櫻歌日記-koiuta

 

 第1話 桜通り 10 

 

 

会場は、いつも以上ににぎわいを見せていた

フェラージーン財閥の一人娘

さくら・アシュリー・八雲・フェラージーンの17回目の生誕を祝おうと、各国の重鎮や著名人など数多くの人が集まっていた

 

そんな中、義務ともいえる挨拶を済ませた後、さくらはパーティー会場の上座に用意された椅子に座ったまま重い溜息を洩らした

 

目の前には、何処ぞのグループの跡取りだの、財団の息子など、何十人という男達が群がっていた

皆、さくらと一曲だけでもダンスを踊ろうと、申しこんでいるのだ

だが、結局のところ彼等の見ているのはさくらではなく、さくらのバックにあるフェラージーンの力である

 

許嫁が決まっているとはいえ、あわよくばさくらの心を射止めれば、フェラージーンの財力は自分達の物になる

もしくは、フェラージーンという太いパイプを持つ事が出来れば、将来役に立つ

 

そういう邪な感情が嫌という程伝わってくる

 

「さくらさん、是非、僕と踊って下さい」

 

「いや、俺と踊るべきだ」

 

あちらからも、こちらからも声が掛けられ、どう対処していいのかも分からない

最初は1人1人丁寧に挨拶をし、断っていたが…

今となっては、多すぎて収集も利かない

 

さくらは、また小さく溜息を洩らした

 

もう、下がっては駄目だろうか

 

ブラッドの言われた通り、ドレスも着たし、アクセサリーも付けた

挨拶も済ませたし、このままホテルの控室様に取ってある部屋に引っ込んでしまいたい

そんな思いすら浮かんでくる

 

駄目だというのは分かっている

 

このパーティーは、さくらの為のパーティーだ

あくまでも、表向きは

主賓が、途中退出など許される筈が無い

 

斎藤は、あくまでも日本の護衛役だ

この会場では、他のボディーガードが付いている

斎藤は、恐らく別の場所にいるのだろう

 

斎藤が傍にいれば、少しぐらい気はまぎれたかもしれないが……

これでは何の為に、斎藤に無理言ってアメリカまで来てもらったのか分からない

 

ここに、土方が居れば……

もし、このダンスの申し込みをしているのが土方ならば……

 

迷わず、その手を取っているのに――――……

 

そんな事、あり得ないわよね……

 

今頃、土方は学校だろう

そもそも、何の為に休んだのか…それすら知られてない可能性の方が高い

 

だが、マナーとして一曲ぐらいは誰かと踊らなければならない

しかし、誰の手も取る気になれなかった

 

その時だった

 

「どけ」

 

一際、怒気の混じった声が辺りに響いた

 

ざわりと、さくらにダンスを申し込んでいた子息達それを見た瞬間、どよめきだす

 

「おい、あれ……」

 

「マジかよ…今、日本じゃなかったのか?」

 

そんな声が聴こえてくる

突然ざわめき出した会場に、さくらが不思議に思い顔を上げた時だった

 

「あ………」

 

視界に入って来たその人に、大きくその真紅の瞳を見開く

 

「千景……?」

 

そこには、白いフォーマルスーツに身を包んだ風間千景の姿があったのだ

風間が歩くだけで、そこに道が出来る様に男達が避けていく

 

「おい、あれって……」

 

「風間グループの……さくらさんの許嫁とか言う……」

 

ひそひそと、そんな声が聴こえてくる

だが、風間は気にした様子もなく、堂々とその男達の開けた道をまっすぐ歩いてさくらの目の前に歩み出た

 

「千景……来ていたのね……」

 

よくよく考えれば、来ていて当然だった

風間は、名目上とはいえさくらの許嫁だ

ブラッドが招待状を送らない筈が無い

 

「ふん、こんなパーティーなどに興味はないがな、お前の誕生日だと言うから、わざわざ日本から来てやったのだ。当然だろう?俺はお前の夫となる身だからな」

 

悪態を付きながらそういう風間が、いつも通りで何故かほっとした

思わず、くすりと笑みすら浮かんでくる

 

「ふふ……まだ、婚約はしていないと思うけれど…?」

 

思わず、そう返すと風間はふんっと鼻を鳴らし

 

「安心しろ、いずれそうなる。しかし―――……」

 

そう言って何故か辺りを見渡した

 

「……千景?」

 

風間の挙動が不審過ぎて、さくらが首を傾げた時だった

 

「いつもの、犬はどうした?来ていると聞いたが?」

 

「犬って…… 一は、多分 別の所にいると思うけれど……」

 

さくらがそう答えると、風間が心底呆れた様に重い溜息を付いた

 

「こういう時に、傍にいないとは使えん犬だな。おい!」

 

そこまで言うと、さくらの後ろの方に立っていたリオンに声を掛けた

そして、さも当然の様に

 

