櫻姫抄乱 挿話
     ~桜雪花~

 

◆ 「桜花の契り」

(薄桜鬼:「櫻姫抄乱 ~散りゆく華の如く~」より)

 

 

さらさらさら………

 

満開の桜の大樹が、その花弁を風に乗せて舞わせる

その幹の根本にさくらは立っていた

 

風が吹き、さくらの漆黒の髪が、桜花と一緒に風に舞う

 

これは 夢だ

 

なぜなら、今は冬

桜など咲かない

 

だから、これはいつも見る夢なのだと思った

さくらはつと、桜の大樹を見上げた

 

大樹はさくらの気持ちなど関係ないという感じに、その真っ白な花を嬉しそうに満開に開かせていた

 

辺りに、建物はなく

ただ、この丘の上にこの大樹だけがある

 

闇夜だというのに、その大樹の周りはほんのり明るかった

まるで、桜の花弁が光っている様に、そこだけほのかに明るい

 

それは、いつ見ても幻想的な夢―――

 

「私、珍しく寝ているのね………」

 

ここ最近は、殆ど眠れなかった

だから、夢など見なかった

 

だが、今日はどうやら少し眠れているらしい

 

否、睡眠だけではない

食事もまともに喉を通らない

 

寝る事も、食事を取る事も、忘れてしまった様な毎日

それでも、この異形の身体は生きようとする

 

瞬間、くらっと眩暈がした

 

「…………っ」

 

さくらは思わず、桜の大樹に手を付き、口を押さえた

 

微かに、トクン トクンと大樹の中から生命の音を感じる

 

ああ―――生きている

生きているんだわ………

 

そっと、大樹に耳を傾け、その音を感じる

目を閉じ、全身で感じる

 

トクン トクン

 

生命の音が、さくらの身体を癒してくれる様な―――そんな、錯覚を覚える

 

ふと、さくらはゆっくりと瞳を開けた

そういえば………

 

この夢で逢うのはいつのあの人だった

 

長い漆黒の髪

整った美しい顔

真っ直ぐで力強い菫色の瞳

 

 

「―――………」

 

頭の中の”彼”が振り返る

 

「―――土方さん…」

 

最後にあの人に別れを告げたのはいつだったか……

あれから、もう、何ヶ月経った……?

半年…だろうか

それとも、もっと……?

 

街に出る度に捜してしまう―――浅葱色の羽織

 

でも……

分かっている

 

あの人はそこにはいない

彼は来ない

 

だから、止めた

捜すのを意識の奥に閉じ込めた

 

 

だって………

 

 

これ以上、千景を裏切りたくない……

 

だが、最近の風間は分からない

分からないからこそ、混乱する

 

もしかしたら、もう、自分はこの人にとって必要ないんじゃないかと―――

いつか、皆の様に”要らない”と、言われるんじゃないか―――と

 

 

そんなの………

 

 

ザザザ…と、風が吹き、花弁が一斉に舞った

 

「………どうすれば、いいの…?」

 

土方に言った

 

『千景が必要としている限り、千景の傍に居ます』

 

あの言葉に嘘偽りは無い

でも―――

 

 

今は………

 

それすら、分からない……

 

 

風間がさくらを必要としていないならば……

―――もう、傍にいる資格が無い

 

傍にいる理由がない

 

私は……また”居場所”を失ってしまうの………?

