櫻姫抄乱 挿話
     ~桜雪花~

 

◆ 「櫻狩り」

(薄桜鬼:「櫻姫抄乱 ~散りゆく華の如く~」より)

 

 

サァ……

 

風が吹いた

 

はらり はらりと桜の花びらが舞う

 

ふわっと少女の長い漆黒の髪が揺れた

 

リリン…と赤い結い紐に付いている鈴がその音色を奏でる

 

「……………」

 

少女はつと 面を上げた

そっと手を伸ばす

 

はら…と桜の花びらが落ちてきた

そのまま、手をすり抜け地へ落ちいく――――

 

「――――………」

 

言葉を発したのか、その声は音にはならなかった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ふと土方はそれに気が付いた

気配を感じ、視線をそちらに向ける

 

とても大きな桜の大樹――――

樹齢何百年だろうか…それはどっしりとそこに構えていた

 

その桜の樹の下に桜色の着物がひらひらと風に揺れていた

否、1人の少女がそこに立っていた

 

淡い桜色に桜模様の着物に白い肌が良く映えた1人の少女――――

漆黒の長い髪を高く結い上げたその少女は桜をじっと眺めていた

 

「…………」

 

土方は声を発する事も忘れ、ただ ただそれを見ていた

 

ふと 少女がゆっくりと振り返った

リン…と何処からか鈴の音が聞こえてくる

 

整った顔立ちに真紅の瞳が印象的な少女だった

形の良い桜色の唇が何かを発する

 

「……………?」

 

だが、その音は土方には届かなかった

 

少女はふと笑みを作り、目を細めた

寂しそうなその笑みはまるで、少女の存在そのものが儚げで消えてしまいそうだった

 

ドクン……

 

土方の心臓が脈打った

土方が言葉を発しようとしたその時だった

 

「副長」

 

不意に誰かに呼ばれ、現実に引き戻される

はっとして、土方は声のした方を見た

 

「どうかなされたのですか?」

 

そこには、髪を1つに束ねた着物姿の青年が立っていた

 

「あ、いや……」

 

「皆が、呼んでいます」

 

「ああ…分かった。斎藤」

 

斎藤と呼ばれた青年は一礼し、その場を後にした

 

もう一度、桜の方を見る

だが、そこには誰も居なかった――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「土っ方さーん。何に見とれちゃってたのー」

 

ケラケラと笑いながら、沖田総司は杯を上げた

 

「総司…お前、飲みすぎだろう」

 

土方は、半ば呆れながらため息を付いた

沖田は気にした様子も無く、くすくすと笑い

 

「僕、見てたよーなんだか、ぼーとしてたよね?」

 

「なになに?何の話ー?」

 

間に藤堂平助が割って入ってくる

沖田は藤堂の肩をぐいっと抱き、耳打ちする様に

 

「土方さんが、女の子に見・と・れ・て・た・の」

 

「ええ――――!?」

 

「総司!!」

 

土方の整った顔が吼えた

藤堂はわくわくといった感じに、身を乗り出し

 

「それで、それでー!その女の子は何処に居るんだよ!?」

 

「なんだなんだー?」

 

「どうかしたのか?」

 

永倉新八と原田左之助まで集まってきた

 

「土方さんが女の子に見とれてたんだって!!」

 

「マジか!?」

 

「ほぉーそれは珍しい」

 

「お前ら……」

 

土方がぷるぷると肩を震わせた

 

「斎藤君は見たんだよね?土方さん呼びに行ったの斎藤君だもん。どんな子だった!?」

 

沖田が斎藤に尋ねる

斎藤は首を傾げ

 

「いや…誰も居なかったと思うが…」

 

ぴたっと皆が止まった

じっと沖田を見る

 

「え?総司が見たんじゃないの?」

 

「ううん。僕は見てないよー想像」

 

へらっと総司は手を広げた

藤堂ががくーとうな垂れる

 

「何だよー総司の妄想かよ」

 

「つー事はアレか?つまり嘘?って事か?」

 

「どうせ、そんな事じゃないかと思ったけど…」

 

原田と永倉は半ば呆れた様に言葉を発した

 

「さーどうだろうねー」

 

沖田は悪びれた様子も無くあっけらかんとしていた

 

「お前ら……いい加減にしろよな」

 

ゴゴゴゴゴ…と土方の後の方が怒りの炎で燃え上がっている

 

