花薄雪ノ抄
     ~鈴蘭編~

 

◆ 鶴丸国永 「竜胆の標(前編)」

   (「刀剣乱舞夢 「華ノ嘔戀 外界ノ章 竜胆譚」 より」 )

 

 

 

時々、ふと考えてしまう――――

 

私は、「人」で、彼は「刀の付喪神」

決して、逢い入れる事が出来ない存在・・・・・・

 

それでも、私は「彼」を――――

いつかこの身が朽ち果ててしまうとしても、傍にいて欲しいと

 

 

そう“願う”事は罪だろうが――――

 

 

 

 

 

 

 

 

その日、沙紀は“審神者”の仕事の一環で政府に出向いていた

普段は鶴丸が大概付き添うのだが、今日は用事があるとかでそれは叶わなかった

 

絶対に同行者が鶴丸ではないといけない――――という理由はない

彼には彼の時間も必要だ

自分が彼の自由な時間を束縛していい理由はない

 

ただ・・・・・・

 

「・・・・・・りんさん・・・」

 

用事とは、何だったのか・・・・・・と、思ってしまう

沙紀よりも優先する「用事」など、今まで彼は一度として言わなかった

 

だが、今回は違った

 

鶴丸は「今日は無理なんだ」と言って、どこかへ行ってしまった

 

「・・・・・・・・・」

 

分かっている

自分に彼を止める権利はない

 

何故ならば、自分は“審神者”で、彼は“刀剣男士”という関係だけだからだ

個人的な付き合いをしている訳ではない

 

鶴丸の事は、傍に居たいと思うし、居て欲しいとも思う

でも、それを理由に彼の「自由」を奪いたくない

 

そんなの、単なるエゴだ

 

 

そんな権利・・・・・・私には、ない・・・・

 

 

望んではいけない

 

傍にいて欲しいとか

一緒にいたいとか

 

――――想って、欲しいなどと・・・・・・

 

もし、それを口にして断られたら・・・・・・?

現に鶴丸は、一度は沙紀の傍から離れようとした

 

それが、沙紀の為だと言って

「行かないで」と言ったのに、行ってしまった・・・・・・

 

だから、もしまたこの「想い」を伝えて「拒絶」されたら

きっと――――

 

 

 

「・・・・・・君」

 

「沙紀君?」

 

不意に名を呼ばれて、沙紀がはっと顔を上げる

すると、そこには心配そうに沙紀を見る燭台切がいた

 

「あ・・・・・・」

 

はっとして我に返る

 

そうだ、今は政府からの呼び出しで急遽 政府機関に訪れていたのだった

なんでも、歴史修正主義者の新しい情報を開示するのだという

 

渡された資料に目を通す

だが、ちっとも頭に入ってこなかった

管理官が説明する内容すら、殆ど右から左へと抜けていく

 

「・・・・・・・・・」

 

だから気付かなかった、同行してくれた燭台切が心配そうにこちらを見ていた事に――――・・・・・・

 

 

 

 

 

 

 

****    ****

 

 

 

 

 

 

――――“本丸・竜胆”

 

 

なんとか、政府から“本丸”へ帰ってくると、沙紀はどっと自身の寝台に突っ伏した

何故か、凄く疲れた気がした

 

結局、管理官の説明も、資料も何も頭に入らなかった

 

「・・・・私、何をしに行ったのかしら・・・・・・」

 

ぽつりと、そんな事を呟いてしまう

 

鶴丸は、まだ外出したままだという

沙紀はぎゅっと、寝台に置かれていた白いうさぎのぬいぐるみを抱きしめた

これは、以前 鶴丸が沙紀に贈ってくれたものだった

 

最初は、これが何なのか分からなかった

“ぬいぐるみ”なんて初めて見たものだったから

 

その白いうさぎのぬいぐるみには、鶴丸と同じ白いフードが付いていた

 

鶴丸は言っていた

『自分が居ない時は、こいつを抱いて待っててくれ――――』 と

『必ず、沙紀の元へ行くから』 と

 

そう――――言っていたのに・・・・・・

でも・・・・・・

 

沙紀は、その白いうさぎのぬいぐるみを抱きしめたまま、小さく蹲って

 

 

 

「・・・・・・りんさんの、嘘つき・・・」

 

