櫻姫抄乱 挿話
     ~桜雪花~

 

「口付けの時間と、焦がれる標」 

(薄桜鬼:「櫻姫抄乱 ~散りゆく華の如く~」より)

 

 

――――慶応元年・師走

 

近藤らが、永井主水正に随行して尋問使として長州に向かってから、約一ヶ月が経過しようとしていた

 

その間、土方はと言うと・・・・・・

近藤の代わりに新選組内の仕事を全て取り仕切っていた

正確には、近藤しか出来ない仕事以外は今までも土方が担っていたので、そこまで大きな変化ではなかった

だが・・・・・・

 

また無理をしてなければいいのだけれど――――・・・・・・

 

そう思いながら、さくらは盆に土方への夜食を持って廊下を歩いていた

部屋のすぐ近くまで行くと、案の定まだ明かりが点いている

 

さくらは小さく息を吐くと膝を折り、障子戸の外から土方に声を掛けた

 

「土方さん、さくらです。 今、お時間宜しいでしょうか?」

 

少し控えめに声を掛けてみる

だが、中からは返事がなかった

 

「・・・・・・・・・・?」

 

眠ってしまったのだろうか・・・・・・?

 

一瞬そう思うが、土方が灯りも消さずに眠るとは思えなかった

もしかたら、仕事に集中するあまり掛けた声に気付かなかったのかもしれない

 

どうしよう・・・・・・

 

このまま戻るべきか

それとも、もう一度声を掛けてみるか――――・・・・・・

 

「・・・・・・・・・・」

 

お仕事の、邪魔・・・・・・してはいけないわ、よね・・・・

 

そう思い、そっと廊下に持ってきた夜食を置くとその場を去ろうとした時だった

 

「・・・・・・さくら?」

 

不意に障子戸が開いたかと思うと、土方の声が響いた

 

「・・・・・・・・っ」

 

余りにも、予想だにしていなかった為

さくらが、びくんっと肩を震わせた

 

「え・・・、あ・・・・・・ひ、土方さん・・・・・・」

 

さくらがどうしていいのか分からず、戸惑いを隠せずにいると

不意に、土方が足元の盆に気付いた

 

「ああ、夜食持ってきてくれたのか。 ありがとな」

 

「あ、いえ・・・・・・」

 

なんだか、仕事の邪魔をしてしまった様で申し訳ない気持ちになり、思わず頭を下げてしまう

すると、土方の気配が近づいて気かと思うと、ぽんっと頭を撫でられた

 

「・・・・・・安心しろ。 丁度休憩入れようと思ってた所だ。 気にするな」

 

「あ・・・・・・」

 

まるでさくらの心を読んだかのようなその言葉に、一瞬息を呑む

 

私、そんなに顔に出ていたかしら

 

そう思うと、何だが恥ずかしくなり顔が上げられなくなってしまった

それを見た土方は、口元に笑みを浮かべ

 

「そうだな・・・・・・、折角だから夜食と一緒に熱い茶でも飲みてえな。 さくら、頼んでいいか?」

 

そう言われて、思わずぱっとさくらが顔を上げる

すると、土方はふっと笑いながら

 

「ちゃんと、俺とお前の二人分・・・持って来いよ、いいな?」

 

「え・・・・・・」

 

そう念を押され、一瞬さくらがぽかんっとした様な顔になる

それを見た土方がくすっと笑いながら

 

「なんだ? 俺と茶をするのが嫌なのか?」

 

「あ、いえ・・・・・・その、少し驚いてしまって・・・・・・」

 

お邪魔ではないのだろうか・・・・・・?

と、思ってしまうが――――

土方はそれを察した様に

 

「――――邪魔だと思うなら、最初から言わねえよ」

 

そう言って、またさくらの頭を撫でた

それが何だが少しむずかゆくて、さくらは少しの間反応する事が出来なかった

 

 

 

 

 

 

 

 ****    ****

 

 

 

 

 

 

 

 

 

お茶を持って土方の所に戻ると、土方は机に肘を付いたまま引き出しを開けて何かをぼんやり見ていた

 

「土方さん・・・・・・?」

 

さくらが声を掛けると、土方がはっとして顔を上げた

 

「あ、ああ、戻ったか。 遅かったな」

 

そう言って、何事も無かったかのように開けていた引き出しを閉める

 

「・・・・・・・・?」

 

何か、大事なものでも入っているのだろうか・・・・・・?

