◆ 「夢、静かに舞う」
(薄桜鬼:「櫻姫抄乱 ~散りゆく華の如く~」より)
俺は何やってるんだ……
土方はじっと、座ったままさくらを見つめた
自分の前で死んだ様に眠るさくら
数刻前、朝、彼女が突然、土方の前で倒れた
一瞬、何事かと思ったが…
理由を聞けばなんて事ない
さくらは、ここ数日…ここの所まともに食事を取っていなかったらしい
土方が大阪に行っていたので、この事実を知ったのは、さっきだ
そんな状態で、ふらふら歩いていたらしい
倒れて当たり前だ
何で食べなかったのか……
誰も食事を食うなとは言ってない
なにの、さくらは意識的に食事を取らなかったという事になる
また、何でそんな面倒な事を……
出会いからしてそうだ
さくらは、突然現れて、突然自分の前で倒れた
あの時も、何故倒れたのは分からず終いだ
何だって女ってのはこう軟弱なんだ
土方は はぁーとため息を付いて、前髪をぐしゃっとかいた
心配するこっちの身にもなって欲しい
突然、自分の目の前で倒れられたら、誰だって気にするだろうが
しかも、1度ならず2度も
「なんだって…厄年か?」
土方はそうぼやきながら、頭をかいた
ふと、さくらの顔に髪が掛かっているのに気付く
土方はそっと手を伸ばし、さくらの顔に掛かってる髪を退かせた
するっとさくらの柔らかい髪が土方の手から落ちた
さらさらと落ちて行く髪は絹糸の様に繊細で美しかった
「……………」
土方は、すっとさくらの髪をもう一度掬った
また、さらっと土方の手からすり抜けていく
「女ってのはこんなに柔らかい髪なのか?」
土方の髪も男の部類ではかなり美しい部類の入ると思う
だが、彼女の髪はどうだ
まるで、柔らかく、艶やかな光を帯びている
さらさら…と土方の手の内からさくらの髪が落ちていった
よく見ると、肌も絹の様に美しく、白い
というか、白すぎの様な気がする
いや、青白い?
軽い貧血もあるのだろう
さくらの顔は青白く、血色が悪かった
唯一、唇だけが、桜色に艶を帯びていた
睫は長く、京でも類を見ない、美しい容貌だった
さくらのそれは、恐らく、花街に行っても群を抜いているだろう
だが、それとは裏腹に 顔色だけが良くなかった
「飯を食わないからだぞ。 分かってんのか? こら」
そうぼやきながら、彼女の額にぺしっと平手をかます
「早く、元気になれ」
初めて会った時の様な威勢の良さで俺に食って掛かってこい
お前は、こんな大人しい奴じゃないだろう?
「副長」
不意に、呼ばれ土方は戸の方を見た
影が1つ
声は、斎藤のものだった
土方は立ち上がり、障子を開けた
斎藤が何かぼそぼそと告げる
「ああ、分かった」
そう言うと、斎藤は一礼し、その場を後にした
土方はもう一度、さくらの方を見た
さくらは相変わらず、眠りの淵に居る
土方はふっと笑い
「仕方ねぇな。少し待ってろよ」
そう言い残すと、室を後にした
*** ***
さくらの室にお粥を持って来ると…彼女はまだ眠っていた
そろそろ起きるだろうと思っていたのだが…
どうやら、予想が外れたらしい
土方は小さく溜息を付き、お粥の入った土鍋を床に置くと、さくらの横に座った
「……………」
土方は、片膝を立て頬杖を付くと、じっとさくらの顔を見た
先程よりも幾分か顔色が良い気がする
頬も少し赤みが出てきてる
恐らく、少しは改善されたのだろう
だが、根本的な問題は解決していない
その時だった……
「ん………」
ゆっくり、さくらが目を覚ました
重そうな瞼を瞬きさせる
「起きたか」
「………え?」
さくらは声がした事に、驚いてか土方を見て、ピクッと身体を震わせた
恐らく、誰か居ると思わなかったのだろう
「………っ! 土方さ……」
「この、どあほうが!!」
第一声に、言ってやろうと思っていた事を言ってやった
案の定、さくらはビクッと身体を震わせた
さくらが恐る恐る瞳を開けて、土方を見る
土方は怒っていた
起きたら、絶対言ってやろうと思っていた
「怒鳴られる意味。分かってるだろうな」
土方は、大きく息を吐き、腕を組んだままため息を付いた
「…………?」
さくらは意味が分からないといった感じに、首を傾げた
