櫻姫抄乱 挿話
     ~緋衣草~

 

 君に想う

(薄桜鬼:「櫻姫抄乱 ~散りゆく華の如く~」より)

 

 

彼女に再会したのは1年近く経った頃だった

 

総司が、街中で浪士に絡まれている所を助けたらしい

その際、足を捻挫したとかで、強制的に連れて来た

 

まぁ、それはいいんだが……

 

いきなり、肩に担がれている彼女を見た時、それはないんじゃないかと思った

 

それから、新八や平助と見舞いに行った時

 

彼女は、「大丈夫」だと言ったが、その足は痛々しそうだった

でも、それだけじゃなかった

 

前は花の様に笑っていた彼女のその笑みは、見る影もなく

彼女は少し無理して笑っている気がした

 

それに、前よりもずっと痩せていた

 

この1年どうしていたのか、とか

どこに居たのか、とか 

色々聞きたかったが、彼女を見ていると聞いてはいけない様な気がした

 

だから、新八がそれを口にした時、思わず止めた

「無理して言わなくていい」と言った

余りにも彼女が無理してそうで、これ以上無理はさせたくなかった

 

1年前の俺だったら、多分そうは思わなかったかもしれない

でも、再会して思ったんだ

 

その小さな身体を守ってやりたいと

肩を抱いて、その腕に閉じ込めてしまいたと

 

でも、それ以上に―――笑って欲しい と

 

無理した笑みじゃなく、心の中から笑って欲しい と

 

そう思ったんだ………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な~さくらちゃん、ちゃんと飯食ってるかなぁ……?」

 

昼餉の時間、永倉がくわえ箸をしながら、そうぼやいた

 

「あん?」

 

原田が訝しげに顔を顰める

 

「いや、だってな!前に見舞いに行った時、スゲー痛そうだっただろ?足。それに、それもあるから飯1人で食ってるだろ?やっぱ、飯は大勢で食った方が楽しいからよぉ~」

 

ぶちぶち言いながら、焼き魚を突く

 

「ん~でも、さっき膳持ってったけど、普通に”ありがとうございます”って言ってたしな~。朝餉の膳下げに行った時も、綺麗に無くなってたし」

 

藤堂がそう言うと、永倉は「そうなのか?」と目を瞬きさせた

 

「ちゃんと飯食ってるのか!それなら、安心だな!」

 

そう言って、がつがつと茶碗に山盛りにされた米をかき込む

 

「……………」

 

だが、原田は違った

ふと、箸を止め思案顔になる

 

あれは、食っているというより……

 

「左之さん?食わないの?」

 

原田の異変に気付いた藤堂が、不思議そうに原田を見た

 

「……………」

 

原田はカチャンと箸を置くと、いきなり自分の膳を永倉の横に置いた

 

「左之?」

 

「やる」

 

「お、いいのか!」

 

「ええ!?」

 

嬉しそうにする永倉とは対照的に、藤堂は驚いた様な声を上げた

 

「ど、どどどどどうしたんだよ!?左之さんが自分の飯を新八っつぁんにあげちゃうなんて……っ!?」

 

天変地異の前触れ!?という感じに、藤堂が驚愕な顔をした

 

「んじゃ、いっただきぃ~」

 

シュパッと永倉が原田の寄越した膳に箸を伸ばし始めた

 

「左之さん!?左之さんの飯、食われちゃうよ!?」

 

藤堂があわあわしながら、手をバタつかせる

原田はくくっと笑いながら

 

「構わねぇよ、俺はもう腹一杯なんだ。新八にやったんだから、新八が好きにすればいいさ」

 

そう言うって、スクッと立ち上がると、そのまま広間の戸へ向った

 

「へ?左之さん、どこ行くのさ!?」

 

「ん?ちょっと野暮用」

 

藤堂の問いに、原田はひらひらと手を振ると、そのまま広間を出て行ってしまった

 

ポカーンと呆ける藤堂を余所に、永倉は黙々と箸を動かしていた

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

                        ◆          ◆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

原田はとある、部屋の前に来て思わずその足を止めた

 

一瞬、何と言って入ろうかと思案する

ま、まぁ、ここは正攻法で……

 

原田はこほんと咳払いをすると

 

「さくら?」

 

室の中を覗く

 

そこには、さくらが膳を前に置いて箸を手に持ったまま何かを考える様にぼんやりとしていた

 

「さくら」

 

もう一度、名を呼ぶ

瞬間、さくらはハッとして慌てて振り返った

 

「え……?あ……原田さん……?」

 

「入ってもいいか?」

 

「え?あ…はい」

 

さくらが淡く微笑む

だが、やはりその笑みは無理している様に見えた

 

原田は室の中に入ると、さくらの傍に腰を下ろした

 

「飯中に悪いな」

 

「え……?あ、いえ…」

 

さくらの箸を持つ手が、微かにピクッと動いた

原田はさくらの膳を見た

膳はまったく手が付けられておらず、箸を伸ばした形跡さえない

 