 

 

待っているのに

逢いたいのに――――

 

 

来ては・・・くれないのね・・・・・・・・・

 

 

遠くの方で雷鳴が聞こえた 気がした

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・っ、あ~濡れた、濡れた」

 

そう言いながら、“本丸”の玄関の扉を開ける影がひとつ

濡れた髪の水気を軽くはらいながら、走って来たのか、息を整える

 

すると、たまたまそこを通りかかった燭台切が、彼を発見した

 

「鶴さん?」

 

「ああ、光忠。 今日はありがとな!」

 

そう言って、手を上げるのはびしょ濡れの鶴丸だった

 

鶴丸がびしょ濡れのまま、中に入ろうとする

が、そんな鶴丸を見て、燭台切が慌てて止めに入った

 

「ちょっ、ちょと待って、鶴さん!! すぐタオル持ってくるから、ここで上がらずに待ってて!!」

 

そう言って、燭台切が慌てて奥へ入っていく

 

鶴丸は自身の濡れた姿をまじまじと見ながら、小さく息を吐いた

そっと、胸元に忍ばせておいた“それ”を見る

 

「・・・・・・濡れてないな」

 

その事に安堵する

そうしている内に、燭台切がばたばたとタオルを数枚持って戻って来た

 

「ああ、悪いな」

 

そう言って、燭台切からタオルを受け取ると、髪を拭いた

 

「今、お湯焚くようにお願いしてきたから、鶴さんはそのまま湯殿に行ってね。 っていうか、なんでそんなにびしょ濡れなの?」

 

「ん~? 仕方ないだろう。 突然、雷雨が来たんだから。 これでも、一応濡れない様には努力したんだぜ?」

 

と、もっともらしく言うが――――・・・・・・

 

燭台切がジト目で鶴丸を見て、「はぁ~~~~」と、盛大な溜息を付いた

 

「どこに努力をしたのか、説明してもらいたいよ・・・・・・まったく。 って、ああ! ちゃんと拭いてから上がって! 後で掃除するの誰だと思ってるの!? 僕なんだよ!?」

 

「そうは言っても、ここで濡れた服を脱いでいくわけにはいかないだろうが」

 

「鶴さん・・・・・・そんなことしたら、僕、本気で怒るよ?」

 

般若の様な顔でそう訴えてくる燭台切に、鶴丸がたじたじになりながら

 

「・・・・・・じょ、冗談だ・・・」

 

と言ったのは言うまでもない

 

とりあえず、水が滴り落ちないように念入りに拭くと、その足を湯殿へと向けた

すると、燭台切が何かを思い出したかのようにはっとして

 

「あ、そうだ! 鶴さん!!」

 

「ん?」

 

鶴丸が振り返りながら首を傾げる

すると、燭台切がポケットからひとつのメモリースティックを取りだした

 

「これ、沙紀君に渡してもらえるかな? 今日ずっと上の空だったから、多分内容覚えていないと思うんだ。 これに管理官の録音と資料のデータ入っているから」

 

そう言って、そのメモリースティックを鶴丸に渡す

鶴丸はまじっとそれを見た後、燭台切を見て

 

「・・・・・・自分で渡さないのか? その方が沙紀のお前への好感度上がるぞ」

 

燭台切の気持ちを知ってか知らないのか、鶴丸はそう言ってメモリースティックを再び見た

すると、燭台切は微かに笑みを浮かべ

 

「いいんだよ。 今の沙紀君が求めてるのは僕じゃないから・・・・・・」

 

そう言って、少し寂しそうに呟いた

鶴丸は、一度だけ燭台切を見た後、苦笑いを浮かべて

 

「お前も、難儀な性格だな」

 

そう言って、メモリースティックを濡れていないハンカチで包むと、胸元に仕舞った

 

「わかった、渡しておくよ」

 

そう言って、ひらひらと手を振りながら去っていった

そんな鶴丸の背中を見ながら、燭台切は小さく息を吐き

 

「・・・・・・だって、僕の入る隙なんて・・・どこにもないじゃないか・・・・・・」

 

そう消えそうな声で、呟いたのだった

 

 

 

 

 

 

****    ****

 

 

 

 

 

 

