脱いて雨の中走った土方は頭の上から下までびしょ濡れだった

 

土方は、ネクタイを少し緩めると 濡れたシャツのボタンを少し外した

そして、気持ち悪いのか 腕のボタンも外すと腕をまくりあげる

 

「悪いな、こんな恰好女子の前で」

 

そう言って、少しだけ笑みを浮かべた後、車のエンジンを掛けた

 

「すみません……私にジャケット貸して下さったから……」

 

申し訳なさそうにいうさくらに、土方は何でもない事の様に

 

「言っただろうが?生徒は教師に迷惑掛けるものだって」

 

「ですが……」

 

尚も言い募ろうとした瞬間、ぱしっと額を軽く叩かれた

 

一瞬、何をされたのか分からずぽかん…としてしまう

土方は、車を走らせ始めると

 

「それ以上は、聞かねぇからな。だっても、でも、無しだ」

 

そう言って、エアコンを入れる

じめっとしていた筈の空気が、一気に気持ちの良い風になる

 

先に止められて、謝罪をこれ以上言い損なってしまう

さくらは、いたたまれない気持ちで、小さく俯いてしまった

 

ぎゅっと、持っていたジャケットを抱きしめる

 

先生にとって、やっぱり私は生徒なんだわ……

 

こうして送ってくれるのも、雨の中ジャケットを貸してくれるのも、優しくしてくれるのも、全部”生徒”だから

それを痛感させられた

 

でも―――――……

 

あの暗闇の廊下で気を失う瞬間、土方の声を聴いた気がした

 

「さくら」

 

 

あれも、きっと気のせいだったのだろう

原田の様に、土方が名前を呼んでくれる筈が無い

いつも決まって「八雲」だ

間違っても「さくら」なんて呼んでくれる筈が無い

 

もし呼んでくれたら――――

 

―――――嬉しい のに

 

でも、きっと、これ以上望んではいけないのだ

何故なら、さくらは薄桜鬼学園の”生徒”で 土方は”教師”だ

”生徒”と”教師”なんて、世間は許してくれない

ブラッドだって、許す筈が無い

 

そもそも、必要以上にさくらに親しくされて困るのは土方だ

土方に迷惑は掛けたくない

 

だから、これ以上は望んではいけないのだ

 

分かっている

 

分かっているが、どうしても捨てられない

追って来てしまう程、この人を想う気持ちを捨てられない

 

ちらりと横で運転する土方を見た

 

雨に濡れて、いつも以上に綺麗さが増している

 

綺麗な人

あの桜の樹の下で見た時、そう思った

 

凄く、綺麗な人だと

そして、優しい人――――……

 

こんな人、一生かけたって巡り会えない

 

ああ…やっぱり、好きなのだと思い知らされる

でも、この想いは土方には迷惑の対象でしかない事も重々承知している

 

言えない――――

言う事なんて、出来ない

 

出来ないのだ――――――……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                        ◆          ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――と」

 

土方は、

マンションに帰るなり、持っていた鞄をソファーに投げ放った

そのまま洗面所に行ってタオルを取ってくる

 

タオルで頭を拭きながら、ようやく一息ついたとソファーに腰かけた

 

「…ったく、あいつは何考えてやがるんだ」

 

そう言いながら、頭を乱雑に拭いていった

さくらをマンションまで送った時、さくらが突然思い切った様に「寄っていってください」と言い出したのだ

 

勿論、驚いたのは土方だった

 

びしょ濡れの土方をそのまま帰すのは忍びなかったのか、タオルを貸すので寄って欲しいというのだ

勿論、速攻断った

 

仮にも生徒と教師である前に、女と男なのだ

女の1人暮らしのマンションに寄れる筈が無い

無防備すぎる

 

おそらく、さくらにその気はないだろう

だが、相手が土方だったからよかったものの、これが他の男だったらと考えると、無性に腹が立った

 

今度、しっかりと教えとかねぇといけねぇな

 

男を簡単に家に上げるなど言語道断だとしっかり、言い聞かせねばならない

 

しかし……

 

「はぁ……」

 

土方は今までにした事ない位、大きな溜息を付いた

 

今日は、マズったな……

 

咄嗟とはえい「八雲」ではなく、「さくら」と呼んでしまった

幸い、さくらは気を失っていたし気付かれてはいないだろうが

これがPTA会長の芹沢などに知れると面倒だ

 

それだけではない

何だかんだと、さくらを抱きしめた上に、抱き上げたり、手を握ったりしてしまった

 

あの場合も、仕方ないとはいえ正直思わずやってしまった事なのでバレた時言い訳がたたない

 

大体、あいつが無防備すぎるんだ

 

雷が怖いだけでも厄介なのに、暗闇も駄目だときた

これでは、目が離せない

 

抱き締めたのだって、落ち着かせる為であって他意は無い

その筈だと、自分に言い聞かせる

 

だが……

くっそ……

 

不覚にも、ぐらっときたのは事実だ

怖がる彼女を見て、抱きしめてやりたいと思ったのも事実だ

 

倒れている彼女を見て、咄嗟に名を呼んでしまうぐらい 土方の中でさくらの存在は大きかった

だが、彼女は生徒だ

教師が生徒に手を出すなど、あってはならない

 

彼女に再会した時、まさかという感情が一番大きかった

1年前に出逢った少女が、まさか新入生としてくるなど誰が思っただろう

 

あの時も、初めて会った時も、驚かされてばかりだ

 

そして、年々彼女は綺麗になっていく

最初に出逢った2年前も、幼いながらに心が動かされた

まさか、自分がこんな少女相手に…と、思ったほどだ

 

それぐらい桜の樹の下で佇む彼女は美しかった

 

くっそ……やばいな……

 

年々綺麗になっていく彼女が、視界から消えない

校舎で歩いている姿など、つい目で追ってしまう

笑ってくれると、こちらも嬉しくなる

 

生徒だと分かっているのに、自制が利かなくなる

 

はぁ――――……

 

バサッと、タオルを投げ捨てると、胸ポケットから煙草を取り出した

トントンと叩いて一本取り出すと、そのままライターで火を点ける

ふーと紫煙を吐き出すと、天を仰いだ

 

しっかりしろ 俺

 

相手は生徒だ

手は出せない

 

まさか、生徒一人にここまで翻弄されるとは……

 

今まで土方の周りに寄って来た女とは全然違う

もっと別の存在――――……

 

「さくら……か」

 

もし、土方が「八雲」ではなく、「さくら」と呼んだら 彼女はどんな反応を示すだろうか……

正直、素直にそう呼べる原田が少し羨ましい

 

「……呼べるわけねぇか」

 

教師が、ましてや教頭という身分の自分が女生徒と名で呼べるわけがない

 

土方はもう一度息を吐くと、静かにその菫色の瞳を閉じた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あら…もしかして!?

的な展開ですが…

ここで、中々くっつかないのがうちのクオリティですww

大体、あっさりくっついたら面白くないしー

 

こっちは、本編とは違って好感度高い状態スタートですからねー

皆さんなww

でも、逆ハーレムはしないよ!

 

2013/07/17