「やばい!土方さんが怒った」

 

逃げろーと沖田がそそくさと逃走する

 

「ばっか、総司が悪いんだろ!?」

 

「俺達無罪だよな?新八」

 

「おお…!そうだぜ、土方さん。俺たちは何も言ってねぇ!」

 

「おめぇら…殺されてぇみてぇだな…!」

 

ばきぼきっと手を鳴らしながら鬼の副長が仁王立ちに立った

 

「だー俺達は無罪だっつーの!!」

 

永倉が必死に訴えるが聞き入れてはもらえそうに無い

怒りの笑顔の土方がにっこりと笑い、手を鳴らしながら迫ってくる

 

 

 

 

 

 

「「「わ――――――――!!!!」」」

 

 

 

 

 

 

藤堂・原田・永倉の断末魔がこだました

 

のんびり酒を啜っていた近藤勇はふふっと笑みを作りながら

 

「トシも皆も元気だなぁ」

 

と呟いた

 

 

 

 

 

 

 

時は元治元年4月・京――――

昨年、壬生浪士組は、会津藩主・京都守護職松平容保より、主に尊攘激派(勤王倒幕)浪士達による不逞行為の取り締まりと市中警護を任される

同年8月に起きた八月十八日の政変に出動し、壬生浪士組はその働きを評価される

そして、新たな隊名「新選組」を拝命する

 

そして、その新選組局長の名が近藤勇

副長・土方歳三

総長・山南敬助

一番隊組長・沖田総司

二番隊組長・永倉新八

三番隊組長・斎藤一

四番隊組長・松原忠司

五番隊組長・武田観柳斎

六番隊組長・井上源三郎

七番隊組長・-

八番隊組長・藤堂平助

九番隊組長・-

十番隊組長・原田左之助

 

 

この日新選組の幹部連中は桜花に誘われ外に花見に出てきていた

 

「でもさー土方さんなら選り取りみどりだろうなー」

 

藤堂はぶーぶーとぼやきながら、酒を煽った

 

「だよな、新選組内じゃ”鬼副長”なんて呼ばれてるけど、街行けば振り返らない人はいないってな」

 

原田も同意する

 

「アレは詐欺だよなー俺が女だったらあの顔に微笑まれたら(想像できねぇが)ころっと騙されちまうぜ」

 

永倉は「詐欺だ詐欺だ」と言いながら、抗議した

 

「いや、新八っつぁんに好かれても嬉しくねー」

 

「同じく。新八の女装なんて想像したくねぇ」

 

「何おー!?俺が女だったらそりゃぁもう、色っぺぇのなんのって」

 

「「えー」」

 

藤堂と原田が抗議の声を上げる

 

「例えばどんな?」

 

「こうだなーこういう形の…」

 

永倉が手で凹凸のある女の身体を表現する

 

「新八っつぁん!エロイって!その手、エロイ!!」

 

「新八…そりゃぁお前の理想だろうが」

 

「やっぱ女はボンキュボンだろー」

 

「それって新八っつぁんだけだって。女は心だろうがこ・こ・ろ」

 

「そうかー?」

 

永倉はにやりと笑い

すりすりと原田ににじり寄った

 

「なー左之。どうせなら、凹凹の女よりも、こーいう女の方がよくね?」

 

と言いながら、凹凸ある女体を表現する

 

「いや…まぁ、そりゃぁそうだが…」

 

「だろー?ま、お子様平助にはまだ分かんねーだろうけど」

 

ふふーんと藤堂を見てやる

藤堂はむーと膨れ面になり

 

「新八っつぁんみたいな汚れた大人にはならねーから、いいんだもーん」

 

「なんだとー平助!」

 

「ふーんだエロ河童」

 

ウガーと永倉が吼える

藤堂はそれをひょいひょいとかわしながら、原田の影に隠れた

 

「左之ー平助を隠すと為にならねーぞ!」

 

「いや…ちょっ……!俺を巻き込むなよ」

 

「左之さーん。新八っつぁんが虐めるー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「何をやってるんだ…あいつらは」

 

わーわーと暴れる3人?を他所に土方は呆れ顔で見ていた

 

「まーまーいいじゃないかトシ。仲が良くて良いことだ」

 

と近藤はほくほく顔で、土方の酌を受けていた

 

「仲が良い…つーか、煩いだけだけどな」

 

土方は呆れつつも仕方ないなーという感じに、ため息を付いた

近藤は酒を飲みながら

 