湯浴みを済ませ、着替えた鶴丸は沙紀の部屋へと向かった

部屋の前に来て、軽く咳払いをすると、障子戸の外からか来る声を掛ける

 

「沙紀? 居るか?」

 

いつもならば、直ぐに返事をしてぱたぱたと走ってきて戸を開けてくれるが――――

今日は何故か、無反応だった

 

留守か? とも一瞬思ったが、燭台切の話だと沙紀は帰って来てからずっと部屋に閉じこもっていたという

 

「・・・・・・・・・」

 

少し躊躇ったが、鶴丸は

 

「沙紀、開けるぞ?」

 

そう言って、ゆっくりと障子戸を開けた

部屋の中は暗かった

灯り1つ付いていない

 

「沙紀?」

 

鶴丸が部屋の中を見て回る

すると、続き間の寝室の方から沙紀の気配がした

 

そちらへ向かうと――――・・・・・・

沙紀が、政府へ行ったままの姿なのだろう

政府へ召集時にいつも沙紀が着ている、白衣の巫女装束の上に千早を着たままの姿で、寝台で眠っていた

それも、以前鶴丸が沙紀に贈った白いうさぎのぬいぐるみを抱きしめたまま

 

そんな沙紀の様子に鶴丸がくすっと笑みを浮かべる

そして、そっと寝台に腰かけると、沙紀の髪に触れた

 

さらりと、鶴丸の指の隙間から彼女の漆黒の艶やかな髪が零れていく

 

「・・・・・・沙紀、悪かったな。 今日、一緒に行ってやれなくて――――」

 

そう言いながら、彼女の顔に掛かっている髪を避ける

 

「ん・・・・・・」

 

微かに、沙紀が動いた

そして、薄っすらとその躑躅色の瞳を開けた

 

「悪い、起こしたか?」

 

「・・・・・・? り、んさ・・ん・・・・・・?」

 

まだ寝起きだからか、ぼんやりしたまま沙紀がこちらを見た

が、次の瞬間 沙紀がはっと我に返り、慌てて起き上がった

 

「り、りりり、りんさん・・・・・・っ!!?」

 

沙紀が、顔を真っ赤にしているのを見て、鶴丸がくすっと笑うと

彼女の頭を撫でた

 

「おはようさん。 眠り姫」

 

「え・・・・・・眠・・、あ・・・・」

 

自分の恰好を見て、あのまま疲れて寝てしまったのだと気づく

ふと、鶴丸がある事に気付いた

 

「沙紀・・・・・・? 泣いてたのか?」

 

突然、確信を突かれて沙紀が動揺する

 

「い、いえ・・・・・・泣いて、など・・・・・・」

 

嘘だ

哀しくて、寂しくて、涙を流していた

そして、そのまま泣き疲れて眠っていたのだ

 

だが、すべて鶴丸にはお見通しなのか・・・・・・

すっと、彼の手が沙紀の頬に触れた

 

「・・・・・・きみは、嘘が下手だな」

 

そう言って、微かに沙紀の目じりに残っていた涙を拭く

鶴丸は彼女の抱いている、白いうさぎのぬいぐるみを見て またくすっと笑った

 

「沙紀は、よほど俺が恋しかったとみえる」

 

言われて沙紀が、未だに白いうさぎのぬいぐるみを抱いていた事に気付いた

慌てて、その手を放す

 

「あ、い、いえ・・・・・・こ、ここ、これは――――」

 

顔を真っ赤にさせ、そう弁解しようとする沙紀は、たまらなく可愛く見えた

思わず手を伸ばすと、その腕の中に沙紀を抱きしめる

 

突然抱きしめられた沙紀は、ますます顔を真っ赤にさせて

 

「あ、あの・・・・・・っ、り、りんさ・・・・・・」

 

「沙紀――――寂しい思いさせて悪かった」

 

そう言うと、鶴丸がそっと沙紀の瞼に口付けた

 

「・・・・・・・・・っ」

 

瞬間、我慢の限界だったのか・・・・・・

まるで、関を切ったかのように沙紀がぽろぽろと泣き始めた

 

「り・・・んさ、ん・・・・・・っ」

 

泣きたい訳でもないのに、涙が止まらない――――

ほんの少しの間離れていただけなのに、こんなにも哀しいなんて

 