「さっさと、あの犬を呼んで来い!」

 

「は…しかし風間様……」

 

リオンが困った様に口籠ると、風間はギロッとリオンを睨みつけ

 

「いいから、さっさと連れて来い!」

 

「か、畏まりました」

 

風間の威圧に押されたのか、リオンが慌てて斎藤を呼びに席を外した

 

「まったく、どいつもこいつも使えんな……」

 

風間のその言葉に、さくらが少し困った様に苦笑いを浮かべた

 

「リオンを責めないで、リオンだってお父様の指示に従っていただけなんだし――――」

 

「さくら」

 

不意に、風間の手がさくらのつけているピンクサファイヤのイヤリングに触れた

突然の出来事に、さくらがどきりとする

 

風間は、チャリっとイヤリングを持つとそのイヤリングに一瞬だけ口付けた

 

「ち、千景……!?」

 

瞬間、周りの男達がざわめきだす

さくらが、ぎょっとして慌てて後退ろうとするが、突如伸ばされた風間の手が腰に回り、がっちりとめられてしまった

 

「あの……千景……っ!!」

 

さくらが、顔を真っ赤にして叫ぶ

だが、風間は止まらなかった

そのまま、手をゆっくりと首元にずらすと、今度はネックレスに触れた

 

まるで、周りの男達に見せびらかすかのように

 

「似合っているぞ、アクセサリーもそのドレスも」

 

「あ……ありが、とう」

 

そう答えるので、精一杯だった

 

触れられた箇所が熱い

頭が真っ白になる

 

不意に、風間がパチンと指を鳴らした

瞬間、何処からともなく真っ白な薔薇の大きな花束を持った天霧が現れる

 

「風間、そう近づかれては桜姫が困ってしまわれます」

 

「余計な世話だ。さっさとそれを寄越せ」

 

そう言って、天霧の忠告も無視して白薔薇の大きな花束を奪い取るとざっと、さくらの前に差し出した

 

「誕生日の祝いの品だ」

 

「え………」

 

それは、エンジェルズラブという希少品種の薔薇だった

さくらは、その白薔薇の大きな花束を受け取ると、小さな声で「ありがとう」と答えた

 

「そのドレスも、アクセサリーも、流石は俺が贈っただけの品だな、お前に相応しい」

 

「え……」

 

瞬間、意外な言葉を聴いた

このドレスもアクセサリーもブラッドが指示した品だ

てっきり、ブラッドが用意した物だと思ったのに……

 

「このドレス……千景が……」

 

「そうだが?気に入らぬか?」

 

「え…あ、ううん……すごく、素敵なドレスだと…思うわ、ありが、とう」

 

ブラッドが用意したと思っただけで窮屈だったのに

風間が贈った物だと知って、益々締め付けられる感じがさくらを襲った

 

まるで、風間との結婚は逃れられないとでもいうようだ

きっと、ブラッドはこの事を知ったうえで言わなかったのだ

どう足掻いても、風間と一緒になる運命なのだろうか…とすら、錯覚しそうになる

 

その時だった

 

「さくらから離れろ」

 

不意に伸びてきた手が、さくらと風間の間に割り込んできた

 

「あ………」

 

はっとして顔を上げると、そこには黒いフォーマルスーツを着た斎藤がさくらを護る様に立っていた

遅い登場に、風間がふんっと鼻を鳴らす

 

「ようやく来たか、犬が。さっさと、さくらの護衛をしたらどうなんだ?」

 

そう言って、自らもさくらを護るかの様に立つ

 

「あんたに、一番言われたくない」

 

「今日だけはその暴言見逃してやる。壁は多い方がいいからな」

 

そう言って、2人してさくらの前に立ち、周りの男達を牽制する

男達は、どよめきながら邪魔をする2人を恨めしそうに見ているしか出来なかった

 

「一、 ごめんなさい」

 

さくらが、申し訳なさそうに謝ると斎藤はふっと微かに笑みを浮かべて「気にするな」とだけ答えた

 

1人が風間というのがいささか微妙なのだが

それでも、こうして2人に壁になってもらえただけで、あれだけ不安だった気持ちが自然と和らいでいく

 

さくらは、ほっとした様に笑みを浮かべると

 

「2人とも、ありがとう」

 

と言った

 

その時だった

 

「あーあ、貴方達に威嚇されてあの人たちも可哀想にねぇ~」

 

と、聞き覚えのある声が聴こえてきた

はっとしてそちらを見ると、前からエメラルドグリーンのドレス着た千がこちらに向かって歩いて来ていた

 

「千!」

 

思わず、さくらが立ち上がって駆け寄る

 

「千、来てくれたの?」

 

さくらの言葉に、千はさも当然の様に

 

「当たり前でしょ?親友の折角の誕生日に来ない筈ないじゃない!」

 

