櫻姫抄乱 挿話
     ~桜雪花~

 

◆ 「暁の理は、言の葉に乗せて」 

(薄桜鬼:「櫻姫抄乱 ~散りゆく華の如く~」より)

 

 

 

「え? お祭り、ですか?」

 

さくらがその真紅の瞳を瞬かせながら、そう尋ねた。

すると、原田が頷きながら、

 

「ああ、今夜 京丹波のあたりでやるらしいんだ。秋祭り」

 

「京、丹波……」

 

すると、原田と一緒にいた永倉と藤堂が話に割って入ってきた。

 

「そうそう! あの辺は、今めっちゃ紅葉とか綺麗なんだぞ~」

 

「だから、左之さんと新八っつぁんが、さくらと千鶴も誘って一緒に行こうって」

 

怒涛の如く押し寄せてくる情報に、さくらが一瞬 少しだけ後退った。

それから、少し考えて、

 

「えっと、その……お誘いは嬉しいのですが……」

 

「なんだ? 都合でも悪いのか?」

 

心配そうにそう言う原田に、さくらは少しだけ苦笑いを浮かべ、

 

「あ、いえ、そうではないのですが……。その……私は土方さんの許可がないと勝手に外出は出来ないので―――」

 

そう言うさくらに、原田達三人が顔を見合わせる。

すると、永倉がけろっとした顔で、

 

「つまり、土方さんの許可があればいいって事だろ?」

 

「え……」

 

それは、そうなのだが……。

一瞬、さくらが言葉に詰まってしまう。

 

だが、永倉はまったく気に留めた気配はなく、ばしっと何故か藤堂の背を叩き、

 

「痛っ! なんで、オレを叩くかなぁ~! 新八っつぁん!!」

 

「うるせぇ! おら! 許可取りに行くぞ!!」

 

「痛ぇって! だから何でオレなの!?」

 

と、永倉は藤堂をずるずる引っ張って行ってしまった。

唖然とする、さくらの横で原田が笑っている。

 

「あ、あの……」

 

さくらが、おずおずと原田の方を見る。

すると、原田はくすっと笑みを零しながら、

 

「いいんじゃねえの? 俺達も行こうぜ」

 

そう言って、ぐいっとさくらの手に自身の手を絡めると、そのまま歩き始めた。

原田の突然の行為に、さくらがその顔に困惑の色を示す。

 

「あ、あの……っ、原田さん。その、手が―――」

 

なんとか、そう口にするが……、

原田は気にした様子もなく、そのままぎゅっと手を握り締めてきた。

 

「嫌か?」

 

「え……、あ、その……そういう訳、では……」

 

どう言っていいのか分からず、さくらがそう口にすると、

原田は嬉しそうに笑いながら、

 

「安心しろよ。土方さんの部屋に着いたら放してやるから」

 

そう言って、さくらの頭を優しく撫でると、

そのままさくらの手を引いて、土方の部屋へと向かったのだった。

 

 

   ****    ****

 

 

「駄目に決まってんだろ」

 

さくらと原田が土方の部屋へ着くと、既に永倉と土方口論が始まっていた。

駄目だしする土方に、永倉が負けじと反論する。

 

「なんでだよ、ちょとぐらいいじゃねぇか! さくらちゃんも、千鶴ちゃんもずっと屯所に居たら息がつまるじゃねぇか!!」

 

「……そういう問題じゃねぇよ」

 

「じゃぁ、どういう問題だよ!?」

 

食って掛かって来る永倉に、土方が「はぁ……」と溜息を洩らす。

それから、書きかけの筆を擱くと、

 

「そもそも、新八と平助。お前らは、今日 夜の巡察当番だろうが」

 

「「うっ……!」」

 

土方の言葉に、永倉と藤堂が言葉を詰まらせる。

どうやら、本当はこっそり行く予定だったらしい。

 

「ただでさえ、祭りで浮かれてる連中が多いってのに、原田だけで行かせられる訳ねぇだろうが」

 

もっともな意見だった。

と、そこまで聞いていた原田がふと言葉を洩らした。

 

「つまり、俺以外も付いていけばいいんだろ? だったら、確か斎藤が非番だし、声かけて―――」

 

「左之おおおおお! お前、裏切る気か!?」

 

「そうだよ、左之さん! 左之さんだけ楽しむなんてずりぃ!!」

 

と、何故か永倉と藤堂に抗議された。

すると原田はさも当然の様に、

 

「いや、お前ら巡察あるなら駄目だろ」

 

「いやいやいや、左之さん? ここは、巡察を斎藤に代わってもらうとか~」

 

「却下に決まってんだろ!」

 

と、猫撫で声で原田に擦り寄った永倉だったが……、

後ろから土方に一刀両断にされた。

 

永倉が、打ちのめされた様に床に突っ伏す。

流石に見ていて可哀想に思ったのか、さくらが「あの……」と口を挟みかけたが……

言い掛けて、口を噤んだ。

 

駄目だわ。

巡察の事に口出しは出来ないもの……。

 

