櫻歌日記-koiuta

 

 第1話 桜通り 6 

 

 

空が暗くなり、雷雲がゴロゴロと音を立てていた

 

土方は、途中 職員室で取ってきた懐中電灯で照らしながらブレーカーのある分電室の鍵を開けた

ガチャリと音が開いた後、分電室の中へと入りブレーカーをチェックする

案の定、ブレーカーは落ちていた

 

恐らく、雷によって安全装置が働いたのだろう

この薄桜学園は、かなりそういったセキュリティ面には力を入れていた

 

理事長である近藤が、「学生の安全を第一に!」と唱えるのと、後はあの影の権力者であるPTA会長がそこだけは譲らなかったからである

 

そもそも、学生上がりの近藤が学園を建てる程の資金を持っている筈もなく

いざ建てる時に資金面で援助してくれたのが、あのPTA会長である芹沢鴨だった

そして、学園の建設を破格で請け負ってくれた井上建設のお陰でもある

ちなみに、その井上建設の社長である井上源三郎は、現在 学園の学食のおじさんもしてたりもする(やってみたかったそうな)

 

なので、近藤は芹沢に頭が上がらないのだが、土方ら教師陣は彼に良い印象は持っていなかった

なにかと、黒い噂の絶えない人なのだ

 

その3人が合意したのがこのセキュリティ面だ

火事などの二次災害を防ぐために、一定の負荷が掛かるとブレーカーが落ちる仕組みになっている

が…裏を返せば、パニックの原因にもなりかねない気もしなくともない

 

土方はブレーカーを上げようと手を伸ばしたが、まったくピクリともしなかった

 

「やっぱり、連絡しねぇと駄目だな……」

 

安全装置で落ちたため、完全にロックが掛かっている

セキュリティ会社に連絡しなければ、上げられそうにない

 

土方は、はぁ…と小さく溜息を付くと、分電室から出た

こういう時に限って携帯を古典準備室に置きっぱなしにしてきている

職員室の電話を使ってもよいが、準備室に行くのとさほど変わらない距離だ

それに、この暗闇の中職員室の子機を探すのも一苦労だ

 

土方は、もう一度小さく息を吐くと、古典準備室に戻る事にした

 

そういやぁ、八雲を一人にしてきちまった

何も無いとは思うが、一応急いだ方が良なそうだな

 

そう思い、足早に古典準備室に向かった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

廊下の角を曲り、準備室に急ぐ

と、その時だった

 

懐中電灯の前を何かが横切った気がした

 

「……………?」

 

一瞬、何かと思い目を細める

だが、懐中電灯の先には何もいなかった

 

気のせいか……?

 

疲れているのだろうか……

 

そう思いながら、準備室へと続く廊下へ出た時だった

 

ガラガラガラガシャ――――ン

 

また、雷が落ちた

瞬間、パッパッパと学園の周りの家や街灯の電気も消えた

 

これは、本格的に停電したようだった

これでは、セキュリティ会社に連絡した所で電気は点かないだろう

 

土方は小さく息を吐くと、とりあえず準備室に戻ろうと懐中電灯をそちらへ向けた

その瞬間――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………っ、————— さくら!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

古典準備室の前の廊下で倒れているさくらの姿が目に入った

土方は、懐中電灯を投げ捨てると、一目散にさくらに駆け寄った

 

「おい! さくら!! しっかりしろ!!」

 

抱き上げ、呼び掛ける

咄嗟に、脈と呼吸を確かめる

 

脈も正常だし、息もしている

どうやら、気を失っているだけの様だ

 

ほっとして、土方はさくらの頬に掛かった髪を避けた

 

「ん………」

 

微かに、さくらが反応する

 

「目が覚めたのか?」

 

そう呼びかけると、うっすらと彼女の真紅の瞳が開けられた

 

「ひじか、た、せんせ…い……?」

そう声を洩らした瞬間、突然さくらがポロポロと涙を流し始めた

ぎょっとしたのは、土方だった

 

突然泣き出した、女生徒をどう扱てよいのか戸惑っている内に、さくらが土方にしがみ付いて来た

 

「お、おい、八雲……っ」

 

まさか、抱きつかれるとは思っておらず 土方の中に動揺が走る

 

「……った、です……」

 

「あ?」

 

「怖かっ…た……、せん、せい……っ 一人にしないで下さい……っ」

 

嗚咽を洩らしながらそう訴えるさくらを見て、土方が息を飲んだ

 

彼女は言った

怖かったのだと

一人にしないでくれと

 