「沙紀――――」

 

不意に、名を呼ばれたかと思うと

すっと伸びてきた鶴丸の手が沙紀を包み込む様に、頬に添えられた

そして、そのまま引き寄せられるかのように口付けが降ってくる

 

「ん・・・・・・」

 

触れるだけの優しい口付け――――・・・・・・

 

「り、ん・・・さ・・・・・・」

 

「沙紀――――・・・・・・」

 

あ・・・・・・

 

考える間もなく、再び鶴丸からの口付けが降ってきた

二度、三度と繰り返されるうちに、どんどんその口付けが深くなる

 

「り、りん・・・さ・・・・・・ぁ・・・」

 

不思議な感覚だった

あれだけ寂しかったのが嘘のように消えていく――――・・・・・・

 

彼に――――鶴丸に触れられると、心が満たされていく

 

「りんさん・・・・・・」

 

沙紀が、まるでその口付けに答えるかの様に、両の手を彼の背中に回す

すると、くすっと鶴丸が笑い

 

「なんだか、おねだりされてるみたいだな」

 

「そ、そんなつもりは・・・・・」

 

ない と言いきれないのが、少し悔しい

でも――――・・・・・・

 

「その・・・・少し、だけ・・・・・・」

 

「ん?」

 

何だか口にするのが恥ずかしい・・・・・・

でも

 

「あ、の・・・・・・」

 

沙紀が顔を真っ赤にさせながら口をもごもごさせる

そんな彼女の姿が、鶴丸にはたまらなく可愛く見えた

 

だから

 

「今夜、傍にいてやろうか? ずっと――――・・・・・・」

 

「え・・・・・・」

 

その言葉を聞いた瞬間、沙紀がますます顔を赤くさせた

 

それが何を意味するのか

分からないほど、沙紀も子供ではなかった

 

「そ、れは・・・・・・その・・・・」

 

「いやか?」

 

鶴丸の問いに、沙紀は首を横に振る事も、縦に振る事も出来なかった

む・・・・と、少し頬を膨らませると、鶴丸を見て

 

「・・・・・・りんさんの、意地悪・・・」

 

答えなど、分かっているくせに――――・・・・・・

 

答える代わりに、沙紀はぎゅっと背中に回している手に力を籠めた

すると、鶴丸がすっと沙紀の頬に触れて

 

「仕方ないだろう? 男ってのは惚れた女から言われたいんだ」

 

「ほ、惚れ・・・・・・っ」

 

鶴丸の言葉に、沙紀が耳まで赤くして口をぱくぱくさせている

それを見た鶴丸がくすっと笑みを浮かべ

 

「・・・・・・沙紀の口から聞きたいんだ。 沙紀は、俺と一緒にいるのは嫌か?」

 

「・・・・・・・・っ、・・・・・・じゃ、・・・です」

 

「ん?」

 

「で、ですから・・・・・・っ」

 

そこまで言い掛けて、沙紀が口籠もらせた

 

「その・・・・・・」

 

「うん」

 

「い・・・・・、一緒に・・・」

 

「うん」

 

「・・・・・・っ、・・・・・・っ」

 

そこまで出かかっているのに、恥ずかしくてどうしても言えない

 

「あ・・・・・・」

 

不意に、そっと鶴丸の手が沙紀の手に重なっていた

指と指が絡まる

 

「・・・・・・・・っ」

 

それだけなのに・・・・・・

こんなにも―――――・・・・・・

 

沙紀は両手でそっと、その鶴丸の手を包むとそのまま自身の頬に触れ

 

「・・・・・・、一緒に、いて・・・くれます、か?」

 

やっとの思いで、出した言葉に

鶴丸はその金色の目を細めると

 

「ああ―――・・・・・・」

 

そう、嬉しそうに静かに微笑んだのだった――――・・・・・・

 

 

 

 

(後編へ続く)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

スミマセン・・・・・・前編です

この後、後編がありますが・・・・・・後日公開予定です

そして、前編ではあーる指定シーン入ってませーん笑

や、さわり程度入れようかと思いましたけど・・・・・・

余りにも、区切りが悪くなりそうだったので・・・・・・止めましたwww

という訳で、後編公開まで暫しお待ちを!!

 

 

2022.11.28