原田はじっとさくらを見た後

 

「お前……飯………」

 

そこまで言われて、さくらが弾かれた様にバッと汁物の椀を取った

 

「た、食べてますよ?ほら、この汁物凄く美味しいですし……」

 

そう言って、汁物に口を付ける

 

原田はくすっと笑って

 

「そりゃぁそうだろう、それは俺が作ったんだからな」

 

「あ、すみません…お手伝い出来なくて……」

 

それを心苦しく思っているのか、さくらの表情が俄かに曇る

原田はふっと笑うと、さくらの頭をぽんっと叩いた

 

「馬鹿、お前はまずはその足を直す事に専念しろ」

 

さくらが息を飲む

 

それから小さく「はい…」と答えた

 

汁物を持っていた手が膳に戻される

そのまま、またその手が止まった

 

何かを考える様に、箸を持ったまま目が伏せられた

原田はそれを見逃さなかった

 

「さくら………」

 

痩せて小さくなった身体

浮かない表情

 

「お前……ちゃんと飯食ってるのか?」

 

「え………?」

 

さくらが驚いた様に目を瞬かせた

それから、慌てた様に目を逸らして

 

「ちゃ、ちゃんと頂いてますよ?今朝だって―――」

 

「そうじゃねぇ。無理して食べてねぇかって聞いてるんだ」

 

さくらの手がピクッと動いた

 

そう―――さくらのそれは”食べている”というより、”無理矢理かき込んでいる”様だった

食べたくない物を、無理して食べている

 

そんな感じだった

 

「お前、随分痩せたよな?この1年近くで」

 

さくらが驚いた様に目を見開いた

 

「……………」

 

それから、カチャと箸を膳に置くと

 

「……そ、そんなに分かりますか? 土方さんにも言われたのですけど……」

 

「土方さんも?」

 

原田が俄かにそれに反応する

 

土方さんか……

 

確かに、あの人は見ていない様でよく見ている

細かい事にもよく気付くし、目が行き届いていると思う

 

これは男の勘だが

 

とりわけ、さくらに対してはよく見ていると思った

 

彼女を見る、土方の目も、仕草も、どことなく他とは違う

 

まぁ、あくまで勘の類だが……

 

でも、俺の勘は外れた事ねぇからな………

もしかしたら、土方さんは………

 

「原田さん?」

 

さくらの声に原田はハッと我に返った

 

「ん?ああ、悪ぃ」

 

「いえ……具合でも悪いんですか?」

 

心配そうに、ちょこんと首を傾げる彼女の姿がちょっと可愛いとか思ってしまった

 

「俺は何ともねぇよ。っていうか、お前だ、お前!」

 

ビシッとさくらを指差す

 

「さっきの話。今までちゃんと飯食ってたのか?それとも、飯が食えない環境だったのか?」

 

原田の問いに、さくらは小さく首を振った

 

「あ…いえ、食事はちゃんと頂ける所でした。ただ………」

 

「ただ?」

 

「………余り、食欲が無くて……」

 

ちらっとさくらの目が目の前の膳に注がれる

 

「折角作って頂いているのだから、食べなくては……とは思うのですが…進まなくて…。 ここに来てからは、せめて食事ぐらいは…と、思って……」

 

そう語る、さくらの表情は苦しそうで、辛そうだった

原田はじっとさくらを見た

 

あの小さな肩にどれほどの重荷を背負ってきたのだろうか

 

その重荷を少しでも肩代わりしてやりたいと

この腕に抱きしめて、その心を癒してやりたいと

 

そう思うのは、利己的な考えだろうか

 

「さくら」

 

呼ばれてさくらが顔を上げる

ふと、陰が落ちた

 

「え………」

 

不意に、伸びてきた原田の手がさくらの前に置かれている膳に伸びた

そのまま、それを掴むとどける

 

「あ、あの……?」

 

意味が分からず、さくらが首を傾げる

 

「無理して食わなくていい」

 

「え……で、でも……」

 

「正し、これだけだ」

 

そう言って、ビシッと避けた膳を指差す

 

「今まで食ってたんだ。一食ぐらい抜いたって死にはしねぇよ。だから―――」

 

ふいっと原田の身体が動く

手が伸びてきて、さくらの頭に置かれた

 

「無理すんな」

 

そう言って、優しく撫でる

 

「お前は、無理し過ぎだ。少しぐらい、我がまま言ったっていいんだぞ?」

 

さくらは大きく目を見開いた

それから、少し頬を染めると、視線を泳がせて俯いた

 

少ししてから、さくらがちらっと原田を見る

それに気付いた原田がふっと優し気に微笑む

 

すると、躊躇いがちにさくらは顔を上げ、その顔を綻ばせた

 

それは無理した笑みではなく、本当の笑みだった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

時間軸的には、新選組に連行された数日後

おおよそ、2~3日後ぐらいのイメージです

 

どうやら、左之が気にしだしたのは、この辺りかららしいですぞ?

 

2010/09/27