すると、益々土方の眉間の皺が寄った
「おめぇ、まさか、分からねぇ訳じゃねぇだろうな」
「……………」
分からないのか、答え無い
さくらは、少し俯き
「………分かりません」
ぼそっと呟く
はぁ…と土方が盛大なため息を付いた
そして、キッとさくらを見て
「お前、まともに飯を食ってないんだって?どういうこった。俺は飯を食うなとは言ってねぇよな」
「あ………」
言われて気付いたという感じに、さくらがハッとする
「そんなの倒れて当たり前だろうが!」
さくらがビクッと身を縮こませた
土方は再び、盛大なため息をした
「お前な、何で飯を食わない?」
「それは………」
さくらが言い淀む
「………ん?」
「……………」
さくらがギュッと布団の端を掴んだ
「………ので」
「何だって?」
「食してしまったら、帰れなくなる気がしたので………」
「は?」
「ですから、一緒に頂いてしまったらもう、戻れなくなる気がしたからです……だから…」
「……………」
土方はその菫色の瞳を大きく見開いた
次の瞬間、また盛大なため息が出た
「バカかお前」
土方が呆れ声で言う
「……………」
さくらはしゅんっとなって俯いた
「たかが、飯食ったぐらいで帰れないとかアホかってんだよ。いや、バカだな」
「……………」
「バカらしい。そんな下らない理由で身体壊してちゃ世話ねぇはな」
「……………」
「アホらしい。どんな理由かと思ったら、そんな下らない理由かよ」
「………バカとかアホとか言わないで下さい」
さくらがむっとして、負け惜しみを言う
土方は、ハッと笑い
「減らず口を叩くな」
そう言って、スッと小さな土鍋を差し出した
「ほら、食え」
「え?」
「俺様が作ったんだ。ありがたく食えよ」
「……………」
さくらが土鍋を受け取り蓋を開けた
中からほかほかのお粥が出てくる
さくらはぽかんとしてその粥と土方を見比べた
「……料理、出来たんですか?」
「ああ?」
出てきたのはそんな言葉だった
土方の眉間に皺が寄る
「俺たちゃぁ自炊だぜ?料理ぐらい出来るに決まってんだろ」
「とにかく、お前は食え」
照れ隠しの様に、土方はこほんと咳払いをすると、そう言った
「……………」
さくらは、無言のまま粥を掬おうと蓮華を持とうとした
だが、持ったつもりの筈の蓮華がからんと落ちた
「……………」
手を見ると、手が震えていた
手が震えて上手粥を掬えないらしい
「……………」
はぁ……とまた盛大なため息が出た
つまり、自力で食う事が出来ねぇって事か……
何処まで、重症なんだと、土方は思った
仕方ねぇ
「ったく、しょうがねぇな」
土方はそう言うと、さくらから土鍋と蓮華を取り上げた
そして、土鍋から粥を掬うとスッとさくらの口元に差し出した
「………え!?」
「良いから、食え」
早く、食べて欲しいと思った
正直、こうやって他人に食わすのは初めてだ
言われて、さくらが蓮華の中の粥を見つめた
そして、恐る恐るそっと口付ける
さくらの唇が蓮華に触れた途端、ドキッとした
それでも、流石新選組副長
自制を保つ
「どうだ?」
「………美味しい…です」
「そうか」
美味いと言われると、やはり嬉しい
だが、それを顔に出す事はしない
平常心のまま、土方はもうひと掬い粥を掬った
そして、さくらの口に運んだ
「………ん」
「……………」
ぱく
「………土方さん…あの…」
「言うな。俺も恥ずかしい」
土方は少し顔を赤らめながら、そう言った
それが、精一杯虚勢を張った言い訳だった
そうして、気が付いた時には土鍋の粥は空になっていた
「よし、食ったな」
さくらが少し頬を赤らめ、こくと頷く
「じゃぁ寝てろ」
こつんっと額を押され、さくらは横になった
「いいか。今度からちゃんと飯食えよ」
そう言いは放つと、土方は恥ずかしいさを隠す為かさっさと部屋から出て行ってしまった
*** ***
土鍋を厨に返し、自室へ戻る
「はぁ………」
そして、出てきたのは盛大な溜息だった
「もう、二度とやるか」
心にそう誓うのだった
一章3話目の合間の話です
別命:土方モノローグ編+3話土方編
※これはweb拍手に加筆した物です
2010/05/04