「なートシ、俺はなこのまま平和が続くといいんじゃないかと思うんだ」

 

「近藤さん…」

 

「誠を掲げてる俺らがいう事じゃないかもしれないが、トシが居て、斎藤君が居て、永倉君、藤堂君、原田君、源さんや山崎君皆が居て、わいわいやっていけたらそれでいいんじゃないかと思うんだよ」

 

「まぁ、儚い夢かもしれないがな」

 

ふと笑いながら、近藤は呟いた

 

「俺らは幕府の為、働くのが仕事だ。こんな事言うのは間違ってるかもしれないが…時々そう思うんだ」

 

「…………ま、それがあんたらしいよ」

 

「トシ…」

 

土方はふっと笑って

 

「あんたはあんたの信じる道を進めば良い。後押しは俺がしてやる」

 

そう言いながら、近藤の空いた杯に酒を注いだ

 

「なーに真面目な話してるんですか」

 

不意に頭上から沖田の声が聞こえてきた

沖田はんふふーと笑いながら、土方と近藤の間に座り

 

「近藤さん。土方さんの名前があって、僕の名前が無いってどーいう事ですか?」

 

「おお、そうか?すまんすまん。勿論総司も一緒だ」

 

「総司…お前、飲みすぎだ」

 

近藤に絡む沖田を土方が窘める

沖田はムーとして、土方を見ると持っていた酒瓶をどんっと土方の前に置いた

 

「土方さんこそ、飲んでないじゃないですかーほら、飲んで飲んで」

 

飲め飲めーと沖田が土方の空いた杯に酒を注いだ

 

「お前なー」

 

「はい、もう一杯」

 

「注ぐな!」

 

更に注がれそうになって、土方はサッと杯を隠した

 

「むー付き合い悪いですよ?」

 

「そういう問題じゃないだろうが」

 

そう言って、土方はため息を付き、席を立った

 

「副長?」

 

隣で静かに飲んでいた斎藤が、土方を呼び止める

土方は軽く手を挙げて

 

「ちょっと酔いを覚ましてくる」

 

「トシ?」

 

「悪いな、近藤さん。俺は席を外すぜ」

 

そう言い残すと、さっさと何処かへ行ってしまった

そんな土方を他所に、沖田はしっかりと近藤の隣に陣取って

 

「ささ、近藤さん」

 

「おお、すまんな総司」

 

「ほら、斎藤君も飲みなよ」

 

「あ、ああ」

 

沖田に急かされて、斎藤も沖田の酌を受ける

沖田は上機嫌で、自分の杯に酒を注いでいた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……」

 

宴の喧騒から逃れ、土方は1人桜の大樹の下までやって来ていた

サァ…と風が吹き、土方の漆黒の髪を揺らした

 

「ったく、あいつら…騒ぎすぎだ」

 

新選組の面々が居る方を見ると、相変わらずわいわい賑わっている

いつもは、不逞浪士を取り締まったり、京の治安を維持したりで血なまぐさい事ばかりだ

 

毎回だと困るが…

でも、まぁ…たまにはいんじゃないかと思う

 

土方はふっと笑い、そして息を吐いた

ゆっくりと桜の樹に寄りかかる

 

さっき………

 

ふと先ほど見た少女を思い出した

 

桜色の桜模様の着物を着た、漆黒の髪の少女――――

真紅の大きな瞳が印象的な少女だった

 

確かにここに居た

 

そう思った

 

 

だが――――

 

 

本当に居たのか…?

 

そう思わずにはいられなかった

 

あれは桜の見せた幻だったんじゃないかとさえ思う

桜の樹が見せた一時の幻想――――

 

「…………ふ、俺らしくもない…か」

 

土方はもう一度、桜の樹を見た

 

さらさらと桜の花びらが舞う

 

 

 

  さらさらさら

 

      さらさらさら――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                        ◆          ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

少女はふと桜の樹を見た

 

「……………」

 

花びらが舞い、少女の足元に落ちていく――――

 

「……………」

 

少女がその桜色の唇で何かを紡いだ

だが、それは音にはならなかった

 

サァ…と風が吹き、少女の高く結い上げた漆黒の髪が揺れる

リリン…と赤い結い紐に付いている、鈴が鳴った

 

少女は、桜色の着物からすっと白い手を伸ばし、桜の花びらをそっとその手に乗せた

優しくその花びらに触れる

 