自分は行けなくとも構わなかった。

だが、永倉や藤堂は楽しみしていた様だったし、可能なら行かせてあげたいと思うが―――。

新選組の隊務にまで口を出す権利は、さくらには無かった。

否。あったとしても、出してはいけないと思った。

 

ごめんなさい、永倉さん。平助……。

 

心の中で謝罪する。

すると、さくらのその様子に気付いたのか、土方がまた溜息を洩らした。

そして、「しかたねぇな」と小さくぼやくと、

 

「まぁ、巡察の帰りに寄るぐらいなら……好きにすればいい。俺は何も知らないがな」

 

土方からのまさかの言葉に、永倉と藤堂がぱぁぁと表情を明るくさせる。

そして、ばしっばしっ! と、土方の背を永倉が思いっきり叩いた。

 

「さっすが、土方さん! 話が分かるじゃねぇか!!」

 

「叩くな!」

 

そんな二人のやりとりに、思わずさくらがくすくすと笑ってしまう。

 

「良かったですね、永倉さん」

 

さくらが、そう言うと、永倉は「おうよ!」とがしっと自身の握り拳を作りながら叫んだ。

と、そこで何かを思い出したかの様に藤堂が口を開いた。

 

「まぁ、俺らは巡察の後に合流するとして――その間どうするよ? 流石に、さくらと千鶴を左之さんだけに任せるって訳にも……」

 

「俺は構わないぜ?」

 

と、平然と言う原田だったが、速攻 藤堂と永倉の突っ込みが入った。

 

「いや、駄目だろ!」

 

「そうだぞ! 左之だけ、両手に花とか許さん!!」

 

 

「……は?」

 

 

一瞬、原田が呆れた様な声を出した。

が、二人の言いたい事が分かったのか、にやりとその口元に笑みを浮かべたかと思うと――――。

 

「え?」

 

何故か、突然さくらの肩を抱いて抱き寄せた。

原田のまさかの行動に、さくらの頬がどんどん紅潮していく。

 

「あ、あの……っ、原田さ―――」

 

慌てて言葉を発しようとするが、それは原田の言葉によって遮られた。

 

「安心しろよ、平助。千鶴には手を出さないでおいてやるから。まぁ、さくらには保障出来ないかもしれないがな?」

 

そう言って、にやりと笑う。

が、それに反応したのは藤堂ではなく――――。

 

「ああああ!!! 左之おおおお! お前ええ!!」

 

と、永倉が叫んだ瞬間、ばきいっ! と、何かが折れる音が聞こえてきた。

皆が「え?」と思いそちらを見ると……、

何故か土方の持っていた筆が折れていた。

 

「えっとぉ~、土方さーん?」

 

藤堂が、恐る恐る話しかける。

と、突然土方が、

 

「―――さくら」

 

「は、はい」

 

突然呼ばれて、さくらがびくっと肩を震わす。

すると、土方はさくらの方を向いて、

 

「ちょと、来い」

 

「え……」

 

さくらが一瞬、戸惑った様な顔を見せた後、原田に「すみません」と謝罪の言葉を述べて土方の方へと向かった。

すると、土方は否応が無しにそのままぐいっと自身の方にさくらを抱き寄せてきた。

 

「あ、あの……っ」

 

突然の土方からの抱擁に、さくらが かぁっと頬を朱に染める。

だが、土方は構うことなく、

 

「悪い、こいつ借りるぞ」

 

それだけ言うと、さくらを連れて何処かへ行ってしまった。

 

「……土方、さん??」

 

「……なんだ、あれ……」

 

その様子をぽかーんと見ていた永倉と藤堂だったが、

原田には何となく分かってしまったのか、お腹を抱えて笑っていたのだった。

 

 

   ****    ****

 

 

―――― 一方

 

さくらは何故か離れた場所の廊下の隅に追いやられていた。

土方によって……。

 

心なしか、土方が怒っている様な気がして、さくらはその真紅の瞳を俯かせていた。

 

「あ、の……土方さん、その……すみません」

 

謝るさくらに、土方が小さく息を吐くと、

少しばつが悪そうにその菫色の瞳を逸らして、

 

「あ、あ――いや、こっちも悪かったな。急に連れ出して」

 

「あ、いえ。それは……」

 

別に、構わないのだが……。

 

ちらりと、さくらが土方の方を見る。

すると、土方の綺麗な菫色の瞳と目が合った。

 

「あ……」

 

思わず、さくらが視線を逸らしてしまう。

その顔は、ほのかに赤く染まっていた。

 

そんなさくらを見て、土方が苦笑いにも似た笑みを浮かべる。

 

「悪い。少し……原田がお前に触れてるのを見たら、な」

 

そう言って、優しくさくらの頭を撫でてきた。

なんだか、その手付きが余りにも優しくて、さくらは泣きそうになった。

 

そんなさくらに、土方はふっと笑って、

 

「祭り。行きたいんだろう? 斎藤と……そうだな、山崎も連れていけ。それなら―――」

 

そう土方が言い掛けた時だった、

 

「あ、あの……っ、ま……待って下さい……っ」

 

さくらが、慌てて口を開いた。

一瞬、土方が驚いた様にその菫色の瞳を瞬かせる。

 

「さくら?」

 

「あ、の……」

 

どうしよう……。

 

思わず、土方の言葉を遮ってしまった。

だって……。

 

土方を見る。

 

だって、そこに土方さんは居ないのでしょう……?