それはそうだ

 

まだ17歳の少女を、暗闇の中 しかも雷が鳴る中一人にしてしまったのだ

そこまで気が回らなかったのは土方の落ち度だった

 

「……悪かったよ」

 

土方はそう言うと、自分にしがみ付いてくるさくらの背を撫でた

こうして触れてみると分かる

こんな細くて小さな少女を一人にしてしまったのだ

 

「……悪かった、もう一人にしねぇよ」

 

もう一度そう言うと、土方はさくらを安心させる様に抱きしめ返した

さくらが小さく頷きながら、更にぎゅっと土方にしがみ付く

 

その時だった

 

ゴロゴロゴロ

 

雲が唸ったかと思うと、物凄い爆音が辺り一帯に響き渡った

 

 

「―――――――っ!!」

 

 

さくらがそれに反応する様に、びくりと身体を震わせた

そして、必死に土方にしがみ付く

 

その身体は震えていた

本気で怖いのだ

 

暗闇が―――とかではなく、雷自体が怖いようだ

 

土方の周りにこんな風に雷を怖がる者などいなかった

近藤の試衛館は完全に男所帯だったし、周りに寄ってくる女たちは怖いふりをして気を引こうとする事はしても、本気で怯える事は無かった

 

だが、さくらは違った

気を引くとか、わざととかそういうのとは無縁だった

本気で、雷を恐れていた

 

そう思うと、不思議と彼女が可愛く思えた

 

生徒に対してこう思うのは不謹慎かもしれない

だが、そう思うのは初めてでは無かった

今までも何度も、彼女を可愛いと思う瞬間があった

 

それは、ほんの些細な仕草だったり、会話内容だったり

さくらは、今まで土方の周りに居た女達とはまったく違っていた

 

純粋で、素直で、真っ直ぐで―――でも、すこし意地を張りたがる

 

そういう所が、可愛く思えてしまう

原田が構いたがるのも納得がいった

 

だが、それを原田の様に表に出す事はしなかった

何故なら、土方は教師だ

しかも、教頭という立場でもある

一生徒のみ特別扱いする訳にはいかない

 

だが、今は――――………

 

そう思うと、自然とさくらを抱きしめる手に力が篭った

 

「八雲、立てるか?」

 

土方の問いに、さくらが小さくかぶりを振った

どうやら、震えから上手く立ち上がる事が出来ないらしい

 

「……すみません、先生…ご迷惑お掛けして…」

 

さくらが申し訳なさそうに、視線を落とすと 土方の首に回していた手を退けようとした

が、何故かそれを制したのは土方だった

 

まさか、そこで止められるとは思っておらず、さくらが驚いた様にその真紅の瞳を瞬かせる

さくらの手を掴んだまま、土方はぐいっともう片方の手でさくらの腰を掴んだ

 

「あ、あの、せんせい……っ!?」

 

まさかの土方の所業に、今まで怖かったのが一気に吹き飛んだ

だが、土方は何事も無かったかの様にさくらの手を自身の肩に乗せると、そのまま軽々とさくらを横抱きに抱き上げた

 

それにぎょっとしたのはさくらだった

顔を真っ赤にして口をぱくぱくとさせる

 

「せんせい……っ!!?」

 

「耳元で叫ぶな、静かにしてろ」

 

そう言うな否や、土方はさっさと古典準備室に入ると、そのままさくらをソファーの上に下ろした

 

やっと解放されて、さくらがあからさまにほっとしだす

別の意味で心臓がバクバクいっていた

 

土方は、何事も無かったかのように、机の上の書類を鞄に仕舞い始めた

 

「あ、あの……」

 

土方が何をしているのか分からず、さくらが首を傾げる

 

そうこうしている内に土方は全部仕舞い終わると、さっさと車のキーを取り出した

 

「お前の荷物はこれか?」

 

そう言って、さくらの鞄を取る

 

「先生……?」

 

ますます意味が分からず、さくらが首を傾げた

その反応に、土方が一度だけその菫色の瞳を瞬かせた後

 

「帰るんだよ。もうこの辺り一帯停電しちまってるからな。ここに居ても仕事にならねぇ」

 

「あ………」

 

言われてみれば、先程まで点いていた外の街灯も消えている

本当に停電してしまった様だ

 

「……………」

 

「どうした?」

 

「あ、いえ……」

 

この暗闇で、いつ雷が鳴るとも分からない中を一人で帰るのかと思うと、身体が動かなかった

 

どうしよう……

お願いしたら、土方先生は一緒に帰ってくれるかしら……

 

だが、怖いというだけで土方に迷惑を掛けるのも気が引けた

それ以前に、そんな事をお願いする勇気もない

 

だい、じょう…ぶ、よね……

 

斎藤に迎えをお願いするのも選択肢としてはあるのかもしれないが、放課後まで手を煩わせたくはなかった

 

走って帰れば、雷が鳴る前に帰れるかもしれない

そう思った時だった

 

また ピカッと空が光った

 

「きゃあ!」

 

ビクリッとさくらが身を縮こませた

ガタガタと身体が震えだす

 

どうしよう……!