「…………誰」

 

鈴の様な凛とした声が邸内に鳴り響いた

それとほぼ同時に誰かがスッと柱の影から現れた

 

「お邪魔でしたか?桜姫」

 

少女がゆっくりと声のした方を見る

そこには、厳つい男が1人 立って居た

 

「………天霧」

 

天霧と呼ばれた男は一礼し、少女に頭を垂れた

 

「千景は?」

 

「…風間は少々出ております」

 

「……そう」

 

あからさまに落胆した声を上げる少女に天霧はふっと笑い

 

「直ぐに戻ると思われます」

 

そう告げた

少女は、少し驚いた様な顔をした後、もう一度桜の樹を見た

 

「………貴方は、誰?」

 

ぽつり と そう 呟く

 

天霧が不思議そうに少女を見た

 

 

「……誰か、居るのですか?」

 

「…………」

 

桜の樹の方を見る

だが、そこには誰も居なかった

 

 

少女は、何事も無かったかの様に にっこりと微笑み

 

「お茶をどう?天霧」

 

「……頂きましょう」

 

断る理由も無かったので天霧は少女の誘いを素直に受けた

 

少女はにっこりと微笑むと、邸内に入って行き茶を立て始めた

天霧も少女に続き、邸内に入り腰を下ろす

 

「今……情勢はどうなっているの?」

 

「今は佐幕派に有利ではないでしょうか」

 

トンッと茶杓を使って茶入から抹茶をすくって茶碗に入れる

 

「佐幕派とは…つまり、幕臣に有利…という事?」

 

「そうですね」

 

コトッと釜から湯をすくって茶碗に注いだ

そして、茶筅を使って撹拌する

 

 

「さくら」

 

 

不意に名を呼ばれ少女――――さくらは振り返った

そこには白い着物を着た1人の青年が立ってた

 

さくらが花の様な笑みを作る

 

「お帰りなさい、千景」

 

風間千景は はぁ…とため息を付き、さくらと天霧の横に座った

 

「風間、お話はどうでしたか?」

 

天霧が風間に問いかけた

 

「ふん 今度池田屋か四国屋で会合がある。出席せよとの命だ」

 

「池田屋か四国屋というのは…?」

 

「奴らめ、情報操作のつもりだろうが、本音を言わなんだ」

 

風間が差し出された茶を飲み干す

グイッと口元を指で拭き

 

「どうせ、池田屋あたりだろうが…ふん この程度も分からぬ様であれば、”新選組”とやらも高が知れてるな」

 

「……新選組?」

 

さくらがもう一服用意しながら、問うた

 

「ああ、”腕だけは確かな百姓集団”と聞いている。手柄を取る事しか頭に無い幕府の犬だ」

 

風間は顔を顰めながら

 

「……不味い」

 

風間がそう言うのはいつもの事なのか、さくらはくすくすと笑いながら

 

「ふふ、千景は相変わらずね」

 

風間は ふーと息を吐き

 

「……これは好きではない」

 

「はいはい」

 

さくらは特に気にした様子もなく、風間の茶碗を下げる

 

「結構なお手前でした」

 

飲み終えた天霧が静かに茶碗を置いた

 

「お粗末様でした」

 

さくらはにっこり微笑み、その茶碗も下げる

 

「お前…こんな物が美味いのか?」

 

風間が訝しげに天霧を見た

天霧は少し考え

 

「不味くはないと思いますよ。 桜姫の茶の腕はかなりのものだと思いますが」

 

「ふん、変わった奴だ」

 

風間はそう言い放つと、席を立った

 

「千景?」

 

「出かけてくる。いくぞ天霧」

 

そう言い残すと、風間は部屋を後にした

天霧とさくらは顔を見合わせると、お互いに首を傾げた

 

そして、天霧はさくらに一礼すると風間の後を追った

 

部屋にさくら1人になる

 

 

さらさらさら………

 

 

庭の桜の樹がさらさらとその花びらを舞わせていた

 

 

 

     「………貴方は、誰………?」

 

 

 

 

さらさらと桜の花びらが舞う

 

 

 

  さらさらさら

       さらさらさら――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

薄桜鬼夢『櫻姫抄乱』本編前の話です

 

千鶴は今回出番無しで(-_-;)

というか、この時千鶴居るんだっけ…?

………居ますね四月だもん(千鶴登場は一二月)

 

2009/05/27