そう言って、小さな包みを差し出す

 

「これは……?」

 

さくらは、不思議そうに首を傾げた時だった、千がぷっと吹き出した

 

「何言ってるのよ、さくらちゃん。プレゼントよ!プレゼント」

 

「あ、ありがとう」

 

千の言葉に、さくらが嬉しそうにその箱を抱きしめると、それを見ていた風間がふんっと鼻を鳴らした

 

「随分と、ささやかなプレゼントだな、鈴鹿」

 

風間の嫌味の様な言葉に、千は何でもない事の様に

 

「あら、プレゼントに大きさは関係ないのよ?重要なのは、贈った相手が喜ぶかどうかよ。あんたが贈った物よりよっぽどマシだと思うけど?」

 

と、一部始終を見ていたかのような言葉に、風間がちっと舌打ちをかました

 

「でも、まぁ、あのボンクラ子息から、さくらちゃんを護ったのは褒めてあげてもいいわよ?」

 

と、にんまり笑みを浮かべて言う千に、風間フンッと鼻を鳴らし

 

「当然だろう、さくらは俺の物だからな。他の輩にやる気はない」

 

「またー!さくらちゃんは、物じゃないんだから!!」

 

と、毎度の如く喧嘩が始まりそうになるのを、さくらが慌てて間に入った

 

「あ、あの…!2人とも、今日はありがとう。会えて嬉しかったわ」

 

さくらがそう言うと、風間を無視して千が当然という様に、にっこりと微笑んだ

 

実はこの2人、昔からの知り合いだった

茶道の家元の鈴鹿家の本家筋の娘が、風間グループの元総帥

今は現会長

つまりは風間の祖父に当たる人物の妻なのだ

 

とどのつまり、この2人は親類なのである

その為、風間も祖母の影響で幼い頃から茶道を嗜んでいた

正規のお茶会にもゲスト出席するほどだという腕前だ

 

その為、幼い頃から何かと会う事が多く

会っては喧嘩の繰り返しらしい

それを止めていたのが、さくらだった

 

所謂、幼馴染というものである

2人は、認めたがらないが

 

その縁もあり、風間がさくらの許嫁に収まっているのだ

勿論、理由はそれだけじゃない

 

今でこそ風間は高校生などしているが、大学の卒業資格も持っているし(噂では、土方と大学の同期だとかなんとか…)

グループの傘下の会社をいくつも任されている

その手腕をブラッドに買われたのだ

 

「所で、さくらちゃん。誰かともう踊ったの?」

 

突然の問いに、さくらが一瞬「え…」と声を洩らす

それから、小さく首を横に振り

 

「踊ってないけれど……」

 

「そっかぁ…でも、一応形式だからねぇ…一曲は踊らないと」

 

「やっぱり、駄目かな……?」

 

「おじ様が許さないと思う」

 

「う…そう、思う?」

 

さくらが、ブラッドの名を出されて口籠る

それを見た、千ははぁ…と、小さく息を吐くと

 

「仕方ない…風間!今回は、さくらちゃんの相手をするのを許すけれど、次回はないからね!」

 

と、ビシッと風間を指名した

正確には、そこしか選択肢がなかった

 

護衛の斎藤ではきっとブラッドも満足しないだろう

そうなると、風間しか今の状況で選択肢がないのだ

 

千の言葉に、風間はふんっと鼻を鳴らすと

 

「当然だ、さくらの相手はこの先もずっと俺だけだと決まっている」

 

「あ、風間の後、斎藤さんとも踊っておいでよね!口直しになるし」

 

「おい!」

 

「せ、千!?」

 

千の言葉に、風間が抗議の声を上げるが、千はお構いなしにそう言うとそのまま手を振って2人を送り出した

 

「……俺は踊った事ないどないが……」

 

斎藤が難しい顔をしてそう言うが、千はにっこりと微笑んで

 

「大丈夫、大丈夫。さくらちゃんが上手く回ってくれるよ!」

 

「だが……」

 

尚も言い募ろうとする斎藤に、千がにんまりと笑みを浮かべた

 

「あれ?斎藤さんもさくらちゃんと踊りたいんだと思ったけれど…?いいの?風間だけに譲っても」

 

「それは――――……」

 

「正直が一番だよ!」

 

そう言って、斎藤の背をパンッと叩いた

それから、フロアの中央で踊る2人を見て千は小さく息を吐いた

 

本当なら、土方と踊りたかった筈だ

だが、今のさくらではそれは叶わない

 

でも――――……

 

いつか、叶うと良いよね

そう思わずには、いられないのだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 続

 

 

パーティー編終了

この辺は、土方さん出て来れないのでサクッと行きます

踊ってるシーンは、カットだなww

 

さてさて、日本に帰るまでに土方さんは出てくるのか!?(笑)

 

2013/11/13