◆ 第1話 桜通り 4
「じゃぁ、気を付けて帰れよ―――」
帰りのSHLが終わり、担任の原田が軽く持っていた名簿を振りながら教室を出て行く
それと同時に、今日の授業から解放されたと わっと教室中が騒がしくなった
さくらも、鞄を取ると帰り支度を始めた
その時だった
「さくら」
不意に呼ばれ振り返ると、斎藤が歩いてきた
さくらは、にこりと微笑むと
「一は今から部活?」
さくらの問いに、斎藤は小さく頷く
「ああ、今日は近藤学園長が来る日だからな。しっかり鍛錬してくるつもりだ」
そう言いながら、いつもの様にすっと弁当箱の包みとさくらに渡した
さくらは、それを当たり前のように受け取ると、鞄に仕舞う
「今日の弁当も絶品だった。いつも、すまない」
斎藤の言葉に、さくらが小さくかぶりを振る
「いいのよ、どちらにせよ自分のも作るもの。大した手間じゃないわ」
そこまで言い掛けて、ふとある事を思い出した
「そうだわ……今晩のお夕食に何か食べたい物とかある? 帰りに材料を買って帰ろうかと思っているのだけれど…リクエストがあるなら、教えてくれると助かるわ」
「夕食に食いたい物か……そうだな……」
斎藤は、う~ん…と唸った後、腕を組んで考え込んでしまった
その様子がおかしくて、さくらがくすりと笑みを浮かべる
「そんなに難しく考える必要はないわよ。思い付いたものでいいわ」
と、その時だった
「僕は、さわらがいいなぁ~。照り焼きとかどうかな?もしくは、鰯のマリネとかどう?」
「え……?」
不意に前から声が聴こえてきた
慌ててそちらの方を見ると、案の定沖田がこちらを向いて座っていた
その顔には満面の笑みが浮かんでいる
「ねね?僕のリクエストどうかな?」
「え……あの………」
戸惑っているさくらに追い打ちをかける様に、沖田が更に話しだす
「あ!それに肉じゃがとか付けてくれたら、もうサイコ-なんだけど! 勿論、僕も夕食にお呼ばれしてもいい――――いたっ!」
ゴン!という景気のいい音と共に、沖田が頭を抑えた
むぅ~っと頬を膨らませると、頭を殴ったであろう斎藤を睨みつける
「ちょっと一君。なにするのさー」
沖田が恨めしそうな目で見る斎藤の手には、ぶ厚い辞書が握られていた
「総司、貴様は部活があるだろう」
「ええーそんなの、一君もじゃん。どうせ、夕飯は部活の後でしょ?だったら、僕が行くのに支障は――――っいた!」
再び、ゴン!という景気のいい音が聴こえる
「調子に乗るな!何故、貴様にさくらの手料理を食わせねばならん」
斎藤のその台詞に、沖田がぶーぶーと文句を言う
「だって、一君ばっかりずるいじゃん!家でも学校でも、さくらちゃんの手料理食べてさー!僕だって食べた―――って!その辞書で殴るの禁止―!!」
三度目の攻撃に出ようとした斎藤に、沖田がすかさずガードに入る
二人のやり取りをみていたさくらは、思わずくすくすと笑ってしまった
「さくら!これは、笑い事では……っ!!」
斎藤が柄にもなく頬を赤らめて抗議すると
沖田が、横からにやにやした顔でちゃちゃを入れてきた
が、すかさず斎藤が沖田の襟首をむんずっと掴んだ
「わわ…っ!ちょっと、一君!?何す……」
「お前は部活だ。さっさと来い!」
そう言って、ずるずると沖田を引っ張っていく
「ちょっとぉー!一君、引っ張るの止めてくれないかな~。っていうか、僕、猫じゃないし!!」
などと沖田が抗議しているが、斎藤は聞く耳持つ気は無いようだ
教室から出る直前、不意に斎藤が振り返った
「さくら、夕飯のリクエストは決まったらメールをしておく」
斎藤のその言葉に、さくらが小さく頷く
斎藤はそれを確認した後、「では、気を付けて帰れよ」とだけ残し、沖田を引っ張ったまま教室を後にしていった
さくらは、くすっと笑みを浮かべながら、一度だけ時間を確認するのに携帯を見た
そして、残りの荷物を片付ける
一通り帰り支度が済むと、ふと窓の外を見た
嫌な天気だった