 

そう言い掛けて、口を噤む。

きっと言えば土方を困らせてしまうから――――。

 

押し黙ったさくらを見て、土方が小さく息を吐いた。

それから、少し視線を逸らし、

 

「……別に、行くか行かないかを決めるのはお前だ、さくら。お前が望むなら、許可ぐらいは―――」

 

「……っ、で、でしたら……っ」

 

思わず、さくらがばっと顔を上げる。

そして、その真紅の瞳で土方を見つめた。

 

「あ……」

 

瞬間、また土方の瞳と目が合った。

ぐっと、さくらが自身の胸元で手を握り締める。

 

「あ、の……」

 

言っていいものか、

それとも、言ってはいけないのか……。

 

でも――――。

 

顔が熱い。

心臓が早鐘の様に鳴り響く。

 

今は……。

これ、だけは――――。

 

 

「ひ……土方さんのお傍に、居させて、下さ、い……。お祭りよりも……貴方のお傍に――――」

 

 

「さくら……」

 

土方の綺麗な菫色の瞳が大きく見開く。

そして、次の瞬間、優しく細められた。

 

「そうか―――」

 

そう言ったかと思った瞬間、土方の手が伸びてきたかと思うと、そのままふわりと抱き締められた。

 

「ひ、土方さ……っ」

 

突然の抱擁に驚いたのは他ならぬさくらだった。

顔を今までにない位真っ赤に染め、口をぱくぱくさせている。

 

それでも、土方はぎゅっとさくらを抱き締めたまま離さなかった。

 

そっと、伸びてきた長い指がさくらの顎にかかり、そのまま唇をなぞられる。

 

あ……。

 

「土方さ……」

 

「……そんな事言われたら、俺はお前を離してやれそうにないが―――いいのか?」

 

「……っ」

 

息が―――止まるかと、さくらは思った。

でも……。

 

「……構いませ、ん……。それで、土方さんのお傍にいられるならば―――」

 

そう言った瞬間だった。

土方に「さくら……」と名を呼ばれたかと思ったら、そっと唇を重ねられた。

 

「……ぁ……」

 

ゆっくりと目を開けると、土方の綺麗な菫色の瞳と目が合った。

すると、土方がくすっと笑った。

 

「馬鹿……。抵抗しろって、いつも言ってるだろうが」

 

「そ、そんな事……」

 

出来る筈がない。

だって、貴方になら何をされても構わないと――――そう、思っているのだから……。

 

そっと、さくらが土方の頬に手を伸ばした。

そして、

 

「出来ません。だって、私も前から言っています。私は、貴方にならば何をされても構わない――――と」

 

そう言って、そっと自ら背を伸ばすと土方に口付けた。

触れるだけの、一瞬だけの口付け――――。

 

だが、土方にはそれで充分だったのか、

その菫色の瞳を細めると、また そのままゆっくりと顔を近づけると、さくらの唇に自身のそれを重ねた。

 

「ん……っ」

 

ぴくんっと、さくらの肩が震える。

一度目は、触れるだけ。

そして、二度目、三度目と続く内に、どんどん口付けが深くなっていった。

 

「ぁ……んっ……ひじ、か……さ……」

 

さくらから零れる、吐息が熱を帯びる。

そして、その頬は紅く染まり、真紅の瞳は潤んでいた。

 

それが、余計に土方の理性をも壊していく。

 

思わず、さくらがぎゅっと土方の着物を握りし締めた時だった。

ふっと土方がさくらから離れた。

 

「悪い。流石にこれ以上お前に触れてたら、何もしないでいられる自信がないんでな」

 

「……っ」

 

冗談めかしてそう言う土方に、さくらが頬をかぁっと更に朱に染める。

そして、恥ずかしさの余りそのまま俯いてしまったのだった。

 

そんなさくらに、土方は優しく頭を撫でると、

 

「俺が原田達には断っておくから、お前はそのまま部屋に戻れ」

 

「え? で、ですが……」

 

「馬鹿。流石にその顔で戻られたら、俺がな。あいつらに見せたくねぇんだよ」

 

「あ……」

 

言われて気付く。

自分の顔が、皆の前に出られないほど真っ赤に染まっている事に。

 

は、恥ずかしい……っ。

 

さくらが、思わず両の手で頬を抑えた。

すると、土方がふっと微かに笑って、

 

「後で部屋に、茶でも持ってきてくれ。―――あいつらが出かけた後にでも、な」

 

土方のその言葉に、さくらがぱっと顔を上げると、

嬉しそうに微笑みながら―――

 

「はい……」

 

と、答えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

薄桜鬼webイベント「四季桜を君と」で書いた小話です。

展示用でしたw

 

2023.10.02