 

母が死に、風間家に引き取られて、孤独だったさくらの心を救ってくれたのは風間だった

 

だから、この人の為にあろうと

この人の支えになろうと

この人の孤独を癒してあげたいと

 

そう、思った けれど―――

 

「分からない………」

 

それが、分からない……

 

迷路に迷い込んだかの様に、出口に辿り着けない

ずっと、彷徨い続けて いつか―――

 

いつか、”答え”は出るのだろうか―――

さくらはギュッと大樹を抱きしめる様に、力を込めた

 

誰か………

誰か……教えて………

 

 

そのまま、ずるずると大樹の根本に崩れ落ちる

 

 

ザァァァァ……

 

 

風が吹いた

 

 

桜の花弁が舞い上がる

さくらの横を通り過ぎ―――そして

 

 

 

ポゥ……

 

 

 

「え………?」

 

1枚の花弁がまるい光の球となって、そのままさくらの横をすり抜けていった

 

「…………」

 

さくらの視線がそれを追う様に、注がれる

 

その光の球は、ふわっとさくらの後ろに回ると そこで止まった

 

「…………」

 

ふわふわと漂う光の球は、その場から動かず、ただじっとさくらを見ていた

 

微かに感じる、懐かしい感覚

脳裏を過ぎる、漆黒の髪に菫色の瞳

 

この感じ……

 

「―――……」

 

 

「ひ、じかた…さ、ん……?」

 

 

光の球は、返事をする様に、くるっとその場を回ると……そのままふわっと進みだした

 

「――――っ!」

 

さくらは、慌てて立ち上がると、その光の球を追いかけた

 

 

「待って………っ!」

 

行かないで……

 

「待って………っ!!」

 

逢いたい

 

「待ってっ!!」

 

逢いたい 逢いたい 逢いたい

 

息が切れる

足が縺れる

 

でも、そんな事どうでも良かった

さくらは、必死にその光の球を追いかけた

 

どのくらいそうしていただろうか

ふと、光の球が止まった

 

さくらは肩で息をしながら、何とか呼吸を整える

そして、ごくっと息を飲んで、光の球を見た

 

 

「姿を……見せて下さい……」

 

 

光の球は答えなかった

 

逢いたい

 

 

「ねぇ? 意地悪…しないで……」

 

 

一瞬でもいい

 

 

「お願いします……一目、だけ…でも……」

 

 

その姿が 見たい

 

 

「お願いよ……」

 

 

あの人に………

 

 

 

「逢わせて……っ」

 

 

 

ツーと涙が零れた

目頭が熱い

 

真珠の様な涙がポロポロと、次から次へと流れ出てくる

 

「土方さん………っ」

 

搾り出した様なその声が、辺り一面に響き渡る

 

すると、光の球はふわっとさくらの傍にやって来た

くるっとさくらを一周すると、目の前でその動きを止めた

 

「土方さん………?」

 

一瞬、何も無いのに

その手が、さくらの涙を優しく拭った―――様な錯覚を覚える

 

ふと、光の球が浮かんだと思ったら……

次の瞬間、その光を失った

 

 

「…………っ」

 

 

さくらが慌てて手を伸ばす

ふわりと一枚の桜の花弁だけが、さくらの手に平にあった

 

「…………っ」

 

さくらは震える手で、ギュッとその花弁を抱きしめた

 

 

涙が零れる

溢れて溢れて 止まらない―――

 

 

 

風が吹いた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……………」

 

さくらはゆっくりと目を開けた

 

「夢………」

 

やはり、夢だった

 

さくらはゆっくりと、上体を起こし、ふと気付く

頬をつたう雫が一つ

 

さくらは、そっとそれに触れた

手が微かに濡れる

 

「夢ですら……逢わせてもらえない、のね………」

 

逢いたかった

夢でもいいから、逢いたかった

 

一目、その姿だけでも………

 

そう思うと、またポロッと涙が零れた

さくらはそれを手で拭うと、立ち上がって、障子戸を開けた

 

まだ、空には月が昇っており、日が昇る気配はない

 

「月………」

 

空には、真っ白な月が昇っていた

だが、雲にかげり、その面影は殆ど見えない

 

 

不意に、一瞬空気が冷たくなったと思ったら……

 

 

ふわっと何かが降ってきた

 

「あ………」

 

真っ白なそれは次から次へと降り注ぐ

 

「雪が………」

 

それは雪だった

雪が、光の球となり、ふわふわと降りてくる

 