さくらが、首を傾げるが

何となく、聞いてはいけない気がして聞くことはしなかった

 

茶を湯のみに注ぐと、そっと土方の傍に置いた

 

「どうぞ」

 

「ああ、悪いな・・・・・・」

 

そう言って、土方がその湯飲みを持つと、そのまま少しだけ口付けた

 

「あ、熱いのでお気を付けください」

 

さくらがそう言うと、土方は、「ああ」と軽く返事をしてもうひと口飲む

ふと、土方の綺麗な菫色の瞳と目が合った

 

「あ・・・・・・」

 

何だか恥ずかしくなり、思わずさくらが俯いてしまう

ただお茶を飲んでいるだけなのに――――

 

知らずに頬に熱が帯びていくのが分かる

恥ずかしさを紛らわす様に、入れた茶を口に運ぶ

 

「熱・・・・・・・・っ」

 

思わず、飲んでしまった茶が熱くて思わず、湯のみを落としそうになる

 

「――――と」

 

瞬間、伸びてきた土方の手が湯のみを支える様に持った

そのままさくらの手から離させると盆の上に置き

 

「大丈夫か、さくら。 火傷してないか? 見せてみろ」

 

そう言われてぐいっと、顎を持ち上げられる

 

「え・・・・・・っ、あ、あの・・・・・・っ」

 

突然の土方の行為に、さくらがかぁっと頬を赤らめた

だが、土方は気にした様子もなく

 

「ほら、舌出してみろ」

 

「い、いえ、あの・・・・・っ」

 

舌を出せと言われても困る

どうしていいか分からず、さくらがますます顔を赤らめた

 

「さくら?」

 

さくらの態度に疑問をやっと持ったのか、土方がふとその動きを止める

瞬間、自分のした事に気付いたのか、慌ててその手を放した

 

「あ、ああ・・・・・いや、今のは――――」

 

ばつが悪そうに、土方がふいっと視線を逸らした

微かにその顔が赤みを帯びている

 

「「・・・・・・・・・・」」

 

お互いに何だか気まずくなってしまい、部屋の中が沈黙に包まれた

 

どのくらいそうしていただろうか

もしかしたらほんの数秒だったかもしれない

それでも、さくらには酷く長く感じた

 

何やっているのかしら、私・・・・・・

これじゃあ、土方さんの邪魔をしているだけだわ・・・・・・

 

「・・・・・・あ、あのっ」

 

先に口を開いたのはさくらだった

さくらは、少し俯いたまま

 

「そ、そろそろ、お暇致しますね。 その・・・・・・お仕事の邪魔してしまって申し訳ありません」

 

何とかそう言い終わると素早く立ち上がる

そして、部屋を後にしようとした瞬間――――・・・・・・

 

「・・・・・・っ、さくらっ!」

 

不意に名を呼ばれたかと思うと、ぐいっと手を引っ張られた

 

「きゃっ・・・・・・」

 

あまりにも突然の事に、体勢が保てなかったのか――――

さくらが、そのまま土方の方に倒れてしまった

 

「・・・・・・っ、す、すみませ――――」

 

慌ててさくらが身体を起こそうとするが、不意に伸びてきた手がそれを遮った

 

「・・・・・・・・っ」

 

そのままぐいっと抱き寄せられる

 

「・・・ぁ・・・・・・」

 

息が分かるぐらい近くに、土方の気配を感じさくらが息を呑む

 

「あ、ああ、あの・・・・・・っ」

 

自分の身体がどんどん熱を帯びていくのが分かる

上手く言の葉が紡げない

 

その時だった

ふいに、土方の手がさくらの頬に触れた

 

「さくら――――・・・・・・」

 

「・・・・・・・・・っ」

 

名を呼ばれただけなのに、顔がどんどん朱に染まっていく

恥ずかしさのあまり、真っ直ぐに土方を見る事が出来ない

 

さくらが、恥ずかしさを紛らわす様に思わず視線を逸らそうとしたが

見抜かれていたのか

 

「・・・・・・さくら、こっち向け」

 

「・・・・・・っ、そ、それは・・・・」

 

今、彼の方を向いたら顔が赤いのを気付かれてしまう――――

でも・・・・・・

 

「・・・・・・・・・」

 

土方の言葉に逆らう事など出来ず

さくらが、ゆっくりと土方の方を向いた

 

瞬間、土方がふっと優しげに笑った

 

「・・・・・・・・・っ」

 

不意打ちの土方の笑みに、さくらの顔がますます赤くなる

 

「さくら・・・・・・今、お前に触れてるのは誰だ?」

 

不意にそう聞かれ、さくらがきょとんっとした様にその真紅の瞳を瞬かせる

 

「え・・・・・・? ひ、土方さん・・・・・・です・・・・」

 

そう答えると、土方はくすっと笑いながら

 

「そうか。 なら、今お前を抱きしめているのは?」

 

「ひ、土方さ、ん・・・・・・です」

 

「それなら――――」

 

すっと、土方の手が微かに動いた

 

「お前に――――」

 

あ・・・・・・

 

土方の手が、さくらの唇に触れる

 

「・・・・・・口付けしようとしてるのは?」

 

「そ、れは――――」

 

その先は、言葉にはならなかった

引き寄せられるままに、土方の唇がさくらのそれに重なる

 

「ん・・・・・・」

 

頭の後ろに回された手が、さくらの美しい漆黒に髪と絡まり合い、指の隙間からさらさらと零れ落ちていく

 