 

とても、雷が鳴る前に走ってマンションに辿り着く気がしなかった

もういっその事、学校に泊まってしまおうかとさえ思ってしまう

 

「八雲、帰るぞ」

 

「………………」

 

土方がそう声を掛けるも、さくらからの反応はなかった

小さく縮こまったまま動こうとしない

 

どうやら、怖くて動けないようだった

土方は小さく息を吐くと、ドカリとさくらの横に座った

 

不意に、すぐ横に土方の気配を感じさくらが顔を上げる

すると、土方の綺麗な菫色の瞳と目が合った

 

「せ、んせ………」

 

「先生?」と声を掛けようとした瞬間、不意に伸びてきた土方の手がさくらの肩を抱き寄せた

 

え……!?

 

まさかの土方の行動に、どきりとさくらの心臓が大きく鳴った

 

「あ、あああの……土方先生……っ!?」

 

パニックを起こしそうなぐらいさくらの心臓が早鐘の様に鳴り響きだす

すると、土方の手がさくらをあやす様にぽんぽんっと頭を撫でられた

 

「馬鹿、怖いんだろう?無理するんじゃねぇよ」

 

そう言って、もう一度頭を撫でてくれる

 

土方のその言葉に、さくらが息を飲んだ

土方の優しさが身に染みて来て、泣きたくなる

 

土方先生……

 

じわりと、涙ぐみそうになるのを必死に堪える

こんな風に優しくされたら、私先生を忘れられなくなってしまう……

 

報われない想いなのに

卒業したら、きっともう二度と逢えないのに

 

いずれ忘れなければいけない人なのに……

 

この人の側にいさせて欲しいと―――……

 

叶わない願いなのに、願いたくなってしまう

さくらは、ぎゅっと土方のスーツの端を掴んだ

 

今だけ……

今だけは―――………

 

 

その時だった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おや、不純異性行為ですか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

突然“それ”は現れた

 

「…………………っ」

 

土方が“それ”を見て、ぎょっと息を飲む

 

そう――――……

突如、下からライトで照らされた謎の顔が暗闇の中ぼぅっと浮かび上がったの

 

 

「いやああああああああ!!!!」

 

 

さくらが叫んだのは言うまでもない

 

「失礼ですね、その様に驚かなくとも宜いではありませんか」

 

“それ”は何事も無かったかのように、そのままでさくらと土方に近づいて来た

 

「ひ……っ土方先生ぇ……っ!!」

 

さくらが、今までにない位の怯え様で 土方に必死にしがみついた

逆に、土方は冷静だった

 

“それ”を見るなり、はぁ~~~~~~~と大きな溜息を付いた

 

「何やってんだよ、山南さん」

 

「おや、私は単に見回りをしていただけですよ?」

 

そう言って、山南と呼ばれた白衣の男は、下から顔をライトで照らしたまま、何事も無い様なそぶりで近づいて来た

 

「おやおや~?土方君が抱きしめているのは、2年1組の八雲さくら君ではありませんか」

 

やや!と今発見したと言わんばかりにわざとらしく驚いてみせると、じーとそのままで土方とさくらを交互に見た

 

そして

 

「やはり、不住異性行為ですか……」

 

と、しみじみそう言うが…

 

「何言ってんだ!!あんたの“それ”に怯えてるんだよ!!!」

 

と、びしい!と下から顔を照らすライトを指さした

指摘されて初めてそれに気付いたかの様に、山南が「おや」と声を洩らした

そして、しぶしぶライトで下から顔を照らすのを止める

 

「前衛的だと思ったんですがね……」

 

「どこがだ!!」

 

最早、突っ込みしか出来ない

だが、それとは裏腹にじーとやはり山南は 土方とさくらを見比べた

 

「離れませんね……やはり不純異性こう――――」

 

「そういうあんたは、こんな所でなにしてんだよ!!」

 