 

それは、夢の中の光の球を連想させた

 

 

 

「………土方さん…」

 

 

 

囁く様に零れたそれは、そのまま雪の中に消えた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                        ◆          ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

………土方さん…

 

「ん?」

 

一瞬、誰かに呼ばれた様な気配がして、土方はハッと書き掛けの筆を止めた

その感覚には覚えがあった

 

忘れる筈が無い

忘れようが無い

 

 

漆黒の髪に、真紅の瞳の少女―――

 

 

「さくら?」

 

 

シン……と、辺りは静まり返り、物音一つしない

 

「……………」

 

はぁーと土方は重い溜息を付いた

 

 

「……って、何言ってんだ、俺は」

 

 

ここに居る筈が無い

自分の名を呼ぶ筈が無い

 

何故なら彼女は―――

 

あの葉桜の下で、別れ際、寂しそうに微笑んだ姿が脳裏を過ぎる

 

 

『千景が必要としている限り、千景の傍に居ます』

 

 

『きっと、もうお会いになる事は無いと思います。さようなら、土方さん』

 

 

そう言って、彼女は自分ではない他の男の元へ帰って行った

 

今、思えば……

何故、あの時彼女を止めなかったのか―――と

その手を取らなかったのか―――と

 

 

後悔の念が土方を襲う

 

そうすれば、もしかしたら、彼女は今―――

ボタッと墨が書状の上に落ちた

 

「ああ、くそ!」

 

苛々をぶちまけるかの様に、土方はそれをぐしゃっと握り潰した

 

カタンと、筆を硯に置き、後ろ手を付いて天を仰ぐ

 

「………何やってんだ、俺は…」

 

不意に、一瞬空気が冷たくなる

 

「…………?」

 

徐に、窓の外を見ると

 

「雪か……」

 

ふわふわと真っ白な雪が降っていた

 

土方は窓を閉めようと立ち上がり、その手を伸ばし掛けた

が、寸前の所でその動きが止まる

 

真っ白な雪を見ていると、ふと桜の花弁の様に見えた

脳裏に彼女の姿が過ぎる

 

 

あいつも、この雪を見ているんだろうか……

 

 

そこまで、考えてはたっと我に返る

 

 

「……って、何考えてんだ俺は」

 

不意に、不思議な感覚に襲われた

 

”土方さん、冷えますよ?”

 

そう言って、肩に着物を掛けられる

振り返ると―――彼女がにこりと微笑んでいた

 

 

 

「―――っ、さくらっ!?」

 

 

 

だが、次の瞬間、その幻はかき消えた

 

肩に着物など掛かっていない

それどころか、誰も室に立ち入っていない

 

 

室はシン…と静まり返り、物音一つしない

 

「……………」

 

次の瞬間、土方は はぁぁ~と脱力した様に、肩を落とした

前髪をくしゃっと掴み、舌打ちをする

 

壁に背をもたれ掛ると、そのままズルズルと崩れ落ちた

はぁ~ともう一度、盛大な溜息を付き、前髪をかき上げた

 

脳裏を過ぎる

 

頬を染めて恥かしそうにするさくら

嬉しそうに微笑むさくら

涙を流しながら、身体を預けてくるさくら

そのさくらが”土方さん”と呼ぶ

 

 

街に出ると、つい目が彼女を捜す

 

もしかしたら、近くに居るんじゃないかという錯覚を覚える

 

 

でも、逢えない

逢えなかった

 

逢いたい…のか? 俺は……

 

「……何だそりゃぁ」

 

はぁ…と息を吐き、天を仰いだ

 

 

さくら……今、お前はどこにいる………?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

       2人が再会するまで、後半年―――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

多分、12月頃の話です

 

本当は、本編に入れる気だった代物ですが…

そこを通過時、すっかり忘れてまして…(-_-;)

改めて、挿話として導入させて頂きました

 

2010/09/27