梅雨にはまだ早いのに、今にも雨が降りそうな天気だ
「……朝は、晴れていたのに……」
朝見た天気予報では、今日は一日快晴との事だったので、傘など持って来ていない
このままだと、いずれ雨が降るかもしれない
一応、折りたたみ傘は持っているが、1本しかない
時間的に、さくらよりも斎藤の方が雨に降られる可能性が高い
「…… 一も持っていなかったわよね…」
それなら、この折りたたみ傘は斎藤に渡した方がいいだろう
さくらは、携帯を取り出すと、斎藤にメールを送った
そして、折りたたみ傘を斎藤に机に置くと、足早に教室を後にした
雨が降らない内に早く帰ろうと廊下を歩いている時だった
「さくら!」
不意に呼ばれ、振り返ると
先程教室を出て行った、担任の原田が手招きをしながら歩いて来た
さくらは、不思議に思い首を捻りつつも 原田の方へと歩いて行く
傍まで行くと、何故か原田に頭を撫でられた
「えっと…原田先生???」
意味が分からず、ますます首を捻ると
「いや?ちゃんと来たから、そのご褒美だ」
と言って、もう一度さくらの頭を撫でた
別段、褒美をもらう程の事はしていなおのだが…
こうして頭を撫でられると、何だか少し気恥ずかしい
「あ、あの?何かご用ですか?」
とりあえず、本題を切りだそうとそう尋ねると、原田は「ああ」と微笑みながら頷いた
「お前が、昨日出した例の欠席申請書。あれ、もう出来てると思うぞ」
「え!?」
昨日の朝、自分と斎藤の休みの申請書を出したというのに、もう学園長などの許可が下りたのだろうか?
随分、早い
「……もう、許可がおりたのですか?」
去年よりも早い処理に少し驚きを隠せずにいると、原田がニッと笑った
「ああ、理由は分かってるからな。事情も聞いてるし、それに一大イベントじゃねぇか」
そう言って、ぽんぽんと頭を叩かれる
一大イベント…
はたから見たらそうなのかもしれない
だが、さくらにとってはあまり喜ばしい事でもなかった
「直に、俺が祝ってやれねぇのは、あれだけどな。ま、楽しんで来いよ」
「…………はい」
だが、それを悟られる訳にはいかなかった
でなければ、原田の好意を無にしてしまう
さくらは、曖昧に笑みを浮かべた後、ただ小さく頷いた
「あの、その許可書は何処に取りに行けば頂けますか?」
「ん?ああ、多分土方先生が持ってると思うぞ?残りは、教頭の承認印だけだったからな」
“土方”という言葉に、一瞬どきっとする
土方先生…
そういえば、今日は会えていない
もしかしたら、帰る前に会えるかもしれないとういう期待が膨らんでいく
さくらは、緊張を気付かれないように、平常心を装いつつ
「あ、あの、それでは土方先生は今どちらにいらっしゃいますか?」
さくらの言葉に、原田は少し考えた後
「そういやぁ…確か、書類の整理があるとかで、古典準備室に行くっつってたかな?」
古典準備室……
土方がよくいる部屋だ
さくらは、にっこりと微笑むと、軽くお辞儀をした
「分かりました、行ってみますね。原田先生、わざわざ教えて頂いてありがとうございました」
「ああ、じゃぁな」
そう言って、原田と別れた後、さくらははやる気持ちを押さえつつも、何となく、足早に古典準備室に向かおうとした
と、その時だった
別棟に向かう渡り廊下に差し掛かろうした時だった
不意に、視界に影が落ちたかと思うと、突然目の前に何かが現れた
「あ……!」
「きゃっ……!」
避けようと思ったが、急いでいた為避けきる事が出来ず、そのままそれにぶつかってしまった
瞬間、バサバサバサーと何かが散らばる音がした
と、同時にバランスを崩したさくらは、その場に倒れそうになった
……………っ
今から訪れるであろう衝撃に耐える様にぎゅっと目をつぶる
……………
……………
……………
が、いつまでたっても、予想していた衝撃が来ない
「…………?」
変に思い、おそるおそる目を開けてみると、目の前に見知らぬ男子生徒がいた
「え………?」
誰……?