言い切る前に、土方にぴしゃりと突っ込まれた

山南は、不服そうに眼鏡を掛け直すと

 

「決まってるじゃないですか。突然停電したので生徒が残っていないかチェックしてたんですよ」

 

と、さも当然の様に言い切るが……

 

「それでなんで古典準備室に来るんだよ」

 

古典準備室は、生徒が立ち入れない場所として有名である

最もな意見だった

 

「いえ……もしかしたらという可能性があるかもしてないじゃないですか。例えば、土方君が暗闇に乗じて女生徒を連れ込んでいるかもしれないという好奇心も…」

 

 

「本音が駄々洩れしてんぞ」

 

 

土方が鋭く突っ込むが、山南はキラーンと眼鏡を光らせ

 

「おやおや、現場を押さえた私に言い訳ですが? みっともないですね、教頭先生ともあろうお方が」

 

「いや、誤解を招く様な言い方するんじゃねぇよ」

 

「誤解?誤解ですか?私には、土方君が彼女を抱きしめている様にしか見えないのですが?」

 

「逆だろ!」

 

どちらかというと、さくらがしがみ付いている方が正しい

 

土方は、さくらを揺さぶると

 

「ほら、八雲。お前もいつましがみ付いてるんだ。帰れねぇだろうが」

 

肩を揺さぶられ、さくらがびくりと反応した

 

「先生…お化け…もう、いませんよね……?」

 

「は……?」

 

お化け……???

 

土方と山南が顔を見合す

そういえば、先程の山南はお化けに見えなくもなかった

 

土方はくすりと口元に笑みを浮かべると

 

「そんなもん、もういねぇよ」

 

そう言って、ぽんぽんっとさくらの頭を撫でた

すると、恐る恐るさくらが振り返る

 

そして、視界に入って来たその人物を見て、きょとんっとその真紅の瞳を瞬かせた

 

「山南先生……?」

 

「はい、こんにちは八雲君」

 

そう言って、にっこりと山南が微笑んだ後、すっと何かを指さした

 

「……………?」

 

意味が分からず首を傾げると、山南はさらににっこりと微笑んだ

 

「いつまでその態勢でいるおつもりですか?」

 

言われて、今自分が土方にしがみ付いているのだという事に気付く

瞬間、恥ずかしさが一気に込み上げてきた

 

「す、すみません……っ!!!!」

 

さくらが真っ赤になって慌てて離れると、土下座する様な勢いで頭を下げだした

 

「ごめんなさい…!すみません……っ、先生っ」

 

ずっと土方にしがみ付いていたのか

それも、山南の目の前で

 

恥ずかしい……っ!!

 

羞恥と申し訳なさで頭が一杯になり、顔が上げられない

 

その時だった、不意に頭に手が乗せられた

土方の手だ

 

「あの場合は仕方ねぇだろ。気にするな」

 

そう言って、ぽんっと一度だけ頭を撫でた後、立ち上がった

 

「さて、さっさと帰るぞ」

 

「先生……」

 

そう言って、何事も無かったかのように土方が自分の荷物とさくらの荷物を持つ

 

「俺は八雲を送っていくから、山南さんは一人で帰れるだろう?」

 

土方に言葉に、山南も小さく頷いた

 

「私は大丈夫です。土方君、彼女を頼みましたよ」

 

「ああ」

 

え……?

 

さくらが話に付いていけないまま、山南んはさっさと根城へ帰ってしまった

 

土方が、当たり前のようにスタスタと古典準備室から出て行こうとする

 

えっと……

 

今、土方は何と言っただろうか……?

 

すると、不意に土方が振り返った

 

「なにしてんだ、帰るぞ」

 

「え…?あの……」

 

事態が呑み込めず、さくらが戸惑いの色を見せると 土方は小さく息を吐いた

 

「なにやってんだ。送るつってんだろう。早くしろ」

 

え……

 

送る……?

土方先生が…私を………????

 

土方は車通勤だ

つまり……

 

………………

………………

………………

 

え……ええええ!!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

雷の回と、山南さん登場の回でした

 

ちなみに、夢主は雷とお化け駄目な人設定です

その方が、色々と美味しいからww

 

まぁ、ぶっちゃけ雷は全然平気な私が通りますけどねー(笑)

お陰で、恐ろしさが分からんよwww

 

つか、次は車で2人っきり帰宅ですって!!

土方ターン続く…

 

※最初に夢主を名前呼びしている所は、間違いではありませんよー

 

2012/06/22