一度、二度と重なるたびに深くなる口付けに、耐えられなかったのか

さくらが、ぎゅっと土方の着物の袖を握りしめた

 

「さくら――――」

 

甘く名を呼ばれ、さくらが微かにぴくんっと肩を震わせる

 

「・・・ぁ・・・・・ひじ、か・・・・たさ、んっ・・・・」

 

吐息が零れる

それでも、土方からの口付けは止まなかった

 

角度を変え、何度も交わされる口付けに、次第にさくらの思考が麻痺していく

頭の中がぼんやりして、何も考えられなくなる

 

わた、し・・・・・・今、土方さんに・・・・・・

 

そう考えただけで、全身が熱くなるのを感じた

 

どうす、すれ、ば・・・・・・このままでは・・・・・・

 

そう思うも、土方からの口付けを拒むなんて出来ない

そこには、不快も、嫌悪感もなかった

 

ただただ、彼に求められているのが嬉しく感じてしまう

 

「さくら・・・・・・」

 

不意に、土方の手がさくらの腰に触れたかと思うと、そのままその場に押し倒された

流石のさくらもこれには驚いたようで、その真紅の瞳を大きく見開いた

 

「土方さ――――」

 

「土方さん」と言い終わる前に、再び口付けが降ってくる

 

「・・・・・・んっ、・・・・ぁ、はぁ・・・・・・ンン」

 

先ほどは違う

もっと、深く熱の籠もった口付け――――

 

「ぁ・・・、ま、待っ・・・・・・ん・・・っ」

 

強く拒めば止めてくれたかもしれない

でも、今のさくらにはそれは浮かばなかった

 

何が起きているのか――――それすら理解の範疇を超えていた

 

次第に土方の口付けが、顎から耳へ

そしてさくらの白い首筋に降りてくる

 

「ん・・・・・・っ」

 

さくらが、それにぴくっと肩を震わせた

 

「あ・・・・・・」

 

赤い花が首や首筋、そして鎖骨へと広がっていく

少しだけはだけた着物の襟元から、それが鮮明に見える

 

余りの恥ずかしさに、さくらがかぁっと頬を更に赤くさせた

 

「馬鹿、そんな顔されたら、止められなくなっちまうだろうが」

 

「そ、そんな事、言われましても・・・・・・」

 

恥ずかしものは、恥ずかしいのだ

それを隠すなど、そんな器用な真似は出来ない

 

すると、土方が苦笑いを浮かべながら

 

「そんな風に言われたら、本当にお前が欲しくなる」

 

「え・・・・・・?」

 

今、なんって・・・・・・

 

さくらが驚いた様に、その真紅の瞳を大きく見開いた

すると、土方の綺麗な菫色の瞳が微かに細められ

 

「・・・・・・拒めって言ってんだ」

 

「それ、は――――・・・・・・」

 

拒む・・・・・・?

私が、土方さんを・・・・・・?

 

そんな事出来る筈―――――・・・・・・

 

さくらは一度だけその真紅の瞳を瞬かせると

すっと、土方の頬に触れた

 

そして、ゆっくりとした動作でその唇にそっと口付ける

 

「・・・・・・っ」

 

驚いたのは、他ならぬ土方の方だった

 

「さくら・・・・・っ、お前何やって――――」

 

「・・・・・・私は、拒みません」

 

「なっ・・・・・・」

 

自分でもどうかしていると思う

こんなこと言うなんて、恥ずかしい

でも――――・・・・・・

 

さくらは、にっこりと微笑むと

 

「前にも言ったではないですか。 “貴方様になら何をされても構わない――――”と。 だから――――」

 

すっと、さくらの手が土方の手に重なる

 

「貴方様のお望みのままに――――」

 

ずっと、触れていたい この温もりに――――

静かに瞳を閉じる

 

少しの沈黙の後、不意に頭上から「はぁ・・・・・・」と、溜息が聞こえてきた

 

「・・・・・・ったく、お前には敵わねえよ」

 

そんな諦めにも似た声が聞こえてきたかと思うと、突然ぐいっと抱き寄せられた

そして、そのまま口付けが降ってくる

 

「あ・・・・・・」

 

優しく、一瞬触れるだけの口付け―――――

 

「土方、さ、ん・・・・・・?」

 

不意に、こつんっと額に額をくっ付けられた

 

「・・・・・・今度から、ちゃんと拒んでくれ。 じゃないと、本当にお前が欲しくなっちまう」

 

「・・・・・・っ」

 

土方のその言葉に、さくらの頬が一瞬にして赤く染まる

顔が熱い

 

この人はどこまでも――――・・・・・・

 

 

優しい ひと

 

 

でも、きっとそう言ったら彼は怒るだろうから、言わないでおく

それが、今できる自分の精一杯だから――――・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

※本編とは直接関係ありません

もしかしたら、こんなことあったかも~? ぐらいのあたたか~い目でwww

 

2023.02.24