少し短めの髪をした男子生徒は、一度だけこちらを見てその紫色の瞳を瞬かせた
「すまない、俺の前方不注意だ。怪我はなかっただろうか?」
言われて、はっと今の態勢に気付く
その男子生徒に抱きかかえられる様にして、支えられていた事にサッとさくらが頬を赤らめた
「あ、あの!すみません……っ!私、前をよく見ていなかったもので……
そう言い募ると、慌てて自身の足で立ち上がろうとした
瞬間
「…………っ」
ズキリと、右足に痛みが走る
「……………?どうした?何処か怪我をしたのか?」
その異変に気付いた男子生徒が、そう問うてくるが
さくらは、悟られないようににこりと微笑んだ
「いえ、大丈夫です」
そう言ってしゃがみ込むと、目の前に散乱してしまった書類を集めだした
それを見た、男子生徒が慌てて制そうとする
「いや、自分で拾うから、君はしなくていい!」
そう言ってくれたが、さくらは小さくかぶりを振った
「いえ、二人の方が早いですから」
そう言って、近場の書類から集めていく
そこで、ふと気づいた
「健康診断……?」
それは、健康診断に関する案内と、そのカルテ関係だった
普通の生徒なら、この様なものは持ち歩いていない
それに気付いた、男子生徒は「ああ…」と声を洩らした
「自分は保健委員をしているんだ」
「あ、そうなのですね……」
それなら、この様な書類を持っていても納得いく
しかし、保健委員という事は、あの保険医の山南敬助の相手をいつもしているという事だ
しかも、この山南が曲者で、噂では健康増進部という謎の組織(注:部活)で変若水とかいう謎の薬とトマトジュースを薦めているという 密やかなうわさが流れている
そして、何より…薄桜学園逆らってはいけない人、No.1
「そうだ、名乗っていなかったな。自分は2年2組の山崎烝だ。良ければ、君の名を聞いてもいいだろうか?」
「え?」
一瞬、間を置いた後、名乗られた事に気付き、さくらもにこりと微笑んだ
「わざわざありがとうございます。2年1組の八雲さくらです
さくらの答えに、山崎が何かに気付いた様に、「ああ」と洩らした
「八雲君か……1組といえば、確か沖田さんや、斎藤さんがいたな」
「沖田さんと、一をご存じなのですか?」
さくらの問いに、山崎が「ああ」と答えた
「俺も、一応剣道部に席があるからな。まぁ、色々と山南先生を見張っ…いや、お世話をしていると、なかなか顔が出せないのだが……」
………………
今、一瞬“見張る”と聴こえた様な気もしたが…聞かなかった事にしよう
そう思いつつ、拾い終わった書類を山崎に渡す
山崎は「助かった」と言いつつそれを受け取ると、何かに気付いた様に「あ」と声を洩らした
「もしかして、斎藤さんが護衛しているとかいうお嬢様が、君か?」
「………ええ、そう、です」
そう言われているのには慣れている
が、慣れていても、あまり好きにはなれなかった
だが、斎藤がさくらの護衛をしている事は、この薄桜学園では周知の事実で、否定しようもない
が、山崎の反応は至って清々しいものだった
満面の笑みを浮かべると、小さくうんうんと頷く
「斎藤さんなら安心だな!あの人の腕は俺が保証する」
よくある、奇異の目や面白がっての反応ではない
だから、さくらも悪い気はしなかった
「ええ… 一にはとても助けられています。私も、彼なら安心出来ますから」
そう言って、にっこりと微笑む
不思議だった
山崎と話すのは、何故かとても話しやすい
「と、いかんな。立ち話をし過ぎたか」
不意に、山崎が腕時計を見ながらそう洩らした
「すまない、そろそろ戻らなければならないので、これで失礼する」
そう言って小さく頭を下げた
さくらも、それにならう様に頭を下げる
「いえ、こちらこそ、お時間取らせてすみません。気を付けて下さいね」
「ああ」
そして、そのまま山崎と別れると、今度こそ渡り廊下へ足を踏み入れる
空が薄暗くなり、今にも雨が降り出しそうだ
遠くの空に、微かに雷雲も見える
「急がないと……」
このままでは、本当に帰る頃には本降りになってしまう
さくらは、そう思いながら渡り廊下を渡りきると、そのまま足早に古典準備室へ向かった
山崎登場の回でしたww
後、相変わらず一はオイシイです(笑)
重要な土方先生との触れ合いは、次回へ持越し~
ですねv
あ、ちなみに、一体なんの行事があるんですかねー?
まま.、勘の良い方なら察しは付くかとww
2012/08/28